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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


こちら邪神温泉地獄一丁目前旅館
●動物さんのお風呂・性転換の湯
 さて、深夜。
「まずいな‥‥。体の火照りが治まらない・・・・」
 布団の中で、黎司はまったく言う事を聞かない身体をもてあましていた。
「全く! 僕のこの身体をどうしてくれるんだ!」
 さっき、青年にあおられまくったはいいが、その後のほてりがまったく収まらない。そういえば、どこかでこの温泉には、フェロモン効果があるのかもしれないねーだのと、女性客が言っていた事を思い出す。
「仕方が無い。もう1度風呂に入ってこよう・・・・」
 ゆっくり浸かれば、何とかなるだろう。そう思い、深夜の温泉に向かう黎司。
「あれ、こんな時間に先客?」
 誰も居ないと思ったが、脱衣所には、着替えが一名様分あった。
「失礼します」
「あ、ごめんなさい・・・・。女湯に間違えて入っちゃったかな‥‥」
 一言声をかけて入ると、振り向いた青年‥‥キウィ・シラトは、そう言って謝る。どうやら、整った顔立ちの彼を見て、女性と間違えてしまったらしい。
「いや。間違えていませんよ。僕、これでも男ですから」
「ああ、なら良かった・・・・」
 間違えられる事は、時たまある。さらりと対応しながら、湯船に入ると、キウィはさっと左腕を、湯船の中へ隠した。
「その傷は・・・・。それを癒しに来たんですか?」
「これは・・・・。そう言うわけじゃ・・・・」
 どうも、見せたくはないらしい。横に入った躊躇い傷は、自ら腕を切った者特有の証だ。
「隠さなくても良いですよ。別に、非難しているわけじゃないですから」
「あ‥‥」
 水音も立てずに、キウィの左腕を引き寄せる黎司。
「涙の、味がしますね・・・・」
「泣いてなんて・・・・」
 直りかけの傷にキスをされて、困惑するキウィ。
「心の、涙ですよ」
「これは・・・・。そんなんじゃなくて・・・・。ただ、自分を見失わない為に・・・・」
 勘違いされたくない。だが、黎司はこう言った。
「それが、涙って言うんだよ‥‥」
「え・・・・何を・・・・」
 きゅっと、まるで幼子を抱きしめるかのように、引き寄せられる。
「何が、君をそこまで追い込んでいるのかわからないけれど、僕でよかったら、君の心を癒してあげたい・・・・。ダメかな?」
「優しいんですね・・・・」
 昔‥‥遠い昔、どこかでこんな優しさにめぐり合った気がする。あれは、どこだっただろう。
「でも、優しすぎると、人を傷つける・・・・」
 けれど、キウィの記憶の中で、自分にそうした存在は、皆、自分から離れて行った覚えもあった。
「優しい嘘は、人の心を成長させるものさ」
「暖かい・・・・」
 それでも、構わないと。温かな湯は、心さえ、解かして行くのだろうか。
「君のその、冷えてしまった心が、温もりを求めるのなら、それまでずっとここに居るよ‥‥」
「ありがとう・・・・」
 目を閉じた彼らが、徐々に姿を変えて行ったのは、それからまもなくの事。
「さて、次のお風呂は・・・・」
 最後に、動物さんになる湯に入ろうと、やってきたプティは、湯船の脇で、身体を寄せ合うようにしている兎を二匹、発見する。
「あれ? ウサギさん・・・・?」
 一匹は、耳の垂れたロップイヤータイプの兎。もう一匹は、黒い身体に青い眼の兎さんだ。
「可愛いー。おいでおいでー」
 だが、そう言って追いかけるプティから、二匹の兎は、いやいやをする様に逃げ惑う。
「えー。ダメなの? 遊んでくれないの?」
 哀しそうにプティが言うと、兎は少し立ち止まり、顔を見合わせていた。
「そこで何をしているんです?」
 と、そこへシオンが入ってくる。
