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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


沈世界

 されど光は何処にも在らず。ただ在るのは、深淵なる闇の世界。

●序
「この世界は終わりを告げたのよ」
 ぽつり、と少女は呟いた。軽く笑っているのは何故だろう。
「でもね、しぶといのよね。終わりを告げたんだから、本当に告げたんだから……居てはならない存在なのに」
 少女は目の前にあるぬいぐるみを抱きしめる。片手の取れそうな兎のぬいぐるみ。
「こうして物言わぬ身ならば、何も害は無いわ。そう、全ては終わらなければ」
 少女はっこりと微笑む。決意に満ちた、それでも何処か虚ろな目。
「最後は私も消えなくては。……そうね、海に抱かれるなんて素敵じゃない?」
 誰に言うわけでもなく、少女は言う。

 噂が流れた。否、それは噂だけでは留まる事は無かった。事実が裏づけされた、噂であったのだから。
「巨人みたいなものに踏みつけられそうになった。というか、踏まれた。だけど、丁度穴があってそこに身を隠したから何とか助かった」
「突如、宙に浮かんで地に叩き付けられた。咄嗟にバリアを張って一命は取り留めることができたが、一瞬のうちに意識を失ってしまった。だから、止めを刺されなかったのかも」
「遠くなる意識の中、少女の声を聴いた気がする。否、気のせいかもしれない」
 様々な声が飛び交い、皆体を引きずりながら去って行く。病院での治療やメンテナンスに通う姿が増えている。同時に、少女に関しての噂も後をたたない。長い金髪に、赤い目をしていたというのが主流だ。そんな中、一枚の紙がとある酒場に貼られていた。予告とも言える、一枚の紙。
『消えたくない意思があるのならば、示して。夕日の中、西の廃墟で待っているから』

●始
 酒場に貼られた紙に、食い入るように赤の目を向けている青年が居た。黒い肌に、細かく柔らかい白の髪がよく映えている。
「消えたくない意志」
 キウィ・シラト(きうぃ しらと)はそう呟き、張り紙から目線を逸らした。
(消えたくない、意志があるならば……?)
 張り紙の言葉は、キウィの胸を刺す。突き刺すような痛みを伴う。
(そんな事、分かりませんよ……)
 今巷を騒がせている少女の噂が、その張り紙とだぶる。特に理由などはない。直感、といったほうがいいだろう。噂の少女が、このような張り紙をしたのだと思えてならなかった。
(問い掛け、ですね。神の審判の如く)
 示せ、とは随分な言い草だが。キウィは思わず苦笑する。
(自分は果たして消えたくないのか……それすらも分からないですが)
 キウィは心の奥底で思う。もしかしたら、という思いを。
(消されそうになった時、その答えはわかるのかも知れませんね)
「おい兄ちゃん、それ、行かない方が良いぞ」
 不意に声をかけられ、キウィは構えながら振り返った。視線の先には、人の良さそうな酒場の主人がいた。ほっとし、キウィは構えを解いた。
「物騒だな」
「すまない、これは長く染み付いているものですから。……それで、何故行かない方が良いと?」
「それ、一昨日くらいからずっと貼ってあったんだが……俺が貼ったんじゃねぇぞ?気付いたら貼ってあったんだ」
 言い訳をするかのような主人の言葉に小さく溜息をつき、キウィは先を促す。
「それで?」
「ああ、すまん。それで早速その誘いに乗った奴がいてな。『ちょっくら行って来る』と言って昨日行ったんだ」
「それで、その人は?」
「……病院だ。三人で向かい、帰ってきたのはそいつだけだ。全身に重症を抱えて、な」
「その人に会う事は出来ます?」
 主人は溜息をつき、懐から煙草を取り出した。
「無理だな。会っても、何の情報も得られねぇ」
「何故?」
 ふう、と主人は煙草の煙を吐き出す。
「会っても意味がねぇからだ。奴は、全てを拒絶している」
「全てを拒絶……?」
「そうだ。何も見ねぇし、何も聞かねぇ。看護婦が目を離すと、その隙に自殺しようとする」
(一体何が……)
 キウィはじっと考え込み、それから店を出ようとする。
「まさかあんた、行く気じゃねぇだろうな?」
 背中に、主人の声がかかる、キウィは振り返り、小さく笑ってみせる。
「だからこそ、行かねばいけないような気がするんです」
 西の廃墟に、キウィの足は自然と向かって行くのだった。

