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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


同人誌即売会を守れ!

 汎ヨーロッパ連邦の首都ベルリン。先の戦争でUMEの攻撃の手がここまで伸びた事はリディアーヌ・ブリュンティエールも知っていた。先の戦争までは、リディアはフランスの地方で両親と暮らしていた。リディアの家はフランスの片田舎の貴族で、母親は日本人である。両親の愛を受けて暮らす彼女は、その頃はきっと今とは違い、明るい笑顔を浮かべていたのだろう。
 しかし戦争で西部方面軍が連邦領土まで攻め込んで来た時、飢えていた彼らはリディア達の暮らしていた街を襲い、食料や武器などの備蓄を奪っていった。
 彼女に残されたのは、破壊された家と冷たくなった両親。そして自分の体。
 身一つで彼女は街を転々と移り歩き、停戦を知ったのはベルリン近くの大きな町での事だった。
 ここがベルリン。まだずっと幼い頃、両親とともに来た覚えがある。あの頃と違うのは、時折大使館の者と思われるUMEの兵士が歩いている事だった。あの、リディアに恐怖を植え付けた‥‥。
 ふと見ると、人が建物の周囲に群がっていた。何かそこで行われているらしい。人々の多くは若い青少年で、手に本のようなものを抱えている。何か本のイベントでもあったのだろうか。
 昨日の夜、UMEの兵士が自分の前に立っている夢を見た。これが予知ではあるまいかと、リディアは大使館のある中心部を避けるように歩いて来たが、まさかこんな所にUMEの兵士は居ないだろう。
 ‥‥と、リディアは思っていた。
 本を買うだけの金は持ち合わせていないが、彼らが何を見ているのか、少しだけ興味があった。建物の周囲にも、人が座り込んだり本を広げたりして談笑している。
 建物の周囲を歩きながら、リディアはちらりとその手元を見た。彼らが持っているのは、薄くて綺麗なカラー表紙の本だった。日本の漫画か何か? いや、リディアの目が確かならば、総統閣下と書かれていたような気が‥‥。あっちはミュンヘン要塞とか‥‥東部方面軍とか‥‥。
 では連邦の出版物かというと、それにしては少し‥‥毛色が違うようだ。
(みんな‥‥楽しそう)
 リディアは、羨ましそうにじっと見ていたが、その幸せな視線から逃げるように、足を速めた。今の自分の足下を見るのが、怖かったのかもしれない。気が付くと彼女は、会場の裏手に来ていた。
 来た道に戻ろうと彼女が振り返った時、突然会場周囲を囲っていた樹木の壁から人が出てきた。
 双方若い男で色は浅黒く、一人は鋭い視線の男。もう一人はやや西洋風の顔立ちをしていた。腕や顔に傷がある。そのうちの一人にぶつかったリディアは、よろめいて地面にへたり込んだ。
「‥‥すみません」
 小さな声で、リディアは謝罪の言葉を口にした。
 ‥‥何?
