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こちら邪神温泉地獄一丁目前旅館
●大人になる湯
駄々をこねるプティを、女湯に引渡し、戻ってきたクリスは、本来の目的である大人になる湯の調査を始めた。
(果たして、オールサイバーに効き目があるのか‥‥。ものは試しと言いますけど、望みは薄いなー)
生身のプティに対しては、あれだけ劇的で顕著な効果があったにも関わらず、同じ条件で入った筈のオールサイバーの彼には、何の反応も示されていない。
(やはり無理でしたか‥‥)
落胆する彼。自分が年をとるのを止めてから、もう15年以上。別に後悔なんぞはしていないが。最近は少し悩みの種ではある。外見が15歳と言う事で、好きになった相手から、子ども扱いされがちなのだ。すでに割り切って居ることではあるが、それが寂しくもあり、自分の中で、コンプレックスになっている部分でもあった。
と、そこまで考えた時だった。
「あれ?」
自分の視界が、わずかに高くなっている事に気付く彼。
「まさか」
あわてて鏡を見るクリス。そこには、顔は変わらないが、若干‥‥頭1つ分成長した自分がいた。
「なるほど‥‥。オールサイバーには、効力が薄いと言う事ですか‥‥。もしかしたら、生体反応と連動しているのかも知れませんね」
ひとり、納得したような表情を浮かべる彼。確か、エスパーが自分達の存在を感知する時には、その生命反応が非常に小さく、行動が活発な物体として知覚できると、何かの機会に聞いた覚えがある。この反応も、それと同じ様なものなのだろう。元来、オールサイバーは薬が効かない体質でもあるのだから。
「だが‥‥。だとしたら、何の為に‥‥」
こうなると、ただの好奇心ではすまされない。ACに効果があると言う時点で、非常に胡散臭くなったと感じたクリスは、驚いたり、騒いだりと、賑やかな他の客を知り目に、早々に湯船から上がる。
「おっと。忘れる所でしたね」
空っぽのシャンプー容器を湯船につけ、湯のサンプル採取を行うクリス。ごぽごぽと緑色に泡立つそれは、何か特殊な物体が内包されている事を、予感させるのだった。
●子供になる湯
彼がまず向かったのは、『子供になる湯』と銘打たれた湯だ。これには理由がある。女湯も調べなければならない為だ。さすがに、そのまま入ると、覗き魔と間違われて、変態扱いされてしまうので、一度子供の湯に入り、もう少し年齢を落とそうと言う算段である。それに、旅館の調査をするのならば、『宿の探検をしていて迷い込んだ子供』の方が、疑われにくいと言うもの。
「失礼します。おや、先客ですか」
大人になる湯と違い、ガラーンとした部屋の中では、一人の青年が、真っ赤な顔して、頑張っていた。
「いつから入ってるんです。大丈夫ですか? 倒れそうですけど」
「かれこれ一時間は入ってる‥‥。そろそろ変わってもおかしくないんだが‥‥」
うんうんうなりながら、そう呟くケーナズ。
「あなた、もしかしてオールサイバーですか?」
思い当たる事のあったクリスがそう問うと、ケーナズは「ああ」とうなずいて、その事情を、頼まれても居ないのに、こう説明した。
「いやー。うちも実家が温泉旅館やっててさぁ。お袋が、我が趣味人亭のライバル温泉には、是非視察に行くべきだー! なんつって、たたき出されちまって」
「真面目なんですね」
だが、ケーナズはクリスが感心した様子を見て、首を横に振る。
「いや。あいにく俺は、そんな勤勉じゃない。ここに来たのは、俺の壮大な野望が‥‥男なら誰しも抱く野望をかなえる為に、自らここに来たんだ!」
ざばぁっと、湯船の中で拳を握り締めるケーナズ。クリスが、困惑して「はぁ‥‥」と、気のない返事をすると、彼はがしぃっと彼の肩を片腕でつかんで、こう囁く。
「とか何とか言って、お前も同じ目的なんだろう」
うりうりと、肘のあたりでつつき倒すが、クリスはそう言った事は欠片も考えていなかった為、ますます首を傾けて、「え? 何の事ですか?」と、返している。
「またまたとぼけちゃってぇ。男の夢といったら、やっぱり覘き! 塀の向こうには、すっぱだかのおねーちゃんが、ダース単位でてんこ盛りなんだ! これを覘かずして、どうするっ!」
一人で妄想に浸っている彼に、クリスが呆れながらも、冷静なツッコミを入れた。
「だったら、性転換の湯にでも行って、女性になってくればよろしいでしょうに」
クリス自身にそのつもりはないが、そうすれば、大手を振って入れる。しかし、ケーナズはこう言って首を横に振った。
「ばーかやろう。女好きの俺様が、女になってどーしろっつーの。うちの腐れとんでもないお袋じゃあるまいし。ここはやはり、子供になれる湯でしょ」
彼の母親と言うのが、どういう御仁かは知らないが、大の男が恐れるとなれば、相当にきつい性格の女性なのだろう。
「そんなもんですかねぇ」
「当たり前だ! 可愛い美少年のケーナズ君になって、ドサクサ紛れに女湯に入って、全裸の綺麗なお姉様達にもみくちゃにされるのだ! ああ、なんて幸せなんだ!」
頭に載せていたタオルの中に仕込んでいたらしい、古い写真を取り出して、クリスへと見せるケーナズ。そこには、40年以上前、紅顔の美少年と本人が主張する頃の、色あせた少年の姿が映し出されていた。
