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<東京怪談ノベル(シングル)>


『孤独よりきたる慟哭』

 彩は今、森に来ていた。
 とはいえ、兄の使い魔として珠に封印された状態で、だが。
 その理由は、昨日まで遡る。


 森杜彩の住む神社。裏家業として仕事を請け負う彼らの元に飛び込んだのは、魔狩りの依頼であった。今回の相手はどうやらはぐれ使い魔であるらしく、とある森に棲みついたのを確認、そのはぐれの封印というのが詳しい内容だった。
 能力は把握済み、そして使い魔に対して高い効果がある彩の感知能力が役に立つというので、今回は兄の使い魔としてその仕事に同行する事となった。
 ───ただし同行といえど、共に隣を歩いていくのではなくて。
 憚らない程度の小さな珠に封印され、その状態で兄の傍に同行する。
 これは何とも形容し難い感覚。兄の傍にいられる安堵感は何よりも彩を満足させるが、封印はそれと同時にとてつもない緊縛感を与えてくる。複雑な心境だが、満足を得られるのには違いない。
 そうして、今、はぐれの棲みついた森にいるのだ。


 珠の中は寒くもなく、温かくもなく。
 封印されては自分で身動きを取れない。だがこの瞬間は一番兄の身近にいられる。
 心地良くて、大きな手で抱かれているようなこの安心感は彩を包み込む。
 眠るように瞳を閉じ、口元には微かに笑みを浮かべて、彩はそのときを待ち続けた。

 ───不意に届いた、兄の声。
 名前を呼ばれ、体が浮遊したと思えば強烈な光に包まれる。目を焼かれると反射的に瞳を閉じて身構えたら、太陽と草木の香りが鼻をついた。
 封印から解かれたのだ。
「あれが……」
 小柄で、全身が獣毛に覆われている狼のような使い魔。その体格と、変わり果てているとはいえその顔立ちで、彼がまだ幼い少年だというのが判る。唸り声を上げて兄と彩を睨む彼の瞳は赤黒く、どこか怯えているようにも見えた。
 ───はぐれ。それは主人が何らかの事情で使い魔と別離するか、主人が使い魔を捨て去るかによって生まれる孤独の者たち。どちらの理由にせよ、使い魔は孤独に苛まれる。
 そして、彩自身なっていたかもしれない。彼はもう一つの可能性であった自分。
「……」
 彼らの味わう孤独とは想像を絶するものなのだろう。何もかも信じられず、怯え、ただこうして暮らしていくのにさえ困り生きる術すら奪われてしまう。
(私が……ああなっていたら)
 目を閉じ、彩は心を落ち着かせた。ここで戸惑う事は許されない。
「グゥルルルルッ!!」
 今は、彼を封印する事に意識を集中させるのだ。

 はぐれの鋭い爪が彩へと襲いかかる。
 しかし同じように獣化した彩の能力には劣らない。スピード、パワー、それらは彩の三割にも満たない筈だ。その証拠に、彩の目にははぐれの動きが止まっているような錯覚を与えるほど遅い。あっさりと爪をかわし、ひゅぅっ、と短い呼吸ののち露になったはぐれの腹部へ思い切り肘を叩き込んだ。
 これで終わりか───そう思えば、はぐれは今まで聞いた事もないような叫びを上げた。赤黒い双眸に涙を浮かべ、空に向かってただひたすら慟哭を響かせる。
 耳を刺すような、それはまるで悲鳴。
(私がもし、こうなっていたら)
 そのときは、誰が自分を封印するのだろう。
 はぐれとなった自分は、誰に倒されるのだろう。
 狂ったように泣き叫びこちらへ向かってくるはぐれ。両手の爪を頭上高く上げ、立ち尽くす彩の頭上に振り下ろそうとしたところで───彼女は動いた。
 さらりと身をかわし、はぐれがつんのめったところで躊躇う事なく回し蹴りを決める。
 手加減も一切していないその一撃で、はぐれは近くの幹に激突し完全に昏倒した。
 彩は一息つくと、兄を振り返る。
 ───封印してください。
 それは一つの合図。



 戦闘不能となったはぐれを封印し、仕事は無事完了した。これであとは家に帰るだけ。
 既に夕方となり、空は赤く染まり切っていた。太陽が、今日はやけに赤みを増している。
 ───この子は、どうなるんだろう。
 依頼人の使い魔として再び働き始めるのか。
 それでも、消去されるのだろうか。
 行く末は判らないけれど、せめてどうか、と小さく祈ってしまう。

 夕日を見上げながら、彩は兄と共に帰路についた。