 リディアは何かを感じ、顔を上げた。
 何か見えた。
 顔を上げると、男の顔と重なるようにして何かの画像が浮かんだ。彼らが、手に黒いものを‥‥。たくさんの人々の中で構えている。これによく似た光景を、彼女は見た事があった。
 そう、あのフランスの故郷で‥‥。
「あっ‥‥ああ‥‥」
 リディアは悲鳴を上げ、後ずさりをした。
 男達は、不思議そうにリディアを見ている。
「何だ、こいつ」
「放っておけ、行くぞ」
 鋭い視線の男は会場の方に足を向けた。しかしもう一人は、鞄とリディアを交互に見ると、にやりと笑った。
「‥‥先に行ってくれよ」
「どうするんだ」
 軽く振り返り、男が聞き返す。
「この軍服、こいつに着せるってのはどうだ。スケープゴートってやつ」
「同じような服を着た奴が、何人もここに居るってのにか?」
「本物と偽物は違う。追ってが居るなら、この軍服に反応しないはずはないさ」
「勝手にしろ」
 ぷい、と男は歩いていってしまった。
 残った男は、恐怖で動く事の出来ないリディアに鞄を広げ、中のものを見せた。ああ、やはり‥‥。この服は、あのUMEの‥‥。
「この服を着ろ」
 男はリディアの腕を掴んで、引き寄せた。
「きゃあっ」
 リディアの悲鳴を、男の手が塞いで止める。
 もう片方の手を、男がリディアのシャツの合わせ目に差し込んで引いた。着古したリディアの服は、簡単に形を失っていく。
 冷たい地面に押しつけられ、その恐怖と力にリディアは抵抗も出来ずに男を凝視する。
 リディアが最悪の事態を覚悟した時、後ろの茂みから誰かが姿を現した。男が振り返る。
 姿を現したのは、黒いゴスロリの服を着た少女だった。
 少女はリディアが押し倒されているのを見て、きっ、と男を睨み付けた。
「貴様、手を離せ!」
 怒りを露わにした少女の一喝。だが、声は少女ではなく、まるで少年のようであった。いや、これは男の声じゃないのか?
 リディアは、ゴスロリのスカートをはいた少年を見つめる。
 ‥‥そのとき、リディアと押し倒した男の間に一瞬フラッシュのような光が走り、薄ぼんやりとした人の姿が浮かんだ。人は銃のようなものを手に持って構えている。
 続いて翼を背中から生やした人。
 最初のものは、先ほどリディアが見たものだ。しかしもう一つは違っていた。翼をはやした人は、目の前に居る少年のように見えたが‥‥。
「うわあっ、何だこいつ」
 男は浮かび上がった幻に驚き、転がるようにして逃げていった。
 地面にうずくまって震えるリディアは、引き裂かれた服をぎゅっと抱え込み、じっと地面を凝視した。
 今まで、こんな形で見えた事は無かった。こんな風に使えた事は無かったというのに‥‥何故?
 何より、突然現れたこの少年は、何の目的があるというの。
 少年は口をきかないリディアに、小さくため息をついて視線を巡らせた。そして先ほどの男が残した鞄を手に取り、中から軍服を取りだした。
「‥‥その格好では風邪をひく。これを着ていろ。‥‥会場に連邦騎士が居たようだから、俺は奴らに知らせて来る。ここで待っていろよ」
 リディアは返事を返さず、じっと少年が立ち去るのを待った。
 少年の姿が見えなくなると、リディアはすぐに軍服を手に取り、駆けだした。ともかく、この場から立ち去りたかった。連邦騎士が来て保護されるのも嫌だったし、あの少年に連れていかれるのも嫌だった。
 一人にしておいて!
 リディアは心中で叫びながら、走った。茂みの中で服を着ると、リディアは会場から去る為に道路側に戻ろうとした。しかしそうすると、どうしても会場の入り口を通る事になる訳で‥‥。
 会場入り口は、また人が増していた。
 押されるようにして、リディアの体は会場の中へと流されていく。出ようにも、人の流れに逆らうにはリディアの体が小さすぎた。
 会場の中では、華やかな服を着た女性達が、それぞれ長テーブルに並べられた本を見たり買ったりしている。これはやっぱり、本の即売会なんだろうか。
「わあ、可愛いっ」
 突然声を掛けられ、びくっと肩を震わせてリディアは振り返った。同じような軍服を着た女性がリディアを見て、嬉しそうに笑っていた。
 軍人?
