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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


samplism(サンプリズム)

 言葉などと言うものは、それを必要とする間柄でだけ遣り取りすればいいものだ。少なくとも、レオには必要のないものであった。あればあったで重宝したかも知れぬが、元より持たないその能力を、羨んだり妬んだりする感情さえ、生産者はレオに与えはしなかったのだ。それが結果、レオを本能と衝動だけで動く機械、いや、生身の部分を持つが故にもっと厄介で危険な生き物に仕立てあげたのだ。
 目の前にいる人は全て己の獲物。生きて行く為の糧でしかない。今、主である朱理が追う人物であってもそれは変わらない。もし朱理が何らかの事情で己の欲求を妨げるような事でもあれば。レオは躊躇う事なく朱理をその生来の刃に掛けただろう。例え、それが命懸けの行為であったとしても。
 朱理の手にいつの間にか、どこから取り出したのか、見慣れた輝きのナイフが現われる。それを見た男の整った容姿が、笑みと言う感情の形になった。

〜1〜

 レオにとって言葉と言うのは、風が起こす空気に振動と何ら変わりが無い。悲鳴も断末魔の懇願も、全て同じだ。何故人を殺すのか、何の為に死肉を食らうのか、等と言う事も考えた事はない。考える能力そのものがあるのかどうかさえ怪しい所だ。必要なかったのだと言えばそれまでだが。
 だが、朱理の発する言葉だけは、唯の風の囁きとは違ったのだ。何がどう違うのか、その辺りの違いは分からない。ただ例えて言うなら、他の人の言葉は単なる無色の波の無い風、だが朱理の言葉は色を持って高低と温度差を持った風。その程度の違いだろうか。だがそれはレオにとっては初めての出来事であり、それは恐怖と畏怖とをない混ぜにしか感覚でレオを縛った。朱理に付き従うようになり、殺す目的以外の食らう為の死肉も手に入る。レオにとってはそれが生の全てであり、それがいいか悪いか等と言う事を考える事もなかった。もしもレオが言葉を解する能力を持っていたとするなら、何故人を殺す事、肉を食らう事に理由などいるのか、と逆に問い質されたかも知れない。レオにとっては、それだけのことなのだった。
 だから朱理が何故その人物を追うのか、それはレオには分かり得ぬ事であったのだが、別段朱理のする事に逆らう謂れはない。人が行動を起こす為に何らかの理由が必ず必要なのだとすれば、自分にとってその理由付けは、朱理がそうするから、それだけで充分だった。

 夜の街を行く朱理とレオの姿は、その取り合わせから凄く人目を引く存在の筈なのに、何故か彼等を見詰める視線の数は少ない。整ったその小作りで冷ややかな美貌としなやかな物腰、そんな朱理の背後に影のように付き従うレオ、一見すると家柄の良い金持ちの息子と、そんな彼を守護するボディガードのようにも見える。実際、レオは朱理には絶対的な信頼―――信頼と言う程献身的ではないだろうが、色々な意味で頼りにしているという点では信頼と言う言葉が一番適切なのだろう―――を寄せているから、そう見られても何ら違和感は生じないのかも知れない。だが、そんな彼等に向けられる視線の数が極めて少ないのは、何の能力も持たない一般人、エキスパートでさえ、本能的にその身の危険を察するからなのだろう。
 そうなる事を分かっているから、もとより朱理もレオも、人の通りがあるような場所を好き好んで歩いたりはしない。普段は歩く必要も無いし、どんな感情であっても己に何かしらの興味を向けられる事は酷く疎ましく思えるのだ。朱理が、他人が自分に興味を持って貰おうとする瞬間、それはただひとつだけ、これから死に向かおうとするその相手が、恐怖と疑問と諦めの全て混ざった視線で自分を見詰める時、それだけで充分だったからである。
 では何故、彼等が夜の街を、しかも時間的にはまだ深夜には届かない時間帯を歩いているのか。その目的はただひとつ、奇妙なカードのメッセージを残して次々と殺害を繰り返している連続殺人犯を追っているからであった。

 もしも相手が自分達と同じ思考の持ち主ならば、見付けるのは容易い。似たような匂いと傷を持つ相手は、言葉を交わさずとも分かるものだ。例え、朱理やレオとは違う目的で人を殺めている相手であっても、その手を一度でも生き血の赤に染めたものはすぐに分かる。繰り返しその身に浴びているのなら尚更だ。レオにとっては、同感と言うよりは嗅ぎ慣れた匂い、或いは獲物の気配か。言葉で自分の中の漣を表現出来ないレオにとっては、全てのものは匂いと感触と、あとは自分を突き動かす衝動のようなもの、それだけが表現出来る全てなのだし、また、それで充分であった。朱理が、殺人鬼として何の疑いも持たれずに今の世を生き続ける事ができるのは、その行為の最大の証拠となる遺体を、レオが綺麗さっぱり、血の痕さえ残さずに食らい尽くしてくれるからであった。そう言った意味では、朱理とレオは持ちつ持たれつ、ギブ・アンド・テイクのバランスの取れた間柄だから、お互い衝突する事も無くやっていけるのであろう。
 朱理は得た情報から、犠牲者となった幾人かの人物の周辺を探ってみた。背後にレオを付き従えて幾つかの残された部屋、殺害現場となった場所の残った気配等に触れてみる。そこに残留する、自分と同じ何かを感じようとしたのだ。そして今、最後の情報を辿って夜の街を抜け、二人は古びた洋館へと向かおうとしているのだった。

