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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


keep someone guessing

 投降を『お願い』して、聞き入れて貰えない場合は『丁重にご案内』差し上げろ。

 ミッション開始時の真咲水無瀬の言葉は、自力で歩ける程度にしておけ、という意味である。
 何分、数が多い…一々『丁寧にお送り』差し上げていたら手間も暇もかかって仕方がない、という理由からだ。
 楓早良は、集合と監視場所とに選んだ広場のメインストリートを幅広くジープで塞ぎ、ハンドルに上体の体重を預けた。
 実働は若者に任せて、老兵は悠々自適…というワケではないが、医者である自分の出番はない方がいい、と着々と成果を上げる隊員達を見遣る。
 武装し、こちらの命に気を払わない相手から戦意を削る、それがどれだけ難しい事かは、経験のある者ならば知るだろうが、その程度をこなせなければエヴァーグリーン、ピースメイカー部隊『ナインス』は務まらない。
 今も首尾良く自力で歩く盗賊を広場まで連行する一人が、片手を挙げて早良に挨拶し、横を抜けていく……最も、その手法は個性にそれぞれだが。
「ホンマに無理言うてスイマセン、申し訳ないです、堪忍したって下さい」
犯罪者相手にとてつもない低姿勢で拝み倒しながら…戦意を削いでいるのも立派な手段と言えるが、こちらの気まで萎えそうになるのは考えモノだ。
 だがやはり、武器を扱う訓練を受けた者は厄介だ。
 それは今回、軍隊崩れの者を中心にそれなりの統率を持つ者に対してなら常より更なる緊張を強いられる。
 銃を構えて引き金を引く、ただそれだけなら子供にも出来そうだが、一度、殺す為の技を仕込まれれば…こと、軍などという場所に在れば、身体は覚えた動きを勝手になぞる為、常より慎重さを要する。
 廃墟を根城とした盗賊を爆発物や銃撃などで散開させ、個々で捕縛するいつもの手法だが、個々に散ったメンバーが戻る毎に安堵を覚えるのは致し方あるまい…早良は自は認めなくとも、他からはしっかりと心配性として認識されていた。
 また一人、両手を頭の後ろに組ませて広場に戻る影にひとつ、息を吐く。
 下っ端から聞き出した人数は20人、残す所はこれで後5人程度か。
『教授、3人』
単語で構成された電子音が、無機質…というよりただ無愛想な声を合成するのに、早良は襟元に止められた通信機に口を寄せた。
「どうした?」
『もー、それだけじゃ判らないでしょ!こっち三人纏めて捕まえたんですけど、お客さん
の足やっちゃってぇ…お迎えが欲しいなー、なんて……』
通信は連携を要する任務の為、部隊全員に送信される。
途端に、合成された音声と、肉声とが様々な声音で様々な言質を吐き出した…曰く、『罰ゲーム、罰ゲームッ♪』とか、「トロすぎ〜♪」とか『誰かベットしてたー?』とか「気ぃにはしなはんな」などである。
 厳密な軍組織、でない為に任務中のこんな軽口が許され、それがまた緊迫感に満たされるべき精神に余裕を生む。
『ポイントを知らせろ』
名々の好き好きな意見が切れた、その絶妙のタイミングで真咲が声を発する。
 声は通信機の合成音に至近に、肉声に少し遠く、自身も一人、盗賊を連行しながらの為、眼で確認出来る距離で歩を休める事なく指示を下す。
「と、いう訳だ早良」
「年寄りをこき使うと長生き出来んぞ」
軽口で返して、ジープのエンジンを入れる。
 判ってるさ、と嘯く答えに軽く手を挙げた真咲の…後方。