「えっとねぇ。お風呂に入りに来たの。そしたら、うさぎさんがいたから、一緒に遊んでもらおうと思って・・・・」
 だけど、一緒に遊んでくれないの。可愛いのになーと、子供の感想そのままで、訴えるプティ。
(キウィに似てるうさぎですね・・・・)
 片方の‥‥ロップイヤータイプをじーっと見ていたシオンに、プティはこう聞いてきた。
「そのうさぎさん、おじさんの?」
「いや、そうじゃないんですけど・・・・。懐かれてしまったようですね」
 そのロップイヤーのほうは、てててっと黒ウサギの方を離れ、シオンの腕の中へと収まってしまう。
「あー、取られちゃったね。寂しいなら、プティちゃんがいっしょに寝てあげる」
 もう一匹が、つまらなそうにしているのを見て、プティが両腕を差し出した。と、その黒ウサギは、喜んだように、彼女の腕へジャンプしてくる。
「おや、きみも気になるのかい?」
 そちらをちらちらと見るロップイヤーに、シオンがそう尋ねた。と、ウサギは言葉がわかるかのように、こくんと頷く。
「そうですか・・・・。大丈夫、心配しなくても、いじめたりはしませんから。ね?」
「うん。夜、一緒に寝るだけだよー」
 彼の言葉に、安心したのか、ロップイヤーは、再びシオンの胸に、鼻先をこすりつける。
「ここが・・・・話題の温泉ですか・・・・」
 そんなウサギを連れて、シオンは温泉へと入った。
「ああ、君はここで待っていてくださいね。おぼれちゃいますから」
 ウサギを傍らに置き、ちゃぽんと浸かるシオン。
「しかし・・・・男が性転換の湯に入って、何をするんでしょうかね・・・・」
 看板には『変化の湯』と書いてある。『女性になる場合もございますが、当方は責任を持ちません』なんぞと、無責任極まりない看板を見つめながら、シオンは育てた義理の息子の事を考えていた。
「女性に・・・・か・・・・」
 それなりに、女性経験はあるシオン。ただし、どれもうまくは行かなかったけれど。
「キウィは、女の子だったら、母親にそっくりになるんだろうか・・・・」
 その結果、彼は今、キウィを預かって居る。と、そこまで考えていたときだった。
「君は・・・・」
 背中を洗おうとでもしたのだろうか。前足をくっつけられて、振り返る。
「ダメだよ、入っちゃ」
 そう忠告するシオンだったが、彼の視線の先で、ロップイヤーは、水から湯船に足をつける。
「あ‥‥」
 入ったその先から、そのふわふわとした足は、滑らかな女性の足へと変化して行った。
 そして。
「ただいま」
 年頃の女性となったキウィは、湯船の中に腰まで浸かりながら、両手を広げて、そう言う。
「キウィ・・・・」
 普段、気付かなかったが、やはり彼の義理の息子は、生みの親である女性に、そっくりだった。
「やっぱり・・・・似ていますね・・・・。あなたの母親に・・・・」
 まぶしそうに眼を細め、そう言うシオン。
「母さんに?」
「ええ」
 記憶にない母親。確か、幼い頃、自己でなくなったと聞く。
「シオン・・・・。母さんの事、好きだったんだね・・・・」
「ええ。ずっと、後悔してました・・・・」
 その血を引く女性が、目の前に居る。その事に、シオンは心の中にしまっていた思いを、抑えきれずに居た。
「後悔?」
「こんな風に・・・・。傍に居たのに・・・・」
 抱き寄せられた。
「シオン?」
「ずっと、伝えたかったのに・・・・」
 告白できずに、気がついたら、他の男性に取られていた。もう二度と、そんな思いはしたくはなくて。
「・・・・」
 抱きついたままの彼の頭を、キウィは優しく撫でている。
「世話になった女性の息子に、こんな事を囁くのは、おかしいかもしれないけれど・・・・」
 もしかしたら、この異常事態は夢なのかもしれない。ならば、せめて今だけは、己に嘘をつかず、正直に告白したかった。
「けれど・・・・。好きだったんだ・・・・。愛していたんだ・・・・。あの人の事を・・・・」
 すがりついて、嗚咽するシオン。と、キウィはこう聞いた。
