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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


同人誌即売会を守れ!

 会場内を行き交うたくさんの人々、熱気、そして活気。
 ディアーナ・ファインハルトは、目を細めながらそれらを見つめた。審判の日により世界が崩壊するまでは、ヨーロッパも日本や東洋の漫画やアニメが人気を集め、イベントが行われる事も少なくなかった。
 しかし、あの日以来、ヨーロッパはテレビ放送などは行われておらず、漫画をはじめとする人々の娯楽も多くは残っていない。
 連邦騎士やUME、プラハをネタにしているとはいえ、こういう娯楽が広まったのは、喜ばしい事だ。
「‥‥ディアーナ、遊びに来たんじゃないぞ」
 どこか嬉しそうに微笑を浮かべているディアーナに、相棒であるフレイヴ・ディスターナーは諫めるように言い放った。今の気持ちを見透かしたような一声に、ディアーナは肩をすくめる。
「分かっている、テロリストの殲滅だな。‥‥それにしても、何故テロリストはこんな所に潜伏したんだ? まさか、本を買う為じゃあるまい」
「情報が偽物だったという事も、考えられるな」
 とはいえ、見過ごす事も出来ない。
 二人は会場内を見回る為に、それぞれ衣装を用意して来ていた。この会場では、オールサイバーの二人は私服でもやや目立つ。しかし、コスプレをしてしまえば、多少目立っても『本を買いに来た』としか思われない。
 先に到着したディアーナは、すでに黒いゴスロリの衣装を装備完了していた。フレイヴは更衣室に案内してもらいながら、会場内へ視線を走らせる。
 会場には、偽UME兵が沢山居るから、この中から本物の兵士を捜すのは大変そうだ。
「ここでもう一人、アイアンメイデンと落ち合う事になっている。フレイヴが着替えたら、入り口で合流しよう」
 ディアーナがフレイヴに言った。アイアンメイデン? とフレイヴが聞き返す。メイデンなら、この会場にも沢山居る。
「“アイアンメイデン参謀本部隊”とか“総統閣下直属隊”とか、そういうサークル名が付いたスペースに居る連中じゃ、なかろうな」
「いや、彼女達にも一応知らせは行っているらしいが、それとは別だ。話しによると、若い男だというが」
 ディアーナは、更衣室の扉を開けながら話した。偽総統閣下や偽アイアンメイデン達が衣装を着替えているのを、フレイヴがちらりと見ながら、ディアーナが開けた扉を閉める。
 ‥‥何だ?
 フレイヴは、部屋をぐるりと見回したこの景色の中に、何か違和感を感じた。何だ、今の違和感は。
 ディアーナも、フレイヴから義体内の無線を通じてその情報を受け取り、室内を鋭い視線で見回す。
 そうか。
 フレイヴは、ディアーナにそっと耳打ちした。
 窓際で着替えている女。日本の巫女装束を持って着替えようとしている。向かい側には、色白の華奢な女性が立っていた。彼女はヨーロッパの普通の女性に見えるが、窓際の女は違う。
 小麦色に焼けた肌の、脱いだ上着の下から古い傷、新しい傷が覗いている。消えかけたものもあるが、普通に生活していて付いた傷ではあるまい。
「いきなりアタリか?」
 ディアーナが、ふ、と笑う。
 視線に気づいたのか、女が鋭い視線で手を腰に向けた。ディアーナとフレイヴは、人混みを縫うように女に素早く接近し、もう一人の女の背後に立った。
 銀色の髪が、緊張で震える肩に落ちて揺れている。
「動くな」
 後ろに立ったフレイヴが、凛とした声を放った。その一声で、女は子とに手をやったまま動きを止めた。腰には拳銃などさして居なかったが、おそらく女の反射的な行動であろう。
 苦渋の色を顔に出し、はき出すように声を放った。
「‥‥何の用なの」
