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<東京怪談ノベル(シングル)>


真夏の夜の夢



 白い。
 どこまでも白く。
 終わりのない世界。
 限りなく狭く。
 自分一人しか許容できない世界。
「ぁ‥‥ぅ‥‥」
 こみあげる涙を拭いもせず、青年が何かを作っている。
 作っては壊し。
 壊しては作り。
 永遠に続く振り子運動のように。
 終わらない螺旋階段のように。
 いつからこうしているのか。
 いつまでこうしているのか。
 判らない。
 判らないまま、作り続ける。
 ゆきうさぎ。
 ゆきうさぎのもり。
 まるで墓場のように、壊された雪兎が散乱する。
「ぅ‥‥ぁ‥‥」
 ぽろぽろと。
 涙が溢れる。
 こぼれた雫が雪を溶かしてゆく。
 原罪のように。
 あるいは、贖罪のように。
 不格好に崩れてゆく兎。
「ぁぁ‥‥」
 嘆き。
 どうして作れないのだろう。
 真っ赤に霜焼けた両手を見つめる。
 もちろん、そこに答えは記されていなかった。
「‥‥私は‥‥」
 赤い掌で顔を覆う。
 純白の髪が揺れた。
 絶え間なく降りしきる雪とともに。
「私は‥‥」
 繰り返される言葉。
『なぜ手を休める? キウィ・シラト』
 白い闇に木霊する声。
 それは、彼自身の声だった。
「ぅ‥‥ぁ‥‥」
 なにかの衝動に突き動かされるように、ふたたび雪を握るキウィ。
 ぼろぼろになった手に痛みが走る。
「ぅ‥‥」
 掌からこぼれ落ちる雪玉。
『どうした。なにを休んでいる』
「‥‥手が‥‥痛いんです‥‥」
『この期に及んで泣き言か?』
「‥‥‥‥」
『貴様に壊された雪兎どもが、怨嗟の声で啼いているな』
 奇形の兎たちが、一斉にキウィをみる。
 怨みを込めて。
 嘆きの表情を浮かべて。
「‥‥‥‥」
 息を呑んだ青年が、のろのろと雪を拾った。
 これは、罰なのだ。
 彼は作り続けなくてはならない。
 それが彼に科せられた贖罪の儀式なのだから。
 黙々と。
 ただ黙々と、雪兎を作り続ける。
 なぜか、上手く形にならない。
 あるものは耳が欠け。あるものは目が落ち。
 そしてまた、あるものは腹がえぐれ。
 どうしてだろう。
 たいして難しいものを作っているわけではないのに。
 落涙が雪を溶かし、ますます兎の形を崩してゆく。
 やがて、なんとか形を作り、両手で掲げて見せた。
 嬉しそうに。
 だが、
『ダメだな』
 響き渡る声。
 さらさらと崩れる雪兎。
 キウィの耳にだけ届く怨嗟をのこして。
「うぁ‥‥ぁぁぁぁ‥‥」
 青年の慟哭が、世界を支配する。


 陽光が薄汚れた窓から差し込む。
 朝。
 夢の終わり。一日の始まり。
「‥‥‥‥」
 意味不明な呟きを口の中で噛みしめながら、キウィ・シラトが長身を起こした。
 粗末なベッド。
 安ホテル。
 けっして良い環境とはいえないが、旅を続ける身では贅沢は言えない。
「それにしても‥‥」
 寝癖のついた銀髪をわしゃわしゃ掻き回す。
 雪のように白い髪が、時ならぬダンスを踊った。
「変な夢を見たものです」
 まったくだった。
 猛暑のさなかに雪の夢を見るとは。
「願望充足ということでしょうかね‥‥」
 空調も効いてない部屋では、せめて夢のなかでは涼しく、ということなのかもしれない。
 少し考え込む偽フロイト。
 願望を充足させる夢にしては、随分と殺伐としていたような気がする。
「むしろ、私が犯してきた罪の証ですか‥‥」
 呟いて、窓の外へと視線を動かす。
 紅い瞳に蒼穹が映りこんだ。
 眩しさに目を細める。
 急速に狭まる視界には、解答は浮かんでいなかった。
 答えは、キウィのなかにあるのだろうから。
 多くの命を奪い、これからも多くの命を奪ってゆく自分自身。
 いつか、彼の命が誰かに奪われるまで続く、旅。
「夢を見るくらい、べつにどういうことはないですけどね」
 自嘲を笑顔に刻み、手製のギターを取り上げる。
 奏でられる旋律。
 アンプに繋いでいない音は、かぼそいまでに頼りなかった。
 雪兎たちの怨嗟の声のように。
「たいして面白くもない連想ですね‥‥」
 自分自身を嘲笑する。
 だいたい、こんな壁の薄いホテルでアンプなど繋いだら苦情の大合唱を受けてしまう。
 現実とは、なかなか世知辛いものだ。
「さて‥‥いきますか」
 ベッドサイドにギターを立てかけ直し、勢いをつけて立ちあがる。
 チェックアウトまでの短い時間、シャワーでも浴びて身だしなみを整えよう。
 それに、顔についた涙のあとも落とさなくては。
 褐色の身体に太陽が光の槍を投げかける。
 暑い。
 今日も良い天気になるのだろう。
 いつもと、同じように。
 なにひとつ変わることなく。










                         終わり