「私じゃ・・・・ダメなの?」
「え?」
 顔を上げると、キウィは、不安そうに続ける。
「私は・・・・シオンに愛されていないの?」
「いや・・・・」
 こくんと、喉がなった。まるで、初めて告白する時の様に。
「愛している・・・・。キウィは、世界中で一番大切な存在だよ」
 少なくとも、今は。後悔を繰り返したけれど、今、大切にしたい者は、たった一人。
「私も」
 にこりと、その思いを察したキウィは、微笑んで、そう答える。
「キウィ・・・・」
「シオン・・・・。大好き・・・・」
 その言葉に、子供が、父親に甘える様なものだと、割り切れない何かが、シオンの中で生まれてしまう。
(今は・・・・女性・・・・。いや、いくら義理のとはいえ、子供に手を出すなんて・・・・。でも、血は繋がっていないわけだし・・・・)
 迷う彼に、キウィは自ら唇を押し当てた。
「ん・・・・」
 戸惑いが、湯に溶けて行く。
「上がろうか」
「うん・・・・」
 彼らが、部屋に戻ったのは、それからまもなくの事だった。

●チェックアウト〜お会計〜
「結局ここでは何もわからなかったですね‥‥」
 散々調べまわったクルスは、不満そうにそう答えている。
「楽しかったー。またこようねっ」
 プティは、遊園地を後にするときの様に、上機嫌のままだ。
「私も、お兄様とまた来たいですわ」
「あ、あははは‥‥」
 彩の隣では、その兄貴が引きつった笑みを浮かべていたり。
「ぶー‥‥」
「何か、機嫌が悪いんだが」
「しらん」
 ネイナの所は、連れの子供の機嫌の悪さに、その子を抱いた青年が、情けない表情をして居る。
「どこのご家庭もご亭主は大変ですわねー」
「マスター・レーナ。それ以前に、これ、どうしましょう」
 その様子に、レーナがほほえましく言った。と、隣でガビィが尋ねてくる。そう、たった一人、元に戻らなかったのもいたのだ。
「ぴぎゃぁぁぁぁっ」
「しばらく放っておけば元に戻りますわ。オールサイバーだから、元にも戻りにくいんでしょう」
 ケーナズである。お仕置きと幼児化の湯の相乗効果で、未だに赤ん坊状態だ。
「何か、まだ頭がボーっとする‥‥」
 黎司は、湯あたりを起こしてしまったようだ。しばらく風に当たっていれば平気だろうが、はたしてその原因は、温泉疲れだけだろうか。
「大丈夫ですか? 熱に弱いのに、無茶するからですよ」
「うん‥‥」
 もう1人、湯あたりを起こしてしまった青年が居る。シオンと共に来たキウィもそうだ。
「あたたた、腰が‥‥」
「無理するからですよ。まったく、温泉に来て、ぎっくり腰になるなんて‥‥」
 ローゼンクロイツはと言えば、年寄りの冷や水で無茶をしすぎて、ルツにさすってもらっている。
 と、そんな彼らに、旅館を代表して、礼服を着た一番血色の悪そうな従業員が、こう言った。
「アリガトウゴザイマス。ミナサマノオカゲで、貴重な生体エネルギーが手に入りましたわ」
「あ、血色が良くなった」
 見る見るうちに、その血色が良くなっていき、言葉も滑らかな発音になって行く。
「これで、しばらくは行動できます。また、何人かには招待状を渡すかもしれませんが、その時には、別の趣向を凝らしますので、楽しみに待っていてくださいましね‥‥」
 だが、ソレとともに、旅館は次第にその姿を薄くして行った。
「消えた?」
 後に残ったのは、雑草の生い茂る野原。申し訳程度に、建物の跡はあるが、温泉も従業員も、影も形もなく消えている。
「ホログラフか‥‥。実体を伴うなんて、どこの技術だよ‥‥」
 世の中には、まだ自分の知らない技術があるようだ。そう思うクルス。
 ところが。
「あれ? そういえば‥‥。ここ、戦争か何かで、一回崩壊した城の跡とか言う話を聞いた覚えが‥‥」
「「「「なにぃぃぃぃっ!!?」」」
 黎司の言葉が、一同の温泉熱を、一気に零下まで、湯冷めさせてしまったのは、言うまでもなかった‥‥。