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同人誌即売会を守れ!
明らかに自分の趣味とかけ離れた環境に置かれ、相神黎司はいつも以上にぴたりと口を閉ざしていた。
同人誌即売会が何なのかを知ったのも、つい先ほどの事である。 彼が何故、同人誌即売会の会場でこうして、売り子をする事になったのか。それは、彼の同僚に理由があった。
彼と同じように特殊な力を持った者が集まる、とある組織。彼はそこに所属している。先日までの彼は、緊迫した空気と恐怖と戦いの中に置かれていた‥‥にもかかわらず、任務が終わって戻るなり友人にとっ捕まり、気が付けばここに居た。
しかも、ゴスロリのフリルのミニスカートを履かされて。
これが怒らずに居られようか?
相神は、とにかく黙って座っていれば、自分がいかに売り子としての才能が無いか、この友人にも理解してもらえるだろうと、仏頂面で愛想のない売り子ぶりを披露していた。
しかし、愛想のいいゴスロリ美少女より愛想の悪いゴスロリ美少女の方がいいに決まっている。長くて艶やかな腰まである黒髪を降ろせば、相神は立派な美少女に変身した。
端正な顔立ちを、ステージの方に向ける相神。客が前に立とうが声を掛けようが、全く返事をする気は無い。客の相手は、先ほどからずっと同僚が行っていた。
相神は、手を伸ばして本を取ってみる。こんなものを買いにわざわざ、この人混みの中をやってくるなんて‥‥ここに居る人々は、何てご苦労様なんだろう。
どういう訳か、同僚の出しているゴシック創作小説は人気がある。連邦の兵士がゴスロリの制服を着ているせいか、それとも創作小説がよほどいい出来具合なのか、かなりいいペースで本は売れていた。
「相神、ご苦労さん」
同僚は(そのまま葬式に行けるような漆黒のスーツに似合わない)満面の笑みを浮かべて、相神にコーヒーを差し出した。
相神は黙って受け取る。
「‥‥そう思うなら、帰してくれ」
「そうはいかない。‥‥まあいいから、つきあえよ。損は無いぞ」
損は無いという事は、得があるというのか。こんな所にいて、得があるとは思えないが。相神がそう言うと、同僚は苦笑して指さした。その方向には、とある創作小説のスペースに群がる女性達の列がある。
‥‥どこかで見た少女が‥‥。
飲んでいたコーヒーを吹き出すんじゃないかと思う程のショックが、相神を駆け抜けた。どこかで見た少女が居ると思ったら、相神の同僚の‥‥。
少女はちらりとこっちを見ると、にっこり笑って手を振った。
何を見ていた? まさか、このゴスロリ美少女のコスプレをしている自分に手を振っていたのか?
「‥‥お前っ!」
相神は、きっ、と同僚を睨み付けた。そうと知っていれば、こんな格好は絶対にしなかったものを。同僚はけらけら笑いながら、相神の肩を叩く。
「ウケてたぞ、結構」
「帰る」
「帰る? こんな危険な場所に、あの子一人置いていくっていうのか」
「危険?」
まあ、ある意味危険かもしれないが‥‥。
相神は、眉を寄せて聞き返した。
「上から聞いた話しなんだがな」
同僚は笑顔で、とんでもない事を教えてくれた。
上からの話しという事は、予知によるものなのか‥‥。
「ここにテロリストが潜入しているとか、居ないとか。連邦の筋の知り合いに確認した話しじゃ、元UMEの兵士らしい。相手は二名で、武器を持っている」
「‥‥嘘だろう?」
本当なら、こんなにこにこ笑いながら話すものか。そう思ったが、彼は嘘だとは言ってくれなかった。
嘘だと言って欲しい。こんな所に、こんな人が多い場所でテロリストが銃を撃ち、それがあの子に‥‥。
「それは任務じゃないのか?」
ぐい、と相神が同僚の襟首を掴み上げる。
「連邦騎士が動いているんだ、俺達が行くまでもないさ」
「巫山戯るな」
相神は立ち上がると、テーブルをくぐり抜けた。
雑踏の中に、あの少女の姿を探して歩く。先ほどまで居たスペースの列に、彼女は居ない。
(どこに行ったんだ‥‥)
相神は、彼女の姿を会場内に探した。しかし、一通り回ってみても、彼女らしい少女の姿は見あたらなかった。
外に出たのかもしれない。相神が(嫌々この格好のままで)外に出てみると、会場の裏手の方に小さな影が移動するのが見えた。姿ははっきり分からなかったが、背格好はあまり大きくはなかった。
(裏手‥‥?)