●西の廃墟
 廃墟に着いた時、そこは夕日に包まれていた。赤く赤く染め上げるそこは、まるで赤の王国。瓦礫が転がるその場所は、夕日の赤に酷く合っていた。
「綺麗ですね」
 ぼそり、とキウィは呟いた。同時にふと目頭が熱くなるのを感じた。夕日は綺麗だけれど一人残されそうで涙が出そうになると、漠然とキウィは考える。
「よく来たわね」
 突如頭上で声がし、キウィははっとしてそちらを見た。そこには長い金髪に赤の目をした少女が瓦礫の上に立っていた。片手のとれそうな兎のぬいぐるみを抱き、くすくすと笑っている。今ここを支配している、夕日のごとき赤の目だ。年は11、2歳くらいであろうか。鈴が転がるような、綺麗な澄んだ声だ。
「一、二、三……四人。四人も来たのね」
 その言葉に、キウィは慌てて周りを見回した。すると、確かにキウィの他にも三人の人影があった。
「君は、一体……」
 キウィは少女に問い掛ける。
「それはこちらの台詞よ。私のことを聞きたいのならば、先に名乗るのが礼儀ではなくて?」
「キウィ・シラトです」
 キウィが言い、皆に目線を映す。
「森杜・彩(もりと あや)です」
  彩はぐっと拳を握り、少女を見る。
「……風道・朱理(ふどう しゅり)です。こっちは、サード・レオ(さーど れお)」
 黒の髪に赤い目で朱理は隣にいる黒い装甲体を覆われたレオを示してから、ポケットに手を突っ込んだ。レオはじっと様子を窺っている。朱理と、少女の様子を。
「私は、ソウコよ。……この子はうさぴょん」
 片手の取れかかった兎のぬいぐるみの、取れかかっていないほうの手をひらひらと揺らしながらソウコは言った。次の瞬間、朱理が地を蹴った。同時にレオも。
「殺す……!」
 朱理はそれだけ言い、ポケットから取り出したナイフをソウコに突き出す。レオはそれをカバーするかのように腕を振りかざした。
「……お行儀が悪いのね」
 ソウコはそう言うと自らが立っていた場所を蹴り、宙に浮かんだ。そのせいで、朱理とレオの攻撃は空を斬る。
「嫌だわ、お行儀が悪いにも程があるじゃない」
「殺すと、決めていたんです」
 朱理が顔色一つ変えずにソウコを睨む。レオも同じく、ソウコに殺意を投げつける。
「止めて下さい!……私は、示しに来ただけです。ソウコ様が仰っていた、消えたくない意志を!」
 彩は叫ぶ。それに連なるように、キウィも口を開いた。
「私は示しに来たのではないですが……示す事が出来るかと思ってきたんです」
 朱理とレオが、二人を睨む。彼ら二人は示す、示さないの問題を超越した『少女を殺す』為だけに来たのである。ソウコが突如笑い始めた。
「とんだ茶番だわ。……あなたたちみたいな輩がいるから、消えるという本当の意味を分かってないのよ」
 ソウコは朱理とレオに冷たい視線を投げかけ、ふわりと飛んでキウィと彩の前に降り立つ。その際、自らの周りに結界を張っておく事を忘れない。
「それじゃあ、示して貰いましょうか」
 朱理は結界を破ろうと、再びソウコに向かってナイフを突き立てる。レオも同様に、腕を振り上げてくる。それらをソウコは無視し、二人に向かって笑って見せた。冷たい笑みだ。
「私は……お兄様の使い魔です。主であるお兄様よりも先に消える事は許されません。それが許されるのは、お兄様を守る時だけなのです」
「それ、本心?」
 ソウコが言うと、彩は頷く。ソウコはすっと手を伸ばし、彩の額に触れる。
「……そう。本心も似たようなものなのね。『お兄様』に会えなくなるのが、寂しいからだから」
「ソウコ様……?」
 ソウコはふふ、と笑ってから今度はキウィに向き直った。
「私は……分からないんです。心の奥底に、しまっているから」
「分からない?なら、どうして来たの?そこの二人と同じように……」
 ソウコは尚も攻撃を止めない朱理とレオの方を指差し、小さく笑う。
「私を殺しに来たの?」
 キウィは首を横に振り、まっすぐにソウコに向き直る。
「引き出してもらえるかと思ったんです」
「そう……」
 ソウコはそっとキウィの額に手を当てる。そうして、小さく笑う。
「……なら、引き出してみる?」
「え?」
 キウィが問い掛ける間もなく、ソウコは兎を天に振りかざした。途端、兎のぬいぐるみは巨大化する。レオはソウコではなく、その巨大化した兎の方に殺意を向ける。
「巨人……」
 ぼそり、と朱理が呟いた。それを聞き、キウィははっとする。
「なるほど、噂にあった巨人に襲われたというのは、この兎の事だったんですね」
「正しくは、うさぴょん様ですね」
 彩はそう言い、小さく苦笑するのだった。

