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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


■Golden Spirit■
 炭と灰によるハンドペインディングで、迷彩仕様を施されたアズラエールが地を駆ける。
 URAAAAAAAAAAAAA!!!!!
 そのアズラエールにつき従う、小さな影が散開した。
「人間!?」
 オールサイバーだからこそ、迫り来るものを見分けられた。だが、逆にそれが彼の命取りとなる。
 相手が高軌道モードで移動する騎士なら、彼も応戦出来ただろう。しかし、接近物は、彼の目を疑うものだった。
 戦化粧を施し、防護マントの下は腰蓑一つという半裸の、生身の人間が、全速力で走ってくる。
「§☆◎■!」
 雄叫びと共に、うなりをあげて風を切る槍が、騎士の体を貫いた。半裸の男達は、脅威的なスピードを維持したまま、騎士達の中に躍り込む。
 彼等、ダカール山岳兵と共に駆けるアズラエールは、アシュリエル・ハディットが操っていた。ただでさえ「死の天使」の異名を持つそれは、正に阿修羅の如く立ち回っている。元より、戦場では半端な情などかけないアシュリエルだが、今はダカールの呪術と一種の精神高揚剤により、破壊の意志そのものと化していた。
 エネルギーの残量すら顧みず、全力で駆け抜けるアズラエールに、騎士もアイアンメイデンも容赦なく轢かれ、叩き潰されていく。
 西部の戦いが苛烈さを極めていた、同じ頃。
「UMEは、東部軍と西部軍で足並みが揃っていないと?」
「はい。足並みと言いますか、東部とまとめた交渉が西部に伝わっていません。逆に、西部の意志を東部が関知していない面もあります」
 アリーチェ・ニノンの報告を受け、ウィルフレッド・ベイトンは眉を顰める。
「このままでは、東部と停戦合意に達しても、西部が止まらないかもしれません」
 それでは、和平が成立したとは言えない。
 エヴァーグリーンからすれば、東部も西部もUMEという一つの集団だ。総大将が直轄する東部と話しをまとめれば、後はUME内で治めるべきだと言いたい。
 だが、事実上それが不可能なら、現実的な手段を講じるしかない。
「東部と西部、個別に講和という道も考えなければならないか」
 可能か否かを問わなければ、東部との停戦条件はある程度見えてきている。では、西部は?
 大きな目的は、故郷の人々を救うという点で東部でも西部でも一致している筈だ。それ以外に何か、彼等の心を動かす交渉材料はあるのだろうか。
「まず、西部の意向を探り出せ。様子を見て使えそうなら、リビア独立を支援する用意があると持ちかけろ」
「評議会が承知するでしょうか」
「させる」
 アリーチェは不安を口にしたが、ウィルフレッドはきっぱりと言い切った。
「多少の代償を払っても、今は和平の調停が最優先だ。それに、リビアと良好な関係を築けば、いずれエヴァーグリーンにも利はある」
 リビアに眠る地下資源と、宇宙開発に適した赤道直下の国土と。いずれも、今後のエネルギー問題に大きな影響を与える。
「分かりました。では、何とかして西部と接触を図ります」
 西部とは、未だ交渉の窓口が確立されていない。最早、エヴァーグリーンの使者を名乗ってすら、安全に接触する手立ては無かったが、それでも行くしか無いのだ。手遅れにならない内に。まだ、僅かでも和平の可能性がある内に。

