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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


重なる偶然、それは必然

 薄暗い店内、向かい合って腰掛ける二人の男にほのかに光が注ぐ。その明かりは間接照明というより、寿命が来ている様に見えた。一人はコートを羽織った独特の雰囲気を放つ男。そしてもう一人は研究員のような雰囲気をまとわりつかせる白衣の男。落ちてくる眼鏡を持ち上げてから、白衣の男は、テーブルに右肘をつくと、左手で上着のポケットをあさった。
「『リヴァイアサン』のコアは奴の腹の中から取り出しておいた」
 暗がりの中では、男の濃い灰色のコートは、闇の中に溶け込んでいるかのように見えた。己の顔を隠すかのように、頭はフードですっぽりと覆ってある。不自然なくらい紅い唇の端は微笑むかのようにねじ上げられていた。
「こいつがそうだ」
「へぇ……」
 白衣の男はこぶしほどの大きさの、どす黒い蒼色をした塊を取り出すと、その手のひらの上で何度も転がした。
「コア、か。『リヴァイアサン』まで失敗作に落とすとはな。さすがに本部も黙っていないんじゃないか?」
 紅い唇が面白そうに言葉を紡いでいく。
「いずれ粛清部隊も動き出すだろう。今回の奴らの失態は放っておけんだろうからな」
 コートの男は呟きながら向かいの男の手のひらから黒い塊を取り上げると、薄暗い光にかざした。光にかざしたところで何の変化も見られなかったが。
「風道朱理とサード・レオはどうする? とりあえず殺さないでおいたが。放っておいたところでどうということも無いように思うが」
 言葉を聞き流しているかのような仕草で、コートの男は固まりを白衣の男の手のひらに戻した。
「……だが、俺はどうもあの小虫が気に入らん。目の前をうるさく飛ばれては、さすがに目障りだ」 
 研究員のような男の言葉に、コートの男はにやりとその紅い唇の両端を持ち上げる。
「彼らはまだ本部の抹殺対象には入ってはいないが? それでもお前は気になるか?」
「抹消対象じゃないって? そりゃそうだろ。別に奴らにゃ能力があるわけでもない。だから余計に目障りなんだよ。ただ飛び回るだけ。ゴミの回りをな」
 コートの男の言葉に、多少表情をこわばらせながら白衣の男は強がるかのように嘲りを含んだ笑みを浮かべる。
「目障りか。それでこそ本望。あの少年は私が調整したからな」
「――そういや、あんたがあいつに名前とナイフをやったんだっけな」
 引きつった笑みを、誤魔化すように落ちてくる眼鏡を押し上げた。
「なぁ、ファースト・レオよ」
 コートの男は名前を言われて鼻先で笑う。
「彼らはまだ利用できる」
「俺はそうは思えないがな。弱すぎて話しにならねえ。とりあえず右目だけ潰しておいたけがな」
 相手の返答に、男は再び鼻先で笑った。
「利用価値も分からんか。それとも相手を見下した振りをして、己を強く見せているのか? まぁどちらでもいい。――お前は本部に戻れ。私はまだやることがある」
 コートの男はいすを後ろに引きずって、ゆっくりと立ち上がった。
「ほう? お前にやること、なんてあるのか?」
「彼に新しい目と力を届けに、な」
 コートの男は口だけで笑うと、あっさりときびすを返した。残された白衣の男は、コートの背を、視界から完全に消えてしまうまで睨み付けていた。