「とぼけるな、UME兵だな。‥‥連邦女子は、お前のように日焼けしていない。それにその物腰、反射的に手を腰にやる癖、戦場に居た者の仕草だ」
 ディアーナが女に言った。
「くっ‥‥それが何だというの。今は退役しているわ。だからイレーシュの後ろに立つのはやめて。‥‥それとも、連邦騎士はそういう方法がお好きなのかしら?」
 イレーシュというのは、この銀髪の女の事だろう。ディアーナはふるふると首を振った。ディアーナが視線をちらりと後ろにやると、フレイヴはオルキーの荷物に手を伸ばした。
 彼女は、フレイヴが荷物チェックをしているのを、黙って眺めている。やがて中に武器らしいものが無いのが分かり、フレイヴはディアーナの方を振り返った。
「何も持っていない」
「そう‥‥」
 フレイヴは、ようやくイレーシュから離れた。彼女はほっと息をつき、イレーシュを引き寄せて後ろに庇った。
「さあ、何の用だったのか聞かせてもらえるわよね。‥‥UMEに関係がある事なら、私に話して損は無いはずよ」
「‥‥わかった」
 ディアーナが一通り自分達の自己紹介をすると、UME兵の女はオルキーデア・ソーナと名乗った。連れているのは、西部方面軍で自分と行動を共にしていたエスパーだという。
「我々は、テロリストがこの周辺に潜伏しているという情報を得てここに来た。彼らは二名の元UME兵で、オートライフルと予備弾を所持している。国籍性別、ともに不明だ」
「今その情報が会場に流れれば、パニックが起こる。だから、極秘裏に奴らを始末しなければならない」
 フレイヴが、ディアーナに続けてオルキーへ言った。
「分かったわ、見つけたら知らせる。うち等だって、戦いを続けたいとは思っていないわ。そういう奴らは‥‥亡くなった閣下の名において、うち等が始末をつける」
「‥‥期待している」
 ディアーナは、くるりとオルキーに背を向け、歩き出した。フレイヴもそれに続こうとしたが、着かけたイレーシュのスカートの帯に手をやり、それをイレーシュの腰に巻き付けた。
「これは、こう着るんだ。それと襟も逆。日本では、その襟の着方は死人がするものだと思われている。‥‥これでいい」
 フレイヴはイレーシュの衣装を着せてやった。オルキーはイレーシュの衣装を見ながら、自分も見よう見まねで着付けをしている。
 フレイヴは手早く自分も着替えを済ませ、ディアーナの後を追った。

「女の子の悲鳴だと?」
 フレイヴは、キウィ・シラトに聞き返した。
 キウィは、白いさらさらの髪をした若い青年だった。きびきびした言葉尻のフレイヴに対し、やや警戒しているようだ。
 それはきっと、彼自身の性質なのだろうが、フレイヴには本当に頼りになるのか、少し気になった。
「分かった、イベントスタッフの中にアイアンメイデンが居るから、彼女達に伝えておこう。‥‥キウィ、お前は私と一緒に会場の警備をするんだ」
「あの‥‥」
 会場に戻ろうとした時、キウィが再び声をかけた。フレイヴはくるりと振り返ってキウィを見つめた。真っ直ぐにキウィの目を見つめる率直な行動に、キウィはびくっと肩をすくめた。
「何だ」
「‥‥友人達から、重要な書類を入手するように頼まれたのですが‥‥それは後でもいいんでしょうか」
 キウィは、そうっと封筒をフレイヴに差し出した。フレイヴは封筒を受け取り、中を開けもしないうちから、笑みを漏らした。
 恐らく、中身は同人誌の新刊リストだろう。キウィはこれを重要な書類だと思っているのか? まあ、重要には違いないが‥‥。
「そうだな、先に手に入れておくに越した事はない。では、買いついでに見回りをするとするか」
「それから‥‥」
「まだ何か質問があるのか」
 フレイヴは、ぴしゃりとキウィに言った。
 しいん‥‥。
 静寂が二人の間に流れる。
「ここって‥‥何をする所なんですか?」
 やはりキウィは、ここが何をする所なのか、理解していないのだ。
 そうだな。フレイヴは、どこから話すべきか考えた。