 ‥‥と、まあ、これがプラハ一般市民が噂する、カルネアデス戦争末期の情勢だった。市民の皆さんの噂なので、実際より誇張されていたり、事実と違うところもあるだろうが、それは置くとして。
 ともかく、めでたく停戦相成って、ダカールの皆さんもリビアに帰る時が来た。
「戦士あしゃ。我々ハ勝ッタノカ?」
 個々の戦闘においては、間違いなくダカール兵が勝っている。彼等の大半はそれで十分であり、死の風がどうの、和平がどうのという政治絡みの話に興味は無いだろう。
 けれども、果たして彼等の王は勝利を得たのか。
 ダカール兵の参戦は、彼等が王と崇める人物に、恩を返す為だという噂があるくらいだ。王の死と共に彼等の戦いは終わったとも言えるが、王の望む結果が出たのか、気になる者もいるのだろう。
「ああ、勝った。リビアは自由だ。ダカールもな。もう、ダカールに悪魔は来ない」
 彼等に勝利を伝え、解散を命じる王は既に亡い。故・西部方面軍司令がダカール族にどう説明して召集したのか、アシュリエルは知らない。
 そこで、敢えて抽象的な表現にしておいた。
 死の風にしろ、リビア独立を阻む者にしろ、「悪魔」とひっくるめておけば、間違いは無いだろう。
「戦士あしゃ。オマエガ、悪魔ヲ打チ破ッタノカ?」
「いや。ある人が、我々が勝利して帰る道を拓いた。だから、悪魔はもう来ない」
 通訳の男は、納得した顔で仲間の許に戻って行った。
 アシュリエルも、パリ撤退後は北アフリカ総督兼リビア国土開発大臣として、ダカール族と共に任地に向かう。
 国土開発と表現すれば随分と聞こえが良いが、当分は地下資源の開発に、砂金掘りでもする事になりそうだ。労力は、ダカール山岳兵。つまりは、完全な人力での採掘である。
「本気で当てにしてるとは、思えねぇな」
 それでも、デスクワークよりは遥かに彼の性に合っている。気長にのんびりやっていれば、その内成果も出るだろう。
 呑気に構えていたアシュリエルだが、これが思わぬ出来事を招いた。
「恩人を象った像を贈るって? 掘った砂金でか?」
 つぶらな瞳をきらきらと輝かせ、集まったダカールの男達が一斉に頷く。
「そりゃまた、気の長い話だな」
 金塊ならともかく、砂金からである。しかも、その砂金も採集するのはこれからだ。
 そちらに割く労力もさりながら、純金像を贈る程の借りだろうか。確かに、独立はリビアの民にとって、積年の希望ではあったが。
 今のリビアにとっては、それだけの金があれば、かなり財政の助けになるだろう。
 しかし、アシュリエルは二つ返事で許可を出した。
「いいぜ。気が済むようにしろ」
 太っ腹な返事だが、何といっても、ダカール兵は恩義一つで欧州と中東の大戦に加勢する程、義理堅い人々だ。アシュリエル自身、仁義を重んじる性質なので、気持ちは分かる。
「完成は数年後かもしれんが、急ぎの命令も出てないしな」
 しかし、である。21世紀が生んだ最後の驚異、ダカール族の恐るべきパワーは、ここでも発揮されたのである。
 採掘から細工まで、すべて手作業にも関わらず、何と数ヶ月とかけずに黄金象は完成した。
「こりゃあ‥‥」
 完成した像を目にしたアシュリエルは、ぽかんとした。が、すぐに腹を抱えて豪快に笑い出した。
「こりゃあいい。プラハのお嬢が、どんな顔をするか見物だな」

 数日後。
「リビアから贈呈品が?」
「独立に力を貸したお礼だって。当時、話をまとめていたうちのスタッフがモデルらしいよ。しかもリビア産の純金製だとか」
 送り届けられた荷物と手紙の噂は、瞬く間に広まった。
「リビアと親交を深めるきっかけに丁度良い。ハディット少佐を招待した。君は、氏とは面識が無かったな」
「はい。停戦交渉時にお会いしたのは、彼の伯父様でした」
 ウィルフレッドに問われて、アリーチェは頷く。
 像のお披露目は、アシュリエルの到着を待ち、更に数日が過ぎた。
 その間に、噂はどんどん大きくなる。
「本人はダカール兵に会ってないよね。写真でも送ったのかな」
「いや、イメージのみ参考にした、独立の女神像だって聞いたよ」
「西部にも彼女に会っている人はいるし、おおよその感じは伝わるんじゃないかな」
「素手でオールサイバーを打ち砕く、脅威の部族だし。口伝えで見た印象を知らせれば、それで十分なんじゃない?」
 等々。
 ただの像ではなく、黄金の像ときたものだから、一体どんなものなのか、人々の期待は嫌が上にも高まっていく。
 そして、遂にお披露目の日がやってきた。
 プラハ広場は、噂の黄金像を一目見ようとつめかけた人々がひしめきあっていた。
 人々が注目する中で、像にかけられていた布がさっと取り払われる。