「で、それを目当てに、ここで粘っていると」
悦に浸っているケーナズにそう言うと、彼は不思議そうな表情で悔しがっている。
「期待を膨らませて、勢いよく飛び込んだはいいが、なんで子供になんねーんだー!」
確かに、彼は未だ20代半ばの色男のままだ。と、それには彼が、今しがた体験した事を報告する。
「ACには聞きにくいようです。私も、大人になる湯なるものに入って見ましたが、3歳しか年取りませんでした」
「何ぃぃ!? じゃあ、俺は子供どころか、ちょっと若いときの20代くらいにしかならいのか! うぉぉぉぉ! 詐欺だーーー!!」
それでも充分だと、クリスは思ったが、口には出さずに、湯船の縁へ寄りかかった。
「まぁ、こちらの効力は若干違うかもしれませんし、もう少し耐えてみましょうか」
「いや。俺は上がる! くぅぅっ! こうなったら、性転換の湯でもいい! なんとしても、綺麗なお姉様方の全裸だけは拝まなければ!」
意地でも女湯に入りたいらしい。元気すぎるケーナズに、クリスは「頑張ってくださいねー」と、無表情な応援を送り、袂を分かったその時だった。
「あれ?」
「おや」
上がったケーナズの身体が、見る見る縮んで行く。
「ぷぎゃぁぁぁ!」
「なるほどー。こうやって上がった瞬間に、効果が発動するんですね」
時間にして、1分あるかないかだろう。感心するクリスの前で、ケーナズは少年期を通り越し、幼年期さえもブッちぎって、バリバリのお子様‥‥と言うよりも、赤ん坊になってしまっていた。
「ぷぎゃぁぁぁっ! ぷぎゃぁぁぁ!」
「浸かり過ぎですね。これは。早々に上がってしまった方が良さそうです」
そりゃあ、1時間も使っていりゃあ、幼児化が過度に進行しようと言うもの。
「ぷぎゃぁぁぁっ! ぷぎゃぁぁぁ!」
「何? 冷静に分析してないで、何とかしろ? 仕方がありませんねぇ。大人になる湯に漬けておけば、ちょうど良くなるでしょう」
三歳くらいしか年を取らないらしいので、この状態で放り込めば、彼の臨む姿にはなるだろう。
「運んであげるんですから、たっぷりと実験台になってくださいね」
「ぷっぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
ただし、浸け方に情けも容赦もなかった事を、追記しておく。
●チェックアウト〜お会計〜
「結局ここでは何もわからなかったですね‥‥」
散々調べまわったクルスは、不満そうにそう答えている。
「楽しかったー。またこようねっ」
プティは、遊園地を後にするときの様に、上機嫌のままだ。
「私も、お兄様とまた来たいですわ」
「あ、あははは‥‥」
彩の隣では、その兄貴が引きつった笑みを浮かべていたり。
「ぶー‥‥」
「何か、機嫌が悪いんだが」
「しらん」
ネイナの所は、連れの子供の機嫌の悪さに、その子を抱いた青年が、情けない表情をして居る。
「どこのご家庭もご亭主は大変ですわねー」
「マスター・レーナ。それ以前に、これ、どうしましょう」
その様子に、レーナがほほえましく言った。と、隣でガビィが尋ねてくる。そう、たった一人、元に戻らなかったのもいたのだ。
「ぴぎゃぁぁぁぁっ」
「しばらく放っておけば元に戻りますわ。オールサイバーだから、元にも戻りにくいんでしょう」
ケーナズである。お仕置きと幼児化の湯の相乗効果で、未だに赤ん坊状態だ。
「何か、まだ頭がボーっとする‥‥」
黎司は、湯あたりを起こしてしまったようだ。しばらく風に当たっていれば平気だろうが、はたしてその原因は、温泉疲れだけだろうか。
「大丈夫ですか? 熱に弱いのに、無茶するからですよ」
「うん‥‥」
もう1人、湯あたりを起こしてしまった青年が居る。シオンと共に来たキウィもそうだ。
「あたたた、腰が‥‥」
「無理するからですよ。まったく、温泉に来て、ぎっくり腰になるなんて‥‥」
ローゼンクロイツはと言えば、年寄りの冷や水で無茶をしすぎて、ルツにさすってもらっている。
と、そんな彼らに、旅館を代表して、礼服を着た一番血色の悪そうな従業員が、こう言った。
「アリガトウゴザイマス。ミナサマノオカゲで、貴重な生体エネルギーが手に入りましたわ」
「あ、血色が良くなった」
見る見るうちに、その血色が良くなっていき、言葉も滑らかな発音になって行く。
「これで、しばらくは行動できます。また、何人かには招待状を渡すかもしれませんが、その時には、別の趣向を凝らしますので、楽しみに待っていてくださいましね‥‥」
だが、ソレとともに、旅館は次第にその姿を薄くして行った。
「消えた?」
後に残ったのは、雑草の生い茂る野原。申し訳程度に、建物の跡はあるが、温泉も従業員も、影も形もなく消えている。
「ホログラフか‥‥。実体を伴うなんて、どこの技術だよ‥‥」
世の中には、まだ自分の知らない技術があるようだ。そう思うクルス。
ところが。
「あれ? そういえば‥‥。ここ、戦争か何かで、一回崩壊した城の跡とか言う話を聞いた覚えが‥‥」
「「「「なにぃぃぃぃっ!!?」」」
黎司の言葉が、一同の温泉熱を、一気に零下まで、湯冷めさせてしまったのは、言うまでもなかった‥‥。
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