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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


風と想いと
●long long ago……
 瞼を閉ざしていた闇の中で、少女を呼ぶ声がする。
「だぁれ?」
 呼ばれたのだから、誰かが自分を呼んでいるのだからと、聞き返した少女。
 しかし、彼女に返ってくる声はなかった。
「‥‥誰? 隠れないで‥‥」
 出て来て欲しかった。
 明るい光の中の生活は、眩しくて隠れていることに気がつかない闇の存在がとても怖いけれど、隠れていても何も出来ないのだと、少女は知っていたから。
 だから、闇の中に居るだろう、誰かに声をかけ続ける。
「どうして、お話ししてくれないの? 一緒にお話ししたいんでしょう? ねぇ?」
 自分の言葉、その最後が闇に響いて消えてゆく。
 ただそれだけなのに、槐は無性に悲しくなった。

「どうしたの? 怖い夢でも見たの?」
 柔らかい日差しと笑顔が少女に注がれていた。
「‥‥誰か居たの‥‥寂しそうだなって、思ったから‥‥」
「ええ。それで?」
 彼女が声をかけたのだろうと、不破硝子には察しがついたが、槐が話すまで待っていてやろうと、話を促すだけにしてやる。
「出てきて欲しかったの。でも、声をかけたけど‥‥」
 自分自身の言葉を、思い出してゆっくりと紡ぎ出す。
 それは、自身の言動が相手にどのように受け取られたのか、受け取られてしまったのかをつい考えてしまう、そんな優しさの現われだったに違いない。
「そう。でも、槐から話しかけていれば、きっと返してくれるようになるわ」
「そう?」
 不安げに、見上げた槐の瞳に自分が映っている。真っ直ぐに見られていると、嘘という大人の知恵さえも意味のない虚に思えてくる。
 彼女の金糸よりも細い髪が肩から流れて落ちるのを、まだ爪も生え揃っていない赤ん坊が、大きな目を零れ落ちんばかりに見開いて追いかけている。
「ええ。きっと、そう」
 きっと彼女にはお気に入りの玩具位にしか、槐の髪を感じられないのだろう。
 そして、触れられている槐も、ただ赤ん坊が自分の髪にじゃれているくらいにしか感じられないのかもしれない。
 それでも、女の子なのだと硝子は愛娘たちを見て微笑んでいた。

 誰かがいった言葉。
 女の子は星と砂糖で出来ている。

 キラキラと輝く星のようで、まぁるく包み込む柔らかい味覚のようで‥‥そう、女の子達は何時でも素敵な存在であり、その輝きや甘さに憧れるものなのだと‥‥。
「この子も、もうお眠の様ね‥‥お昼寝の時間が遅くなったからかしら?」
 まだ高い陽光を見上げながら、それでも時間の流れを感じて硝子は立ち上がって槐に預ける。
「少しお願いね。お姉ちゃんが見ていてくれたら、安心して寝ていられるから」
「‥‥うん」
 白く輝くシーツを取り込みにかかる硝子。
 お日様の薫りが、シーツが振るわれる度に二人の娘達にも元気になれる恵みの薫りを運ぶ。
 緑の薫りが、草原を巡る風に揺られて槐達を揺りかごの中にいるように包み込んでいる。
「ねぇまま。ぱぱとままのお父さん達‥‥お友達だったの?」
「ええ、そうよ。ああ、総司令から聞いたのね‥‥?」
「‥‥」
 無言で首肯した気配に、背を向けたままだった硝子が微苦笑しながら振り返る。
「初めて会った時はね、ままはお父様に連れられていった会場がとても怖かったの。お父様のお仕事の同僚‥‥そう知っていても、やっぱり怖かったわ‥‥」
 それは、槐にも理解できた。
 軍服と軍靴、その色と音は人の心に畏怖を与える物なのかも知れない。槐も、そんな『怖いモノ』の存在の中で過ごした時期があるので、何となく判っていた。
「お父様のお仕事‥‥軍の将官だったんだけれど、軍将校の家族を招いての晩餐会の会場は、まだ何も知らないままには怖いオジサン達の居る場所だって、それだけしか判らなかったわ」
 物言わずとも、槐の瞳が話をねだっている。
 それを感じて硝子は話を続けた。
「挨拶だけ、挨拶と少しお仕事の話だけ‥‥でも、結局お仕事が一番になっちゃって、お父様はままやお母様に謝って出て行かれたの。残されたお母様は他の人とも話していたけれど、ままは怖くなって、テラスから見えていた中庭の噴水にまで逃げて行ったの‥‥」