〜2〜

 一人の男性が凍り付いて命を落とした、その部屋の空気は未だに凍り突いたままであるかのようにひんやりと朱理の肌に纏わり付いて来る。レオは全身を物々しい装甲に覆われている分、それを感じる事は無いだろう、尤も、その装甲がなくとも、空気の温い冷たいを感じる必要性が彼にあるかどうかは疑問だが。
 こつこつと小さな靴音だけが響く。これだけ大きな体躯と重量のある装甲を身に纏っているのに、レオの足音も気配も全くと言っていい程しない。特にこの洋館に足を踏み入れてからは顕著だ。恐らく、ここに己が求める獲物がいるのだと本能的に悟っているのだろう、朱理にしても、靴音など幾らでも忍ばせる事ができるのだが、敢えて響かせながら歩いているのだ。それはまだ見ぬ同族への、宣戦布告のつもりなのだろうか。その辺りは本人にも分かっていないのだが。
 ぎぃ、とこの時代にもまだこのような旧世代仕様の扉があるのか、と思わず感心するような外開きの扉が開け放たれる。広い広い洋間の窓際、既に夜の帳が降り切って、乏しい街燈の僅かな光だけを背に受けた背の高い男の姿が、ガラス窓の枠を額縁のように従えているのを、二人は目の当たりにした。

 恐ろしく背の高い男だ。いや、そう見えただけで、実際は少し背が高い程度だったかも知れない。ただ、細身であるうえに真っ黒の足首辺りまであるようなロングコートを身に纏い、頭部は比較的小さめであるが故の錯覚かも知れなかった。いずれにせよ、その男が纏う雰囲気は尋常ではなく…いや、朱理とレオにとっては身近で当たり前のものであり…つまりは一目で恋に落ちる恋人同士のように、彼等と彼はお互いが『同じ』である事を察したのだ。
 男は、驚く程に整った容姿をしていた。余りに整い過ぎて逆に嘘臭い、人工物臭いとまで言われてしまいそうな程に。銀の髪と同じ色の瞳が朱理を、そしてレオを見る。その瞬間、朱理の背後から音も無く飛び出したレオが、男に向かって目にも留まらぬ速さで駆け寄る。振り上げた逞しい腕が空を切り、男の頭を吹き飛ばそうと的確な狙いを付けた。その大きな手は、確実に男の頭を捉える。手に当たる生きた人間の髪と体温、肉の感触、それが歪み、中の骨組みが音を立てて折れては崩れ、それらに護られていた柔らかい物体がひしゃげる様子、その一部始終をレオの身体は捉えて、言語を持たない感性が悦びに軋む。主である朱理の生業を奪った失策よりも、捕らえた獲物の大きさの方が勝った。だが次の瞬間、レオの色のない感情が、疑問の形になる。
 確かに相手の命を瞬時にして奪った筈だった。それはレオの動きを見慣れた朱理にも分かった。だが、レオの腕が振り下ろし切り、本当ならその手は生温い血と飛び散る脳漿に塗れていなければならない筈なのに、そこには何も無かったのだ。あるべき、男のまだ体温の残る息絶えた肉体ですら。すると、数秒のブランクを置いてヴゥン、と言う空気が振動するような音が響き、先程の男がレオが立つ位置、つまりはつい数秒前までその男が立っていた位置よりも数メートル離れた場所に、不意にその姿を現わして黒革の靴底を鳴らして降り立ったのだ。
 「言葉も交わす気も無いのか。無粋な奴だな」
 少し掠れて、甘く官能的とも言える男の声が、笑み混じりにそんな言葉を告げる。朱理の艶やかな赤い瞳が、ゆっくりとした仕種で男を見た。
 「目的を持って人を殺す奴と、ただ単に衝動や快楽の為に殺す奴と、どちらが強いと思うか?」
 不意に何の脈絡も無く、男はそんな問い掛けを朱理に向かって投げ掛ける。レオは、言葉の遣り取りには興味が無いのか、先程の位置で、いつでも飛び掛かれるようにと軽いフットワークで男から視線を外さない。問われた朱理はと言えば、朱理もその謎掛けには興味がないらしく、ただその場で立ったまま、男の銀の瞳を見ていただけだった。

