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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


samplism(サンプリズム)2

〜1〜

 そこはいつしか寂れて長い時を経ただろう街外れの公園だった。元はそれなりに施設も充実し、昼間となれば子供達の明るい声や老人達の穏やかな笑い声で満ちた、平和なエリアだったのだろう。大きな樹が慈恵溢れる日陰を作って、人々を眩い陽光から守っていただろうその樹も、今となっては鬱蒼と怪しく生い茂り、何が潜むか分からない怪しさのみを醸し出している。実際、ここに子供達が集わなくなって以来、夜ともなれば怪しい人物が多数徘徊するようになり、噂では夜な夜な危険な商取引が行われていると言う。そんな、大の大人でも理由なく立ち寄り事のないこの公園に、その人物はあまりにもそぐわなさ過ぎた。
 一時昔のこの公園、しかも昼間になら当たり前に見られたその人物は、園内のブランコの、二基あるうちの片方は鎖の一本が切れて地面に垂れ下がり、用を成していないので、無事な方に腰掛けてゆらゆらとその小柄な身体を揺らしていた。ちゃんと鎖が二本繋がっているとは言え、使われなくなって久しい故にか、金属の結合部分が錆びて軋み、その人物がブランコを揺らす度にキィキィと耳障りな音を立て続けていた。
 その不自然な金属音が、イザークの神経に障ったのかも知れない。五感への強化は何もされていないし、超能力と呼べるような超常能力も保有していない。それでも強化された肉体そのものと、長年の勘であろうか、遠くの場所からその音を聞いたイザークは、何とも言えない不快感を抱き、その公園へと向かったのだ。
 そして、そこで無邪気な様子――…一見するとだが――でブランコを揺らす少女と対面するのである。


〜2〜

 その少女は年の頃十歳前後だろうか。金色の巻き毛をツインテールにし、その結び目に赤いリボンをしている、顔立ちこそは整って美少女の部類に入るだろうが、極々普通の少女であった。だが、その、場所的にそこに居る自体の不自然さと、そのような場所に居ながら何の恐怖も戸惑いも感じられない違和感に、イザークは本能的に、そして経験故にこの少女が極めて危険な存在である事を察知した。
 ふと、少女が顔を上げて、公園の広場に立つ長身の男の存在に気付く。子供らしく、えい!と掛け声を付けてブランコから飛び降りると、次の瞬間、時空の隙間を潜り抜けて来たかのよう、ブランコからはそこそこ離れた位置に立つイザークの目前へとその姿を現わした。イザークは一歩後ろへと後ずさる。そのぐらいの不意を突いた登場は予想の範囲内であったが、もしも相手が見た目通りの子供の要素を持っているとするならば、ここは驚いた振りを、相手の手の内に落ちた振りをした方が得策だと考えたからだ。そんなイザークの思惑を見抜いてかそうでないのか、少女は容貌の幼さに似合わない、大人びた笑みをその赤い唇の上に立ち昇らせる。
 「…ねぇ、お兄ちゃん。こんな所で何をしてるの?」
 「それはこっちの台詞だがな。今何時だと思っているんだ。おまえのような子供が出歩いている時間じゃないぞ」
 極めて普通の会話を交わしながらも、イザークの内側で作られた能力が高揚し始める。いつでも万全の状態で動かせるよう、そしてそれを相手に悟られないよう、極力気を遣いながら軽く踵を浮かせた。そんなイザークの様子には気付いていないのか、少女が無邪気な様子で首を傾げる。肩に付くか付かないか程度だったツインテールの先が、肩先に触れてさらりと微かな音を立てた。
 「えー、だって。ワタシ、聞きたい事があったんだもん」
 「聞きたい事?何だ、俺に答えられる事なら答えてやろう。その代わり、聞いたらさっさと家に帰るんだぞ」
 淡々とした口調でそう告げるイザークを訝しがる様子も怖がる様子も見せず、少女は笑顔を向けてこう言った。

