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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


屋根上の穴に一日を詠みける

 降りしきる雨、雨、雨――
「あぁ、嫌だ」
 窓の外をじっと見つめながら、神父は――フォルトゥナーティ・アルベリオーネはいかにも憂鬱そうに呟いた。
 打ち付ける水の雫に歪んだ世界。
 雨の日は、嫌いだった。
 雨は青年に、忌まわしい過去を思い出させる。
「……ねぇ、カタリナ、」
 そんな想いを振り払うかのように、努めて明るく神父は後ろを振り返った。そこに座っていたのは、相変わらず本ばかり読んでいるシスター・カタリナであった。
「何ですか」
「暇だと思わない? こんな日じゃあ、誰も教会になんてやって来ないだろうからねぇ。ねぇ、チェスでもやろっか。そうしよ、ね?」
「嫌です」
「あう」
 暇つぶしの提案を一瞬にして却下され、神父はがっくりと項垂れる。無愛想なシスターは、今日もフォルの事などお構いなしに、本ばかりを友達に遊んで≠「るのだから、決して暇などではないのだろう。
「暇だよー、暇だなー、暇だよー」
「うるさくしたって遊んであげません。黙ってお掃除でもしていて下さい」
 冷え切ったシスターの一言に、神父は黙り、口を尖らせた。そのままもう一度外を眺めなおすと、大きく一つ息を吐く。
 ほんっとうに暇だなぁ……。
 元々訳あって――ごく単純に、主任司祭であるフォルがエスパーだからなのだが――あまり賑わう教会ではなかったが、それでも誰も来ないというのは暇なことこの上ない。
「ねぇ、カタリナ、相手してよ。ねぇ、かーたーりーなー……って、あ……」
 不意に。
 子どものように駄々をこねはじめた神父の視線が、高い聖堂の天井へと引き寄せられた。
 ぽつり、と。
 冷たい感触。
「……雨漏り?」
 声音にあわせて、もう一つぽつり、と音がした。
 たんっ、と床に水滴は跳ね、小さな水溜りを作ってゆく。
 もう一つ、もう一滴。床の染みが、徐々に大きく広がってゆき――
「カタリナ、どうやら雨漏りみたいだよ。……直してきてよ」
「嫌です。絶対嫌です。フォル、貴方飛行能力もおありでしたでしょうに。それで直してくれば良いのではありませんか」
 無論、その言葉はカタリナの意地悪≠セ。フォルが極度の高所恐怖症であり、いくらフォルに飛行能力が備わっていようとも、それが全くの役にたっていない事は、彼との付き合いの長いカタリナの良く知る所であるのだから。
「うぅん……直してよ……」
「今良い所なんですから。勝手に行ってきて下さい」
 文字をしっかりと追いかけるカタリナの声音は、欠片ほどの暖かさも持ち合わせてはいなかった。
「だから、僕は高所恐怖症なんだって……」
 自分で言ってて情け無いとは思うが、事実そうなのだから仕方がない。つまり、このままでは雨漏りは永遠に直せそうもないのだが――。
「やっぱり、人、呼ぶかな……」
 うんざりと、頭を抱える。
 フォルはもう一度天井を見上げると、深く、深く溜息をついたのだった。


