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That's the ball game
休暇、とはミッションからミッションの合間、不意にぽかりと予定の入らない期間を言うのであって、それはまたいつ突然終わるか知れないスリリングな時間でもある。
その為、旅行や何やの長期の予定は組み込む事が出来よう筈もなく、一声かければ小会議室を埋める位の隊員が即座に集まるのは何の不思議もない。
「さて、今回のミッションだが……」
律儀に制服で来た者や私服姿のままの者、と部隊の面々を見回し、真咲水無瀬は室内の照明を落とした。
「警戒区域からは少し外れるんだが、最近部外者が夜間、頻繁に集落内に入り込むというので巡回の要請が入った」
壁面に映し出される概略図、エヴァーグリーンが巡回する区域は線で区切られた内の緑で示され、赤い点で標された其処は確かに少し遠い。
「はーい、リーダー、しっつもーん!」
小学生の如く挙手した金髪の青年が、真咲が示すより先に問う。
「そこら辺で実際に盗賊の襲撃に遇ったって話もねーんなら、オレ達に回ってくるにはちょっとお門が違うんじゃないかなーとか」
使いもしないペンを親指を支点にくるくると回しながらの質問は当然だ。
真咲の率いるピースメイカー部隊は遊撃隊の特色が強く、能力も戦闘に特化した者が多い。
大概は盗賊の掃討や危険地帯の護衛、実戦メインのミッションが割り当てられる傾向は否応ない。
「俺が取ってきたミッションだからな」
対してこれからデートだの、ボトムラインに試合を観に行くだの、子供と遊ぶ予定だの、休暇入ってからまだ一睡もしてないのに、おい待てよお前そりゃ死ぬぞ、だのと休暇を中断される懸念に口々にブーイングが飛ぶ。
「……今回のミッションはだな」
額に青筋を浮かべ…真咲にしては珍しく、怒りを堪えながら焦点となる集落をポイントした。
応じて図に現地と思しき写真が映し出される…絵に描いたような農村風景は緑が眩しい位に濃いが、目新しいような代物ではない。
「不審者に対する警戒、もしくは捕縛……相手がはっきりしない為、しばらく滞在を要する事が推測される」
折角の休暇を長丁場で潰すのは御免、とばかりに肘で互いをつつき合い、室内には早くも押し付け合いが始まっている…が、真咲の説明はまだ続く。
「特産品……の材料にする為に品種改良を重ねて去年からようやく取り入れが可能になった葡萄の収穫期に入る為、特に警戒をしたいんだそうだ」
となれば暇と見れば農家のお手伝いーなんて可能性もあるかー、げんなりとやる気は欠片も見られない。
「……で、その特産品というのが」
真咲はごそごそと床に置かれた荷物を漁った。
「コレだ」
すらりと流線的な形の赤い瓶…否、その赤さは内に篭められた液体の色だ。
ワイン、である。
途端に、ハイハイッ!リーダー俺が行きますッ!とか、いそいそと銃の手入れを初めるヤツとか、私がお役に立ちまーすッ♪とか、田舎で葡萄刈らせりゃちょっとしたモン…、てお前生まれも育ちもプラハじゃねーか!と我こそはと意思表示する面々に、真咲は頬を引きつらせた。
「いーい度胸だなお前達……」
先刻までのだらけムードは何処へ行った。
それでもぐっと堪えて真咲は現在、最も関心事であろう点を告げた。
「俺の他に三人でメンバーは四人……」
『リーダーばっかりずるい〜!!』
異口同音な主張は多重音声でただ一人に襲いかかる…当然、その一人とは真咲。
じんじんと震える鼓膜に耳を押さえ、卓に手をついてどうにか転倒を免れた真咲の、珍しく長持ちしていた導火線が一瞬で燃え尽きた。
「やかましい!!」
腹の底からの一喝に、室内がシン、となる。
「そこまでいうなら覚悟はできてるんだろうな?」
静まった室内を睥睨し、真咲は声のトーンを落として問うた…どんな覚悟かは知らないが。
「お前達本職で勝負しろっ!勝った奴が優先権を得る!ついでに勝った奴は敗者の中から誰か指定。指定された奴は勝者の言う事はなんでも聞く!いいなっ?」
ビシィッ!と勢いよく指……ならぬ銃口を突きつけられ、否やあろうモノなら命がない。
「勿論俺も同条件で参加だ。戦闘の合間に少しくらい余興があってもいいだろう」
全員が申し合わせたかのようにこくこくと何度も頷いた。
演習場…と名付けられたその廃墟には、並々ならぬ緊張感が満ちていた。
鉄柵で囲まれたその場、書き殴られた『演習中』の文字に場内に居るのは間違いなく真咲の部隊員のみだが、其の出入り口付近は…野戦場の医療現場の様相を呈していた…それぞれが流している血が、赤や黄色や緑や紫の諸々である事を除けば。
