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【circumstance】
――AD2034
どんよりと曇る空を数機のヘリが滑空していた。
ローター音を奏でているのはAH64−H『ハイドアパッチ』。優れた攻撃力と強固な装甲を誇る戦闘ヘリだ。
「こちらエアフォース1、砂嵐が酷くなって来た。帰還する」
『第8大隊了解、こちらも進軍を中止するつもりだ』
ビッと上空から敬礼を送り、ハイドアパッチは優雅に旋回すると、眼下に微かな車影を浮かばせる戦車大隊の無事を祈って退き返す。
ここはクェート砂漠地帯。どんなに強力な兵器を持ち合わせても、視界を奪う砂嵐は多国籍軍にとって厄介な障害だった。
耳障りなキャタピラの音を軋ませて砂漠を突き進んでいたのは、M1−A9『エイブラハム』アメリカ軍が誇る主力戦車だ。
――そろそろだな‥‥。
漆黒の空間でジャビル・ラフマンは太い眉を跳ね上げた。起動スイッチを入れると一斉に電気系類が淡い光を放ち、狭いコクピットを薄っすらと照らし出す。水素セラミックロータリーエンジンが低い騒音を奏でる中、即座に短距離レーダーに鋭い視線を走らせ、トリガーを絞った。鈍い衝撃が左腕から全身に伝い、望遠カメラ越しに映る左腕からランスシューターが砂を抉って射出されてゆく。
刹那、エイブラハムが真下から鉄槌を食らい、巨体を浮かせて激しい爆炎に包まれた。同じ光景が周囲で次々と吹き荒れる。動揺したのは多国籍軍だ。
「真下から攻撃を受けただと!?」『隊長! エリドゥーですっ!』
ガンカメラに映し出されたのは、金色に染まる砂中から次々と現れたMSの姿だ。空かさず構えたライフルの12.7mm弾が戦車部隊に叩き込まれ、次々と大型戦車が炎に呑み込まれてゆく。エイブラハム部隊が咆哮を轟かせながら慌てふためいて後退して行った。
――ピピッ‥‥
モニターの映像がそこで止まり、続いて一兵のプロフィールが羅列される中、彫りの深い風貌の青年が映し出された。モニターを見つめる将校達の声が暗い室内に響き渡る。
「ジャビル軍曹か‥‥この作戦を提案した男だったな」
「気密性のあるMSを少ない数で展開させた奇抜な作戦でしたな」
「地中からの攻撃か‥‥先に発見されたら逃げ道もあるまい。だが、功績に値するのは確かだ。で、彼は何故昇進しないのかね?」
「クェート国出身なもので‥‥何分、UME軍としては他の兵士の事も考えると‥‥なかなか難しいもので‥‥」
「ふむ、ジャビル軍曹を曹長に昇進させる。そして彼には戦線を離脱してもらおう」
●出会い――砂漠のMS訓練施設
荒涼と広がる熱砂の大海に、それは設立された。
――新兵訓練施設。
主力兵器になるであろうMS乗りを育てる為に設立されたものだ。その教官としてジャビルは任命されたのである。
「何をモタモタしているのだ! 走れっ! 走れっ!」
教官の罵声が響き渡る中、新兵が7.62mmライフルを構えながら砂漠を何度も往復していた。気温は50度をゆうに越えている。更に熱砂が足の踏ん張りを失わせ、思うように先へ進む事を阻む。数分と持たずに新兵は一人、また一人と崩れていった。
「うぬ? あの新兵は‥‥」
「アブドゥル・ヴァイザード伍長であります」
睨むような赤茶色の瞳に映ったのは未だ若過ぎる少年兵だ。彼は砂が口に入るのも構わず、這いつくばりながらも手足を動かして必死に前進を試みていた。そんな彼に教官の声が飛び込む。
「アブドゥル伍長、貴様はMS搭乗訓練に移るのだ!」
「ハァハァ‥‥了解」
ギラギラした鋭い瞳が印象的な少年だ。彼は感情すら窺えない声で短く返し、砂も払わずに格納庫へと重い足を引き摺って行く。
『何だその動きは? これでは戦場で的になるだけだぞ! 聞いておるのか! アブドゥル伍長ッ!!』
「‥‥くっ、了解!」
地獄の訓練と謳われたジャビルの特訓は、一人、また一人と脱落者が増えるものの続いていた。MSの重量を砂漠で安定させて乗りこなせずに実戦は不可能に近い。そんな意図のある特訓に喰らい付いて来たのはヴァイザードだった。彼は抜群の順応力と優れた操縦技術で作業用MS訓練をクリア、続いてエリドゥーでの教官との模擬戦を繰り広げていた。
『止まるな! 何なら実弾を機体に食らわせんと分からぬか!?』
「‥‥了解ッ! くそっ、視界が!」
実弾が足元の砂を舞い飛ばし、一瞬望遠カメラ越しの視界が砂煙に遮られる。僅かに狼狽したエリドゥーに飛び込んで来たのはグラブを振り上げるジャビル機の機影だ。
『止まるなと言っている! 良いか、MSは視界が制限される機体だ! 死にたくなかったら遅れを取るでないぞ!!』
「‥‥ッ、了解ッ!!」
グラブが叩き込まれようとも、少年のギラギラした瞳が曇ることは無かった。
そんな日々が繰り返される中、遂にその刻が訪れる。
「諸君! 上層部より通達が届いた。我々はクェートに進軍する多国籍軍を止める為に参戦する! ヴァイザード伍長、俺と来い」
「了解!」
臆する事も躊躇う事もなく、少年は敬礼で応えた。