I

 天の水が、打ち付ける。
 この汚れた大地を浄化するかのごとくに、次第に早く、速く――。
「はじめまして、司祭さま!それから、シスターさんっ! プーはプティーラ・ホワイトっていうの――だからプーって呼んでね?」
 しかし聖堂には、暖かな日差しが差し込んでいるかのように。
 窓を打ち付ける雨の音を掻き消すかのように、見目六歳ほどの小さな少女が体一杯に手を伸ばし、己の存在を元気良く主張した。
 笑顔に合わせて揺れるのは、肩より少し長いストレートの銀。同じ色の瞳は、世界中の好奇心を掻き集めたかのように輝いていた。
 白い服が、どこか天使を髣髴とさせる。
「一応飛べるし、きっとお屋根も直せると思う」
「ん、それはありがたいかな。宜しくね、プーちゃん」
 続けた初対面の少女に、腰を屈めながら神父が手を差し出した。神父のそれに、右手を重ねたプーは、一方で左の手を、宙(そら)高く差し出しながら、
「キウィちゃんも宜しくね? 仲良くしようね」
 にっこりと、赤い瞳に向って微笑みかけた。
 その視線の先には、一人の青年が――キウィ・シラトが立っていた。黒肌に、さらりと細い、粉雪色の髪。留めるのを苦手とするボタンは開いたままに、上着からは、すらりとした身体が覗いていた。
 立ち振る舞いから、そこはかとなく、穏かさが漂っている。
 兎のような青年はやわらかく微笑んで、
「こちらこそ」
 小さな手を、そっと握り返した。
 その光景に、神父もほのぼのと優しい気持ちを覚えてしまう。
 あぁ、やっぱり良いなぁ、こーいうの。
「神父、お役に立てるかどうかはわかりませんが、私もお手伝いします――プーも手伝うようですし」
 ね、と小首を傾げるその姿は、さながら兄と妹であるかのよう。
 このご時世、こういう光景もなかなかに珍しいものであった。手放しで嬉しさを感じてしまうのは、職業柄、という理由意外の理由もある事だろう。
「うん、宜しくね。本当、困ってたんだよ……君達が来てくれて助かりましたとも。あぁ、これも主のお導きと言いましょうか」
「フォル。主に失礼なお祈りの仕方はしないで下さいと、何度申し上げたらわかって頂けます……?」
 ふと長椅子から立ち上がったのは、最初の自己紹介を終えてからも、ずっと本を読んでいたシスターであった。一息つくなり、プーとキウィとの方へ歩み寄り、
「ともあれ、宜しくお願いしますね。私はあまりこういうのは得意ではありませんし、フォルったら、高所恐怖症なんですもの……馬鹿としか言いようがありませんね。是非馬鹿にしてあげて下さい。フォルとしても本望でしょう」
「カタリナ、いくらなんでも酷すぎ……」
 プーとキウィにだけは礼儀正しいカタリナに、流石のフォルも、いつもの事ながらに苦笑せざるを得なかったらしい。
 神父は少しだけ気まず気に頬を掻くと、ともあれ宜しく、と、二人に向かって目礼するのであった。


II

「どう? まだモってるかな……キウィちゃん、聞える?」
 ザザッ、と雑音が混じる無線を耳に、プーは眉を顰めてキウィの返事を待っていた。
 雨の中でも変わる事の無い、無邪気なプーの笑顔。
 本当なら、晴れた後でも良かったけど……。
 能力≠ノよって、背中に輝く小さな羽を得たプーは、いつもの要領で光を羽ばたかせ空を飛び、教会の屋根の上までやって来ていた。雨漏りの位置は今のうちに見つけておいた方が確実だと、皆の軽い反対を押し切ってここまで来ているのだ。
 カタリナによって、半ば無理やり着せ付けられたぶかぶかのレインコートをもてあましながら、
「キウィちゃん?」
 もう一度、問いかける。
 プーの見た所でも、確かに屋根には――丸い聖堂のドームの傍には、穴が開いていた。幸い、ごく小さな穴ではあったものの、水が滴り落ちるのには十分な広さがある。
 適当な板でとりあえず、と、印しも兼ねた蓋をして、キウィの返事を待っているわけなのだが――
〈――じょう、――ぶ……〉
「聞えないよ。もっと大きな声で言って〜」
〈だい……うぶです、大丈夫です――〉
 雨音で震える空気の中、大声で無線に向かって話しかけるプーに、キウィが教会の中から返してくる。しきりに混じる雑音を聞き分けると、キウィ曰く、
 雨漏り、弱くなってます。
「そっか、それじゃあ一旦戻るね」
〈りょ――かい、気をつけて――っ〉
 プーは微笑んで、ふつり、と切れた無線を抱きかかえた。
 まだ昼間だというのにも関わらず、どんよりと暗い空。
 ……早く戻ろ。
 滲む風景を見上げて、不意にプーは胸に手を当てた。キウィとの無線が切れた今、高い景色に誰もいない。道をずっと見下ろしても、子ども一人、歩いてはいなかった。
 今プー、ひとりぽっちなんだ……。
 一人は、嫌いだ。
 ふるふると首を横に振ると、気を取り直して再び光の羽で空を飛ぶ。水溜りだらけの地面に着地して、プーは急いで教会の中へと戻って行った。

