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<東京怪談ノベル(シングル)>


『修行のあとは───』

 森杜彩。彼女の能力はただ元から与えられたものではない。それを磨き、修行を重ねた事で大きな実力となっている。今日は朝からその修行を兄と行うのだ。
 与えられた仕事着は、巫女装束とメイド服。巫女装束は対呪戦を想定、メイド服は格闘戦を想定(ファイバー有)となっている。これにはどうも兄の趣味を感じざるを得ないのだが、あまり深く考え突っ込むのは精神的によろしくないと思われるため、言及はしていない。
 全ての準備を終え、いざ裏の森へ。





 今日の修行は、兄の所有する式神を相手とした模擬戦である。
 ───最初はまず、防御の訓練から。彩の持つ獣化を使用し、雷の力は一切無しで行う。式神の呪力による攻撃を防ぐ事により使い魔である自分の抗呪力を高めていくのだが。
「ッ……!!」
 その身に白銀の獣毛を纏い、キッと睨み据えたのは上空で風を唸らせる式神。
 ひらりと舞う、大きな鳥。羽ばたく毎にばらまかれる火の雨を避け、そして直にその身で防いで。火の化身たるその式神は、今着用している対呪用の巫女装束を持ってしても完全には防ぎきれないほどの力がある。
 だが、彩の獣化も無駄ではない。人間よりも打たれ強いのが使い魔だ。降り注ぐ火を全て受け止めるのではこの訓練で体力、そして所有する呪力を大きく消費しかねない。素早く身をかわすために、そして呪力を高めるために、この獣化は大変意味のあるもの。
 木々が生い茂る森で火の式神は御法度かとも思えるが、火の手が上がらないのを見ると兄が上手くそこの部分をフォローしているようで。
 しかし、今はそれを考えている余裕はない。
 肩、腕、頬など様々な部位を炎がかすめ傷を増やす。防御訓練ではこちらから攻撃をしかけるのはタブーだ。時間となるまで相手の炎を防ぎ、出来る限り呪力を高めていかなければ修行とはならない。
 最初からハードな修行である。



 リン、と巫女装束に取り付けられた鈴が涼やかな音色を立てた。
 ぜえはあと息を乱し、額を流れる汗を拭って姿勢を正した。あちらこちら焼けてしまい、せっかく新調したばかりの装束もただのボロ服にしか見えない。それだけ今の訓練が過酷であったのを物語っているのだが、これはほんの序盤だ。
 次に待ち構えるのは、先刻とは正反対。攻撃の訓練。対呪力の高い式神相手に、獣化はせず父から継いだ雷のみで攻撃する。こうする事で、今度は同じように呪力を高める。
 彩は姿を人へと戻し、一つ深呼吸をしてから眼前を見る。
 其処には兄の式神である一匹の蛇。見た目は小さくてんで弱そうに見えるが、実はこの蛇、かなり呪力に対し耐性が強い。ちょっとやそっとの術では一ミリも動かず、ましてや生半可な攻撃は相手の怒りを買い数倍の術で半殺しにされるのだから冗談ではない。
 それを念頭に置き、彩は身構えた直後天空にその細く白い両腕を伸ばした。
「───雷よ!!」
 黒雲が空を支配したとき、壮絶な閃光が式神に降り注いだ。



「……つ、強すぎ……」
 さらに荒く呼吸を乱す彩。それもその筈、あれから式神は本当に一ミリも動く事無く、その身に掠める事無く、無傷のままだ。タイムオーバーでその修行は終了を告げたが、満足のいく結果ではなかった。呪力を高める、という目的は果たせたのだから良かったものの、自分の未熟さと兄との実力の差を思い知った瞬間だ。
 ───とはいえ、死力を尽くすのは今から行われる最後の修行だ。
 メイド服に着替えゆっくりと視線を前に向ければ、そこには式神ではなく別の対戦相手がどっかり腰を下ろしている。威厳と風格をびんびんに彩に伝えて。
 兄にはお供と言える鬼が二体いるわけだが。今目の前にいるのがそのお供、戦鬼。もう一体が護鬼であり、彼らは攻防一対の能力を持つ。つまり戦鬼は攻撃に優れ、護鬼は防御に優れているのだ。
 彩が戦うのは戦鬼。攻めのエキスパートとも呼べる彼を相手に全力で戦う。
 正直、勝てる相手ではない、と思う。格闘戦想定のメイド服仕様でも、先刻の修行により疲労感の残るこの体では尽くせる死力もたかが知れているというものだ。
 ……が、やらねばならないのだ。これが終われば、この修行が終われば。

 彩は一度目を閉じその身を白銀へと変えると、高らかに自ら火蓋を切る。
「───行きます!!」
 これは、全力で。



 戦鬼の攻撃は並大抵のものではない。それを直に受け止めるなど自殺行為に等しく、かといって雷だけで倒れてくれるわけでもない。ならば、やり方としては。
「はぁッ!!」
 一気に間合いを詰め、相手の一撃は姿勢を低くする事で何とか回避し腹部に一撃。
 すぐそこで大地を跳ね上がり、近くの木の枝に飛び移る。猫の特性を持つ彩には軽いものだ。
 だが素早い動きで戦鬼もまた彩のいる枝へと飛び上がるが、そこで彩は別の枝へと移り、戦鬼が揺れた枝で態勢を整えている間に高く上空へジャンプ。そのまま片腕を天へとかざし。
「雷よ!!」
 これだけで落ちるとは思えない。これはただの目くらまし。
 こうした一撃離脱、戦鬼からの攻撃を喰らわずに戦うのが彩には多少有利なのだ。
「彼の者に降り注げ!!」
 閃光が戦鬼の目を焼き、一瞬でもスキができれば───
「なっ……!?」
 が、戦いのエキスパートにはやはり通用しないのか。
 戦鬼は雷を潜り抜け彩の元へ飛び上がった。そしてそのまま腕を振りかざす。
「!!」
 見事なパンチは何とか防いだが、顔面強打は防げても勢いは失せる事無く地面に叩きつけられる。痛みに顔を歪ませ上を振り仰ぐと、戦鬼の拳がすぐそこまで迫って。
 くるりと体を横転させかわし起き上がるも、そこへまた素早い動作で回し蹴りが決まる。さすがにかわす事も防ぐ事もできずに、それはまともに彩の腹部に直撃した。
 ───やはり、並みの力ではない。
 ぐらつく頭と揺れる視界。内臓が浮き上がる感覚にも耐え、彩はまた戦鬼を睨んで駆け込んだ。




 ───敵う筈もない。
 彩が完全にノックアウトして修行は全て終了した。血を吐き、与えられた数々の拳と蹴り、それによって唇を噛み切り、最後の手段と広範囲の自分すら巻き込む雷を放っても戦鬼は倒れず自分だけが雷に打たれ。全て終わったあとは、心身ともに衰弱し重症となった彩だけが残った。
 メイド服も巫女装束同様にボロボロに破れ、まさに満身創痍。
(……でも)
 倒れた彩を抱き起こし、傷の手当てをするのは兄だ。
 手当てを施しても歩けない彩を横抱き───所謂「お姫様抱っこ」───で家に連れて行くのも、兄。
 修行は本当につらいけれど、こうして兄に接してもらうという目的のため、彩は精一杯修行に励んでいる。少し邪かもしれないが、この想いこそ、修行と修行のあと身につく実力の糧。

 どれだけ痛くても、どれだけ死にかけても、この時間を得られるなら構わないと思う彩だった。