 朱理の手にいつの間にか、どこから取り出したのか、男の髪と同じ銀の輝きを持つナイフが現われる。それを見た男の整った容姿が、笑みと言う感情の形になった。たん、と軽い足音と共に朱理の身体が閃く。まさにそれは光の如き素早さであった。朱理が欲するのは、人の刹那の悲鳴や流れ出る温かい血の匂いと感触、そしてぬくもりを徐々に失っていく肉塊の変わりよう。それだけなのだから、その為に掛ける手間はなるべく少なくしたいと思っている。故に最小限の動きと的確に死のポイントを見極めて捉える能力、それを全て余す所なく出し切って男に攻撃を加えた筈だった、そしていつもならその手に愛用のナイフが人の肉を切り裂く生々しい感覚を捕らえる筈、いや、捕らえたのだ。先程のレオを同じく、その身に染み込み慣れた感覚が、朱理に殺害は成功したのだと教える。だが矢張り同じように振り切った朱理の手は空を切り、飛び散る血の飛沫さえ幻と化して消えうせた。たん、と走り出した時と同じ軽い足音と共に朱理が動きを止める。ゆっくりと整った美貌を振り返らせると、そこに髪の毛一筋さえも傷付いていない男が平然と立っていた。
 「最終的には、本能だけで動いている奴の方が強い。目的は、下らぬ夢と一緒で、いつかは潰えるか或いは達成されてその効力を失うからだ。……だが」
 男の言葉が終わらぬうちに、朱理は次の行動に出る。足が床を蹴り、その身が空を舞うと壁を蹴って、先程とか違う軌跡を描いて男へとその煌めくナイフの刃先を向ける。男の顔が、また笑みの形になった。後ろへと飛びすさりながら、男は勝ち誇ったような声で言葉の続きを告げる。
 「持ち得る強固な目的が達成されるまでは、本能だけの生き物よりも、人間の方が強い。そうだろう?」
 それはまるで、二人よりも己の方が強いと宣戦布告したかのような。そう告げて飛びすさった先で男が空間を歪めて壁を作ろうとする、だがその瞬間、男は驚きでその端正な顔の一部を歪めた。自分が着地に、そして防護にと頭でシュミレートした場所に、既にレオが待ち構えてその鍛えられた顎で男の喉笛を狙っていたからだ。見事なコンビプレイだったが、それは決して心が行き交う仲だから有り得たものではなく、朱理とレオ、同じ目的を達成する為の本能的な瞬間的に組まれたタッグならではの動きだった。
 レオの鋭く尖った歯が、噛み慣れた人の肉を噛み千切る感触への確信に湧く、だがそれは、違う場所で微かに響いた、ヴゥンと空気が鳴る音と共に現われたもうひとりの人物に寄って阻止される。同じような音ではあったが、男の鳴らした音よりもトーンが高く細やかで、それに合せたように細身で長身の女が姿を現わし、瞳の瞬きと共に男の身体を一瞬だけ消し、また違う場所へと瞬間移動させたのだった。
 「……遊んでいる場合ではないわ。もう済んだのよ」
 冷たく無機質な声で女が告げる。男と同じ銀の髪と銀の瞳を持つ美しい女で、良く見れば二人は兄弟か双子のようによく似通っていた。
 男は女の言葉に小さく舌打ちをするも、素直に従うようであった。間髪入れずに次の攻撃に移る朱理の刃を際どく躱す、それと入れ替わりに放たれた女の衝撃波を、飛び込んだレオがその鍛え抜かれた肉体で難なく受け止めた。
 「お前達ではサンプルにはならない」
 きりが無いと思ったか、男は一言そう言い残す。二人の身体が拙い傍受のテレビ画面のようにぶれたかと思うと、そのままそのぶれを大きくして、やがては風景の一部を化したよう、その姿を消した。残された朱理とレオ、互いの身体に残る、殺戮の感触だけでは物足りないとばかりに、レオが噛み締めた奥歯を軋ませた。
 「……行きましょう」
 朱理の声に、レオの歯噛みが病む。朱理の静かな声は、レオに向けた言葉ではなかったが、二人はそのまま洋館を後にし、何処へとも無く姿を消した。


おわり。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0024 / 風道・朱理 / 男 / 16歳 / 一般人 】
【 0311 / サード・レオ / 男 / 25歳 / ハーフサイバー 】

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせを致しました、最早言い訳のしようもございません………こんにちは。ライターの碧川桜です。
 サード・レオ様、初めまして!お会い出来て光栄です。この度はゲームノベルにご参加頂きまして誠に有り難うございます。アナザーレポートでは初のシナリオだったのですが、如何だったでしょうか?若干ぎこちなさのあるものになったような気がしないでもないですが、少しでも楽しんで頂ければと願っております。
 それでは、またお会い出来る事をお祈りしつつ……。