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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


こちら邪神温泉地獄一丁目前旅館
●耽美のウッドデッキへようこそ
 さて、別に温泉には、妖怪変化のたむろする湯ばかりではない。ごく普通の湯殿も、あるにはあった。
「熱い‥‥」
 熱さには弱いタチなのか、真っ赤な顔をして、呻いている相神・黎司。そんなに苦手なら、上がればよさそうなものだが、そこはそれ、せっかくの温泉なんだから、と言う思考回路が働いたようだ。
「なんか向こうは賑やかだね‥‥」
 離れた場所からは、『お仕置きじゃぁぁぁ!』だの『レーナさん許してェェェ!!』だの、悲鳴と水音が聞こえている。と、その時だった。
「失礼。君もこの賑やか過ぎる湯殿を体験しに来たのかい?」
 涼やかな声に引かれて、そちらを見れば、20代半ばくらいの黒髪に、褐色掛かった肌、綺麗なアイスブルーの瞳を持った青年が、そう言って声をかけた。
「え? ああ。そうだけど・・・・。ちょっとのぼせちゃって・・・・」
「それは良くないね。ここの2階には、涼むのにはぴったりのウッドデッキがある。丁度宴会時間と重なっていて、人があまりいないから、行って見ないかい?」
 そう言えば、山を見渡せるベランダが会ったような覚えがある。日のとっぷりと暮れたこの時間では、誰も上らないだろう。
「そうですね。僕、もうそろそろ、限界・・・・」
 それ以前に、我慢に我慢を重ねて入り込んでいた身体は、『もういい加減出ようよ』と、訴えていた。
「へー。花火とかも売っているんだ」
 売店では『極楽往生』だの『無間地獄』だの『針の山登山道』など、何だか平和ボケした名前の花火が、多数並んでいた。それを、興味深そうに眺めている黎司の肩に手をかけつつ、その青年はこう尋ねてくる。
「君もやってみるかい?」
「そんな・・・・。恥ずかしいよ‥‥」
 せりふだけ聞くと、非常に妖しいのだが、ヴィジュアルは花火を物色しているただのカップルである。
「美しいものを愛でる心に、年齢は関係ないよ。花火を見て、その輝きを綺麗だと思う。風情があっていいじゃないか?」
「そうだね」
 彼の言う通り、花火を綺麗だと思うのは、日本人としては、当然の反応だ。そう思った黎司は、その場にあったパックセットを二つばかり購入する事を決める。
「これくらいかな‥‥」
「2人で楽しむには、充分だよ」
 添付のろうそくに火をつける黎司。だが、マッチで火をつけると言う行為は、経験があっても、中々うまく行かないもので。
「あちっ」
「ほら、気を付けないと。一応、火なんだからね」
 水で大騒ぎしながら冷やすほどの事ではない火傷。けれど、彼はそう言って、その箇所をぺろりと舐めた。
「あ、ありがとう・・・・」
 間近で見た彼の顔は、とても綺麗で。まるで女性めいていて。
「おいで。いっしょにやろう」
「ええ・・・・」
 屈み込んだ腕の中に、抱き寄せられる。
「あ‥‥」
「綺麗なうなじだね・・・・」
 白いその素肌を、褒められた。
「うなじだけ?」
「いや。顔の造詣も、その肌も、唇も・・・・まるで月の女神に愛でられた少年の様だ」
 覘きこんできた視線に耐え切れず、ふっと視線をそらす。褒められるのは、たぶん、己に内包された能力のせい。
「ああ。仲間達にも、よくそう言われる」
 昔から、そうだった。気がつくと、熱い視線を浴びて居る事も、良くあった。
「仲間? お友達が、いるのかい?」
「育ったところだよ。僕と、同じ様な子達がいた・・・・」
 そんな‥‥異能者の子供達から、告白された事も、一度や二度ではない。今は、もう‥‥遠い過去だけれど。
「そうか‥‥。だからひきつけられたんだ・・・・」
「あなたも?」
 意外そうな表情をする黎司に、彼はこう言った。
「ああ。僕の父は、とある組織の首領だった・・・・。君と、境遇と雰囲気が似ていたから、惹かれたのかもしれない。記憶は、無いけれどね」
「そう言うのを、『運命』って言うんですよ」
 同じ様な境遇であったものの出会い。それを、ひとは女神の導きと言う時もある。
「一夜限りの運命か・・・・。悪くないな‥‥」
「あ‥‥」
 すぅっと、腕が伸びてきて、顎を持ち上げられる。冷えた唇が、ぬくもりに包まれた。
「ここじゃ、ダメ?」
 青年が、そう尋ねてきた。
 しっとりと舌を絡ませて、一瞬でその気にさせられる。
「誰がくるか、わからない・・・・」
 と、目を閉じた耳に、何かを書ける音が届く。
「これで、誰も来ないよ。火照った身体を冷ますには、ちょうどいい・・・・」
 たぶん、貸し切り札でも下げたのだろう。しばらくは、2人きりだ。
「そうだね・・・・」
 その手の趣味はないと思っていた。だが、興味はあった。それに、こんな風にやさしく抱きしめてくれるなら、そうされても構わない。
 浴衣の襟元から、彼の手の指先が、直接肌へと振れてきた。夜風で冷めた体が、再び火照りだす。
 ところが。
「ちょぉっと待ったぁぁぁ!!」
「え?」
 全てをぶち壊す、女性の声。
