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<東京怪談ノベル(シングル)>


■ダークフェザー〜悪夢の記憶■
セフィウス、君のこころの痛みを分かち合えたらいいのに。
 心配そうな顔で、青年は相神黎司の顔をのぞき込む。相神は彼の手を払い退けると、ベッドから立ち上がった。青白い光を写すカーテンを引くと、窓の外から皓々と輝く月が現れる。
 よけいな心配は無用です。
 相神はそう彼に伝えると、窓を開けた。心地よい風が、相神の体を伝う汗を冷やしていく。すうっと振り返ると、相神は冷たい視線を青年に投げかけた。
 心配を理由に、いつまでも深夜の私室に居座られたくはない。
 やがて部屋から他人の気配が消えると、相神はベッドの端に座った。いつか、贖罪が終わる時が来るのだろうか。いつか、この悪夢が終わりを迎えるのだろうか。
 いつか‥‥自分自身の力を信じられる時が、来るのだろうか。

 三月のまだ少し肌寒い空気の中、相神は人目を避けるように校舎裏に来ていた。相神の手には黒い円筒の筒が握られ、灰色のブレザーの制服には下級生が付けた花が飾られている。卒業式という晴れの日を迎えたというのに、相神の顔色は青ざめていた。ここ数日、相神は頭痛とともに襲う妙な感覚に悩まされている。義務教育を終え、相神の姉への心理的負担はやや減っていた。両親の居ない相神にとって、年の離れた姉は母のような存在だった。だから、姉に心配をかけたくない。
 いつでも姉は相神を守ってくれ、結婚した後もずっと相神を側において育ててくれていた。その姉も、今は離婚して娘と相神の3人で暮らしている。両親が居ない経緯は、相神はよく知らない。聞いてもあまり話そうとはせず、悲しそうな顔で首を振るばかりだった。だから、それ以上相神は聞いたり問いつめようとはした事が無い。
 誰かが呼ぶ声に、相神は振り返った。一瞬緊張したが、彼の姿を見て相神は肩の力を抜く。小学校からの同級生である彼は、相神の大切な友人の一人である。彼ならば、緊張する必要は無い。卒業式の記念にと、今日はずっと女子生徒や男子生徒にまで第2ボタンをせがまれていた。また彼女たちに見つかったのかと、相神はヒヤリとしたのだった。それに、もしかするとまた‥‥。
「相神、お姉さんが探してたぞ」
「ああ‥‥うん」
 相神は、頷いた。彼は、微笑を浮かべて相神の肩をぽん、と叩いた。それから、相神の制服がボタン一つ欠けていないのを確認して、口を開いた。
「とうとう、誰にも貰われる事が無かったか」
「こんなもの、持っていても仕方無いだろう」
 いずれ忘れられ、タンスや押入の奥に仕舞われたまま、十数年の時を経て子供にでも見つけられ、こんな時があったわね、と思い出とともに語られ、捨てられるのが落ちだ。相神のそんなやや冷たい言いぐさに、彼は苦笑する。
「こっちだって、制服なんか卒業したら捨てるだけだろうに」
「それでも‥‥好きでもない奴に取られたくない」
 相神はボタンをぎゅっと握りしめた。彼は相神の顔をのぞき込むようにして見ると、心配そうに眉をしかめた。
「どうした、顔色悪いぞ」
「ああ‥‥何でもない」
 また‥‥またなのか?
 相神は、壁に手をついて体を支える。彼が、相神の肩を掴んで自分の方に向かせた。
「保健室、行くか?」
「いや、いいんだ‥‥」
「それじゃあ‥‥お姉さん、呼んで来るよ」
 彼は相神をそこに残し、姉を呼ぶ為にその場を去ろうとした。その彼の手が離れた時、相神は思わず膝をついていた。彼が振り返る。その向こうに、姉と幼い姪の姿が見えた。
 ぐらり、と世界が暗転する。

 手を差しのばす彼の姿と、こちらに駆け寄る姉の姿が見えた。

 目の前が真っ暗だ。相神は、背中に強烈な痛みを感じ、両手で体を抱え込むようにして、地に倒れた。冷たい土の感触と臭いが伝わってくる。
(相神‥‥俺の方を見ろ)
 友の声‥‥?
「‥‥大丈夫‥‥貧血‥‥か」
(目を開けろ)
 友が、声を張り上げる。
(黎司、しっかり自分の意識を持って‥‥)
 今度は、姉の声だった。
 何なんだ。姉の声が遠く感じる。背中が痛い‥‥。
(相神、ダメだ‥‥)
 友の声。ゆっくりと目を開けた。世界がぼやけてみえる。相変わらず背中は、じくじくと痛んでい
る。友と姉が自分の方を見て、叫んでいた。その横で、心配そうに姪が相神を見つめている。
(俺の力を感じるか?)
 何を行っているのか、分からない。友の行っている事も、自分の置かれている状況も。ただ、友の存在だけはやけにはっきりと“見え”ていた。まるで、自分の体がふたつあるように、彼の存在は自分の側に感じている。
 彼が自分に少しだけ好意を持っている事とか、
 彼が‥‥自分に何か隠し事をしている事とか、
 両親の‥‥事?
「どうしてお前が‥‥父さんと母さんの事を‥‥」
 何故なんだ。相神は、姉の方に視線を向ける。姉は、困ったような顔で、首を振った。
(今はいいから‥‥気をしっかり持って‥‥)
「良くない、何故なんだ。‥‥どうして‥‥」
 言いかけた相神の肩に伝わる、友の手の感触。
 ああ‥‥そうか、そうだったのか。
 思い出した。あの日の事を。
 “あれから”ずっと、彼は自分の力を押さえてくれていたのだ。
 あれから‥‥初めて、この翼が見えた時‥‥両親を殺してしまった時から。
 相神の頬から、涙が伝った。
 ゆっくりと広がっていく、漆黒の翼。日の光を吸い込み、黒々と輝いている。ソレは、相神の背中から生えていた。禍々しい闇の光を放つ翼は、大きく羽ばたいた。
 強烈な痛み、そしてどこかからか放たれた、白い稲妻。
 大きな炸裂音が響き、闇は黒く黒く、友を、姉を、姪も巻き込んだ。
「嫌だ‥‥やめろ!」
 誰にともなく、相神は叫んだ。しかし、その背に生えた闇は、相神を離さない。
 崩れゆく校舎の瓦礫が降り注ぎ、地を裂く。
(‥‥れい‥‥し)
 最後に、声が聞こえた。
 大切な、姉の声。

 ちからを使い果たし、瓦礫に横たわる相神が目を開けた時、そこにはもう何も残されてはいなかった。あたり一面に広がる瓦礫と、死者の躯。その中に、小さな子供の手が覗いていた。

 声にならない絶叫が、響く。
 そして相神は、恐怖と絶望の中、悪夢から目覚めた。


■コメント■
 どうも、立川司郎です。
 組み立てはおまかせ、との事でしたので、いろいろとやりたい放題しましたが、いかがでしたでしょうか? 暴走とか覚醒した理由付けとか、姉とか肉親がいないあたりを考えていたらこうなってしまったんですが‥‥。
 友達や姉に他人行儀な口調もどうかと思ったので、言葉遣いは変えてあります。