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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


samplism(サンプリズム)2

〜1〜

 彩は両手に重そうな買物袋を下げ、商店街からの帰り道を急いでいた。小柄な身体に、この荷物はさぞかし重いだろうが、それでも辛そうな顔も嫌そうな顔も見せずに歩いている。軽快な歩みに黒のエプロンドレスのフリルも釣られて軽やかに揺れるのが、見る人をどこか楽しげな思いにさせていた。実際、彩自身もこの後、持ち帰った食材を、如何に美味しくなるように料理しようかと考えているだけで楽しげな気分になっていたのだから、それは表情にも滲み出ていたのだろう。
 彩はヒラヒラと舞うエプロンドレスの裾を摘まむと、ちょっと持ち上げてから離す。それはふわりと空気を孕んでからゆっくりと元の位置に戻った。
 『この格好はちょっと恥ずかしかったけど…でも、大根おまけして貰えたし、良かったかもね?さて、今夜の夕ご飯は何に………』
 そんな事を考えながら公園の脇を通り掛かった彩は、ふと何かの違和感を感じて立ち止まる。そこは、以前は恐らく昼間なら子供達の嬌声などで賑わっただろう、小さな公園だ。だが今は、遊具の破壊や損傷がそのまま放置され、夜ともなれば何やら怪しい者達が集っては怪しい商取引に応じている等と言う噂も蔓延り、故に今となっては誰しもその前を足早に通り過ぎるだけの存在となった、不遇な一帯であった。彩も、ここは何度も通り掛かっていたが、いつも人気がないのと、錆びたすべり台や片方の鎖が切れたブランコ等が何か物寂しい雰囲気を与えて来るので、立ち寄るどころかまじまじと見る事さえなかった場所である。それが何故、今回に限って彩の歩みを止めたのか。それは、公園の中央辺りに、その場には余りにそぐわない人物が―――いや、人物らしき物の姿が見られたからである。
 『……オンナノコ?』
 そう、その相手は、少女のように見えた。だが、その相手から伝わる、一種の禍々しさに彩は、今は無い背中の毛をぞわっと逆立てた。


〜2〜

 その少女は、遠目だからはっきりとは分からないが、年の頃十歳前後だろうか。金色の巻き毛をツインテールにして、その結び目に細いリボンを結んでいる。その赤い色が妙に鮮明だったのを、彩は覚えている。二つあるうちの、片方は鎖が切れて役に立たないブランコの、辛うじて無事な方に腰掛けてゆらゆらと揺れていた。潤滑油が切れて久しいそのブランコは、当然キィキィと金属が軋む厭な音を立てている。それを気にした様子も無く、その少女はブランコを揺らし続けていたのだが、次の瞬間、彩はまさに心臓が口から飛び出るぐらい驚いて一瞬息を止めた。
 「……ッ!?」
 「何をそんなに驚いてるの?お姉ちゃん」
 彩のすぐ目の前、小柄な彩よりも更に小さなその少女が、にこやかな笑顔と共に彩を見上げていた。それだけなら、彩だって何もここまで驚いたりはしない。何故、言葉を失うほどに驚いたのかと言えば、その少女が一回瞬く間…いや、その半分程の光の速さで、数百メートルは離れていただろう、彩の元に一瞬にして場所を移動して来たからである。
 「……ぁ、あ、ええと……あなたは、………」
 ようやく言葉を取り戻した彩だが、何を言っていいのか分からない。思わず目前の少女をまじまじと見詰めてしまった。その大きな緑の瞳は無邪気で、好奇心に満ち溢れてキラキラしている。それだけ見れば、普通の子供と何ら変わりはないのだが、どこか子供らしい無垢さが無いように思うのは気の所為だろうか。
 「…そうだ、どうしてあんな所で一人で遊んでいたのですか?もう時間も遅いし、おウチに帰った方が宜しいんじゃないのかしら?親御さんもきっと心配してみえると……」
 「ねぇ、お姉ちゃん」
 彩の言葉を全く聞いていなかったかのよう、少女は彩の顔を見上げた。少しだけ苦笑をして、彩はなぁに?と聞いてやる。次の瞬間、少女の口から出て来た言葉に、再び彩は絶句してしまった。