●心の在処
 兎の攻撃は、皆それぞれに向けられていた。取れかけた手が、鞭のように撓る。レオは獲物を狩る肉食動物が如く、素早く動きながら相手の隙を狙う。朱理は常人では出せないようなスピードで攻撃をかわしながら、ナイフで時々兎の体を狙う。彩はそれに応戦しようとしかけ、くるりとソウコに向き直る。
「ソウコ様、どうしてこういった事をなさるのですか?」
 彩の問い掛けには答えず、ソウコはただ笑う。彩はぎゅっと唇を結び、獣人に変化する。白銀の、猫の獣人。しなやかに動き、攻撃を避けながら間合いを計る。だが、兎はそれすらも見抜いたかのように耳で彩を狙った。
「危ない……!」
 キウィはそう叫び、咄嗟に彩を庇う。その衝撃で、瓦礫の方へキウィは投げ飛ばされてしまった。突如浮かぶ、『消える』イメージ。
(消える……?そんなのは、嫌です……!)
 キウィは気付く。消える事が嫌だと感じる自分に。
「キウィ様!」
 彩は慌ててキウィに近寄った。キウィは「大丈夫です」と答え、小さく笑う。
「……お陰で、分かりましたから」
 キウィはそう言うと立ち上がり、ソウコに向かって叫ぶ。殺傷力の無いナイフをかざしながら。
「君に対する答えが、やっと見つかりました!」
 ソウコはただただ微笑み、キウィの言葉を待つ。
「大切な人の側にずっといたいから……そしてその人を消させる訳にはいかないからです」
「キウィ様……」
 彩は思わず呟き、キウィを見つめる。兎に対抗しながら、朱理とレオもキウィの言葉をちらりと気にしている。
「一番怖いのは消える事ではないんです。大切な人の側にいられない事、独りになる事……そして必要とされない事です」
(やっと、気付いたんです)
 キウィはじっとソウコを見つめた。他人の事ばかり気に掛けていた。他人の幸せを願うばかりだった。だが、今キウィは気付いたのだ。自分も幸せになりたいと。そしてそんな思いを抑えつけていた自分を。
「そう……あなたは幸せになりたいのね」
 ソウコが小さく呟く。それに対し、キウィは頷く。
「居てはならない存在等ないんです」
「そう……」
 ソウコはそう呟き、兎を元の大きさに戻してから自らの腕で抱く。急になくなった攻撃対象に、朱理とレオが戸惑う。が、すぐに攻撃対象をソウコに移す。勿論、ソウコは自らの周りに結界を張ってそれを阻んでいるのだが。
「じゃあ、もう少しだけ様子を見てあげる。居てはならない存在が、本当に無いかどうかを」
 ソウコがそう言ってその場を後にしようとした。慌ててキウィは呼び止める。
「ソウコ、良かったら私と一緒に研究所に来ませんか?」
「一緒に?何故?」
「……私は君を必要とし、必要とされたいんです」
 ソウコは暫く黙り、首を横に振る。
「それは駄目。……私は客観的に見なければいけないから」
「じゃあ、お待ちください!」
 獣人化を解いた彩は、慌ててソウコに近寄り、ポケットから裁縫セットをとりだして兎の手を縫いつける。
「気になっていたんです。ずっと、直して差し上げたいと思ってたんですよ」
 にっこりと笑う彩に、ソウコはただ笑った。
「有難う」
 ソウコは礼を言うと、次に朱理とレオに向き直った。二人の目からは殺意が消えては居ない。ソウコは溜息をつく。
「あなたたちはどうしても私を殺したいのね。まるで子ども」
 ふふ、とソウコは笑う。
「……子ども?どちらがですか」
 朱理が呟くようにいう。不愉快そうに、レオも唸っている。
「気に入らないから、私を殺したいんでしょう?自分が生きているという事を、私を殺す事で実感したいんでしょう?……そっちは、私の死肉を喰らいたいだけみたいだけど」
「だったら、どうだって言うんです?」
「風道様!」
「レオ!」
 尚も飛び掛ろうとする朱理とレオに、彩とキウィの制止が入る。勿論、二人の呼びかけは朱理とレオの耳には入っていないのだが。
「子どもだって言うのよ。……馬鹿ねぇ。そんなに焦らなくても全ては終わる日が来るというのに」
 ソウコはそう言い、パンと手を叩いた。途端に再び兎は大きくなり、朱理とレオを上から踏みつけた。不意をついた出来事に、流石の朱理とレオの動きが追いつかなかった。「殺してないわ。……だって、そうでしょう?あなたたち、空っぽなんだもの」
 ソウコはくるりと振り返り、彩とキウィに向かって笑ってみせる。冷たい眼差しをしたまま。
「忘れないで。生かしておいてあげるだけだという事を。……ほんのちょっとだけ、様子を見ているだけだという事を」
 それだけいい、ソウコは兎のぬいぐるみを元の大きさに戻して去っていってしまった。既に夕日は地上から消えており、完全なる闇が支配しようとしているのだった。