 リディアは彼女の手から逃れ、逃げ出した。服は大きすぎてずり落ちそうだし、髪は他人の服に引っかかってしまうし、もう踏んだり蹴ったり。
 彼女の姿が見えなくなった頃、リディアは再び何かにぶつかった。人が多いのだから、仕方ない。
「あ‥‥ごめんね」
 リディアが顔を上げると、心配そうに一人の女性がのぞき込んでいた。日焼けした顔立ちに赤茶けた髪。しかし服装は何故か、日本の神官が着る服だった。
 リディアは、無言で通路の向こうに視線を向ける。
「どうしたの、一人で来たの? ‥‥ここ、大人向けのスペースだから、来ちゃだめよ」
 彼女はかがみこんで、少女の顔をのぞき込んだ。しかしリディアの着ている服を目にして、彼女は顔色を変えた。
「‥‥それは‥‥」
 彼女の表情が険しくなる。
 彼女は、リディアの着ている軍服に反応している。あの恐怖がわき上がり、リディアはするりと彼女の横に身を押し込んだ。あっ、と思う間に彼女の背後に回り、人の間に潜り込んでいった。
 彼女はリディアを追おうとしているようだったが、この人の波に勝てず、やがてその姿は消えていった。

 気が付くと、リディアは舞台の上に立っていた。
 きょろきょろと辺りを見回したリディアに、マイクが持たされる。これは何の為のマイクなんだろうか。
 訳が分からず、リディアは呆然と立ちつくす。リディアの歌声はとても美しいが、人前で謡う事などまず無い。
 というか、こんな所で歌えない!
 ちらりと舞台の裾を見ると、スタッフらしき女性が困ったような顔をしていた。
 どうする?
 逃げる!
 リディアがマイクを放り出し逃げようとした所で、突然どこからともなく銃声が響いた。ざわめく人々の中、舞台前から誰かが飛び込んできた。
(何? ‥‥何なの)
 リディアはおろおろと舞台の上を歩き回る。
 飛び込んできた人はリディアを抱え込み、コートの中から黒くて長いモノを取り出した。見上げたリディアは、恐怖に硬直する。
 男は、リディアを抱えて舞台の裾に移動しようとした。
 この男‥‥リディアを襲った、あの男だ!
 誰か助けて!
 リディアは声にならない叫びを繰り返す。
 誰も来てくれない。誰も助けてくれない。それは分かっているのに‥‥。
 リディアの目に涙が浮かんだ。
 ぼんやりとした視界の中、誰かが目の前に現れた。
 何? リディアが目をこらして、それを見つめる。
 黒いスカートに、ひらひらしたレースのついたシャツとエプロンドレス。その背中には、黒い翼があった。
「その子を離せ」
 静かに少女は、男の声で言った。
 あれは‥‥あの少年は、さっき助けてくれた人だ。
 どうして‥‥助けてくれるの?
「相神、何やってんだっ」
 舞台の端で、仲間と思われる男が叫んでいる。
 相神は強い口調で、男を怒鳴りつけた。
「離せ!」
 無言で男は、銃を構える。リディアの視線の向こう、舞台の前に誰かが駆けつけ、舞台に上がろうとしていた。一人は、先ほどぶつかった女性。もう一人は見知らぬ金髪の女性だった。
 さほど会場内が混乱していないのは、これがイベントか何かだと思っているからであるに違いない。
 男が銃を発砲すると、相神は上空に飛び上がって避けた。火花が相神の周囲に散り、その火花は凄まじい光となって男の側に落雷した。
 舞台は穴が開くわ、銃声が飛び交っているわ、もう大変。
 じっと目を閉じていたリディアの手を、誰かが掴む。
「もう大丈夫よ」
 女性の声。リディアがそうっと目を開けると、あの赤茶色の髪の女性が、自分をぎゅっと抱きしめていた。
 視線を走らせると、あの男と金髪の女性、そして相神という少年が戦っていた。
「ソーナ、そいつ頼むぞ」
「分かったわ」
 ソーナと呼ばれた女性は、リディアを連れて舞台の端に避難した。これって本当にイベント?
