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タイムテレビを見よう
★☆★ 序 ★☆★
「こないだは、どうもありがとう」
カガリに呼び出され研究所へ赴くと、カガリはそう告げで珍しく笑った。その笑顔に何か嫌な予感がして、回れ右をする。
「どこ行くのよ。折角新しい発明品を見せてあげようと思ったのに」
見せるだけで済めばいいけど……と思いながらも、足をとめた。
「ワームホールはできたけど、その中を飛行する乗り物を造るにはまだまだ時間がかかるわ。だからもっと手軽に過去を楽しめるように、タイムテレビを作ってみたの」
とカガリが取り出した物は、しかしテレビには見えない。そこにあるのはただの球体だった。
「――疑っているようね」
こちらの視線を読んで、カガリは続ける。
「1日貸してあげる。それを過去の見たい場所に持っていってスイッチを入れれば、空間に記憶されている過去の映像を見ることができるわ」
カガリの話によると、”空間”もエネルギーの1つであり、その姿を変化させても決して消滅することはないのだという。そして人間の肉体も意識もエネルギーの集合体であるがゆえに、人が死にエネルギーに戻ると空間に吸収され、空間の中に記憶として残るのだそうだ。
タイムテレビはその空間の記憶を映像化する装置で、なんと5分で100万年も(!)遡れるらしい。……そんなに遡りたくもないが。
「じゃ、行ってらっしゃい。壊さないでね」
★☆★ 視点⇒白神・空(しらがみ・くう) ★☆★
「いってらっしゃい」と言われたものの、あたしはそこから動けなかった。
そんなあたしをカガリが不思議そうに見る。
「? どうしたの?」
「いや……面白そうなんだけどさ」
あたしがまず見たいと思ったのは、過去に"美人"と言われていた人たちの素顔。例えば世界三大美女と言われる3人や、フランス革命で有名なマリーアントワネットなどだ。
(でも一日じゃ、無理よねェ)
その場所までこのタイムテレビを持っていかなければならないのなら、それだけで一日かかってしまうのだ。
「うーん……」
立ったまま、腕組みをして考える。
(他に見たいものって言ったら)
"審判の日"とか、"大暗黒期"とか?
でもそれはそれで、見てしまったらつまらないような気がするし、どうせろくでもないものしか映らないだろう。
(だったら――)
「ねぇカガリ。どーせなら、あたしと一緒にここの過去を見ない?」
「!」
まったく予想できない映像がいい。それに1人で見るよりも、2人で見た方が楽しめる。
カガリは何かの装置をいじっていた手をとめると、ニヤリと笑った。
「――いいわね」
それからあたしたちは、まるで映画を見る前みたいに。お菓子や飲み物を用意した上、トイレもしっかりと済ませてからタイムテレビを挟んで床に座った。映像は立体的に現れるので、どの方向から見ても同じものが見れるらしい。
「5分で100万年遡れるって言ったわよね?」
あたしが思い出しながら尋ねると、カガリは頷いて。
「計算上は、ね。詳しく説明すると、ビレンキン粒子の量子エネルギーTはカルツァー・クラインの固有時で、それは相対性理論の固有時よりも一般化してあるの。普通エネルギーというものは、時間軸方向の速度を持っていて……」
「あーはいはい」
説明し始めると長いカガリを知っているので、あたしはそれを遮るように言葉を挟んだ。
「説明はいいわ。聞いてもどうせわかんないし。それより早く見よ? とりあえずすごーく昔が見たいわ」
カガリは少し残念そうな顔をしてから。
「いいけど、あんまり昔だと地球自体がないかも」
「あ、そっか」
そういえばそうだ。何にもない宇宙を眺めたって面白くもない。
「えーと、地球が誕生したのは……」
「約46億年前ね。そこまで遡るには約383時間――つまり16日間必要よ」
「うへ。どのみち無理じゃない」
「まぁ貸し出しは一日って言ったけれど、ここで見るなら延びても構わないわ。私も楽しめるし」
「それは嬉しいけど、2週間以上も篭もっていられないわよ(笑)」
あたしの言葉に、「それもそうね」とカガリも笑った。
「一日全部かけたとして、遡れるのはどれくらい?」
「2億8800万年前までね」
「…………」
聞いてはみたものの、それがどんな時代なのかはさっぱりだ。
「……ねぇ、それって恐竜くらいは見れるの?」
大昔といえば恐竜。あたしの知識はそれくらいしかない。――というか、専門家じゃなければ皆そんなものだと思うケド。
カガリもそこまで詳しくはわからないようで、軽く首を傾げた。
「どうかしら。ちょっと待ってて。確かその手の本があったはずだから持ってくる」
そう告げて立ち上がると、奥の部屋へと消えてゆく。
(――もし見れるとしても)
そこまで遡るのには時間がかかるわよね。
