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<東京怪談ノベル(シングル)>


『Summer's Day』

 この真夏、暑さも上々といえばやはり海。海水浴で涼しく騒ぎたいものだ。
 森杜彩は兄を誘い海水浴に行こうかと思ったのだが、生憎兄の都合が合わず野外プールでなら、という事で近場にあるプールに兄と訪れていた。



 更衣室で着替えプールに現れた彩の姿は、紺色のワンピース、何故か胸元に白地の布が縫い付けてありそこには「森杜彩」と名前が記されている。もう少し可愛いタイプでもいいと思うのが、とりあえず兄から貰ったのであればこれを着るべきなのだろう。名前表記も、きっと迷子にならないためなのだろうと思いつつ。
 同時にプールへ現れた兄といえば、水着ではなくふんどし姿。
 ───奥が深い、と意味不明な感想を抱いたのは秘密である。

 やはり夏は海水浴なのだろうか。このプールは人気がなくほとんど貸切であった。
 これ幸い、とばかりに、彩は喜色満面にプールを楽しむ。
 さすがは文武両道な兄で、彼の泳ぎは見事だ。彩も運動神経は優れている方だが、やはり兄には敵わない。すいすいと魚のように泳ぐ兄のあとについて行くのも必死で、それだけでも今まで以上に自分の泳ぎが上達するような気にさえなる。
 普段は家事に追われこのように兄と戯れる事も少ない。まぁ、「誰か」の仕掛けた悪戯がいつも彩の家事を妨害してくれるので、戯れていないわけではないけれど。
 こうして心地良い水に体を沈め、冷たい雫を全体に浴びながら兄と笑い合うのも楽しいものだ。



 しばらく経ち、休憩を取ろうと兄が言うので彩はプールから出た。タオルを置いているサイドへ駆けて行き、体中に残る水気を拭き取る───が。
「……え」
 不意に見下ろした自分の水着。
 まさか、兄がこのままで終わる筈も無いと思っていたが。
「!?」
 驚愕した。思わずタオルを体に巻きつける。
 兄がくれたものだとただ喜んでいたが、もう少し疑うべきだっただろう。
「お、お兄様!?」
 慌てた様子で兄を呼ぶも、遠く離れた位置で休む兄はひらひらと手を振るだけ。
 この状態で近寄るわけにもいかず。
(……ど、どうして透けてるの!?)
 紺色のスクール水着とも呼べる彩の水着は、鮮やかに透けて彼女のボディーラインを映し出している。鮮明に曝け出され、人がいないとはいえこれはあまりにも恥ずかしい。
 どうせ何か仕掛けを施した水着なのだろう。普通の水着は透けたりしない。
 真っ赤になり遠くの兄を睨み付ける様にしてその場にしゃがむ。未だ手を振りゆったりと休む兄を恨めしく思いながら、彩はタオルで体を隠しそのまま休む事にした。

 ───乾いて、元に戻ったので助かったけれど。



 再び泳ぎ始め、兄とはしゃぐ。声を出し笑うのは彩自身久しぶりのため本当に楽しい。
 ……と、思った矢先。
「わっ!?」
 彩のいるコースのすぐ目と鼻の先で、水が渦を巻いた。プールにしては在り得ない現象に最初はただひたすら驚いたが、その先で含み笑いをする兄を見たらこれは一目瞭然だ。
 何とか巻き込まれないように渦を避け、その場に顔を出した彩に今度は見慣れた水属性の「兄」が所有する式神。ばっしゃん、と派手な跳び込みで彩の隣へ着地する。水飛沫を顔面に浴びて気が緩んだところに水中にいるもう一匹が彩の足を引っ張った。
「きゃー!!」
 気づいたときには遅くて。
 そのままがぼがぼと溺れそうになるが、何とか式神を引き剥がし水面に出る。
「こ、これ、遊んでるって言わないのでは……」
 荒く呼吸を乱した彩に、更なる式神。更なる渦。
 思い通りにさせるか、と彩は身構えた。これは泳ぎ以前の問題で、とてもじゃないが戯れているようには見えない。傍から見れば死闘そのものである。
 しかし当人たちは至極楽しそうに騒いでいるのだった。





 修行ではないのにこの疲労感。でも、満足感。
 ぎゃーぎゃー式神たちと騒ぐだけ騒いだら、日々感じている暑さによる気だるさも吹っ飛んだ。
「楽しかったですね」
 帰り道、隣を歩く兄に言うと、夕焼けに染まった兄が僅かに苦笑したように見えたのだった。






 ───作者より。
 都合により納品が遅れました。
 この場でも深くお詫び申し上げます。