 美貌の少年、朱理は薄汚れた宿屋のベッドに腰掛け、失われた右目に包帯の上から手をあてがった。それが失われたことも、自らの見目が落ちたことも、たいした問題ではない。片目を失うということは、すなわち彼の行動を制限することに他ならなかった。強いて気がかりな事を挙げるとするなら、ただ快楽を得るための殺戮に支障が出ないか、と……それだけだ。
 ある日行動を共にするようになったハーフサイバーのレオは、その身にまとう漆黒の装甲のために、部屋の隅にわだかまる闇のように見えた。
 まだ外は日が落ちたばかり。これからが彼の行動時間と言っても過言ではない。
 レオの近くの窓からは黄昏時特有の、黄色のようなオレンジ色のような温かみのある光が窓から差し込んでいた。遠近感の衰えた視界にも、光は変わらず届けられる。真紅の瞳に黄色い光が焼け付くような光を刻む。
 こんな光を見たことがある。ふと朱理はそんなことを思いながら、レオの前を通り抜け、窓の近くに立った。半身に明るい光を受けながら、記憶の糸をたどっていく。確かにこの雰囲気を、以前に感じたことがある。あれはいつのことだっただろう。
 物思いにふけりながら、そっと窓枠に手をかける。レオは朱理がそこから出て行こうとしているとでも思ったらしく、紅い瞳をじっと朱理の方へと向けていた。朱理は視線に気付いて、レオの方を体ごと振り返った。
「ここから出て行くとでも? 正確な高さも分からないのに、飛び降りるほど私は無謀ではありませんよ」
 苦笑交じりにレオに答えてみせる。しかしレオは、その視線をぴたりと朱理に向けたまま、動かそうとしない。
「どうしたのです? レオ」
 訊ねながら、朱理は背後に冷たい気配を感じた。とっさに身を引いてその気配に身構える。
「レオ、あなたはこれを見ていたのですか」
「フフフ……。これ、とは心外だな」
 レオの装甲に片手を添えて見上げた先には、黒いコートを着た男が立っていた。
「あなたは……」
「もう、忘れてしまったとでも言うのか? 風道朱理」
 見上げたまま止まってしまった朱理に、男は楽しそうに笑いかけた。覗く真紅の唇だけで。
「我は力を求める『強者』を見守り、『支配』するもの、とでも答えておこうか?」
 言って男は鼻先で笑う。
「何をしにきたのですか」
「まぁ、そう身構えるな。私はお前を気に入っている。それにサード・レオは息子みたいなものだ」
 コートの男はレオの方に手を伸ばした。レオは朱理の左手の下で身構え、かすれたうなり声を上げている。
「フフ……嫌われたものだ」
 コートの男はわざとらしく肩をすくめた。
「何をしにきたのですか」
 朱理は声のトーンを落として、再び問いかけた。
「失われたものを、補って余りあるものを与えにきたのだが、気に入らぬか?」
「失われたもの……」
 コートの男は朱理の呟きに応じてそっと左手を差し出した。その手の中には白く丸い球体のようなものが乗っている。
「これ自体はたいした効果があるわけじゃない。――ただ見えるようになるだけだ」
 右手で摘み上げて朱理に向ける。その球体はまるで眼球のように、朱理を見つめている。その瞳は朱理の瞳と同じ紅い血の色をしていた。
「よく覚えていただろう? お前の血を思わせる紅い瞳は好きだからな」
 コートの男は朱理に歩み寄ると、そのあごをつかんで自分が見やすいように上を向かせた。朱理は抵抗もなく男に従う。
「ウガァッ」
 呪いでもかけられたかのように、男のなすがままになる朱理を呼び戻そうとしているのか、レオは大きな唸り声を上げた。
「別にご主人様に何かしようとしているわけではない、黒獅子。少しおとなしくしていろ」
 男はレオを見えない何かで弾き飛ばした。装甲が床にすれる音が朱理の耳に届く。
「レオ……?」
「心配要らん。お前は失ったものと、そして力を求めていればいい」
 男の言葉になぜか納得して身を任せる。甘い囁きが深い意識の闇の中に朱理を誘って行った。
「お前はただ、『強者』たらんと願えばいい」
 男の囁きと、真紅の唇だけ鮮明に焼きついていた。黄昏の光の中に……。

 朱理が目を開けると、もうすでにあたりは明るかった。ふんわりとした記憶しかもう残ってはいない。いつか自分にナイフと名前と、生きていくための方向性を与えてくれたあの男に会った。それだけしか思い出せない。
 そっと右手を右目の包帯に運ぶ。それは半ば癖になっている仕草だった。しかし、そこにあるべき包帯はなかった。そのまま何度も目の辺りと頭とを探るように触る。外した記憶などなかったが、そこにあるべき包帯は、跡形もなく消えていた。
「どういう……」
 朱理が呟くと、金属の擦れ合うような音が右側から聞こえ、勢い良く体を起こして音のした方を見た。
「レオ……」
 装甲の紅い瞳がじっと朱理を見ている。その奥の窓ガラスに視線を転じると、両目を供えた以前の姿の自分が映っていた。
「目が……。――失われたもの、ですか」
 右目のあたりをさすってみる。違和感などなく、しっくりと、まるで前からそこにあるかのように備わっていた。
 補って余りあるもの、とは何だったのだろう。疑問を残しながら朱理は視線をレオに落とす。レオのことも息子のような存在だとも言っていた気がする。あの男は一体何なのだろう。そして自分に何をしたというのだろう。
 ――記憶が無い。
「別に、どうなろうと私は私ですけどね」
 朱理は見上げるレオに妖艶に微笑みかけた。