「ちっ。いい所で・・・・。邪魔するなよ」
「何、生意気な事言ってる。20年早いわ!」
 あわてて衿を直し、顔を上げてみれば、そこに居たのはネイナだ。
「に、20年・・・・?」
「ああ、悪かったな。こいつ、今でこそこんな色男に育っているが、もともとはここの温泉に浸かって大きくなった1歳児だ」
 目を白黒とさせる彼に、そう説明するネイナ。
「そ、そーなんですか?」
「それはついこの間までの話。今は立派な成人男性だよ」
 水を差されて、一気に機嫌が悪くなった元・一歳児は、こう言い出す。
「20年分一気に成長してんだから、邪魔しないでくれるかな。君だって、あの人に抱かれる時は、僕をどっかによけてただろ」
「そ、それは・・・・」
 事実なので、ネイナには反論の余地がない。答えに窮す彼女に、助け舟を出したのは、入ってきたもう一人の青年だった。
「ほほーう。だからって、公共の場所を、妖しげな耽美の世界で染め上げようというのですか?」
 彼女の連れではない。義理の息子のキウィ・シラトの為、誰も居ない場所を探していたシオン・レ・ハイである。
「今ここ、貸しきりなんですけど」
「ここはうちの子の指定席。いちゃつくんならよそでやってください」
 ぴしゃりと言い放つ彼。
「ねぇ? ハニー」
「し、失礼しましたっ」
 しかし、当の黎司はと言えば、流石にギャラリーの大勢居る場所で、やろうといちゃつくつもりはないらしく、さっさとそのウッドデッキを出る。
「あー。折角の上ものの獲物なのにー」
「えぇい、何を口惜しそうな顔をしているっ。さっさともとの赤ん坊に戻らんか!」
 ネイナが怒るが、もはや青年男性となった元・一歳児が、彼女が声を荒げた程度で、ビビる筈はなく。
「僕のプリンスー♪ 待っててね〜」
 何ぞと言いながら、黎司を追いかけようとする。
「逃げるなぁ! こうなったら問答無用ッ!!」
 かっと、お湯の入ったバケツを、彼へと浴びせかけるネイナ。
「ぷぎゃー! ぷぎゃー!」
「あ、元に戻った」
 大人になる湯の残骸が洗い流され、哀れ青年は、元の赤ん坊の姿に。それを抱き上げながら、ネイナはシオンにこう謝った。
「子供が迷惑をかけてしまったな。申し訳ない」
「いや、わかっていただけたなら、結構ですよ」
 ほっと胸をなでおろしながら、散らかってしまったウッドデッキを片付けるシオンだった。

●チェックアウト〜お会計〜
「結局ここでは何もわからなかったですね‥‥」
 散々調べまわったクルスは、不満そうにそう答えている。
「楽しかったー。またこようねっ」
 プティは、遊園地を後にするときの様に、上機嫌のままだ。
「私も、お兄様とまた来たいですわ」
「あ、あははは‥‥」
 彩の隣では、その兄貴が引きつった笑みを浮かべていたり。
「ぶー‥‥」
「何か、機嫌が悪いんだが」
「しらん」
 ネイナの所は、連れの子供の機嫌の悪さに、その子を抱いた青年が、情けない表情をして居る。
「どこのご家庭もご亭主は大変ですわねー」
「マスター・レーナ。それ以前に、これ、どうしましょう」
 その様子に、レーナがほほえましく言った。と、隣でガビィが尋ねてくる。そう、たった一人、元に戻らなかったのもいたのだ。
「ぴぎゃぁぁぁぁっ」
「しばらく放っておけば元に戻りますわ。オールサイバーだから、元にも戻りにくいんでしょう」
 ケーナズである。お仕置きと幼児化の湯の相乗効果で、未だに赤ん坊状態だ。
「何か、まだ頭がボーっとする‥‥」
 黎司は、湯あたりを起こしてしまったようだ。しばらく風に当たっていれば平気だろうが、はたしてその原因は、温泉疲れだけだろうか。
「大丈夫ですか? 熱に弱いのに、無茶するからですよ」
「うん‥‥」
 もう1人、湯あたりを起こしてしまった青年が居る。シオンと共に来たキウィもそうだ。
「あたたた、腰が‥‥」
「無理するからですよ。まったく、温泉に来て、ぎっくり腰になるなんて‥‥」
 ローゼンクロイツはと言えば、年寄りの冷や水で無茶をしすぎて、ルツにさすってもらっている。
 と、そんな彼らに、旅館を代表して、礼服を着た一番血色の悪そうな従業員が、こう言った。
「アリガトウゴザイマス。ミナサマノオカゲで、貴重な生体エネルギーが手に入りましたわ」
「あ、血色が良くなった」
 見る見るうちに、その血色が良くなっていき、言葉も滑らかな発音になって行く。
「これで、しばらくは行動できます。また、何人かには招待状を渡すかもしれませんが、その時には、別の趣向を凝らしますので、楽しみに待っていてくださいましね‥‥」
 だが、ソレとともに、旅館は次第にその姿を薄くして行った。
「消えた?」
 後に残ったのは、雑草の生い茂る野原。申し訳程度に、建物の跡はあるが、温泉も従業員も、影も形もなく消えている。
「ホログラフか‥‥。実体を伴うなんて、どこの技術だよ‥‥」
 世の中には、まだ自分の知らない技術があるようだ。そう思うクルス。
 ところが。
「あれ? そういえば‥‥。ここ、戦争か何かで、一回崩壊した城の跡とか言う話を聞いた覚えが‥‥」
「「「「なにぃぃぃぃっ!!?」」」
 黎司の言葉が、一同の温泉熱を、一気に零下まで、湯冷めさせてしまったのは、言うまでもなかった‥‥。