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<東京怪談ノベル(シングル)>


ギャンブル・ランブル



 照りつける太陽。
 半砂漠の大地。
 乾いた風が転蓬を運んでゆく。
「のぉぉぉぉぉぉ!!」
 そして、奇声を発しながら走る少年。
 なんだか絵にならなそうな光景が展開されていた。
 少年の名をノビル・ラグという。
 べつに彼はマラソンを楽しんでいるわけでも、体力増強のために走っているわけでもない。
「なんなんだっ! こんちくしょー!!」
 叫んでいる。
 なんだと言われても困るが、ようするに追われているのだ。
 盗賊団に。
 間断なく降りそそぐ銃弾とエネルギービーム。
「だー! 少しは弾薬を惜しめ!!」
 つまずいたり転がったりテレポートしたりしながら、ノビルが走る。
 一応、彼は超能力者なのだが、当然のように超能力は万能の力ではない。
 敵の数がこう多くては、一人二人を倒したところでどうなるものでもないだろう。
 ひたすらに逃げるだけだ。
「あのクソ親父〜〜 帰ったらみてろよ〜〜〜!!!」
 事態の解決にはあまり寄与しないことを喚き散らしつつ、土煙をあげて走っている。
 なかなかに元気なことだった。
 コメントに困ったような顔で、太陽が光の槍を投げかけていた。


 そもそも、どうしてこんな事態になったのか。
 じつはそう複雑でもない事情がある。
 仕事だったのだ。
 とある金持ちの別荘から、あるものを奪還する。
 よくある話だった。
 よくないのは、現場で盗賊団とバッチングしてしまったことだろう。
 本来なら、盗賊団の事情もその富豪の事情も、ノビルには関係ない。
 依頼されたことを依頼された通り実行する。それだけで済むはずだった。
 だが、ビジネスライクに徹するには、ノビルの身体に流れる血液の温度は高すぎた。
 あるいは、若さゆえ、という言い方もできるかもしれない。
 盗賊どもが別荘の住人に手を出そうとしたとき、少年は指をくわえて見ていることができなかった。
「それに、あのままほっといたら、ターゲットまで連中に奪われたかもしれないからな」
 などと理由付けするノビルだったが、こういうのを焦土の正論というのである。
 いずれにしても、彼は住人たちを助けに入り、そして救出することに成功した。
 ついでにターゲットを手に入れることもできた。
 万々歳というわけだ。
 ただ一点のみを除いて。
 つまり、盗賊団と敵対してしまったという一点だ。
 当たり前の話だが、住人を救出する時点で事態は荒事に発展した。
 そして結果として、ノビルはいま、追われている真っ最中だった。
 あまりにも当然すぎる結論である。
「くっそぉ〜〜 俺が何をしたってんだ〜〜〜」
 荒野に響くノビルの声。
 もちろん盗賊どもの解答は銃弾とエネルギービームだ。
 交渉の余地がある状況ではない。
 そもそも盗賊団がノビルを生かしておくメリットなど、三千世界の果てまで探しても見つからない。
 仲間を倒され、しかも獲物の上前をはねられた。
 プライドの面からも実利の面からも、彼らがノビルを許すはずがない。
 もし、これで笑って許すような人間ならば、その人はあまり盗賊だの野盗などには向いていない。
 山にでも籠もって仙人か聖人にでもなるとよかろう。
「んだぁぁぁ!」
 振り返って光の弾をいくつも放つノビル。
 回避不可能なサイコエネルギーだ。
 が、
「だめだこりゃ」
 何十年も昔のコントのような台詞を残して身を翻す。
 こっちが一人倒す間に、敵は四〇発くらい撃ってくるのだ。これで勝てるとしたら、戦いとずいぶんと甘いものだろう。
 武器の性能のせいか、それとも技量のせいか、盗賊団の攻撃精度が極端に低いことだけが、まあ救いだった。
「ありがたくて涙が出てくるぜ〜〜」
 走る走る。
 とにもかくにも、街に逃げ込むしかない。
 街中までは盗賊団は入ってこないだろうし、仮に入ってきたとしても建造物や路地を使って各個撃破の対象にできる。
 こんな半砂漠の荒野では、衆寡敵せずの総天然色見本だ。
 もしノビルという少年に凄みを挙げるとすれば、そのようにシャープな現実感覚を持っている点だろう。
 彼はCM入り三〇分アニメ番組に登場するようなヒーローではない。
 たった一人で二〇人以上はいる盗賊団を相手にできるわけがないのだ。
「オヤジめぇ。安全だなんて大ボラ吹きやがって〜〜」
 とりあえずこの場にいない人物に責任を転嫁してみる。
 たしかに、仕事を斡旋してくれた酒場のマスターは、安全だと言明した。
 だからこそ受けたのだ。
 が、結果はこのていたらくである。
「絶対っ。こうなることが判ってたんだっ!! あのクソオヤジっ!!」
 勢い余って言いがかり、ではない。
 どうして早急にターゲットの奪還依頼を出す必要があったか。
 それは盗賊が別荘を襲うことを、マスターが知っていたからだ。
 盗賊が襲撃するより先にターゲットをかすめ取る。
 おそらくそれが、マスターの描いた筋書きだろう。
 ただ、ノビルの準備が遅れたことで、状況が変わってしまった。
「こんなものに何の価値があるんだか」
 懐中に隠した小箱のことを考える少年。
 なかを見ることは、むろん許されていない。
 好奇心がざわめくのはたしかだが、いくらノビルでも好奇心をビジネスより優先させるわけがなかった。
 だいたい、ここで殺されたら好奇心どころの話ではなかろう。
「うぎゃ〜〜! しつけ〜〜〜〜!!」
 絶叫が木霊する。
 まあ、誰の迷惑になることでもないので、いくら叫んでも問題ない。
 いつしか太陽は大きく西に傾き。
 血のような色彩で地上を染めあげていた。


 耳障りな軋みをたて、ドアが開く。
「よう。ずいぶん遅かったな」
 カウンターに立った男が言った。
 瞳に少年の姿を映して。
「‥‥‥‥」
 肩で息をしたまま声も出ないノビル。
 よろよろとマスターに近づく。
「‥‥依頼の品‥‥」
 むっつりと差し出した。
「おお。ご苦労さん」
「‥‥ホントにご苦労だったぜ‥‥」
「そうか。じゃあ特別ボーナスでステーキでもご馳走してやる」
「食い物で釣られるかっ」
 とっさに怒鳴ったの少年の声を圧して、盛大に腹の虫が啼いた。
「身体は正直だなぁ」
 満面の笑みを浮かべるマスター。
 なんだか危ない台詞に聞こえなくもない。
「くそぅ‥‥食ってから文句をつけてやるからな‥‥」
 へろへろとカウンター席に座る。
「そいつは楽しみだ」
 だらしなく突っ伏した金髪を見ながらマスターが笑った。
 牛肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。










                         終わり