そう思ったあたしは、勝手にタイムテレビのスイッチを入れてみた。するとタイムテレビ――球体はふわりと浮き上がると、一点を中心に緩やかに円を描き始める。
(おおっ)
その回転が徐々に速まってくると、その上にボゥっと像が浮かび上がってきた。
――しかし。
(なによこれぇ〜)
何が映っているのか、よくわからない。
「あ、スイッチ入れたのね」
1冊の本を手に戻ってきたカガリは、あたしの前で回転を続ける球体を見て告げた。
「ねぇ、これ失敗作なんじゃないの? とりあえず像は結べてるけど、何が映ってるのか全然わかんないよ」
お菓子を口に運びながら文句を言ってみる。
「それでいいのよ。だって5分で100万年遡るということは、1秒で3千年以上遡るということだもの」
「あっ」
言われてみればそうだ。これはつまり、ビデオを再生しながらめちゃめちゃ速いスピードで巻き戻ししているのと同じなのだ。
(そりゃあ見えないはずだわ)
画面の動きが早すぎて。
「じゃあ途中でとめるのも無理?」
「とめたらまた最初からになるわね」
「え〜」
できるなら、面白そうなところでとめたりして楽しみたかったのに。どうやら現実はそう簡単にはいかないらしい。
「じゃあとめどころがポイントね!」
絶対面白い場面でとめてやる! と意気ごんで告げたあたしを、カガリは笑った。
「そうね」
「――空さん」
「ん?」
カガリが本に目を通している間、あたしは床で横になってごろごろしていた。ずっとタイムテレビの像を見ていると、なんだか目が回るからだ。
呼ばれてカガリの方を見ると。
「おめでたい情報よ。恐竜が繁栄した中生代ジュラ紀は、2億500万年前から1億3500万年前までだわ」
「ってことは……?!」
「一日かければ余裕で見れるわね」
「ホント?!」
それだけで興奮して、あたしは身体を起こした。
(恐竜……見れるんだ!)
それはかなり嬉しい。だって本物の恐竜を見た人なんて、誰もいないから。
地層に残された数々の化石から、復元された恐竜は目にしたことがある。けれどそれは、あくまで想像の域を出ないものだ。確実にそうであったのだと誰も断言することはできない。
(確か、恐竜はよく言われているような緑ではないって話もあったのよね)
別に恐竜に詳しくないあたしでも、聞いたことがある。それをこの目で確認できるのだ。
「楽しみだわ〜」
そう告げたあたしの瞳は、多分これ以上ないくらい輝いていたと思う。そして多分それと同じくらい瞳を輝かせて、カガリが1つの提案をした。
「折角だから、恐竜について予習しておく? 時間はまだまだあるし。知らないよりも知っていた方がきっと楽しいわ」
「いいわね!」
それからあたしたちは、カガリの持っていたその本を使って、恐竜についての色々な知識を身につけた。身につけたといってもほとんど一夜漬けのようなものなので、今日が過ぎればすぐに忘れてしまう短期記憶と言える。
(でもきっと本物を見れば)
それは忘れられない、長期記憶へと変わるだろう。
その予想どおり。
数時間後あたしの瞳に映った像は、鮮烈な衝撃を伴ってあたしの記憶に深く焼きついた。
本物の恐竜が一体どんな姿をしていたのか。どんな色をしていたのか。
あたしが語ったとしても、証拠はあたしと、そしてカガリの記憶の中にしかない。
だから語らない。
(秘密にしておこう)
あたしはそう思った。
きっと誰かに語ってしまったら、この興奮はなくなってしまう。
(この"面白さ"も)
消失してしまう。
それではあまりにも、勿体無いから。
(いつか他の誰かがたどり着くまで)
あたしたちを楽しませてね。
空間の記憶に住み続ける、古(いにしえ)の命よ――。
(了)
★☆★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★☆★
整理番号 ★ PC名 ★ 性別 ★ 年齢 ★ 職業
0233 ★ 白神・空 ★ 女 ★ 24 ★ エスパー
★☆★ ライター通信 ★☆★
こんにちは、伊塚和水です。お待たせいたしました_(._.)_
そして再度のお申し込みありがとうございます(>_<)
今回何だか最終的に恐竜モノになってしまいました。地学好きなので書いていて楽しかったんですけどね(笑)。本物の恐竜がどうであったのか、ボカしたのはもちろん小説の中であれ嘘はつきたくないからでございます。タイムテレビなんてファンタジーじみていますが、実際に可能なものだそうですよ(そういう事実を元にして書いていますので)。いつかリアルで恐竜が見れたら嬉しいですねー。
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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