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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


samplism(サンプリズム)2

〜1〜

 夜の散歩は嫌いではない。同じ光景でも昼間とはまた違う顔を見せる街並みや風景を見るのが好きだから。その日、カペラはひとりのんびりとした歩調で夜の町を歩いていた。今から思えば、なぜこの夜に限って違う道を選んだのかが不思議でしょうがない。もしかして、『あのコ』に呼ばれたのかしら、と思ってみるが、それもまた『あのコ』の感じから言うと、少し不自然なような気もするのだ。
 カペラはいつもの通り道を避けて一本違う道へと進む、その先には寂れた公園がある事も彼女は知っていた。ただ今までは興味が無かったのと用事が無かった事で足を向けたことは一度もなかったが。だとすれば今回の気の変わりようは、不意にその公園に興味が湧いた、と言う事になるだろうか。カペラ自身には、用事は今も昔もないのだから。さすがにもう公園で無邪気に遊ぶような年ではないし、第一この公園は、人の手が入らなくなって既に久しく、荒れ放題になっているうえに夜ともなれば怪しい人影が横行し怪しい商取引が行われているとの、余り芳しくない噂が蔓延っているからだ。
 「…静かね」
 ふとそう呟いたカペラの呟きさえ、何処かに吸い込まれていってしまいそうな程静かな夜であった。雑草の生えた広場―――多分広場だったのだろう、と推測しなければならない程荒れてはいたが―――に足を踏み入れたカペラだったが、視線の先に一種疑問の湧く存在を見つけて思わずその歩みがぴたりと止まった。
 それは広場の奥にある、ブランコだった。尤も二基あるうちの片方は、鎖の一本が切れて垂れ下がり、用を成してはいない。もう一つある方の、錆びた鎖がきしきしと軋むそのブランコに腰掛けて楽しげに揺すっている一人の人物が目に入ったのだ。こんな時間、しかもこんな公園の壊れ掛けたブランコ。それが酔っぱらいや如何にもな大人なら、カペラも何ら不思議には思わなかっただろう。だが、そこに居たのは、どう見ても親の庇護が必要な年の少女だったのだ。
 何故こんな所に。そう思った瞬間、ざわりとカペラの中の本能がざわめき、何かを訴えて来た。
 関わらない方がいい。と。

〜2〜

 キィキィ、と微かとは言え耳障りな音をたてさせながらブランコを揺するその少女は、遠目からなのではっきりとは断言出来なかったが年の頃十歳ぐらい、金色の巻き毛をツインテールにした、それなりに人目を惹く美少女のように見えた。ツーンテールの結び目に結ばれた赤いリボンが、カペラの赤い髪と相まって燃え立つような印象を受ける。いずれにしても、今この時間に、この場所に居るにはそぐわない子供である事は確かだ。お節介かなと思いつつも、カペラが少女の方へと近付こうと一歩足を踏み出す。その次の瞬間、カペラは危うく炎を壁のように吹き上げて防護の体勢を取ろうとした。すんでの所でその衝動は抑えたのだが、何故自分がそんな行動を取り掛けたのか、その理由は今になって判明した。さっきまで遠くのブランコを揺らしていた少女が、一瞬の間に己の目の前までやって来ていたからだ。動作も無く音も無く、そして気配も無く。
 『……テレポーテーション?……能力者か』
 だが、自分と同じ匂いはしない。何故だ、とカペラが首を捻りつつ目前の少女の顔を見詰めると、
 「お姉ちゃん、何をそんなに驚いてるの?」
 子供らしい、トーンの高い可愛い声でそう尋ねる。だが、その響きの中には、純粋に疑問に思っているのではなく、カペラが驚く事は承知のうえで、あえてそう無邪気を装って尋ねている、そんな感じがしたのだ。思わずカペラは眉を顰めた。そんなカペラの表情を見て、少女が小首を傾げる。さらりとブロンドのツインテールが音を立てた。
 「何をそんなに怖い顔してるの?ねぇ、お姉ちゃ……」
 「下手な芝居はしなくてもいいわ。子供だからって、誰もが警戒心を解くとは限らないのよ」
 少女の言葉を遮ってカペラがそう告げると、少女は驚いたように目を丸く見開く。続いて口端だけを持ち上げる作り物染みた笑みをその幼げな容貌に映した。そうすると、少女の表情は明らかに老成した女のものになる。入れ物だけ少女でも中身が老婆なら、その今まで経てきた時間の重みが若々しい容器の表面へと滲み出て来てしまう、と言うような。
 「ふぅん……お姉ちゃんって、疑り深い?それとも、鋭過ぎるのかな」
 「そのどっちでもないような、どっちとも正解のような、って感じね。いいのよ、それはもう。あたしに何か用事じゃなかったの?」
 だから空間移動してきたのでしょう?そう無言で続けると、また少女は子供らしいにこやかな笑顔に向かってこう言った。