どれもペイント弾の色である。
「後残り何人ー?」
キィ、と蝶番を軋ませて場内から出て来た女性は額から滴る真紅に負けない赤さの髪を軽く震う。
「姉さんの脱落で後2人」
ヤンキーの如く地面に腰を下ろしていた青年…胸に盛大に黄色い花を広げながら、けろりとした言に、呆れてみせる。
「もう二時間だろ?よく保つねー」
「アタシは30分で失格でしたー」
小柄な少女が誇るように見せた背中には青い色彩がべっとりと張り付いている。
「おや意外」
「ホラ、銃が得意なヤツって解ってるっショ。初っ端手強いヤツから狙い撃ちにしようとミンナ考えるコトは一緒でさー」
そう金髪の青年が黙々と銃を磨いている男を指差す…赤・青・緑、と鮮やかな色彩を帯びた様が集中攻撃の度合いを示している。
「……え、てコトは最終残ってるのはリーダーとアイツなの?」
「意外や意外。コレでリーダーが勝ったら親総負け」
さり気に賭けの対象にしていたらしく、証書がわりの書き付けを手に苦悩するのは放っておいて、後は勝者を待つばかり…最も、既にミッション参加者の選別は終わっているのだが、そこはそれ、頂点を極める者をはっきりさせずに居られない、実力主義な面子が揃えばそれも自然の流れかも知れず、通りすがりの人々に遠巻きにされながら、彼等は結果を待ち続けた。
そして、残された二人は廃墟のビルの屋上の一つで対峙していた。
「往生際が悪いぞ……!」
水無瀬が銃口を向けた先、膝に手をついて上がった息を整える青年が、大きく吸い込んだ息に毛先のみ赤茶けた黒髪を揺らした。
「や、ゆうてもボクに銃扱えゆーのが無茶ですし……」
腰に吊ったホルスターに入れたままの短銃には、ペイント弾が篭められたままだ。
「なら、コレでゲームオーバーだな」
薄い笑いに勝利の祝砲を上げようとした真咲だが、ガチリ、と重い音でジャムった。
「チッ、これだからオートは……」
条件を同じくする為、愛用のリボルバータイプを使わなかった苛立ちに舌打つ。
「あの〜……」
その様子に、獲物が恐る恐る挙手する。
「どーせもうボク等だけですし、無理に勝敗決めんでも……」
「何か言ったか?」
ゲームだからこそ白黒をつけたい真咲の視線にぴゃっ、と首を竦めると、青年は観念したように瞼を閉じ、腰に下げた銃の台尻を真咲に向けて差し出した。
「どっちにしろ、コレ、ボクには使えませんで持っとるだけせんないですし……どうぞリーダーが使うて下さい」
「お前は馬鹿か……意味がないだろうが」
明確に不機嫌に差し出された銃の受け取りを拒否しようとした真咲だが、青年の手から銃が落ちるのに咄嗟引き金に篭められた力に…一発の銃声が、響いた。
「堪忍です、堪忍ですぅ……ッ!そんなつもりは全然あらしませんでしたのに……まさか暴発するやなんて……ッ!」
今回のゲームの勝者となった筈の青年が、必死に真咲のシャツに染み付いた黒を拭う。
けれど悲壮なのはその当人だけで、周囲は非常に楽しそうだ。
「勝者の言う事を敗者はなんでも聞くんですよね〜♪」
ちなみに致命傷を与えたペイントの持ち主が、その相手に命令権を得る。
待ち時間の間に命令は各々行き渡ったようで、クラッカーと水、栄養剤しか入ってないような冷蔵庫の食材で何か作れ、とか専属医師に愛を告白して来いとか、リーダーの高値で売れそうなショットとか、それぞれ様々な任を負っている。
残るは真咲のみだ。
「二言はない」
自分でもまさかの敗北に、けれど潔く覚悟を決めた真咲の言質に色とりどりのカラーに染められたままメンバーが青年に口々に提案する。
「折角だからリーダーの女装なんてどう?」
「遊びに出ましょー、皆で♪」
「いやいや、デートチケットを作って売りさばき……」
「一回お願いしてみるとか!」
「何を!」
選から洩れた者が特に好き勝手に続ける囀りに、真咲は青筋を浮かべつつ必死で堪えている。
「へ、へぇ……」
その主張を聞いていた青年だが、どれも選びかねている風でチラリと真咲を見上げた。
「そういうルールだ、煮るなり焼くなり……好きに命令しろ」
……言ってる内容の割り、態度は偉そうである。
「後悔……しまへんか?」
「くどいぞ。覚悟は出来てる」
青年のはにかんだ風な沈黙に、周囲も固唾を呑む。
「こんな事ゆうて……はしたない思わはるかもしれまへんけど」
頬さえ赤らめて、伏せた瞳に次の言葉が待たれた。
「向こう一ヶ月、先生のゴハンよばれた時のデザート譲って下さい♪」
何を期待していたのか、また何を覚悟していたのか……真咲と周囲は一斉にコケた。
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