 「じゃあ聞くけどお兄ちゃん。ニンゲンが進化する為に必要な事って何だと思う?」


〜3〜

 その問い掛けを聞いた途端、イザークの周囲の大気がヴゥンと言う低い振動音と共にぶれた感覚を受ける。それは何の前ぶれも無く、イザークが高機動運動を用いたのだ。その、短い距離を余りに速い速度で移動したが為、中途半端に残った残像が空気の揺れを起こしたかのような印象を残したのだ。イザークの片手が少女の細い項へと伸びる、彼女がただの一般人、若しくはエキスパートであれば、例えサイバーの類いであってもイザークには少女を捕縛する自信があった。相手の見た目が小柄で幼い子供のものであるからではなく、それだけ今までの自分に蓄積された経験からである。が、少女を気絶させようと目論見、伸ばしたイザークの腕は少女に届く前に空を切る。冷静沈着なイザークの銀色の鋭利な瞳が極僅かにだが驚きで見開かれる。次の行動に移ろうと、先程の高機動運動の慣性で再びヴン、と響く音と共に身体を水平方向へと一回転させる途中、高速で移動するイザークの視界に、そこだけ時間の流れが止まっているかのよう、不意に少女が姿を現わした。
 「イヤねぇ、無粋な男。人の話は最後まで聞きなさいよ」
 その言葉は、声こそは子供特有のトーンの高い幼い声だが、言葉遣いそのものは完全に大人の女だった。子供が大人の言葉を真似して、意味も判らずに使っている、と言う感じではない。そんな違和感も今更なのか、イザークは表情一つ変えずに、凄い勢いで流れる風景の中、少女の方へと向き直った。
 「無粋で結構。訳の分からん質問を、見知らぬ男に投げ掛けるおまえの方が無粋だろう」
 「あら、失礼ね。聞いてみろと言ったのはお兄ちゃんの方でしょう?」
 大人びた口調の中、『お兄ちゃん』と言う部分だけは子供のままでそれが妙に座りが悪い。微かに白皙の中の眉を寄せると、イザークがザッと後ろへ退き、正常モードへと移行した。
 「確かにな。だがそれがおまえの本来の目的とも思えん。聞きたければ答えてやるが、それで終わりになると思うな」
 言うが早いか、次は高機動運動を使わずに、通常の状態で使える敏捷性を活かして少女の傍まで一瞬で駆け寄る。これでも充分に素早く、普通なら瞬く間にその小さな身体を拘束出来た筈なのだが、その行動さえも少女は見抜いたよう、磁石が反発するようにイザークが近付いた分だけ後ろへと飛びすさる。フリルの付いた可愛いスカートが、その素早い動きに対応し切れずに、少女の細い足に纏わり付き、時間差を置いてふわりと元の位置に収まる。コツ、と赤い革靴の踵を鳴らすと、少女は腕組みをしてイザークの方を見る。
 「聞きたいから聞きたいって言ったのよ。それ以上でもそれ以下でもないわ。じゃあついでに聞くけど、退化の為に必要な事はナニ?」
 「どちらにも必要なのは『変化・変異』それだけだ。その変わりようの方向性に寄り、進化するのか退化するのか道が分かれるだけだ。進化・退化なんてのは人の思惑が入るような現象ではない。天変地異と同じくらい、当たり前で動かしようのない事実だ」
 そんな言葉の合間にも、イザークはその保ったままの冷たい美貌のままに、平然と少女へと攻撃をし掛ける。尤も、イザークの攻撃は少女の命を奪ったり身体を傷付けたりと言うような類いのものではなく、あくまで捕獲優先のものであったが。それ故か、決定打に掛けることは否めなかったが、内心ではここでこの少女を捉える事が出来ずとも、背後に居るであろう仲間、若しくは上層部の連中を引き摺り出せれば本望、と思っていた。少女の意味不明な問い掛けは唯のきっかけづくりに過ぎず、彼女…いや、彼女らの目的が別の所にある事は明確であったからだ。
 だがそんな、予備動作の殆どない、裏へ裏へと掻くイザークの行動も、悉く少女には見破られ、先回りをされる。それでいて少女の方からは一切攻撃を仕掛けて来ない事にもイザークは僅かにだが苛立った。膨大な電力を消費する高機動運動はなるべくなら使いたくなかったが、最早そんなことも言ってられない状況になりつつあった。
 一旦動きを止めたイザークの内側で、体内電池の急激な高まりが起こる。二回めの高機動運動に向けての準備である。先程、一回目の高機動運動を行なっているので、今回の準備は短時間で済む。半分以下の時間でMAXに達したイザークの運動機能が、爆発にも似た勢いで地面を蹴り、また空気が振動する音を残して大気自体がぶれる感覚が起こった。
 「どうした。逃げるのが趣味か」