 「ねぇ、ニンゲンが今よりももっと進化する為には、何が必要だと思う?」


〜3〜

 「…………え?」
 「だからね、人間共が今よりも更なる進化を遂げる為の条件。まぁ、今までの事を顧みて、過去の事例でもいいわ。ニンゲンが進化する為には何がいるのかな?」
 「……」
 彩が答えに窮したのは、答えが無かったからではない。何故、この少女がそんな事を聞くのか、それが余りに不可解だったからだ。しかもその『ニンゲンドモ』と言う言い方が、あまりに侮蔑に満ちている。その言葉の意味を知らずに使っている、そんな感じもしない。先程、この少女から受けた、禍々しい印象の訳が少し判ったような気がした。
 「ねぇ、お姉ちゃんってば。答えられないの?」
 「あ、ううん。ごめんなさい…そんな事考えた事もなかったですから。そうね、進化に必要なのは『愛』だと思いたいですね」
 「……アイ?」 
 少女が彩の言葉を繰り返す、その、平坦な発音はまるで聞いた事のない単語を、ただ音だけを繰り返しているように聞こえた。可愛らしく小首を傾げる少女に、ようやく落ち着きを取り戻した彩が笑みを向ける。
 「そう、『愛』。いろんな形の愛があると思いますけど、そのどれもが進化の為の原動力になると思います。愛する人への思い遣り、幸せを願う心、そう言った心の力が、いろんな物事を更に便利に、更にいい方向へと変えていくのではないか、…そう思うんです。…でも」
 でも、と一旦切られた言葉の続きを急かすよう、少女のツインテールが揺れて微かな音を立てた。彩が笑みと共に静かに言葉を続ける。
 「ですが、本音を言えば、人間の進化を司るのは『戦争』、じゃないかと思います。兵器や科学技術、そして医学、或いは哲学。その全てが戦争と言う行為を成功に導く為に素晴らしい進歩を遂げた事は否定出来ませんから。今、この世界で生きるサイバーの皆さんや超能力者の皆さん、全てと言っても過言では無い程、殆どがやはり第二次湾岸戦争、そして第三次世界大戦に生み出され、進歩して来たものですから。こう言ったものの積み重ねが、長い年月を経て進化となるのではないでしょうか」
 彩の言葉を、少女は神妙な顔で聞いている。頷きながら聞き入っているその様は、到底十歳前後の少女には見えない。既に長い年月を経て人生の酸いも甘いも味わい尽くした、老成した女性のようにも見えた。
 「戦争って、大規模な殺し合いでしょ。それで進化って出来るのかなぁ」
 少女の言葉は、色々な物が入り交じっているような印象を受ける。大人と子供、智者と愚者。再び困ったような笑みを浮べた彩が、風で乱れたスカートの裾を直しながら答える。
 「戦争の目的は殺し合う事ではなく、何かの目的を達成する為、だからではないでしょうか。土地や有効資源等の利権であったり、相反する主義主張の壊滅であったり。決して、人を殺す事自体が目的ではありませんから、だから殺戮の技術だけが進歩する訳ではないのでは、と。だって、例え欲しかった国を手に入れたとしても、一面焼け野原で何の役にも立たないのでしたら、苦労をした意味がないでしょう?」
 まるで、見た目通りの小さな子供に諭すよう、彩は静かな、だがはっきりした声でそう説明する。ふぅん、と小声で頷いた少女が、こくりと片側に頭を傾けると、
 「じゃあ、退化に必要なものはなぁに?」
 と、続けて質問をして来た。既にそれに馴れた彩は驚く事なく、そうですね、と立てた人差し指を頬に宛って思案する。
 「退化に必要なのは『本能』かしら。本能の赴くままに生活をすると言う事は、そこに何の発展性も向上心もない、と言うのと同意語だと思います。そのような人は進化する事ができない。そしてそのまま停滞する事のではなく、緩やかに退化していくのだと思います。…でも、これにも先程の『戦争』と言う答えは当て嵌まりますよね。力づくではありますが、これまでの大戦とそれに続く審判の日……人々が築き上げたものを全て無に帰してしまう負の力、と言えないこともないですから」
 どちらも紛れもなく彩の中にある回答なのだが、あえて言うなら前者が人としての彩、後者が使い魔としての彩の回答なのだろう。とすれば、彩自身の回答としては後者の『戦争』になるのだろう。今の私は人ではなく、使い魔なのだから……。
 「でもそれじゃあ、さっきの答えと同じよ?」
 首を傾げる少女に向かって、彩は穏やかに微笑み掛ける。
 「同じものが進化もさせるし退化もさせる、ってヘンじゃないの?お姉ちゃん」
 「そうですね、可笑しいかもしれません。でもこれは、例えは可笑しいかも知れませんが所謂『莫迦と鋏は使いよう』と言う事なのだと思います。つまり、少し力加減が変わって向きが変われば進化になり、逆に向けば退化へと向かう…と言うような」
 「じゃあ、それを聞く限りでは、お姉ちゃんは戦争と言うものに対してイヤだったりキライだったりしないのね?」 
 少女のその質問無いような、今ひとつ要領を得なかったが、それでも彩は微笑んで、
 「人と人が殺し合うのは悲しい事ではあるけれど、進歩があるなら退化もあり、そしてその逆もまた。鏡の表と裏みたいなものだと思っていますし、そんなに人間は愚かじゃないと信じていますから」
 その、彩の言葉に少女の唇が緩やかに笑みの形になった。その表情は、まさに成熟した女のもので、その余りの違和感に我知らず彩は一歩退いてしまう。それを気にした様子も無く、少女はその笑顔のままで、くるりと彩に背を向けた。
 「待ってッ!どうしてあなたはそんな事を私に聞いたのですか?…あなたは一体……」
 何者なのですか。その問いは何故か口にする事ができなかった。何故なら、それを聞いてしまったが最後、最早引き返せない状況に陥るような気がしたからだ。そんな彩の内心を見透かしたかのよう、少女は両手の指を後ろ手に組んだ状態で、首を捻って背後のいる彩を振り返り、冷ややかに微笑んだ。
 「一体…の後は聞かなかった事にするわ。どうして、って問いにも答えられないけど、少なくとも言える事は、もしもアナタが悲観的な答えを出してこの世を儚んでいると知ったのなら、殺してあげようと思っただけよ」
 そう言い残すと少女は消えた。比喩ではなく、まさにその場から消え去ったのだ。何かの能力者だったんだ、と今更にように彩は知る。そして、最後の少女の言葉に今更のように、また今はない背中の毛をぞわりと逆立てたのだった。


おわり。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0284 / 森杜・彩 / 女 / 18歳 / 一般人 】

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■         ライター通信          ■
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大変大変長らくお待たせを致しました、ライターの碧川桜です。本当にお待たせしてしまって……申し開きもできない状態に、ただ平身低頭するのみでございます。
森杜・彩様、またお会い出来て、とても嬉しいです。ありがとうございます!
今回はお一人ずつのノベルとなりましたので、多少いつもよりは短めの内容となっております、ご了承くださいませ。少しでも楽しんで頂けたのなら光栄です。
それではこの辺で…またお会い出来る事をお祈りしつつ。