 影が動いた。
 倒壊した建造物、半ば瓦礫と化した歪な其処から、むくりと起きあがる、形ばかりは人を模した…兵器。マスタースレイヴ。
 それを認識した途端、早良は考える間もなくアクセルを踏み込んだ。
 警告を発する間はなかったが、事態に気付いた真咲が振り返る…至近に仲間が居るにも関わらず、まとめて薙ぎ倒すつもりでか、大きな動きで広げられた無骨な機械の腕、その動きが奇妙にゆっくりと映った。
 この一撃だけ、凌げればいい。
 早良は速度を緩める事なく、MSと真咲の間に割り込んだ。
 低い位置で横に薙がれた鋼鉄の腕に正面からぶつかり、ジープは弾かれて横転する。
 フロントガラスは割れ、空に投げ出される衝撃は堪えようがなく。
 まぁ、後は真咲が何とかするだろう。
 そう気楽に思ったのを最後に、早良の意識は途切れた。


「リーダー、邪魔」
部下のにべもない言葉に、真咲は簡易ベッドに横たわる早良に向けていた…険のある三白眼のままくるりと振り返った。
「居るのはいいけど、治療終わってるから。部屋の真ん中で立ち往生しないで」
遠慮がないだけに容赦もない。
 おもむろに病室の扉が開く。
「ドッグ、アタシも怪我したのーッ」
少女が頭の高い位置で左右に分けた黒髪を揺らして飛び込んで来る。
「……何処に?」
何かを堪える風で問い返す医師に、少女は自分の膝を指差した。
「ほら、ココ!」
ぽっちりと、擦り剥いた傷がある。
 医師はポン、と少女の肩に手を置いた。
「いいかい、ここは病室だから俺も我慢してるけどな…怪我や病気は診療室に行け」
目だけが笑わないのに凄味がある。
「はぁぃ……」
すごすごと、扉が閉まる…直前、「ミッション24、失敗でーす」との声が漏れ聞こえて来たのが気のせいだと思いたい。
 医師は肩を大きく落とすと、それでも部屋の中央に仁王立ちな真咲に声をかけた。
「リーダー。アンタがとっとと状況を説明してやらないと、アイツ等も心配がつのるばっかりだろう?脳震盪と…まぁ、腕に罅が入ったのは仕方ないとして。記憶喪失と言っても精密検査に問題がなければ、テレパスが戻せるんだからそんな心配しなくても……」
医師は続けかけた言葉を切った。
「そういう問題じゃない……か」
独白に近い呟きは、音のない病室に妙に響く。
 また、カチャリと扉が開きかけるのに、医師は口元をひくつかせた。
「あのぅ、先生、ちょい診て欲しーんですけど……」
「真咲、俺が脳溢血で死ぬ前にコイツ等をどうにかしてくれ」
医師は遠慮がちに病室を覗き込む金と銀の瞳の青年を押し出す形で外へ…声と行動わ我慢しなくてもいい廊下へと出て行く。
 取り残された真咲は、途端、扉の向こうから響く怒号と騒音には気を払わず、胸ポケットから煙草を取り出した。
 …当然、病室内は禁煙である。
 そんな事は微塵も意に介さずに火を点し、真咲は紫煙を肺に吸い込んだ。
 その香に刺激されてか、早良は一度強く眉を寄せると、目を開いた…その無精髭の浮いた顔に思わぬエメラルドグリーンが瞬く。
「……目が覚めたか」
「あぁ、君か……ついていてくれたのかい?すまないね」
上体を起こそうとして、つい利き手をついてしまったのか、早良が痛みに呻くのに、背を支える。
「ありがとう、医者の不養生とはこの事かな」
背に枕を入れて体勢を整えてやるのに、混じった苦笑に真咲は目を見開いた。
「思いだしたのか!?」
その勢いに、早良は驚きの表情を浮かべた後、申し訳なさげに首を振る。
「すまない、医療スタッフだったと聞いていたものでね…言ってみただけなんだ」
「だった、じゃない。今もだ」
