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こちら邪神温泉地獄一丁目前旅館
●巫女姫な妹〜お兄様大好き〜
話は、出発前にさかのぼる。
「ふみゅ〜〜」
厄介になっている神社の境内で、森杜・彩は、深い深いため息をついていた。
「こら。手が止まっているぞ。どうした? 溜息なんかついて」
「あ、お兄様」
彼女の兄が、そう言って彼女をしかりつける。そんな彼に、彩は割烹着のポケットから、招待状を見せた。
「あ、あの・・・・。こんなものを貰ったんですぅ・・・・」
「招待状?」
おずおずと、事情を説明する彼女。そして、こう続ける。
「温泉旅館のを貰ったんです。あ、あの・・・・よろしかったら・・・・一緒に・・・・」
一緒に行きたいんですぅと、そう言いたげな彼女に、兄は「何でだよ」と、納得いかない様子だ。
「だ、だって。招待状は2枚ありますから・・・・。日ごろお世話になっていますし・・・・。い、慰安旅行にっ!」
何とかして言い訳を考える彼女。と、その大きな目に、いっぱい涙を貯めているのを見て取り、兄は彼女の頭をくしゃりとなで回しながら、こう言った。
「わかったわかった。道具に勝手に出歩かれたら困るしな。泣かないでも連れてってやる」
「わーい」
何気なく酷い事を言われながらも、大好きな兄と旅行にいけると言う事に、気を良くした彼女は、上機嫌で仕事に精を出すのだった。
で。
「ここが邪神温泉ですわね。なんだか妖しい雰囲気ですわ〜っ」
口元で手を握り締め、きゃーっと心の悲鳴を上げる彩。
実は、彼女が無理やりここに来たのには、ある理由がある。
(今日こそ‥‥。今日こそ、お兄様に想いを伝えるのですわっ!!)
そう。こんなに妖しい山の中ならば、少しぐらいキケンな行為をしても、誰も咎めはしない。
(でも、血が繋がっているし、なにより私はお兄様の使い魔で道具だし、でも、告白してみたいし・・・・)
普段の生活では、決して体験できない行為をする。それも、立派な旅行の目的だ。
「何してる。行くぞ」
「あぁん、待ってください〜」
その為ならば、荷物を山ほど持たされている状態でも、余り気にはならない。その荷物を、とりあえず部屋に行き、2人は早速湯殿へと向かった。
「えええっ。私も一緒に入るんですかぁ?」
「当たり前だろ」
普段、やたらと道具だの使い魔だの、散々な扱いを受けているせいか、こう言う状況には、余り動じない。仕方なく、バスタオルを身体に巻いて、付き従おうとしたのだが。
「ああ、タオルなんか巻くなよ。道具にタオルを巻く奴がどこに居る」
「しくしく‥‥」
そのタオルすら、没収されてしまった。仕方なく、皆がぎょっとした表情を浮かべる中、フルヌードで、兄の後ろをついて行く。
「あ、あのっ!! お兄様には、是非言いたい事があるのです!」
「なんだよ」
その最中、彩は、まだ機嫌の良くない兄のそれを、上向きにするべく、こう切り出した。
「お兄様は、私の事、どう思っていらっしゃるんですの?」
「道具で妹」
即答する兄。ついでに『洗え』だの『シャンプー』だの、色々と要求してくる。
(ふみゅぅぅ。やっぱりぃぃぃ・・・・)
この外道な兄貴に、ロマンスを期待してはいけない。だが。彼女は気を取り直して、こう思った。
(いや。こんな所でめげていてはいけませんわ!)