 てんっ、てんっ、と規則正しく、キウィの置いたタライに水が滴り落ちていた。
「あー、さっきよりは大分マシになったよね。とりあえず晴れるまで、これで過ごしますか……プーちゃん、ありがとう」
「ううん、どういたしまして。後でキウィちゃんときちんと修理するから、それまでガマンしようね」
 聖堂の長椅子にちょこん、と腰掛け、足をぶらぶらさせながらプーが満面に微笑んだ。
 しかし、その元気も、今日はなぜだか長くは続かない。ふと気がつけば、四人は全員、黙り込んでしまっていた。
 ――それぞれの、事情がある。
「……晴れるまで、まだ大分時間がありそうだね」
 厚い雲に、太陽の光はその全てが遮られている。小さな明かりだけが頼りのこの昼、見目はまるで、静まり返った夜であるかのよう。
 神父は神父で、このような日に憂鬱を感じてしまうらしい。プーもプーで、神父と同じような気持ちを抱いていた。
 ……こういう日は、キライ。
 嫌な過去ばかりを、思い出してしまうから。
 努めて明るく振舞ってみても、どうしても長続きしないような日がある。元々の明るい性格が、根本から何かに、絡まれてしまったような気分になる――そんな日が。
 つきつけられる孤独に耐える事が、こんなにも辛い。一人でないとわかっていても、泣きたくなるような夜≠ェある。
「そう、だね。司祭さま。これじゃあ修理、まだできそうにないもん……」
 カタリナの本を捲る音だけが、ぱらり、ぱらりと時を刻んでゆく。まるで世界の音そのものであるかのように淡々と続く水の音。
 てんっ、と、又一つ。
 屋根から水滴が、タライの上に小さく跳ねた。
 それぞれの想いが、重たく留まってゆく。それは沈黙となり、雨音の世界を支配していった。
 ――と、
「……ところで、神父、」
 不意に。
 ぼっと聖堂を見渡していたキウィが、とある場所でその視線を止めた。
「あれ、弾いても良いですか?」
「アレ、って……オルガン、ですか?」
「ええ、折角ですし」
 こういう機会って、滅多にありませんからね。
 付け加えて、口元を緩める。雪色の髪をふわり、とかき上げると、返事も待たずしてゆっくりと椅子から立ち上がった。
 カタリナは例外だとしても、キウィの気も、この雨に沈みがちになっていた。そもそもこの教会には、お祈りをしに来ていたのだ――精神的にも、疲れる日常に。
 けれど、もしかしたら、オルガンを弾けば。
 あるいはこの雰囲気も、明るさを取り戻してくれるかもしれない――自分の気持ちも、明るくなれるのかも知れない。
 大好きなピアノに、似た楽器だった。
「キウィちゃん、オルガン弾けるの?」
「オルガン、と言うよりピアノ、かな。一応ギターも、できますけれど」
「器用なんだね、キウィちゃん。いいなぁ、プーにも教えて!」
「――良いですよ」
 ふ、と漂った楽しそうな話に、プーがキウィを見上げて、その腕にしがみつく。
 二人はそのまま、タライの横を横切り、大きなオルガンの椅子に並んで腰掛けた。
 座るなり、キウィは沢山の鍵盤の中から、迷う事も無く白い鍵盤を一つ押し、
「これが、ド、」
「ド?」
「それから、その隣がレ、です」
「れ……っと、どと、レ? それじゃあ、この黒いのはどんな音なの?」
「シャープとかフラットとか言いますね。ちなみにこれが、ドのシャープです」
 次々に、キウィの指し示した音が、雨音をかき消してゆく。
 優しくも壮大で、面白い音色に、プーの好奇心もあっという間に鷲掴みにされてしまったようだった。
「――面白いね!」
 プーがぱちんっ、と、小さな手を打つ。
 何かを知る事は、とても、楽しい。
 何も音楽に限らず、色々な事を知りたいと思う――例えば、他の国の話とか。
 知らないことを知るのは、おもしろいもんね。
 そうだ、後で司祭さまにも色々聞いてみなくちゃ!
「もっと教えてほしいな! それじゃあ、レの隣は?」
「ここから順にミ、ファ、ソ、ラ、シ……そしたらまた、ドに戻るんですよ。良く歌にも、なってますよね」
「そっか、ドーナツのドだね!」
 そうだね、とキウィが頷いた。
 長い指先で、次はド・ミ・ソの三音を一度に押すと、
「こうすると、色々な音が出るんですよ」
「わぁ、すごい……あんまし楽器ってわかんないから……」
 音楽って、そうやって作ってるんだね。
 心地良い陽気な和音を聞きながら、プーも鍵盤へと手を伸ばす。軽く鍵盤の沈む感触に驚くや否や、濁った音にさらに吃驚してしまう。
「あれれ、ヘンな音になっちゃった……」
「相性の悪い音もありますから……色々試してみると面白いですよ」
 そのままキウィは、簡単な所からプーに基礎を教えて行く。
 そんな光景を、遠くから見つめながら。
「……やっぱりこの前、調律してもらっておいて正解だったかな」
 ようやく神父も、明るく微笑んでいた。


