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<東京怪談ノベル(シングル)>


『紅葉と写真と乙女の憂鬱』

 秋深まり、境内を埋めるのは紅色の絨毯。数え切れないほどの紅葉の葉が地面を覆い隠し、その上を歩く巫女の銀髪は酷く鮮明だった。
 森杜彩は、自身が住まう神社の境内を掃き掃除するためにあちらこちら歩き回っていた。
 しかし秋が訪れると同時にこの敷地に溢れる紅葉の大群は、いつになっても己の目と心を奪っていくものである。
 燃えるような紅色一色。火炎の如き艶やかな紅葉たち。
 風が吹けば舞い上がり、葉の一枚一枚が彩の髪に降る。
 髪に絡まったその一枚の紅葉を手に取ると、彼女は溜息をついた。
 ───秋は黄昏。というか、憂鬱。





 箒で紅葉の軍団を掻き集めるのは一苦労だ。全てが散り終えるまでは続く作業であるし、自ら苛立ち任せに散らす事など言語道断。ならばこれも仕事、と割り切るべきなのだろうが。
 疲労の原因はもう一つあるわけで。

 パシャッ   パシャッ

 神社一面に降る紅葉の雪と、それを掻き集める白き巫女。
 そのコントラストに魅了された来客が、カメラを持参し何枚も何枚も撮って帰るのである。
 紅葉、それらを写すのは差し支えない。困る事もない。
 けれど彩の姿をフィルムに収める行為は遠慮願いたいところだ。仮にも自分は裏家業をこなす身。任務で隠密行動があれば、影に身を投じる場合だってある。
 しかしその写真が世間に出回り彩の顔が知れれば、その隠密が一切行えなくなってしまうではないか。顔が知れたら最早「隠密」の意味がない。仕事にならない。

 パシャッ   パシャッ

 ───写真のモデルになっている、というのは、正直嬉しい。
 一応曲がりなりにも自分は女性であるわけで、被写体となれるだけでこう、嬉しくなるもの。
 しかし、やはり考えてしまうのは仕事だ。

 パシャッ   パシャッ

 ……はぁ。
 紅葉はいくら掃いても終わらない。ずーっと続く、エンドレス。リピート。
 実はこれだけでも結構疲労困憊モードに突入してしまう。バテバテ、気分はすっかり鬱だ。
 ウンザリしているというのに、無情にも無機質なシャッター音が彩をさらに追い立てる。 顔がバレる、隠密行動が取れない、仕事ができない、身の破滅、と。
 しゃっしゃっと箒で紅葉を集めても、次の瞬間には鋭い風が木々を揺らして。
 これぞまさに、世は無情。
 ざぁぁぁぁぁ。容赦ない突風が彩の巫女装束を、髪を、木々を、色鮮やかな紅葉を、足元に収集した葉っぱの山を、さらりと吹き飛ばす。
「……はぅ」

 パシャッ   パシャッ

 しょんぼり肩を落とした彩の正面からは、やはり無残な音が響き続けるのであった。










「お兄様。どうにかなりませんか?」
 夜、夕食を終えた兄の元へ訪ね問うた言葉がこれだ。勿論、訊ねたのは昼間のお話。
 紅葉と御客様。カメラと───エンドレス掃き掃除。
 掃き掃除はどうにか目を瞑るとしても、彩を被写体とした写真撮影だけは問題ありまくりな筈。
 仕事に支障をきたす可能性だってあるのだから、何とかできません?
 切羽詰ってるんです、という空気を十二分に匂わせて頼み込んだが、結果は、残念。
 紅葉なら仕方ない、と軽くたしなめられただけであった。客があって切り盛りできるのだから兄の言い分は間違いない。ここで下手に追い返しては余計な赤字を招くモト。いくら裏家業を営むからとはいえ、表の経営もこなさなければ家計は火の車だ。
 ───零れる溜息。
 もうこれは、彩の写真が一般に出回らないよう祈るしかないか。
 ああそれと。
 どうかどうか、これ以上紅葉がハデに散りませんように。










 ───はぁ。
 翌日、やはり乱舞する紅葉を見上げて彩は再び掃き掃除を再開した。
 訪れる客、手には、肩にはカメラ。
 溜息ばかりが口をついて出て、にこやかに「おはようございます」「こんにちは」「今日も紅葉が綺麗ですね」などと来客に応対するのにもウンザリしてしまう。鬱モードも悪化悪化だ。
「……?」
 さささー、と箒が境内を滑る中、そろそろ聴こえてくる筈の音がほとんど無いのに気づいた彩は、くるりとその辺りを眺めてみた。
 カメラを持ち、レンズを覗き込む人たちは多数いる。
 が、その数は昨日に比べて半分以下。しかも全員彩とは離れ、紅葉や境内ばかりを写している。
 散り往く紅葉。降りかかる日差し。青空と、浮かぶ雲と、少しの風。
 自然だけでもこんなに様々なコントラスト。来客は皆、そればかりをレンズの向こうに見ていた。

 パシャッ   パシャッ

 やはり耳に届くシャッターの音。刻まれる、フィルムに焼き付けるその音。
 風は昨日よりもほんの少し優しい。
 荒れる事無く足元にこんもり積みあがる紅葉の葉たち。
 被写体とならない安堵感。それとちょっぴり、残念なキモチ。それは乙女心から。

 パシャッ   パシャッ

 何だかようやく、素直に紅葉を喜べる気がしてきた。










 ───余談ではありますが。
 彩をモデルとした写真撮影が激減したのは、やはり夜に彩が兄に懇願したのが効いたようで。
 兄は彼女より早起きし、境内に腰を下ろして来客を待っていた。そして訪れた例の目的を持つ御客様に高らかと言い放った。

「許可制」

 彼女の写真を撮りたければ、まず自分を通してからにしろ、と。
 穏やかで涼しげな物腰、丁寧で品のある言葉を並べ立て、まんまと許可制にしたのだ。
 ま、それでも、図々しくシャッターを切ろうとした輩もいたけれど。
 そういう不届き者には、見えないところでお兄様の熱く激しい血の制裁が下ったそうである。