                        ◆◆◆

 白い輝きが白磁の壁を照らしていた。
 陽光には負け、星には勝つ位の輝きでも、暗闇よりは硝子に安心感を持たせてくれていた。
 間断なく吹き上げる水が涼を与えてくれる中庭まで、走ってきた少女のほつれ毛が額に張り付くようにしている。
「どうしたの?」
「!?!」
 女の子のように鈴やかな‥‥でも、少し低い声。
 息せき切って駆けてきた硝子には、噴水の影にいた同年代の少年に気付く余裕もなかったのだろう。
 噴水の周辺を歩き、水の壁から出て来た少年は硝子と同じ黒い髪をしていた。
「‥‥部屋、暑かったよね」
「え?」
 ふいと視線を外して、二階を見る少年に、同じ部屋から来たのだなと硝子は感じ取った。
 同じように、居心地の悪さを感じてきたのだろうと‥‥。
「なぁ、君、髪が‥‥」
 端正な表情が、ふと硝子の表情に気が付いたという風に動いた。
「え?」
 何のことを言っているのか、判らないと言う表情の硝子に、少年はそっと手を伸ばした。

                        ◆◆◆

「それで?」
「えーと、その‥‥あとは、ぱぱに聞いてね。私ばかり恥ずかしいのも、不公平でしょう?」
 何とも言えない、逃げにしか聞こえない理由で硝子がシーツを抱えて母屋に走って行く。
 取り残された妹と共に、草の香りと花の甘い香りの風に包まれていた槐は、まだ草原を白く染めてある小さな花に目がとまった。
「髪飾りに、良いよね‥‥」
 柔らかな草原の上にタオルケットでくるまれた妹を降ろすと、泣き出さないか覗き込んでじっと寝顔を見つめる。
 小さな鼻から甘い赤ん坊の薫りがするのを確かめると、少し待っていてねと立ち上がって歩き出す。
 日差しがきつくない様に大樹の傍にバスケットで影を作ってやった槐は、先程の話の少年が誰かはおよそ見当が付いていた。
 硝子があれほどに慌てたのも、きっと相手が初恋の人だからだろう。
 結ばれないとよく言わる初恋が、赤ん坊と言う結晶となって、この広大な大地の、無限に広がるような草原の中で静かに眠っている。
 自分も、そんな不思議の中に居る。

 穏やかな日々が永遠に続きますようにと、祈らずにはいられない今。

 闘いの中に続いた日常が今はもう懐かしく、そして風化していきそうになっている。けれど、どうしても消してはいけないと、ずっと思い続けているものがある。
 覚えておかなければいけない、想いがあった。
 穏やかに、そして時には激しく大陸を渡る風。
 その腕に抱かれながら、妹の為の花冠を作っていた槐の手が止まった。
「‥‥え? だぁれ?」
 夢の中で聞いた、寂しそうな心の声。
 昔の、自分と重なるような寂しさを抱いた心の声が直ぐ傍にいるような気がした。
「駄目、逃げちゃ駄目‥‥」
 自分に何が出来るのかは判らない。
 けれども、逃げていても何も解決できないと、槐は教えられた。
 待っているからと、想いと共に紡ぐ言葉を心に仕舞い込んできた。
 寂しげな心の声の人物は、きっと昔の自分に似ている。そして、それは同じような影を持っていたあの人物にも似ているように、今の槐には感じられた。
 朗らかな、しかし何処か影のある笑みを浮かべる青年を、今なら‥‥今なら自分が護りたいと‥‥そう槐は言える気がした。
「‥‥おかえりなさい」
 振り返った槐の目に、妹を寝かせてある大樹の影に立つ影が映った。
 赤ん坊を見つめていた横顔が、槐に向き直って‥‥。

【END】