 「うん、お姉ちゃんに聞きたい事あるの。…ニンゲンが進化する為には、何が必要だと思う?」


〜3〜

 「……………え?」
 たっぷり数秒、考え込んでからようやくカペラが漏らした言葉は、極めて短いその一言だった。色々な場合を想定して頭の中で瞬間的なシミュレーションを組んだ筈だったのだが、少女の問い掛けはさすがにカペラのデータベースには有り得ない質問だったのだ。もう数秒、プラスして黙り込んだ後、カペラはそうね、とゆっくり言葉を紡ぎ出した。
 「あたしは…そうね、人が進化を遂げる為には『希望』が必要だと思うわ。少なくとも、明日を諦めない事。先へ先へと進んでいこうとするパワーさえあれば目に見えないぐらい少しずつでも人は進化していくと思うから」
 「希望。…分かるような分からないような……曖昧な答えね……」
 そう小声で呟く少女の様子は、十歳前後の子供のものではなく。それに気付いて、カペラも少女の事をことさら子供扱いするのは止めた。尤も、最初からこの目の前の少女が、見た目通りの無邪気な存在ではないとは分かってはいたが。
 「そんなに難しい事ではないわ。今日より明日、明日より明後日、少しでもイイ日でありたいと願う事だって立派な希望だわ。そして、そう言う思いが日々、より良い方向へと向かおうと努力する原動力になる、それが技術の発展に繋がったり、精神的な成長に繋がる、あたしはそう思うの」
 でも何故そんな事を問うの。そう付け足したカペラの問いには少女は一切答える事なく、ただおのが欲求だけを満たす為だけのよう、言葉を続けた。
 「じゃあ、ニンゲンが退化する為に必要な事は?」
 「進化する為に条件がいる、ってのは何となく分かるけど、退化の為にも居るのかしらね。退化を自ら望んで、その方向へ堕ちていく人なんているのかしら?」
 少女の度重なる問い掛けにも、既に馴れたのかカペラは平然とそう言って笑う。それでも立てた人差し指を自分の頬に宛うと、そうね、と先程と同じような調子で言葉を続けた。
 「それと同じ事かも知れないけど、退化に条件とか必要な事とかなんていらないわ。だって、人間は放っておけば勝手に退化する生き物だもの。自堕落である事とか、勤勉で無い事、それら全てが、例え物凄く遅い歩みだったとしても、退化へと繋がる要因だと思うから」
 そこまで言ってカペラは、だからってあたしが、人にそうしたり顔で言える程、勤勉でもないんだけどね、と口の中で付け足して笑った。

 あたしは確かにエスパーで、普通の人にはない能力を持っている、それによって場合に寄っては、普通の人よりは自分に降り掛かる身の災難を避ける事が出来るかもしれないけど、だからてそれは得だと言う事にはならないわ。だって、本当に得だとすれば、そんな災難自体に遭わないだろうからね?だからあたしは、この能力が進化の賜物であるとは余り思えない。勿論、疎ましく思っている訳ではない、あたしが護りたいと思った人達を護る事の出来るんだから、こんなに嬉しく思う事はないもの。

 そんな、カペラの内心の呟きをまるで見透かしたかのよう、少女は目を細めて彼女の顔をじっと見上げる。それには気付かなかった振りをして、カペラは両膝に手を突いて身を屈め、少女の方へと視線の高さを近くして顔を寄せる。まるでそれは、目の前の少女が見た目通りの幼い存在などではないと知りながら、わざとその点を強調するかのような仕種であった。それを感じて少女も多少むっとしたような表情を向ける。それもやはり完全に無視をして、カペラは人好きする笑顔を向けた。
 「で、どうしてそんな事を聞くの?誰かに聞いて来いって言われたの?それとも、本当にあなたが興味ある事なの?」
 「誰かに命令された訳じゃないわ。ワタシ、人から偉そうにものを言われるのって大嫌い。殺してやりたくなるわ」
 「あら、物騒ね。だからってあたしを殺そうとはしないでね?」
 殺されるぐらいなら殺してしまうから。その言葉は喉の奥へと飲み込んで。
 「殺さないわよ。お姉ちゃんは別にワタシに命令したりしないでしょ。いくらワタシでもそう見境無く殺したりはしないわ。労力の無駄だもん。それに……」
 「それに?」
 途切れた少女の言葉を促してカペラがその白い肌の顔を覗き込む。その赤い瞳に、自分の緑の瞳を絡め合わせながら、少女が妙に大人めいた笑みを浮べた。
 「ちなみに、さっきの質問の答えは、回答の内容に興味があった訳じゃないの。問いを貰った人達がそれにどう答えるかが興味あったのよ。不意を突かれた人間って、可笑しいぐらいに弱いもん。それと、返答によっては態度も違ったわね。悲観的な答えを出してこの世を儚んでいると知ったのなら、殺してあげようと思ってたけどね」
 ふふ、と低い静かな笑い声を漏らす。それは目の前に居る幼い少女のばら色の唇から漏れたとは思えない程、嗄れて老成していた。カペラが眉を顰めて屈んだ身体を起こした瞬間、じゃあねとこれは無邪気な声を残して少女は跡形も無く消えた。先程自分の目の前にやって来たのと同様、気配も音も前触れも無く。カペラはその展開に予想が付いてたとは言え、本能的に驚いてしまった自分に苦笑を向けながら、公園を後にした。



おわり。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0365 / カペラ・アトライル / 女 / 17歳 / エスパー 】

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■         ライター通信          ■
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大変大変長らくお待たせを致しました、ライターの碧川桜です。本当にお待たせしてしまって……申し開きもできない状態に、ただ平身低頭するのみでございます。
カペラ・アトライル様、ハジメマシテ!お会い出来て光栄です。初のご参加、有り難うございました。
今回はお一人ずつのノベルとなりましたので、多少いつもよりは短めの内容となっております、ご了承くださいませ。少しでも楽しんで頂けたのなら光栄です。
それではこの辺で…またお会い出来る事をお祈りしつつ。