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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『組まれてゆく欠片』
●あくむ
 夜明けに冷えた風が流れ込む寝室で、ベッドの上でタオルケット一枚で昏々と眠る人物が一人。
「やめっ‥‥俺達‥‥兄妹だろがっ?!」
 非常に怪しい寝言を吼えながら、和紗束紗が転がっている。
「だっ、だからな‥‥そこ! うなじ見せない! 身を寄せない! あーーもーー石鹸の良い香りがするだろうがっ!」
「‥‥」
 兄の嬌声に近付いてみれば、よく分からない単語。加えて恥ずかしそうでいて、苦痛を見せる和紗束紗の表情に妹は彼を起こす事を躊躇した。
「いったい、何の夢を見て‥‥」
 石鹸の香り、うなじ。
 単語だけを寄り合わせると、自然と頬が朱に染まってしまうのを押さえきれない和紗久遠。

「除けよっ!」
 寝返りを打ち、払いのけようと動かされた手の平が手首のスナップを効かせて相手を払う。

 パチン!
 ぽよん――――――

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ん〜〜」
 やったと、満足げに口元を緩める束紗。
 達成感が彼を眠りの淵に引き戻したのか、再びまどろみの中に戻ろうとして、赤ん坊の反射と同様に、手の平の中にある物を握り込もうとして指が動いた。

 むにっ

「んー」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 何だか、抵抗するモノがある。
 人が折角眠りにつこうとしているのに、手がまだ持ち上がったままなのだ。不安定で、眠れやしない‥‥。
 先程から、束紗は周囲のざわめきが気になっていた。だが、それにも増して程良く冷えている外から流れてくる冷気と、身体をくるむタオルケットのほのかな温もりが連日の育児の疲れも手伝って束紗を睡魔から開放しそうにない。
 手の位置をずらして、身を丸めて眠ろうとした結果、束紗は無事に体制を立て直し、うつ伏せに転がって‥‥。
 しかし、まだ何か障害物が彼の身の下にあった。まだまだ残暑のせいもあって暑いというのに、生温く、それに除けようと手を動かすと適度に柔らかくて堅くて、身体の下から退こうとしない。
「‥‥ん〜?」
 取り敢えず退かそうと、掴んで投げようとする。だが、思ったより大きいそれは、肉まんかアンマン位の大きさに加えて柔らかい割に抵抗があり、堅いかと思うとそうでもない。

 久遠にしてみれば、それは災厄であると同時に、自身の身に何が起こったのかを理解するまでにかなりの時間と労力を要していた。
 つまり、脳味噌が思考する仕事を放棄していたのだ。

 数分前。
 束紗を起こしに来たまでははっきりと理解している。
 珍しく朝に弱い束紗をからかいに、開け放たれている兄の部屋にノックはしてから入ったのだ。
 珍しく遅くまで寝ていて朝食を食べられなかった、遅いのが悪いと返して互いに愚痴を言い合うのもつまらないからだ。
 割り当てられた寝室の中で、見事に熟睡していた束紗は何事か呟くばかりで彼女に気が付いた様子はない。
 ひのきの木の棒でも持って来たら良かったかしらと、束紗の熟睡を何とか阻害しようと考えながら呟いた久遠が、兄の肩を押さえて揺さぶろうと手を伸ばした時に、その喜劇は起こった。

 無意識になのか、睡眠を妨げる敵を感じたとしか思えない束紗の動き。
 障害を取り除く為に動いた手は、確実に彼の意図した人物を押しただけでなく、確実なダメージを叩き込んだ。
 相手を排除する前に、束紗は先ず敵を知る事を第一としている。相手を理解すれば話し合えるか、無理な場合には互いに最小の被害だけで事を終える為に弱点を突けるかを知る事が出来るからだ。
 真っ暗な中で、延ばした手の平で敵の存在を確かめた束紗は、相手が友好的な存在かどうか、先ず徒手空拳である事を示す為に大きく拳を開いてみせる。
 それで相手も初めの接触には理解を示してくれたのか、束紗は相手に接触する事が出来た。
 だが、それだけでは相手を理解した事にはならない。
 自分を伝える為に、相手を知る為に。一方行からだけではなく、加減を加えながら、時には自身の思い―――いかに相手を知りたいと思っているか――を積極的に伝える為に、堅く拳を握り締めたりもした。
 初めは脅え、振るえていた相手も、徐々に落ち着きを見せたのは闇の中でも伝わってくる。
 緊張した息づかいが徐々に静かになり、初めは覇気の無かった相手も束紗から伝わる熱意が通じたのか、垂れていた頭をもたげ、互いの会話の間に聞こえてくる吐息は脅えた途切れ途切れの物からほんの少し興奮の色を含んだ物になっていた。

 パチーーーーーーーーーーーーーーン!

●おはよー
 頬に衝撃を受けて、束紗はタオルケットにくるまったまま床に転がった。
「い、いたたた‥‥」
 床で転がった時に、鼻頭がこすれてその熱く痛い衝撃で目が覚めた。
「ん〜おはよ‥‥」
 寝ぼけまなこで半身を起こしてみれば、肩で息をしている久遠の姿があった。

 ―――やばい。俺、そんなに熟睡してたのか?