●闇沈
 夕日がとっぷりとなくなってしまった中、キウィは足早に研究所と向かっていた。
「やっと、知ることができたんですから」
 ささやかかもしれないが、それでも得る事の出来た『消えたくない自分の意志』を、再確認したかった。
「私は、幸せになりたいんです」
 ソウコは、ほんのちょっとだけ様子を見ると言っていた。不必要だと判断されてしまったら、再びソウコは動き出すかもしれない。それだけは阻止したかった。それに……。
「私の大切な人たちを、不必要だなんていわれたくないですからね」
 やっと確認できたその思いは、絶対に消したくなかった。それこそ、消えたくない意志であった。できれば、ソウコにも同じように思って欲しかったのだが。
「……帰りましょう」
 キウィは呟く。今はただ、消えたくないと思える事を一刻も早く再確認したかった。自分が不必要な存在ではなく、また必要とされているという事を再認識する為に。

 西の廃墟に、再びソウコは現れた。直してもらった兎の手は、しっかりとくっついている。
「楽しかったわ」
 それが、ソウコの一番の感想だった。勿論、だからといって世界が不必要なものを未だ持ち続けているということには変わりは無い。
「一度、世界は終わりを告げたんだもの」
 それは揺るぎようの無い、事実。
「ちゃんと、きっちりと終わらなくては意味が無いわ」
 そう呟き、再びソウコは繋がった兎の手を見た。その手と共に思い出される、生者達の叫び。
『大切な人の傍にいたい』
『大事な人に会えなくなるのは悲しい』
『全てを拒否し、全てを壊す』
『拒むものを、無へ』
「だから、ほんの少しだけ。……ちょっとだけ、猶予をあげるわ」
 自身も見守る事が楽しいと思い始めていた。様々な叫びが、ソウコの体を浸透していったのだから。
「だけど、最後はちゃんと終わらせるわ。……これは、絶対に」
 ソウコは微笑む。いつか来る、終末を思い描きながら。

 闇の中に、光は放つ。深淵なる世界で、たった一つの光が瞬く。弱々しく、暗い光が。

<沈もうとする世界を抱きながら・了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0024 / 風道・朱理 / 男 / 16 / 一般人 】
【 0284 / 森杜・彩 / 女 / 18 / 一般人 】
【 0311 / サード・レオ / 男 / 25 / ハーフサイバー 】
【 0347 / キウィ・シラト / 男 / 24 / エキスパート 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「沈世界」に参加していただき、本当に有難うございました。サイコマスターズ二作目となる今回、如何だったでしょうか?
 今回のポイントは、如何にして『消えたくない意志』をソウコに伝えるかにありました。因みに、ソウコは葬呼という漢字ですが、あえて漢字は全面に出してません。「ソウ」という読み方をする漢字は本当にたくさんあるので、皆様のイメージで当てはめて貰った方がいいかなぁと判断したからです。
 キウィ・シラトさん、初めまして。参加して頂き、本当に有難うございます。優しく、それでも芯を持っているイメージで描かせて頂きましたが、如何だったでしょうか?
 今回の話は、少しずつですが個別文章となっております。宜しければ他の方のも読んでいただければ嬉しいです。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。