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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


make me feel more comfortable than

 夢の中で手を伸ばす。
 アイリーン・リーはいつもの夢の、幼い自分に歯噛みする思いで前方に視線を凝らした。
 その背は過去の風景、いつも追っていた…行方不明になった兄の後ろ姿だ。
 手は届かない。
 アイリーンに気付けば必ず振り返って手を差し延べてくれる筈の歩みは緩まるどころか一顧だにせず遠ざかっていく。
 喩え夢だと分かっていてもそれが切なく、悲しい。
 あの掌の暖かさ、繋いだ手に許される、兄の隣だけが自分の居場所だと確信に安心出来たのに。
 それを失ってからどれだけの月日が経ったろうか。
 その背に追い縋る事の出来なかった幼さと、心を理解するに及ばなかった拙さを、捜し続ける事で埋めようとするかのような、兄の存在に寄り掛かったままのあの頃と本質は変わらないのではない、そんな思いが繰り返し見せる夢。
 そうと分かっていても絶望はリアルで、懸命に伸ばしても手は届かず、水の中を進むような空気の重さに、追う自分に気付かない兄に泣きたくなって声を上げる。
「何処に行くの?」
すれば、声帯を震わせた声と、きゅ、と掌に布を握り込んだ感覚に…アイリーンは浅い夢から覚めた。
 そして、冷えた外気にくしゃみをひとつ。
 それに掴んだ布が…ビクリと大きく動くのに転がったまま目線を上げたアイリーンの翠色の瞳とうっそりと澱んだような茶色とがかち合った。
 野宿に毛布の固まりと化していたアイリーンの荷物を失敬しようとしていた盗人は、よもやそれが少女であったとは夢にも思わなかった様子で凍り付いている。
 間に、アイリーンは現状を冷静に把握する…目線だけで確認出来る人影は三つ…強盗ならもっと多人数の為、夜盗と判じる。
「ごめんね。それはあげられないの」
硬直した相手に、そう声をかけた。
 鞄の中身は衣類や食糧、それに幾ばくかの現金。
 メインの財布はしっかりと懐にあるし、備品はどれも次の街で揃えればいい…だが、鞄に下げたキーホルダーだけは代わりが存在しない、レオンから貰ったアイリーンの宝物だ。
「言う事きいてくれないとお兄さん達ひどいからねっ」
威厳を込めてきりりと引き締めた表情で…毛布にくるまったままのアイリーンに、夜盗は顔を見合わせると一斉に飛びかかった。
「やーん、ずるい〜ッ!」
アイリーンは背側の重心の移動に体を転じさせ…俗に言う、いもむしごろごろでその手を逃れる。
 回ってる間に解けた毛布にアイリーンは一旦、両手を地に突くと、瞬発的に込めた腕の力だけで上体を持ち上げ、立ち上がった。
「なんでそんないっぺんに!」
たとえこちらの都合で恐縮にございますが、今から全員でかかっていってよろしゅうございましょうかと丁寧に問うても是と答える酔狂な人間は居るまい…聞くだけ無駄ならそのまま襲う、人間心理には適った行動だ。
 体勢を整えたアイリーンが上体を低く構えかけるのに合わせたかのように…そこここから人影が増え、予期しない方向にばかり転がっていく事態を嘆じる暇はない。
 仲間が増えたのに力を得てか、じり、と包囲が狭まりかけるのに、アイリーンは腰に手をやった、途端に。
 夜盗の一人が重い音を立てて倒れた。
 視線が集中する先に、アイリーンも自然と目をやり、声を失った。
 星影を弾いて透けそうに白い肌と、闇にも黒く光を宿すような瞳の強さが印象的な…。
 綺麗な人だな、と素直に思う。
「一対…何人だ?群れるのはいいが人間としても道理位は覚えておけ」
夜盗の首筋を打ち据えた銃の台尻で、軽く自らの肩を叩いてそう、青年は嘆息する。
「女が二人も手に入るなんざ、今日はついてるなァ」
計らずも夜盗の仲間ではない事をアイリーンに言明して、へら、と口許を緩めた一人に、麗人の見事なまでの回し蹴りが決まった。
「……誰が、女だと?」
凄味を帯びた声は低い。
「もういっぺん、言ってみやがれ……」
整った面差しだけに、溢れる怒気は鬼気迫るものとなる…気圧された夜盗が金縛り状態に陥る中、元気な声が場の空気を破った。
「よーし、私も!」
元気に挙手し、掌中に少し余る長さの棒をそのまま振り下げれば、カシカシン!と勢いに留め具を固定する金属音を立て、長く棒状に変化する。
「痛くするけど、ゴメンね!」
謝罪に軽く地を蹴った少女の行動に、前後の視界の確保を迫られた夜盗共の反応が遅れる…アイリーンは立てれば自身の首ほどの高さのある棒を、肘の直ぐ上の二の腕を支点にくるりと回した勢いに、一人の顎を砕き、流れはそのまま棒の尻を掌で突き出すように離れた位置の二人目の鳩尾に先端を突き込んだ。
 あっという間に二人が地に沈む様に、先の青年が感心に眉を開いた。
「銃を使うまでもないな」
 細身に体重の軽そうな体躯は、操る棒の勢いに却って振り回されそうだが、それすらも流れとして攻撃に組み込む所作に技量を見る。
 そしてその間に、結局9名に及んだ夜盗の群れをアイリーンはほとんど独力で片付けてしまっていた。
 倒れ伏す男達の間…流石に、呼吸を荒くしたアイリーンは青年に向かってニコリと笑う。
「ありがとう、助けてくれて」
青年は肩を竦める…助けるも何も、必要すらなかったかも知れないが気を逸らす程度の役には立てたと、素直に謝意を受けた。
「送って行く。宿は何処だ?」
当然の如く、同道者が居るものと思っての青年の言だが、アイリーンは困ったように…丁度、足下に蟠る毛布を指差した。
「……あてがないのか?」
「一人だから……適当に場所を探して移るから平気」
毛布を拾い上げて土を払う、アイリーンの頭をポン、と軽く手が触れた。
「……来るか?」
一瞬、意味を汲みかねてきょとんとするアイリーンだが、その掌に…懐かしい暖かさと同じものを感じ取り、満面の笑みで大きく頷いた。
「……はい!」


