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<東京怪談ノベル(シングル)>


最果て
最果てという名の諦めの世界へ。
絶望の果てという名の絶望の世界へ。


自分に何かを問い掛けるのは愚かなことだと承知している。未来や人間より、他の何よりも自分の事がこの世で1番不確かで信じられないものだということは身を切り引き裂かれる程に知っているので、いつも自問しながら生きている。問い掛けは薄い自制心を意識的に色濃くする為、緋い血に狂わない為なのではないか。その問い掛けに対する答えはいつになったら出るのだろうかと、不安を顔一杯に広げながらヨーロッパの未来を危惧してやる。

ふわっと頬を撫でる風に誘われて、まるで何かから覚醒したように柔らかく瞼の間から瞳を覗かせると、そこは粗大ゴミの山の上だった。周りに在ると言うよりは、攻撃的に牙を向けてくる猛獣のようなゴミの上で、虚ろに瞬きをする目を音も立てず静かに閉じ頭の中を心の瞳で覗いてやる。
今此処に投げ捨てられたのかも知れないし、ずっと前から此処に居たのかも知れない。もし今捨てられたのだとしてもその前に何処で何をしていたのか、そんな事さえ頭の中をどれだけ探しても答えが見付からなかった。寧ろ、これが現実だったのではないかと思う気持ちの方が強かった。そして危惧してやるのはヨーロッパ何かよりも自分の方だったと自嘲気味に苦く笑う。

金属製のゴミをガチャガチャと耳に痛い大きな音を立たせながら体をゆっくりと起こす。そこにあるのが当然とでも言いたそうに、何でもない物として何処までも果てしなく続く粗大ゴミの海をぼんやりと眺め見渡した。
少しばかり年代の古いテレビやコンポという家庭電化製品から大型の工場廃棄物迄、ありとあらゆる粗大ゴミがあり、中には軍の戦闘機さえもあった。此処は軍のゴミ処理場なのかと考えてみるのだけれど、矢張り四方八方を紅い瞳をぎょろりと鋭く光らせて遠くを見遣っても、軍の建物や、まして人影さえも見当たらない。軍の中枢部がどうなっているのかや、今情勢や状況はどうなっているのかなど、アイアンメイデンである自分にはそんな情報は耳にも入ってこないし、興味も無いので調べてやろうという気も起こらない。それ故に迷いも出てこない、という簡単な図式が立たないところが悔しいと瞳の色よりも淡い赤色をした唇を強く噛み絞める。
茶番だな、と心の何処かで意地悪く思う。こうして戦いの中に身を置くということも、生き永らえるということも自分に関わるものの全てが茶番だ。演じているだけなのかも知れないと、底辺で生きている自分にはそう感じることが多々ある。

酸性雨で赤黒く錆付いてしまったナイフを粗大ゴミの中から見付け、自分のようだと困ったように笑ってみせる。使い物になるかならないかの瀬戸際で、図々しくもこの世に存在し続けているのだ。生と死の間の微妙な存在。崖っぷちに立たされて不適に笑っているような、死の最果てに逝けることを楽しんでいるような、やらなくても良い茶番劇を死ぬ際の際まで華麗に完璧に演じ続けて死ぬのではないかと。
ゴシゴシと落ちていたシーツでナイフの錆を拭い取ってやると、いとも簡単に銀色の刃をギラリと剥き出しにした。それでもこのナイフの成れの果ては広大に広がる粗大ゴミの海の中の1つの屑でしかない。自分の成れの果ても、死体の海の中に捨てられて燃やされて青い炎の中1つの炭屑となるだけなのだろう。それも悪くない、と素直にそう思う。強がっているだけでも意地を張っている訳でもないのだけれど、それが茶番でもない現実だと思うから。

(ザクッ)

ナイフを思い切り上から振り落として、矢張り粗大ゴミの中にあったベッドのマットへとそれを差し込んでやる。それと同時にふわふわと真っ白な、震え上がる程に真っ白な羽根が宙に舞った。自分もこれ位の目に眩しい美しい雪色の髪の毛をしているのだろうかと、左手で肩に掛かった髪を軽く弄んでみる。しかし足元に敷き詰められた羽根の透き通るような白色よりも遥かに汚れていると気が付いた。見た目にはそう変わりなくても、本質的には死と生のように互いに相容れないものだろう。隣り合わせでありながら全く別のもの。

例えば自分の死に様はどんなものになるだろうかと、馬鹿げたことを真剣に考えてみる。どういった経緯で炭屑になる宿命を受け容れざるを得なくなるのだろうか。多分信じきっていた誰かに裏切られて死に果てるというのが1番しっくりくると思う。そんな笑えない冗談が現実となる日がやがていつか必ずくるだろうという予感にも似た確信があった。この純白の羽根をもった鳥達のように、美味しい餌を与えてくれる優しいご主人様が、或る日突然裏切られ撃ち殺されて無残にも羽根を有りっ丈引き千切られるのだ。誰かを信じられるという優しい心を持ってしまったが為に、裏切られ殺されるのだ。
だからといって裏切ったものを責めるということは、どれだけ恨みや憎しみがあったとしても、決してやってはならないことだろう。何故ならそのものにとって自分は信じるに値しなかっただけだから。そのものは裏切ったのではなく、初めから信じてなどいなかったのだ。たったそれだけのこと。それだけのことだから。でも自分はそんなことで死に果てて行くのだろう。自分らしいと悔しいけれどそう感じる。
情けない程に孤独や独りが怖くて、戦場では孤高の翼と化していても、それだからこそ血に飢えるように気が触れたくないから、誰かに咎めて繋いでおいて貰いたいのだ。身の毛も逆立つ程の狂おしい現実へと―――……

全てから目を背ける為に目を強くきつく固く閉ざしても、目の前は真っ白の侭で漆黒の闇に包まれないから、既に自分は死んでしまったのではないかと思う。勿論、何で死んだのかさえも答えは何処にも見当たらなかったのだけれど。思えば此処が地獄という場所なのかも知れない。天国へなど逝ける人間ではないだろうから。

「私は守れなかったんですね…。」

 自分や、自分以外の全てのものを。
何の為に戦うのか。誰が好き好んで人を殺し殺戮を繰り返し繰り返し、血の臭いが染み付いた軍服を身に纏い、戦闘の波間へと消えて行くというのだ。戦わなければ守れないから、守りたいものさえ何1つ守れないだろうから暴力に物を言わせて戦うしかないのだ。それでしか生き抜いていけないのだ。格好悪くても無様でも、誰も守れない自分など一体どれだけの存在価値があるというのだ。

「……無力。」

 宙に放り投げた鈍い音を立てて利き腕へと突き刺さった。ぱたたっと白い羽根の絨毯の上へと緋色の鮮血が真っ逆様に落ちて行く。痛覚を全く持って失ってしまった腕を驚いたように見遣るが、そこにはナイフの刺さった腕をくるむ血塗られた白いシャツしかなかった。そう言えば此処は地獄なのかも知れないのだと、自分の仮説を肯定してやる。痛みや苦痛さえも存在しない無為の世界。ぼんやりと空を仰ぎながら、これが地獄なのではないかと思った。そして自分も無為に消えて逝くのだ。

―――……それでも未だ生きていた。



[ END ]