「悪魔の文化、とUMEが呼ぶものがあるのを知っているか?」
 会場内を歩きながら、フレイヴが聞いた。キウィは、会場内の異様な雰囲気に飲まれ、すっかり怯えている。
「はい。‥‥UMEが激しく抗議して来た事があったそうですが」
「その、文化交流の場だ」
「‥‥はい?」
 怯えたようなキウィの様子を見て、フレイヴは自分も足を止めて振り返った。
「なんだ、噛み付かれるような顔をして。要は、自費出版の本などを展示販売する場所だ。ただ、その内容が偏っていてな」
 まあ、女同士とか男同士とか、エロとか‥‥。
 特にUMEで問題になったのは、UME軍の幹部をネタにした本を作った事だった。キウィの持っていたリストにあった本を買い込んでいたフレイヴから、一冊の本が渡される。
 開いた本の中身は、あれやらこれやら、エロい事を某ミュンヘン要塞の司令にされている総統閣下だったり‥‥。
 どさっ、とキウィの手から本が落ちた。
 どうやら相当ショックだったらしい。フレイヴは本を拾いながら、さらりとキウイに言ってやった。
「心配するな、今のところターゲットは地位の高い連中だ。お前がメイデン達の前であやしい行動を取らなければ、同人誌のネタになんぞ‥‥」
 フレイヴがそう口にした時、どこからともなく銃声が響いた。会場が一瞬静まりかえり、ざわざわと会場がざわめく。フレイヴは険しい表情で、一方向を睨んだ。たしかあの方向は、あのイレーシュとオルキーのスペースがあった方向だ。
「行くぞ、シラト」
「はいっ」
 キウイの返事を聞き、フレイヴは駆けだした。

 銃声が聞こえた方向には、人だかりが出来ていた。様子をうかがいながら、少し離れた場所でフレイヴは足を止めた。
 イレーシュという少女が、男に銃を突きつけられている。何があったのか分からないが、男は怒っているようだ。
「‥‥キウイ、お前は背後から接近しろ。私は奴の気を引きつける」
 こくり、とキウイはうなずき、人混みの中に戻っていった。フレイヴは、騒ぎを見つめ、静かに足を踏み出した。
「あなた‥‥連邦の方が言っていたUMEのテロリストですね」
 イレーシュが聞くと、男は無言でイレーシュに、スペースの外に出ろと合図をした。仕方なくイレーシュは、テーブルをくぐって外に出る。
 銃を突きつけられていても、イレーシュは毅然とした態度で、兵士の前に立った。
「もう戦いは終わったんです。武器を捨てて、投降してください」
「いや、終わっていない。‥‥カルネアデスを破壊するまで、連邦の言う事など信用出来るものか!」
「カルネアデスを破壊するだと? ‥‥それにしては、ずいぶん寄り道をしたもんだな」
 低い女性の声が、群衆の中から聞こえた。イレーシュと兵士は、群衆に視線を向ける。人の波をかき分けて出てきたのは、ちょっと変わった格好をした、女性であった。
 フレイヴは兵士の前に立ち、見据える。兵士はフレイヴをじろりと一瞥し、眉をしかめた。
「貴様‥‥連邦の騎士か? 何のつもりだその格好は」
 至近距離から見れば、彼女がオールサイバーだという事は分かる。兵士の問いに、フレイヴは首を振った。
「騎士ではない、コスプレだ。私は‥‥まあいい、世界最強たるこの私に勝てば、戦利品をやるぞ。どうだ、戦って見るか?」
 にやりと笑うフレイヴ。
「ふん、逃がしてくれるとでも言うのか」
「私の全て、というのはどうだ」
「連邦の、しかも悪魔の文化に染まった騎士になど興味は無いっ」
 そりゃあオールサイバーだからたいした事は出来ないが、その言いようはちょっと酷い。フレイヴはむっとした表情で、兵士をにらみつけた。
 ちらりとフレイヴの視線が、兵士の背後に向けられる。兵士の背後に居る群衆の中に、キウイが迫っているのが確認出来た。
「舐めた真似を‥‥侮辱しおって!」
 兵士が銃を発砲した。後方の民間人に当たらないよう、フレイヴはあえて銃弾を受ける。無数に、体に弾が食い込み、またはじいて天井や床に跳ね返る。