 イザークが行動とは全くの裏腹な、静かな声で話し掛ける。それが少女が行動に移る前の発言と言う事は、少女がまた逃げの手を打つだろう事を予測していたらしい。自分の行動を読まれた事にはさすがに苦笑いを浮べつつ、やはり少女は、イザークが少女が位置に到達するよりも僅かに早く、その場を飛びすさった。
 「アナタの返答は余りに素っ気なさ過ぎてつまんないわ」
 「それは悪かったな。だがこれが俺の常なんでね。返答にも、別に含みがある訳ではない。あの言葉そのままだ。進化も退化も、その時々の巡り合わせ、それ以上でもそれ以下でも無く。因果関係や優劣で必然を求めなければ安心出来ないか?」
 「ワタシは退化も進化も、それ自体に善し悪しがあるとは思ってないわ。興味あるのは返答そのものではなく、尋ねた相手の動揺かしら。不意を突かれたニンゲンって、弱いんですもの」
 くすくすと笑う少女に、既に見掛けの幼さは微塵もなく。老成した大人の厭らしさを感じたイザークは、それがまるで自分の事のように思えて少しだけ苦笑いを浮べる。
 「それこそ、相手を見下す事で己が優位に立とうとする事、そのものではないか。そんな事をしなければ、己の存在意義も見つけられないか?」
 「ワタシはワタシよ、別に人と比べなくても立派にやってるわよ」
 余計なお世話、と少女がべーっと舌を出す。その瞬間だけは子供らしく見えて、思わずイザークは低く喉を鳴らして笑った。
 ここまでの、聞いているだけなら普段通りも会話も、実は目まぐるしい高速の動きの中で行われたものであった。ビゥ、ヴォンと空気の切れる音がして二人は一定の距離を保っている。イザークの、経験から得た先回りの戦略も悉く先読みされる。だがそんなイタチごっこの攻防も、イザークの一言によって不意に終わりを告げた。
 「おまえ、逃げてばかりだな。攻撃能力を持たないのだろう?」
 その言葉を聞いた途端、少女が逃げるのを止める。尤も、そのほんの一瞬前にイザークも身体の機能を抑えたから、少女も動きを止めたのだが。どうやらこの少女、進退能力もさる事ながら、予知の能力を持つらしいが、それは極めて短い未来の先しか読めないらしい。それ故、イザークの攻撃を一瞬の間合いで読み、それを避け続けていたのだが、それであれば、一瞬先を読んで攻撃する事も可能である筈なのにしてこない所から、イザークはそう読んだのだ。
 「図星のようだな」
 「これだから大人は嫌いよ」
 自分も恐らくは、精神的には何十年と生きた人間のものの筈なのに、そんな事を言って唇を尖らせる。そんな様子には一向に堪えた様子も無く、イザークは口元だけで極々僅かに笑った。
 「どういたしましてだ。だがその言葉、そっくりそのままおまえに返すぞ」
 「いらないわ。熨斗を付けてお返しします」
 イーッと歯を剥き出して子供のように威嚇すると、少女はスカートの裾を摘まんで恭しいお辞儀の真似をする。その次の瞬間、最初にブランコのところからイザークの元へと瞬間的に空間を移動して来たのと同じように、唐突に姿を消した。間際、イザークの耳元で囁いていく。
 「お陰でイイサンプルが手に入ったわ。それに、アナタは悲観もしていなさそうだし、殺さないでいてあげる」
 少女にイザークが殺せるとも思えなかったが、その威高な物言いが如何にも『らしく』、イザークはそれ以上の追跡は止めて踵を返し、静寂の戻った公園を後にした。


おわり。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0241 / イザーク・シュライバー / 男 / 45歳 / オールサイバー 】

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■         ライター通信          ■
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大変大変長らくお待たせを致しました、ライターの碧川桜です。本当にお待たせしてしまって……申し開きもできない状態に、ただ平身低頭するのみでございます。
イザーク・シュライバー様、ハジメマシテ!お会い出来て光栄です。初のご参加、有り難うございました。
今回はお一人ずつのノベルとなりましたので、多少いつもよりは短めの内容となっております、ご了承くださいませ。少しでも楽しんで頂けたのなら光栄です。
それではこの辺で…またお会い出来る事をお祈りしつつ。