III

 手の平をひっくり返したかのように、青く染められた空。
 驚きの意味も込めて窓の外をじっと見つめていたプーとキウィとに、陽気な声が届けられたのはもう間もなくの話であった。
「いやいや、本当にお疲れ様でしたとも。これできっと、次の雨が降っても大丈夫、かな」
 四人分の紅茶をトレーに乗せた神父が、テーブルにカップを置きながらプーとキウィとの顔を覗き込んだ。
 そのままひとまず、先ほどとは違う本を読んでいるカタリナの隣に腰掛けると、
「お菓子の方も、遠慮なくどうぞ」
「わぁい、ありがとー、司祭さま! いただきます!」
「それでは私も」
 神父の言葉に、プーとキウィとが一緒になってお菓子の皿に手を差し出した。
 ――まるで先ほどまでの雨が、幻だったかのように過ぎ去った午後。
 ぴかぴかの晴天に、プーとキウィとは、先ほど屋根の修理を終えてきたばかりであった。
「……本当に神父、高い所が苦手なんですね」
 クッキーの端を齧りながら、キウィが微笑む。その膝の上では、先ほど屋根の上で出会った子猫が丸くなって眠っていた。
「お願いですから、高い所は勘弁して下さい……」
 恥ずかし気に紅茶を啜りながら呟いた神父に、
「全く、情け無い。本当に馬鹿ですよね、馬鹿」
「カタリナちゃん、ひどーい」
 キウィの膝の上の猫を撫でながら、言葉とは裏腹にいかにも楽しそうにプーが言う。
 屋根の修理は、予め神父に屋根の材質などを聞いておいたキウィの事前調査も幸を成し、何事も無く終わっていた。必要な材料は倉庫まで取りに行き、屋根に上ったプーとキウィとで手分けして修理をする。やった事が無いという割には丁寧なキウィの補修に、外観を考えてプーがペンキなどを塗りなおす。補強もばっちり。二人の作業は、まるで職人であるかのように手際が良かった。
「綺麗な景色でしたよ。……ね、プー」
「うん、ちょっと滑ったけど、遠くまで見えて気持ち良かった〜。司祭さまも見に来れば良かったのに」
 ちなみにその際、神父の高所恐怖症が根っからのものだった、という余計な事まで判明してしまっていたりする。神父に屋根の上の光景を見せてあげたい、と目論んだキウィが、ご丁寧に落っこちるフリで神父の事を宙(そら)へと誘ってみたのだが、
「でも、たかが三十センチ浮いただけで気絶するだなんて……いい加減に冗談だと思いましたけれど」
「カタリナ……酷すぎるよぅ……」
 尤もなカタリナの言葉に、しくしくと神父がいじけてみせる。
 プーとキウィとが、その時のあの姿に、思わず爆笑してしまったのは、この神父にだけは内緒な話であった。
「ねぇ、ところで司祭さま、色々お話聞かせて! キウィちゃんのお話も面白かったし、あ、カタリナちゃんの話も面白そう。いっつも本ばっかり読んでるもんね」
「カタリナは本の虫だからねぇ。いっつもいっつも、仕事中でも本ばかり……」
 ほら、今も例外じゃないでしょ?
 クッキーを手に取るついでに視線でカタリナを指し、二人にねぇ、と、神父は頷いてみせる。
 プーとキウィとも、顔を見合わせて笑いあってしまった。
「でも司祭さまだって、色々知ってるよね? 超能力の制御方法とか、是非聞いておきたいな」
 プーの言葉に、神父は一瞬きょとん、としてしまう。
 しかしすぐにその意を悟り、
「そうだね……あんまし役にたたないかも知れないけど、少しくらいなら教えられる事、あるかな」
 同じ能力者同士、年が違っても通じ合う心情は多い。
 ――世間からは歓迎されない能力者。しかしプーの様子を見ている限りだと、前向きな姿勢が窺えるかのようで。
 正直、安心しちゃうよね。
 安堵する神父の気持ちには気づかずに、