 周囲に居た一般客は、わあっと声をあげて飛び退いた。
 しかし、被害はそれだけでは収まらなかった。
 跳弾した一発が、イレーシュの背後のテーブルに命中したのだ。テーブルと、置かれていた本が無惨に飛び散る。
「な‥‥何て事を。オルキーと私が作った愛と努力の結晶を‥‥」
 拳をぶるぶると震わせるイレーシュを、兵士とフレイヴは硬直したまま見かえした。イレーシュの体から火花が飛び散り、それらがイレーシュの体が触れているテーブルを青白く光らせる。
「ゆ‥‥許しませんっ!」
 すさまじい稲妻が、イレーシュから兵士に向けて走る。強烈な雷の直撃を受けて兵士が悲鳴を上げ、ばったりと倒れた。
 兵士の背後から忍び寄ろうとしていたキウイが、恐る恐る人混みの中から顔を覗かせる。
 ピクピクと弛緩している兵士を、こわばった顔つきでキウイはじいっと見つめた。あまりの出来事に、出ていく事すら出来ずに。
 しいん、と場内が静寂に包まれる。と、どこかで何かが崩れる音が聞こえた。
 人々の視線が一斉に、舞台に向けられる。何が起こったのかしらないが、舞台はガラガラと音をたてて崩壊していた。
 ふう、と一息つきながらフレイヴは兵士の側に座り込み、彼の手首に手をやった。
 しばし考え込む。
「‥‥生きているな。キウイ、会場スタッフのメイデンに言って、本部から人を寄越してもらってくれ」
「は‥‥はい‥‥」
 しゅたっ、とキウイはダッシュでこの場から消えていった。
 それで‥‥とフレイヴが、イレーシュと視線を交わす。イレーシュは恥ずかしさで顔を真っ赤にし、俯いた。

 じいっと本を凝視するフレイヴの手元をのぞき込む、ディアーナ。イレーシュに聞いたところによると、オルキーが作った本は、あの騒ぎで幾つか使い物にならなくなってしまったようだが、残ったうちの一冊をディアーナ達にプレゼントした。
「UME兵も百合本を作るとはな。‥‥本隊は何も言わないのか」
 フレイヴが聞くと、オルキーは笑って答えた。
「ああ、もう辞めたからね。女同士の恋愛は、御法度なんだってさ」
「それが理由で辞めさせられたのか?」
「そうよ。でも、幸せだからいいの」
 オルキーはそう言うと、イレーシュの腰に手を回して引き寄せ、頬にキスした。
 なるほど、この本の内容は殆ど本当の事なのか。
 これで兵士を辞めたというのはスゴイが、彼女達は幸せそうだ。
「証明されたな」
「ん?」
 ディアーナが聞き返すと、フレイヴは微笑して言った。
 UMEも、同人誌が好きな奴は居るんだ、と。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0038/オルキーデア・ソーナ/女/21/元UME兵
0063/アデルハイド・イレーシュ/女/19/元UME兵
0185/ディアーナ・ファインハルト/女/22/連邦騎士
0239/フレイヴ・ディスターナー/女/21/連邦騎士
0247/キウイ・シラト/男/24/連邦アイアンメイデン
0425/リディアーヌ・ブリュンティエール/女/12/一般人
0379/相神黎司/男/16/一般人

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■         ライター通信          ■
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遅くなりまして、申し訳ありませんでした。
オルキー、イレーシュ、ディアーナ、フレイヴ、キウイの内容はリンクしています。しかし内容は総入れ替えなので、それぞれのものを読むと分かる事、さらに相神くんとリディアのシナリオを読んで分かる事もあると思います。読んでも、本人PLさんにしか分からない部分もあるとは思いますが。