 しーーーーーーーーーん。

 水を打ったような静けさから、一瞬遅れて後方から
「おおー!」
と、どよめきが起こった。
 感嘆の声は、遠目にも明らかな、目を射るばかりに燦然と煌く黄金の輝きに対するものだ。
 では、前方の静けさはというと。
「感想は?」
「はあ」
 ニヤニヤ笑うアシュリエルは全く眼中に無く、アリーチェは困惑を浮かべていた。
「随分とサイケデリックな、と言いましょうか、その。何でしょう‥‥何と言っていいのか」
 日本人スタッフからは
(土偶?)
と、ひそひそ声が漏れている。
 これが単にリビアからの贈呈品ならば。百歩譲って、ただ女神像とだけ聞いていれば、アフリカンテイストに満ち満ちた工芸品と、取れなくもなかった。
 だが、実在の人物像と聞けば、多少はその人物の面影があるものを。少なくとも、西洋人女性に見えるものを期待してしまうではないか。
 はっきり言って、「それ」は一見しただけでは何なのか、さっぱり分からなかった。
 女性像だと思えば、なるほど胸の辺りに円錐形のでっぱりが二つある。
 しかし、顔はエイリアンか、はたまた太古の仮面かという造作で、ポーズは重量上げに近い。腰を落とし、両手を頭の高さに上げ、頭と両手で台座と同じ厚い円盤を支えている。
 遺跡から掘り出されたような原初の力強さに溢れていたが、西洋美術風の優美さは微塵も無い。
 これが自分の像だと言われても、当人は絶句するしか無い訳で。
「もう一つ、小さい像もある。恩人に是非にと、別に作ってくれたらしい」
 ウィルフレッドがずいっと突き出した手の上にはちんまりと、掌サイズの金色の像が乗っている。
「モチーフは『平和の灯を掲げるアリーチェさん』だそうだ。ひっくり返すと、『平和の大地を支えるアリーチェさん』になる」
 上下等しい円盤には、かように深遠な意味が込められていたのだ。
 印象が、とりゃ! と『敵の大地を投げ打つアリーチェさん』であるのは、忘れよう。
「そうなのですか。ありがとうございます」
 戦時下で、伊達にUMEとの交渉における責任者を務めてきてはいない。アリーチェは気力で営業用スマイルを浮かべたが、続くウィルフレッドの言葉に笑顔のまま固まった。
「リビアからの誠意だ。小さい方の像は、君の書斎に飾りたまえ」
(何を言い出すんですか、この人はー!!)
と、彼女の目は訴えていた。
 魔除けには絶大な効果を発揮しそうな雰囲気を醸し出しているが、部屋の調度品としては、相当に浮く事請け合いである。
 だが、ウィルフレッドはアリーチェの視線を無視して、アシュリエルに向き直り、しれっと言う。
「伯父上様は息災でいらっしゃいますか。近く、リビアにもお伺いしましょう。彼女も、彼等に会えることを楽しみにしていますよ」
「それは、ぜひ。恩人自ら来てくれりゃ、ダカール族は心から歓迎するぜ。歓迎のダンスの一つくらい、踊るだろうさ」
 居合わせた人々の脳裏に、一つの光景が浮かぶ。
 筋骨逞しい、腰蓑いっちょの男達がアリーチェの周りを取り囲む。そして、理解不能な叫びと共にぐるぐると、野性味溢れたダンスを踊り‥‥。
(それは嫌ーーーーっ!)
と、アリーチェが心の中で叫んだかどうか定かでは無いが、彼女が呆然としている間に、男二人はしっかりと握手を交わし、リビア訪問の約束をしてしまった。

「価値観の違いは、体験するまで分からないものですね」
 後に、アリーチェはしみじみと語った。
 人々の顎を外したあの像は、嫌がらせやお茶目な冗談では無く、純粋な感謝の表れだ。
 金の価値を考慮したのでも無く、ただ、新しい作業で最初に採れたものを捧げたのだ。
 プラハでは一様に無言になってしまうデザインも、彼等には気高く崇高で、美しい。
 どっしりと、何物にも動じず、ふくよかで実り豊かな大地の女神。それは、自然と共に生きる人々には、何よりも尊い。
 捧げ物としても、象徴としても、彼等にとっては最高の贈り物だ。
 きっと、そうだ。
 そうに違いない。
 そういう事にしておこう。
 流石に純金の像を野ざらしには出来ず、黄金像は屋根をつけて、プラハ市庁舎の正面玄関に恭しく展示された。
 リビアとの友好の証、ダカール族の誠意の証として。また、中東諸国の人々との価値観の違いを戒める教訓として。
 黄金像は、異郷気分とそこはかとなく愉快な笑いを与えつつ、今日も煌びやかな輝きを放っている。

■コメント■
 ご発注ありがとうございました。
 発注文から別URLに飛ぶのはNGなのですが、どさイベで実物を見せていただきましたのでイメージは分かりました。