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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


■分岐点■
 オルキーデア・ソーナにとっては初めて、アデルハイド・イレーシュにとっては久しぶりにベルリンを訪れていた、冬も間近な一日。
 キャリーで出発を待つイレーシュの元に、険しい表情のオルキーが戻ってきた。イレーシュをキャリーで待たせている間、オルキーはベルリンにあるUME大使館に行っていた。
 カルネアデス戦争が終結した後、オルキーはUMEの移民地に指定されているイベリア半島において、巡回による治安維持活動を任命されている。
 治安維持は連邦と共同で行っていたので、キャリーに居ながらしてオルキーは時折連邦の治安維持部隊やUMEの治安維持司令部と連絡を取っていた。リビアが独立を宣言した為、オルキーの所属する、かつての西部方面軍は拠点をバレンシアに移している。ベルリンの大使館は東部方面軍側が設置したものだが、西部方面軍との調整が済んでいない東部方面軍でも、西部方面軍側への伝達を頼む事も出来ていた。
 オルキーは黙ってキャリーに戻り、車を発進させた。彼女がこんな風に黙って難しい顔をしていることは、滅多に無い。イレーシュは、大使館で何かあったのだろうと察しながら、助手席に滑り込んだ。
 オルキーは、それでも黙っている。
 たまらず、イレーシュは口を開いた。
「‥‥オルキー、何かあったの?」
 イレーシュの問いに、オルキーは短く否定の言葉を発した。
 しかし、それが嘘だとイレーシュにも分かっている。
「オルキー‥‥」
「何でも無いの。‥‥今から、バレンシアの本部に行かなきゃならないだけよ」
 本部に呼び出されたと言うオルキーは、ほぼぶっ通しで運転してバレンシアに向かった。彼女がこうまで緊迫していた理由は、バレンシアの本部で明らかとなる。

 上官の呼び出しでバレンシアに戻ったオルキーは、イベリア半島の治安部隊を統括している司令の執務室に面会を促された。部屋の前で立ち止まり、イレーシュを振り返る。
「イレーシュ、ここで待っていてくれる?」
「でも‥‥」
 イレーシュが反対しようとした時、後ろに控えていた兵士が口を挟んだ。
「アデルハイド・イレーシュも同伴するように、との命令だ」
「イレーシュは関係ない」
「‥‥」
 ここで、この兵士に文句を言ってどうにかなるものでは無い。オルキーはイレーシュをちらりと見た。
「イレーシュ‥‥」
「何があったのか分かりませんけど‥‥オルキーに付いていくわ」
 彼女が辛そうにしている、その理由は分からないが、今は彼女を信じるしかない。イレーシュはオルキーの後ろに付いて、部屋に入った。
 室内では、オルキーの上官が、これもまた険しい表情で待っていた。オルキーの緊張した様子、室内の空気‥‥。それがイレーシュにも向けられている事に気づき、イレーシュはオルキーを見やった。
 オルキーは無言で敬礼をする。
「‥‥オルキーデア・ソーナ。何故呼び出されたのか、分かっているな」
「はい。ベルリンのUME大使館で、リビア本部からの通信を受けました」
 真っ直ぐ上官を見返す、オルキー。
 そんな態度に、上官は強い口調で言った。
「ソーナ曹長、貴官がアデルハイド・イレーシュ特務伍長と肉体関係にあるという情報を得た。それは事実かね」
 イレーシュは心に杭を打ち込まれたかのような衝撃を受け、オルキーを見返した。
 いつかは軍に知れてしまうだろうと考えていたが、それがこんなに早くに来るとは‥‥。
 イレーシュは沈痛な面もちで、視線を床に落とした。
 ベルリンの大使館で、オルキーはこの話しをリビア本部から聞いていたのだろう。本部に呼び出され、イレーシュとの関係を問い質される事を覚悟していた。だから、あんなに緊張していたのだ。
 オルキーは、はっきりとした口調で上官に言葉を返す。
「間違いありません」
 イレーシュは、どう答えるべきなのか、オルキーと上官を交互に見つめる。イスラムの教えをかたく守る者が殆どであるUMEでは、同性愛はタブーだ。オルキーは、何か罪に処されてしまうのだろうか。
「間違い‥‥ありません。しかし‥‥」
 イレーシュが付け加えようとすると、上官が制した。
「言い訳はよろしい。‥‥ソーナ曹長、貴官等の行為は他の兵士達に多大な影響を与える。分かっているかね?」
「はい」
「東部方面軍では、連邦の俗悪な庶民文化に抗議したという。それは単に気にくわないから、などという理由ではない。教えに反しているからだ。しかしソーナ曹長等はその文化に接し、なおかつ公衆でも互いの関係を隠す事は無かったというではないか」
 確かにオルキーもイレーシュも、お互い愛し合っている事を隠す事は無かった。ベルリンに行った時も、イベリア半島で子供達の救済をしている時も‥‥。
 もしかすると、オルキーはそれを察していたのかもしれない。それでもイレーシュに愛を囁いてくれた。
「ではソーナ曹長、君を除籍しなければならない」
「わかり‥‥」
「待ってください!」
 イレーシュはオルキーの言葉を断ち切るように、声を上げた。
 一歩前に進み、上官に言葉を続ける。
「私が離れます。‥‥私が除籍されてオルキーと別れれば、オルキーは残れるんですよね」
「イレーシュ、何を言ってるの!」
 オルキーは、驚いてイレーシュの腕を掴んだ。しかし、イレーシュは首をふるふると振る。
 オルキーを辞めさせる事など出来ない。オルキーは、壊れかけた自分の心を救ってくれた。いつでも一緒に居てくれて、誰かに愛されるすばらしさを教えてくれた。
 誰かを愛する暖かさも知った。
 だから、彼女を失ってでも、彼女を傷つける事は出来ない。
「‥‥私が、オルキーを誘惑したんです。彼女に罪はありません」
 こんな事は言いたくない。しかし、彼女を傷つけるのはもっと嫌だった。震える声で、それでも涙を堪えた。
「私が、彼女をベッドに誘ったんです。だから‥‥彼女に罪は無いんです」
「何故そんな事を言うのイレーシュ!」
 甲高いオルキーの声が、室内に響いた。上官は冷静な口調で、イレーシュを見る。
「では、アデルハイド・イレーシュ特務伍長を除籍する」
「いいえ、イレーシュが辞めるなら自分も辞めます」
 オルキーは毅然とした態度で、上官を見据えた。
「うちはイレーシュを純粋に愛しています。それがどんな罪であろうと、恐れはしません」
 上官も側に付いている兵士も、オルキーを嫌悪の表情で見つめている。しかしオルキーは、視線をそらす事なく、しっかりと見返していた。