相神が付いて行こうとした時、相神の中に何かが入ってきた。
いや‥‥つながった?
幼い少女の恐怖の感情が‥‥誰かに腕を捕まれている。
相神は、思わずその感情の持ち主を捜して駆けだしていた。少女が相神の探し人ではない事は、もうとっくに分かっている。だが、それでも相神は捨てる事が出来なかった。
(ああもう、こんな格好でどこに行こうっていうんだ、俺は)
黒いレースのミニスカートをひらひらさせながら、相神は会場の裏手に回り込んだ。彼女の恐怖の感情は続いている。相手は武器を持っているようだ。
このままでは‥‥殺されるかもしれない。
そう思った時、再び相神に変化があった。
何か自分がやったのは分かったが、それが相手にどういう変化を与えたのかまでは、見えない。ただ、その結果少女を捕まえている相手を驚かせたのは分かった。
裏手に茂っている樹木の壁を強引に抜け、相神が視線を上げるとそこに‥‥少女は居た。男に押し倒された少女の顔が恐怖にゆがんでいる。
「貴様、手を離せ!」
怒りをあらわにした相神を、少女の意識が見つめる。
‥‥そのとき、少女と男の間に一瞬フラッシュのような光が走り、薄ぼんやりとした人の姿が浮かんだ。人は銃のようなものを手に持って構えている。
続いて翼を背中から生やした人‥‥これは‥‥!
「うわあっ、何だこいつ」
男は浮かび上がった幻に驚き、転がるようにして逃げていった。
地面にうずくまって震えている少女は、引き裂かれた服をぎゅっと抱え込み、じっと地面を凝視している。彼女は自分と視線を合わせないように意識しているようで、相神をも怖がっていた。
相神の脳裏に浮かぶ、過去のワンシーン。あの平和だった頃の‥‥。
ともかく彼女をこのまま放っておけない。見ると、先ほどの男が、自分の荷物と思われるバッグを置いて逃げていた。バッグを開くと、中から軍服が出てきた。軍服の他には何も入っていない。
「‥‥その格好では風邪をひく。これを着ていろ。‥‥会場に連邦騎士が居たようだから、俺は奴らに知らせて来る。ここで待っていろよ」
返事はしなかったが、相神の話は聞こえていただろう。再び相神が会場に戻ろうとして歩き出した時、後ろで木々が揺れる音が聞こえた。視線を戻した時、彼女の姿は消えていた。
周囲を探して回ったが、彼女の姿は見えない。もしかすると、会場に行ったのかもしれないと考え、相神が会場の中を捜索しはじめた時、どこからか銃声が聞こえた。
会場の人々はざわめいたが、スタッフが“イベントですので”と伝えて回ると静まっていった。
‥‥危険物の持ち込みは禁止だ、とパンフレットに書いてあったのを忘れているんだろうか。
そういえば、仲間がテロリストが潜入していたと言っていたが、まさかテロリストが発砲したんだろうか。だとすれば、あの少女を捜すよりも、もっとやらなければならない、本来の目的があるはずだ。
相神が自分のスペースに戻ろうとした、その視界に何かが映った。それは、舞台の上であの(少女を襲おうとしていたと見られる)男にしっかりと抱えられた少女が恐怖に表情を引きつらせていた。
(ああっ‥‥こんな事をしている暇は無いのに‥‥っ!)