真咲は短くなった煙草を、あろう事か手近な消毒液に突っ込んだ。
 ジュン、と小さな音に早良が気を取られる間にまた、新たな一本を銜えている。
「……君は私の事を知っているのだろう?教えてくれないかな」
早良の要求に、真咲は渋面で答える。
「どうせすぐに想い出すんだ。必要ないだろう」
言いながら吐き出す煙にみるみると煙草は灰に変じながら零れる。
「それでも人から見た私、というものに興味があるね」
記憶がなくとも身に染み付いた職業病か、エスパーのケアを主としていた早良は、話す事によって真咲の精神の乱れを落ち着けようとしていた…脱帽ものである。
「……そんな呼び掛けはしない。自分は俺で、他人は大概、お前だ」
「俺……」
舌に馴染ませるように呟き、早良は目線で先を促す。
 真咲は部屋の隅のパイプ椅子を引っ張り出すとその上にどっかりと腰を下ろし、足の間に消毒液の瓶を置いた。
「料理が上手い。最近は中華に凝ってたな…えらく辛くて俺には美味いが、ナナシはちょっと泣いてたぞ」
煙草を瓶に突っ込む…残った葉から染み出すニコチンが、透明な液にうっすらと溶け出す。
「アイリと今度一緒に料理作る約束してたんだってな。頼むから、材料はよく吟味してくれ…食った後で事実を知らされるのはもう御免被る」
先に赤い炎を宿した煙草が、口の動きに合わせて揺れる度に、灰を落とす。
「そういえば、この間、罰ゲームでアンタに告ったヤツがえらく複雑な顔して帰ってきてたが何て言ったんだ?」
その間、休む間もなく消費される煙草に、空調が追い付かない勢いで部屋はニコチンの雲に汚染されつつある…互いの顔がどうにか見える、状況に煙そうに顔の前の雲を払いながら、早良は軽く咳き込んで眉を顰めつつ、問う。
「君……じゃない、お前、に対してはどうなのかな、わ……俺は」
「口うるさい」
言い切り、空になった空き箱を握りつぶすと、備え付けのゴミ箱に放り、上着のポケットから新たな一箱を取り出す。
「アレはダメだ、コレはするな……昔から変わらない」
ビニールを向き、新しい一本を銜えるのに、早良が僅か、眉を動かした。
「ただ特に何かをしろ、とは言わないな……為すべきだと、俺が思った事には、何も言わない。絶対に止めない」
真咲は話は終わったとばかりに沈黙し、紫煙を吸い込み、吐き出す呼吸に専念して更なる雲を作る。
 真咲の手元の瓶は灰に真っ黒に変色し、中で解けた吸い殻がふよふよと浮いて何か標本のようである。
 最早、自分の手元すら見えない…沈黙が形を得たかのように白く漂う雲……を割って突き出された手に真咲は反応出来なかった。
「だから少し控えろと言ってるだろうが!」
吸いさしと、煙草の箱、消毒液…ではなくなった何か、を奪い、早良は窓を開け放った。
「嗜好品と言えば聞こえがいいが、俺に言わせれば緩慢な自殺だぞコレは!頭が冴えるなんてニコチン中毒のヤツはよく言うが、脳の毛細血管が収縮してそう錯覚しているだけだ!それだけじゃない。何度も言うが、いいか、肺というのは一度汚れたらきれいになるのに一ヶ月はかかるってえのにお前は毎日毎日規定以上の本数消費しやがって……肺にニコチンで層が出来てるに違いないぞ!」
新しい煙草まで残さず消毒液の中に突っ込み、ご丁寧にシェイクして見るも無惨な代物を作り上げ、空き箱は外に放り捨てる。
「早良……今日、晩メシ何するんだ?」
「四川鍋を約束してたろ」
説教を中断しての問いに何を今更、と片眉を上げた早良に、真咲はパイプ椅子に背を預けた。
「筋金入りだな…」
掌で目元を覆い、込み上げる安堵を苦笑に隠して真咲は肩の力を抜いた。