 二人がキャリーに戻ると、キャリーに付いたUMEの識別ペイントが消されていた。いずれキャリーは、民間用としてナンバーが切り替えられるだろう。
 オルキーがキャリーに足を踏み入れると、中はすっかり荒らされていた。服も本も電化製品もひっくり返されている。軍から支給された軍服も回収され、機密文章が残っていないか、車両内が全てチェックされたのだった。
 しかし幸いにも、キャリーだけは持っていく事が許された。
 ここが、残された二人の我が家‥‥。
 運転席乗り込み、発進させたオルキーは基地を出るまで無言だった。だからイレーシュも、黙って助手席に居た。
 彼女は怖い顔をしていたから、ここを出た後で別れようと言われるんじゃないか、非難されるんじゃないかと、イレーシュはビクビクしていた。
(私のせいでイレーシュは‥‥)
 イレーシュは、ぎゅっと手を握りしめ、俯いた。
 基地が、ミラーから消えていくのを確認すると、オルキーは深く息を吐いた。びく、とイレーシュは体を竦める。
 彼女の表情を見るのが、怖い。
「イレーシュ」
 オルキーの声が聞こえる。イレーシュはそうっと視線を上げた。
「イレーシュ!」
 もう一度、彼女の声が聞こえた。と、急に彼女はけたたましく笑いだした。きょとん、とオルキーの顔を見つめていると、彼女は更に大きな声で笑った。
「あははっ、よかった‥‥良かったわねイレーシュ!」
「オ‥‥オルキー‥‥」
 何が良かったのか、何が面白いのか、イレーシュには全く分からなかった。ただオルキーは、消えゆく基地を嬉しそうに、ミラーごしに見つめていた。
 基地が見えなくなると、オルキーは山中でキャリーを停めた。
 運転席からキッチンに移り、キッチンテーブルの椅子に腰掛け、オルキーはようやく深く息をついて伸びをした。
「ああ、ようやく肩の荷が下りたわね」
「オルキー‥‥」
 イレーシュはオルキーの前に立つと、、小さな声でオルキーの名前を呼んた。
「私‥‥」
 ここを出ていこう。そうすれば、オルキーは戻れる。そう言おうとしたイレーシュの頬に、そっとオルキーの手が添えられた。
 静かにイレーシュが顔を上げると、オルキーは微笑を浮かべてこちらを見ていた。
「イレーシュ、良かったわね。‥‥私達、生きてるわよ」
「え?」
「だって‥‥うち、銃殺だと思っていたんだもの。あんな温情が下るなんて‥‥しかも基地から生きて出られるとは、思って無かったわ。良かったわね」
 オルキーが緊張していた、本当の理由。それは、彼らがどれだけ同性愛を嫌悪しているか知っていたから、あの基地から生きて出られるとは、全く思って居なかったからだった。
「それにしても、私がイレーシュにキスした時の、あの顔。ぽかーんとしてたわよ。可笑しいわ」
「オルキー、あんな事して‥‥あなた、馬鹿ね」
 じわり、とイレーシュの目に涙がにじんだ。
 オルキーは、命を掛けてでも自分への愛を貫いてくれた。自分を守ってくれたのだ。彼女と愛し合った、この短い時間を何故信じる事が出来なかったのか。
 心底、自分が情けなく思った。
「イレーシュ、嫌いな異性と関係を持つ人は居るかもしれないけど‥‥嫌いな同姓とベッドを共に出来る人は居ないと思うわ」
「‥‥オルキー‥‥」
「うちは、イレーシュの事を愛してる。こんなに愛しているイレーシュを捨てて軍を取るなんて、馬鹿げているわ」
 すうっとオルキーの手が伸び、イレーシュを引き寄せた。イレーシュがオルキーの膝の上に腰を下ろすと、後ろからオルキーは抱え込むように抱きしめた。
「イレーシュとベルリンやパリで買い物をしたり、子供達の笑顔を見たり、知らない土地に行ってみたりするの、楽しいし嬉しいわ。‥‥そりゃあ時々喧嘩をしたり泣いたりする事もあるけど、いつでも変わらずイレーシュを愛している。イレーシュはどう?」
 嫌、なんて言うはずがない。軍を辞めてでも自分を選んで欲しいと考えていたのは、誰よりも自分自身の方だったから。頬を伝って落ちる涙に、暖かいイレーシュの唇が押し当てられる。
 たった一つのわがままを、言っても良かったのだ。
 この一つの望みを、かなえてくれるように願っても、オルキーはちっとも構わなかったのだ。
「‥‥オルキー、愛しています。だから‥‥私と一緒に居てください」
「もちろんよ、イレーシュ」
 オルキーはイレーシュの耳元で囁くと、イレーシュの小さくほっそりした顎に手を掛け、口付けをした。

(担当:立川司郎)