「それから、いろんな世界のこととか……プーは猫の集会の場所とか、お昼寝の穴場とか美味しい食堂とかしか知らないけど、あ、そういえばカタリナちゃん、ボートのこととかも知りたいな! ほら、レガッタのボート競走とか、面白そう!」
「レガッタですって! フォル、聞きました? レガッタですって……! レガッタに興味があるだなんて、そりゃあもう是非一から十まで説明しますとも!」
 刹那本をぱたんっ、と閉じたシスターの変わり様に、キウィがふ、と小首を傾げた。
「カタリナ、人が変わったみたい……」
「あぁあの人、レガッタに関しては人が変わりますからねぇ。でもカタリナの説明って、難しいんですよね……どうする気だろ」
 苦笑しながら、神父はふ、と、別の事に気が付いた。
 皿の上から、お菓子が無くなっている。
「あ、すみません。僕ちょっと、お菓子取ってきます――」
「いえ、私が行きますから」
 立ち上がろうとした神父を制し、ふ、と、キウィが代わりに立ち上がった。膝の上の猫を抱き上げ、起こしてしまってすみません、と一つ謝ると、そのまま自分を見上げるプーへと抱かせてあげる。
「お菓子、どこにあるんですか?」
「えと、そっちに行ったら突き当りの部屋がありまして……すみません、お気を使わせてしまって」
 謝る神父にいいえ、と首を振ると、受取ったトレーを抱えて数歩歩み出す。
 ――そこで、会話の盛り上がる、プーとカタリナを見つめる神父の方を振り返り、
「それから、修理代ですが」
「あ、はい、少しでしたらお支払いできますが」
「千ユーロで」
「――は?」
「ですから、ユーロにして千でお願いしますね」
 目を真ん丸くした神父の瞳を覗き込む。キウィの赤い瞳からは、いまいち冗談なのか本気なのかが読み取れない。
「……千、ユーロ?」
「はい」
「無理ですよそんなのっ?! お願いですから勘弁して下さい……せめて百ユーロで」
「いきなり十分の一にはできません」
「百でもキツイんですよ! 最近お金の回りも悪くて……!」
 ころころと変わる神父の動揺を十分に楽しんで、
「さて、冗談はこの辺にして」
「……び、吃驚したじゃないですか! 教会は清貧がモットーなんですよっ……お金なんて……」
「シスターの膝枕が良いです。……カタリナ、考えておいてくださいね」
「――は?」
 半ばを冗談で、しかし、残りを本気で、キウィがカタリナに笑いかける。そのままシスターの返事も聞かずに踵を返すと、トレーを持ったまま、言われたとおりに台所へと向う。
 本当に、良い天気。
 一連の出来事で、先ほどまでの疲れも大分忘れる事ができたような気がする。
 窓の外をじっと見つめながら、嬉しい足取りで聖堂を歩き進む。打ち付ける雨に洗われたガラスに、光がきららに反射していた。
 ――と、
 不意に。
「……ッ?!」
 べコンッ! という大きな音と共に、床に水の跳び散る音がした。
 慌てたプーと神父とが、思わず立ち上がる――カタリナだけは、座ったままで振り返るのみであったが。
「き、キウィちゃん、大丈夫ぅ?!」
 必要以上に大きなタライと共にひっくり返ったキウィの姿に、慌ててプーが駆け寄った。
 が、
「わっ?!」
 プーも又、周囲に飛び散った水に足を取られ、盛大に床と衝突してしまう。
 ――四人に忘れ去られていた、惨めなタライの報復だったのか。
 不意に忙しくなった雰囲気の中、唯一冷静に本へと視線を戻したカタリナは、
「だから言ってるでしょう、フォル。片付けは早くして下さい、って」
「き、気づいたんならやっといてよ! 二人とも、大丈夫――?!」
 神父は急ぎ、タオルを取りに走り出す。
 どうやらお茶会の再開までは、もう暫くの時がかかりそうであった。