 それじゃあ、リディアのこの服は‥‥。
 自分の服を見下ろすと、あの大きすぎた軍服は、この混乱の中ですっかりずり落ちて脱げてしまっていた。
「服、何とかしなきゃいけないわね」
 ソーナが、リディアの着ていた軍服を引き上げて苦笑した。
 この軍服の事を知っていた‥‥このソーナという女性は、あのUMEの兵士なのではないか。その証拠に、軍服を複雑な心境が見え隠れする表情で見つめていた。
「私が服を持ってくるから、ここで‥‥」
 ソーナが会場の方に視線を向けた時、舞台に異変が起こった。
 兵士が放つ銃、そして高速機動による床への負担、そして雷撃。
 それらに耐えきれなかった舞台が悲鳴をあげ、崩れたのだ。とっさにソーナが、リディアを抱え込んで伏せる。しかしリディア達の立っていた床も、崩壊に巻き込まれていった。
 次々と降る機材や柱の欠片、幕から自分を護るように、ソーナが自分の体をリディアに覆い被せた。
(どうして‥‥護ってくれるの?)
 分からない。この人からは、あのフランスで見た兵士達と同じ臭いがするというのに‥‥どうして?
 やがて崩落が止み、静寂が戻る。
 静かに目を開けたリディアは、虚ろな視線を埃の舞う空に向ける。黒い翼が目に映っていたから。黒い翼を持った少年‥‥相神は、心配そうに自分を見つめていたが、ぎゅうっとリディアを抱きしめた。リディアは何が何だか分からず、きょとんとした顔で、相神を見つめる。
「‥‥よかった、無事だったんだな」
 リディアはどうしていいか分からず、呆然と視線を床にうつむけた。この胸の中の恐怖感はぬぐえない。そでもリディアが逃げなかったのは、相神が自分を助けてくれた‥‥そして、母と同じ黒髪と黒い瞳の日本人だったからかもしれない。
 小さく苦笑を浮かべ、相神は少女を見つめた。
「‥‥この格好じゃ、風邪をひく。俺の着ているこいつをやるから、ちょっと待っていろ」
 相神は服を着替えに戻ると、自分が着ていたゴスロリのドレスを抱えて、崩れた舞台前に戻ってきた。
 今度はリディアも逃げなかった。着るものもなかったし、あの少年の思いを無駄にする訳にいかないと感じたから。
 ほっとした様子で、相神はリディアにドレスを渡す。ドレスは少し大きかったが、肩から落ちてしまう程ではない。
「行く所はあるのか?」
 リディアは、相神の問いに黙って頷いた。
 行く所がある、なんて言うのは嘘だ。しかし、誰かの世話になる気は無いし、この少年の言葉も‥‥きっと口だけなんだから。
 リディアは、手のひらを握りしめた。
「もし行く所が無いなら‥‥もう一度俺に会いにこい」
 相神はそう言い残し、立ち上がった。
 リディアははっとして、顔を上げる。
 何か言わなきゃ。
 何か‥‥。
「‥‥リディア」
「リディアか。俺は相神だ」
 相神は微笑を浮かべて答えた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0038/オルキーデア・ソーナ/女/21/元UME兵
0063/アデルハイド・イレーシュ/女/19/元UME兵
0185/ディアーナ・ファインハルト/女/22/連邦騎士
0239/フレイヴ・ディスターナー/女/21/連邦騎士
0247/キウイ・シラト/男/24/連邦アイアンメイデン
0425/リディアーヌ・ブリュンティエール/女/12/一般人
0379/相神黎司/男/16/一般人

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■         ライター通信          ■
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遅くなりまして、申し訳ありませんでした。
オルキー、イレーシュ、ディアーナ、フレイヴ、キウイの内容はリンクしています。しかし内容は総入れ替えなので、それぞれのものを読むと分かる事、さらに相神くんとリディアのシナリオを読んで分かる事もあると思います。読んでも、本人PLさんにしか分からない部分もあるとは思いますが。
 スケープゴートとしては容姿もなにも余りに幼すぎるので、とりあえずこんな感じになりました。幻覚については、今後“同じ条件”が揃わない限りこんな都合良く、しかもこんな強烈な形で出てこないんじゃないかと(設定的にも)思います。ぶっちゃけ、相神さんの方の条件なんですが。
 オルキーデアさんは、あっちのシナリオを見ると分かるように、元西部方面軍です。念のため。