 久遠がフルマラソンを走りきったランナーの様な呼吸で疲れを見せるのは珍しい。乱れた着物の裾も、きっと惰眠をむさぼっていた自分を起こすのに必死になった結果だろうと、慌てて立ち上がって着替えに手を伸ばした。
「きゃっ!」
「ん?」
 久遠の悲鳴が上がったかと思うと、あたふたと兄の寝室から出て行った。
「‥‥なんだ? 礼言おうと思ったのに」
 取り残された束紗はシャツに腕を通してのんびりと食事を取りに急いだ。折角妹が起こしに来てくれたのに、これで食事をしないなどと言えば、一日中顔も見てくれないだろう。
 折角、久遠がここにいる理由も自分なりに理解したのに、それではかえって逆戻りだ。
「を。居た居た。久遠、さっきはありがとな」
「え? あの、え?」
 真っ赤になって、束紗の顔を見ていない久遠。
 ―――なんだよー。俺、そんなにありがとうって言ってなかったっけ?
 自分から『ありがとう』と言っておいて、それが見慣れないからと驚かれるのもかなり気になる事なのだが、差し出された椀を手にして目を見張る。
「すげー、大盛り‥‥」
 そこには、普段の椀の3杯分‥‥見事に山になった米の飯があった。呟いて、受け取ろうとした瞬間に久遠の指に触れるか触れないかという軽さで当たった。
「‥‥‥!」
 すかさず、手を引いた久遠から間一髪で大盛りに盛られた椀を受け取ってテーブルに着く束紗。
「なーんか、そんなに嫌われる程起きなかったのか、俺‥‥」
 自分の夜更かしを後悔しながら、朝食を流し込んだ束紗は今日の仕事を思い出して溜息を吐いた。
「あのクソ親父と話すのか‥‥」
 放任主義とはいえ、自分達の両親にだけは久遠がここに暫く留まるのだという話を直にしておきたかった。
 久遠も、今度こそ自分も話すと言って聞かないだろうから、太陽光と風力発電の稼働している時間帯、通信機に回す電力余剰がある時間に限り、短い時間の通信の許可を貰っていた。
 余りくだらない会話を父とするつもりはないのだが、久遠は違っている様だった。
 だが、他の人への模範にならなければいけない身としての節度はわきまえている様子で、通信を切る前に見られた母の笑顔だけが、久しぶりの家族の団らんを感じさせてくれた。
 だが、それ以上に束紗にとっての目の上のこぶ、父親の存在は画面半分から意識を飛ばすに充分な存在だった。

「終わった、終わった。久遠、さっき話していた奴だけどな‥‥久遠?」
 夕食後の時間に、互いの仕事を終えた束紗が久遠に話しかける。だが、いつもに増して反応の鈍い久遠に、業を煮やして真っ正面まで行って話しかける。
「おーい。聞いてるか?」
「‥‥‥きゃーーーーーっ!!」
 数瞬の遅れをおいて、久遠が真後ろに飛んで逃げる。
「な、なんだよ‥‥ほら、母さんにも言われただろ、お互いに話あえって‥‥今日、俺もお前も仕事無いだろ?」
「う、うん‥‥だから?」
 逃げた割に、髪を気にしているのか撫でつけている久遠に首を傾げながら、束紗は続けた。
「ま、暇なんだしさ。お前の話でも聞かせてくれよ」
「え? うん」
 カップに水を注いで、飲み干した束紗に頷いたはずの久遠がはっとなって顔をしかめた。
「あ、やっぱり駄目。お風呂‥‥お風呂に入ってからにする」
「なんで? 後でも良いだろ? そんなに暑くはなかったと思うけど‥‥」
「いいからっ!」
 流石に、鈍な束紗に久遠が声を荒げた。
「‥‥‥はい」
 固まって、気をつけの姿勢で返事をする束紗を残して、久遠は小走りに部屋を出て行くのだった。
「ま、いいか。小腹が空いたし、チョット準備しとくか‥‥」

●誤解
 汗を流すだけかと思ったのだが、久遠の入浴は長かった。束紗にしてみれば、なのだが、それでも今日の束紗は特に妹に言い返す訳でなく、優しく迎え入れてくれた。

 ――もしかして、今朝の‥‥でも‥‥

 久遠の脳裏では今朝の出来事が何度も蘇っては繰り返されている。その為に余り暑くもない1日だったのに、仕事を終える頃には汗だくで着替えないで一緒の部屋に居るだなんて、想像も付かなかった。
 束紗なりに気を利かせてくれるのか、飲み物に久遠の好きな焼き菓子まで準備していてくれた。
 だが、急激すぎる変化に久遠は戸惑いばかりを感じていた。いつもはおっとりし過ぎている母が、兄と自分を見て目配せしてきた事もあって、落ち着かないで居た。
 その心の動揺は、変化そのものではなく、現状を自分が望んでいたのかも知れないと言う所に‥‥『これから』に、自身が期待していたのかも知れないと言う点に、集約されていた。
 ハイスクールで時々誘われて行くだけだった集団でのデートでもしなかった準備を‥‥風呂上がりに下着の色一つを決める事に、着てくる服を決めるのに時間が掛かった事はなかったのだ。
「そっか。んじゃ、もうしばらくはこっちで居る様になるな。俺が居るから、心配するなよ。お前には、俺がいるんだからな」
 両親を亡くした子ども達が居る。だが、久遠は一人じゃないんだぞと、伝える為に長い話を終えた久遠の頬に手を当てる。
「え‥‥う、うん‥‥」
 俺がいると、束紗の言葉が何度もリフレインされて久遠の中で響いていくのだった。

●ライターより
 いつも発注有り難うございます。
 毎度お馴染み‥‥と言う事でしたので、加筆の部分でお二人の問題を浮き彫りにしてみました。はてさて、この二人の兄妹がどうなって行くのか、実に楽しみな様な、末恐ろしい様な。
 頑張って下さいね。