Finis



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            I caratteri. 〜登場人物
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<PC>

★ プティーラ・ホワイト
整理番号:0026 性別:女 年齢:6歳 クラス:エスパー

★ キウィ・シラト
整理番号:0347  性別:男 年齢:24歳 クラス:エキスパート


<NPC>

☆ フォルトゥナーティ・アルベリオーネ
性別:男 年齢:22歳 クラス:旧教司祭

☆ カタリナ
性別:女 年齢:20歳 クラス:シスター



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          Dalla scrivente. 〜ライター通信
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 まず初めに、お疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。今回はお話の方にお付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。
 アナザーレポートでのお話は、シチュエーションノベルを除きますと始めての事となりました。その上、ゲームコミックでの納品も初めてでしたので、このお話は、色々な意味で初めてだらけのお話だったりします。
 今回は屋根の修理の方、ありがとうございました。又、フォルとカタリナがご迷惑をおかけいたしました。建造物が歴史的ですと、ちょっとした雨漏りでも油断しているととんでもない事になるようです。ひび割れが進むと、色々な意味で大変ですものね(汗)

 プティーラちゃん、とっても可愛かったです。あまり能力について生かす事ができずにすみません(汗)一応今回は、寂しがり屋さん、という点に少々重点を置かせていただいたつもりですが……上手く表れているか、心配だったりします。
 猫の集会の場所、良いですよね〜。あたしも猫が大好きですので……。もこもこふかふかしていて、見ているだけで心が和みますもの。

 ともあれ、短い上に乱文となってしまいましたが、この辺で失礼致します。機会がありましたら、又お付き合いいただけますと幸いでございます。
 なお、PCさんの描写に対する相違点等ありましたら、ご遠慮なくテラコンなどからご連絡下さいまし。是非とも参考にさせていただきたく思います。

25 luglio 2003
Lina Umizuki