僅か数ヶ月の訓練で実戦へと赴く事になったのである――――
●砂漠の鼠――決死の陽動作戦
戦況は激化していた。多国籍軍は本格的にMSを投入し、圧倒的兵力で迫りつつあったのだ。蜃気楼に浮かび上がる軍勢が揺れる。
『ブルーナン確認!』
『シンクタンク確認しました、コードMTT11バブルヘッド!』
ジャビル達の部隊に飛び込むのは悪い知らせばかりだった。
「怯むな! 少しでも進軍を遅らせるのだ!! ヴァイザード、仕掛けるぞっ!」
『了解!』
二機のエリドゥーが砂上の広域を駆け抜けながら銃声を響かせる。砂塵が歩行に合わせて舞い飛び、敵機の銃弾が白煙を描いてゆく。
「如何に戦力が高かろうと砂漠は我等の大地! 遅いわっ!」
「‥‥追える! そこっ!」
射程距離ギリギリのラインで同時に攻撃を叩き込むジャビル機とヴァイザード機。ブルーナンが20mmライフルを浴びせるものの、照準が定まらず次々と返り討ちの炎を噴き上げていた。しかし、本当の障害はその後方にいる。
――ピピッ★
ガンカメラが寸分違わずエリドゥーをロックすると、バレルの回転機構が唸り声をあげ、30mmバルカンが次々に銃弾をバラ撒いた。
射程距離の差にエリドゥー部隊は洗礼に機体を躍らせ、紅蓮の炎に包まれて行く。それはジャビル達も例外では無かった。銃弾が機体に銃創を描き、火花を迸らせ、パイロットを鮮血に染める。
「ぬうぅっ! まだだ! まだ終わらんぞぉっ! ヴァイ、生きておるか!?」
『ま、まだ、やれます‥‥トラップの設置も完了済みです』
「耐えるのだぞ! もう直ぐだ‥‥もう直ぐなのだ!」
鳴り止まぬ銃声と爆発音。硝煙に包まれる戦場の中、ジャビルは鮮血を流しながら不敵な笑みを浮かべていた。
――その時だ。
突然バブルヘッドの砲口が沈黙する。そして遥か遠くで浮かび上がる爆炎。望遠カメラ越しに映る光景にジャビルは確信した。それは『サイバーソルジャー』の投入された合図だ。
「始まったようだな‥‥ヴァイ、デカ物を狩るぞ!」
「了解! ジャビル曹長、敵機を地雷原に追い込んで殲滅しましょう」
彼の提案にニヤリと口元を歪めるジャビル。
「おまえも俺に似て腹黒い奴だな」
「‥‥俺は教官の生徒ですから」
ジャビル等の少数MS部隊は陽動部隊だったのである。動揺を見せるブルーナンに双方から銃弾を浴びせ、敵機の退路を限定させる。そして轟音と共に吹き上がる爆炎に多国籍軍は沈黙するのだった。
「(ヴァイ、おまえは立派な士官となるだろう‥‥生き残れよ)」
敵戦力を引き付ける内に機械化兵士部隊で後方指揮車を叩く。新たな奇兵の開発は敵の侵攻を阻止し、更に戦争を長期化させていったのだった‥‥。
――AD2058・バルカン半島
「東部別働隊第一軍、MS中隊を指揮するアブドゥル・ヴァイザード大尉だ。同胞の為にもヴェネチアを必ず占拠する。アッラーフ・アクバル!!」
「ヴァイザードじゃと?」
「ん? どうかしたか‥‥あなたは‥‥」
ヴァイの瞳に映ったのは、半白髪を獅子のタテガミの様に後ろに靡かせたガッシリとした骨格の男だ。吊り上がった太い眉と大きな鷲鼻には当時の面影があった。
「ジャビル、教官」
――ヴェネチア攻略数時間前。
「そうかそうか、立派に昇進したものじゃな。髭なぞ生やしおって、気付かなんだぞ」
「ジャビル教官こそ白髪が増えたんじゃないですか?」
「おっと、もう教官は抜きじゃぞ、ヴァイザード大尉」
「‥‥そうだな、ジャビル曹長」
二人は再会をコーヒーで祝う。あれから約20年だ。寡黙だった少年も懐かしい思い出となったか、互いに昔話に華を咲かせた。尤も過酷な特訓の記憶しか浮かばないが、辛い事ほど後に乗り越えた時に良い思い出となるものだ。
「んっ、歌?」
ヴァイザードの耳に流れて来たのは穏やかな旋律の美しい歌声だ。視線を流すと彼は瞳を研ぎ澄ました。そこに映ったのはキャリアカーの影で歌を唄う一人の淑女だ。未だ若い清楚な雰囲気を醸し出す女性に心を動かされる。彼は既に部隊挨拶で会っているのだが、プルカで素顔が分からなかったのだ。
「こんな若い娘も参戦しているのか‥‥それに美しい」
「おおっ、イーシャの事か。あれは我輩の4番目の妻じゃ」
「へえ、イーシャか‥‥‥‥はあ? つ、妻ァ?」
改めて少女を見つめていた男はジャビルに顔を向け、素っ頓狂な声をあげた。精悍な風貌が一気に崩れる。
「まったく、MSの腕も良いだけに機体はジーニーだそうじゃぞ。最前線で怪我でもせぬか心配だわい‥‥イーシャはな‥‥‥‥」
とかなんとかジャビルは話し続けていたが、今のヴァイザードに聞こえてはいなかった。
――このオッサン、どうやってあんな若い娘と‥‥。
間も無くして彼等『東部別働隊』は大海へと漕ぎ出した。
ヴェネチアを制圧する為に――――
●あとがき(?)
ご購入有り難うございました☆ 切磋巧実です。
ジャビルのおっさんとヴァイ大尉の出会いを演出できて光栄です。
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