立ち去ろうとした相神だったが、どうしてもあの子を放っておく事が出来なかった。それは、あの子が誰かを思わせる容姿だったからか、それとも単なる相神の好意からなのか‥‥。
相神の背中から、漆黒の翼がゆっくりと広がっていく。
「その子を離せ」
舞台に上がった相神は、男に静かな口調で言った。男と少女が、こちらを向く。
「相神、何やってんだっ」
舞台の端で、いつの間にかやって来た仲間が、焦った表情で叫んでいる。それにかまわず、相神は強い口調で、男を怒鳴りつけた。
「離せ!」
無言で男は、銃を構える。
男が銃を発砲すると、相神は上空に飛び上がって避けた。火花が相神の周囲に散り、その火花は凄まじい光となって男の側に落雷した。
ちら、と下を向くと、相神の下に低い姿勢で男の様子をうかがう金髪の女性の姿があった。ロングヘアのその女性は、相神とよく似たゴスロリファッションをしている。
‥‥これでは舞台の下の客も、イベントだと信じて疑わないだろう。
「私は連邦から派遣されて来た、ディアーナ・ファインハルトだ。貴様が元UME兵のテロリストだという事は、調べがついている。速やかに武装を解除し、投降せよ!」
「煩い、退け!」
男が銃をこちらに向けた、その隙に背後から接近したもう一人の女性が、少女を引き寄せた。少女を背中に庇う女性に、銃を向ける男。しかし男の視線がそれ、女性に銃が突き付けられたその危険を埋めるべく、ディアーナがスピードを上げて差を詰めた。
その動きに、かろうじて銃を前に向けなおす事で回避する兵士。あのような動きを生身の人間が出来るはずは無い。恐らくディアーナはオールサイバー、あの兵士はハーフサイバーであろう。
乾いた銃声が、ディアーナの半身に降り注ぐ。
少女が舞台の裾に移動した事を確認すると、相神も意識を兵士に向けた。オールサイバーならば、遠慮は無用だ。
相神は舞台に、雨のように電撃を降らせていく。ディアーナは雷撃の合間を縫い、兵士に再び接近した。今度は、高速機動運動で一瞬の後に兵士の懐に入る。
兵士が放つ銃、そして高速機動による床への負担、そして雷撃。
ぐらり、とディアーナの床が揺れたのは、彼女が兵士の腕を掴んだ時だった。目を見開く相神の足下で舞台は崩れ、背後の壁はボロボロと落ちていく。
しいん、と静まりかえったのは、会場だった。
『‥‥え‥‥ええと‥‥引き続き、ベルリン同人誌即売会会場でみなさん、お楽しみ下さい』
スタッフのアナウンスが、むなしく響いた。
立ちこめる埃の中、相神はあの少女が立っていた所に舞い降りていった。あたりに舞台の幕やら、柱が倒れている。彼女は無事だろうか。
あの、卒業式のワンシーンが浮かぶ。
また‥‥また俺は、この力で‥‥。
焦りで額に、汗が伝った。
幕を退けた相神の目に、あの少女の姿が映る。彼女は、あの女性にしっかりと抱えられ、庇われていた。
それを見た相神は、思わず少女をしっかりと胸に抱きしめていた。生きていた。彼女はきょとんとした顔で、相神を見つめている。
「‥‥よかった、無事だったんだな」
少女は呆然と、視線を床にうつむけている。
彼女が相変わらず相神や、周囲の人々に恐怖のような感情を持っている事は分かっていた。しかし、それは彼女の中にある何らかの記憶なり思いがあるからなのだろう。相神があの記憶を忘れられないのと同じように‥‥。
小さく苦笑を浮かべ、相神は少女を見つめた。
彼女が着ていた、ぶかぶかの軍服はこの騒動で、どこかにいってしまっている。
「‥‥この格好じゃ、風邪をひく。俺の着ているこいつをやるから、ちょっと待っていろ」
相神は服を着替えに戻ると、自分が着ていたゴスロリのドレスを抱えて、崩れた舞台前に戻ってきた。
今度は少女は逃げずに、待っていた。
ほっとしながら、少女にドレスを渡す。ドレスは少女には大きかったが、肩から落ちてしまう程ではない。
「行く所はあるのか?」
少女は、相神の問いに黙って頷いた。彼女の答えが嘘だという事は分かったが、今の相神にはどうしてやる事も出来ない。
「もし行く所が無いなら‥‥もう一度俺に会いにこい」
相神はそう言い残し、立ち上がった。
その背後から、小さな声が聞こえて来た。
「‥‥リディア」
「リディアか。俺は相神だ」
相神は微笑を浮かべて答えた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0038/オルキーデア・ソーナ/女/21/元UME兵
0063/アデルハイド・イレーシュ/女/19/元UME兵
0185/ディアーナ・ファインハルト/女/22/連邦騎士
0239/フレイヴ・ディスターナー/女/21/連邦騎士
0247/キウイ・シラト/男/24/連邦アイアンメイデン
0425/リディアーヌ・ブリュンティエール/女/12/一般人
0379/相神黎司/男/16/一般人
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■ ライター通信 ■
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立川司郎です。遅くなりまして、申し訳ありませんでした。コメディとは言いましたが、一部シリアスになっています。
相神君のシナリオは、主にリディアーヌのものとリンクしています。何度も彼女の裸を見る事になってしまいましたが(苦笑)、意識するには幼い年齢なのできっと、姪のような思いで居たんじゃないかと思っています。
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