湯船に入りながら、彼女は続ける。
(そうっ! 今日こそ道具で使い魔で妹の立場を返上して、お兄様に告白するんですわ! そして、されたいっ!」
「待て待て待て!!」
途中から、心の呟きではなく、力いっぱい叫び倒していたらしい。流石の兄も、顔色を変えて、その口を押さえる。
「お前な、何18禁エロゲーな台詞をはいているっ!?」
「え? 私そんな・・・・」
本人は、まったく気付いていなかった所が、この温泉の恐ろしい効能だ。
「まったく。何を考えているんだ・・・・」
ぶくぶくと沈みながら、兄が次に言葉にしたのは。
「お前は、従順で消極的過ぎるんだ。運動神経は特に悪くないんだから、神社の隅っこで縮こまってないで、もう少し活発になれば、素敵な、自慢の妹‥‥いや、女性になると思うんだよな。そうしたら、絶対ヨメになんていかさねぇぞ‥‥って、何を言っているんだ!? 俺は!」
途中で、心の奥底にしまいこんで、絶対に口には出すまいと思っていたセリフになってしまい、慌てふためく兄。
「お兄様♪」
「どうした」
彩が、そんな兄貴にすりよってくる。
「正直に言ってもらって嬉しいです。答えがなんであれ、私はお兄様といっしょにいられれば、幸せですから・・・・☆」
「まぁ、たまには道具も手入れをしないと、錆びるしなー‥‥」
あさっての方向を向きながら、そう答える兄。その光景を見ていたエルンストが、一言。
「おやおや。あてつけられてしまいましたね」
いや。お前らそれ以前に、相手は血のつながった兄弟なんだが‥‥まぁ、世の中にはそう言う話はごろごろしているので、今更驚かないようだ。
「こう言うところは、苦手だから、僕はパースッ!」
プティは恋人達の語らいに付き合う気はないらしい。さっさと上がってしまう。
「いやぁ、若いっていいですねぇ」
いちゃつき始めた彩達に見切りをつけ、エルンストは、そう呟くと、新妻の元へと向かうのだった。
教訓‥‥亀の甲より年の功。
●チェックアウト〜お会計〜
「結局ここでは何もわからなかったですね‥‥」
散々調べまわったクルスは、不満そうにそう答えている。
「楽しかったー。またこようねっ」
プティは、遊園地を後にするときの様に、上機嫌のままだ。
「私も、お兄様とまた来たいですわ」
「あ、あははは‥‥」
彩の隣では、その兄貴が引きつった笑みを浮かべていたり。
「ぶー‥‥」
「何か、機嫌が悪いんだが」
「しらん」
ネイナの所は、連れの子供の機嫌の悪さに、その子を抱いた青年が、情けない表情をして居る。
「どこのご家庭もご亭主は大変ですわねー」
「マスター・レーナ。それ以前に、これ、どうしましょう」
その様子に、レーナがほほえましく言った。と、隣でガビィが尋ねてくる。そう、たった一人、元に戻らなかったのもいたのだ。
「ぴぎゃぁぁぁぁっ」
「しばらく放っておけば元に戻りますわ。オールサイバーだから、元にも戻りにくいんでしょう」
ケーナズである。お仕置きと幼児化の湯の相乗効果で、未だに赤ん坊状態だ。
「何か、まだ頭がボーっとする‥‥」
黎司は、湯あたりを起こしてしまったようだ。しばらく風に当たっていれば平気だろうが、はたしてその原因は、温泉疲れだけだろうか。
「大丈夫ですか? 熱に弱いのに、無茶するからですよ」
「うん‥‥」
もう1人、湯あたりを起こしてしまった青年が居る。シオンと共に来たキウィもそうだ。
「あたたた、腰が‥‥」
「無理するからですよ。まったく、温泉に来て、ぎっくり腰になるなんて‥‥」
ローゼンクロイツはと言えば、年寄りの冷や水で無茶をしすぎて、ルツにさすってもらっている。
と、そんな彼らに、旅館を代表して、礼服を着た一番血色の悪そうな従業員が、こう言った。
「アリガトウゴザイマス。ミナサマノオカゲで、貴重な生体エネルギーが手に入りましたわ」
「あ、血色が良くなった」
見る見るうちに、その血色が良くなっていき、言葉も滑らかな発音になって行く。
「これで、しばらくは行動できます。また、何人かには招待状を渡すかもしれませんが、その時には、別の趣向を凝らしますので、楽しみに待っていてくださいましね‥‥」
だが、ソレとともに、旅館は次第にその姿を薄くして行った。
「消えた?」
後に残ったのは、雑草の生い茂る野原。申し訳程度に、建物の跡はあるが、温泉も従業員も、影も形もなく消えている。
「ホログラフか‥‥。実体を伴うなんて、どこの技術だよ‥‥」
世の中には、まだ自分の知らない技術があるようだ。そう思うクルス。
ところが。
「あれ? そういえば‥‥。ここ、戦争か何かで、一回崩壊した城の跡とか言う話を聞いた覚えが‥‥」
「「「「なにぃぃぃぃっ!!?」」」
黎司の言葉が、一同の温泉熱を、一気に零下まで、湯冷めさせてしまったのは、言うまでもなかった‥‥。
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