 真咲水無瀬と名乗った青年は、彼の野営地へとアイリーンを誘った。
 其処には、鳩と月桂樹のエンブレムを貼り付けたジープがなければ、果たして何の繋がりを持っての集いか頭を悩ませる程に個性的な面々が集っていた。
「リーダーの癖がまた……」
「ナンパ癖ってのは治らないモンかねェ」
「非道いわ、リーダー!やっぱり若い子の方が好みなのねぇッ」
口々に好き放題言われて水無瀬が渋面になる。
「お前等……」
低音にささっと距離が置かれる…ある意味、息の合った一団に、アイリーンは堪えきれずに笑った。
「皆して何してはりますんや……お客さん放っぽいて遊んどらんと。嬢さん、まぁこっち来て火ぃあたり。ひもじゅうはないですか?」
ジープの影に焚かれた火の傍の二人、その内に銀の左眼に硬質に炎を反射させた青年に手招かれて近付くと、スープを入れたカップを手渡される。
「ありがと……みんな楽しそうだね」
「まぁ……いつもの事ゆーたらいつもの事ですさかい」
ぎゃあぎゃあと賑やかな応酬が続くのに、訛りをみせる青年と黙々と銃の手入れをする男とはチラと視線を交わし合わせた。
「ボクも拾われたクチですさかい、この件に関しては大きい事言えんのです。いやぁ弄り甲斐、からかい甲斐のあるネタや思うんですけど……」
枝で突いて火勢を調節するその背にゆらりと…人影が立った。
「弄るだのからかうだの……テメェ、いい根性してるじゃねェか、相手してやるかかってこいやオラ!」
「いやぁ、堪忍して下さいーッ」
泡食って逃げ出す青年を追う水無瀬に、アイリーンはしみじみと、残った男に声をかけた。
「リーダーはもてるんだねー」
それに対して、男は深く深く頷く。
 追いつ追われつに寸劇めいた様相を眺めてアイリーンは、暖かなカップを手でくるんだ。
 懐かしい、暖かさ。自分の存在を許す言葉と感情。
 アイリーンは半ば確信めいた感覚に息をついた。
 まるで予め用意されていた場所に、すっぽりと収まったような安堵感。
 此処なら大丈夫。私の居場所。彼等のいるこの場所が。
 …私の、捜し求めていた場所。