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同人誌即売会を守れ!
キウィ・シラトがその任務を受けたのは、あるうららかな一日の事だった。戦争が終わり、平和が戻ったベルリンの復興や、軍事編成に伴う物資輸送等の任務に従事するのか、最近の主な活動だ。
ベルリン本部を歩いていたキウィは、この日の午後から明日にかけて、休暇に入る‥‥はずだった。
誰かに腕を捕まれたと思うと、キウィは会議室に引きずり込まれていた。呆然と周囲を見回したキウィの目に、アイアンメイデンの仲間と参謀が映る。
男女のメイデンが数人、きらきらした目でこちらを見ている。しかし参謀の方は、厳しい表情だ。これは何だ。何の任務だ。いや、任務なのか?
「‥‥シラトさん、お願いがあります」
女性のメイデンが、ずいっとキウィに寄った。ずりずりとキウィは後ずさりをするが、扉はがっちり閉じられている。と、メイデン達が一斉にキウィを取り囲んだ。
逃げ出したい気持ち一杯で、キウィは救いを求めるように参謀を見る。これは何かの拷問?
ゆっくり参謀は歩み寄り、口を開いた。
「シラトくん、キミに任務を与える。‥‥こら、退きたまえ」
参謀に一喝され、メイデン達は仕方なく下がる。ようやく圧迫感から解放され、キウィは少しだけ楽になった。
「実は、以前より追っていた元UMEのテロリストが、ベルリンに潜伏している事が分かった。キミは連邦騎士と合流し、彼女達のフォローに入りたまえ」
「テロリスト‥‥ですか」
キウィは、聞き返した。
「テロリストは、武装している。彼らが現在潜伏しているのは、ベルリンにある、とあるイベント会場だ。キミ等はそこの参加者に見つからないよう、テロリスト2名を始末してくれ」
「分かりました」
「それじゃ、こっちの話しをしてもいいですか?」
参謀の話が終わると、メイデン達が口を開いた。何だかとても嫌な予感がする。
「あのね、ついででいいの。任務が終了したら、これを手に入れて来て欲しいのよ。お願いね」
メイデン達は一通の封筒を手渡した。中を透かしてみると、何か書かれている便せんが入っていた。
「優先順位の順番に書いてあるからね。あ、ベルリン隊のスペースはチェックしなくていいわ、直接ゲットしたから。DFとミュンヘンのをお願いねっ!」
「UMEの百合本が成人スペースにあるから、そいつもお願い」
‥‥何の事か分からないが、とにかくこれを持って会場に行けば分かるらしい。
キウィは準備を済ませると、直ちに現地に向かった。
ベルリン市内にある、かつては大学の校舎であった建物。審判の日に崩壊したその建物は、今は修復されて市民の憩いの場として使われている。
キウィは、建物の前に立つと、行き交う人々を見つめた。イベント会場に入っていくのは、若い男女が殆どだ。開け放たれた扉の中に見えるのは、やや薄暗い照明と、連邦の制服や奇妙な衣装を着た人々の姿。何よりその人の多さ。
ここに入る? この人混みに突入しなければならないのか。
‥‥生きて戻れるか?
キウィは呆然とした。
ここは連邦軍のイベント会場なのだろうか。いや、そういう話しは聞いていない。今日こんな所でイベントが行われるとは、全く聞いていなかった。
とりあえず、ここで騎士を待っていればいいのだろう。
不安を感じながらも、キウィはそこに立って辺りを見回した。
まだ、合流するはずの騎士が来る気配は無い。時計を見ると、約束の時間まで30分あった。
(この間に、頼まれたものを手に入れて来た方がいいかな)
キウィは封筒を取り出し、考え込んだ。彼女たちが何を手に入れて来て欲しがったのかは分からないが、中をちらりと見たかぎりでは本のようなものを、売り買いしているようだった。
もし重要な資料であるなら、売り切れないうちに手に入れた方が良くはないだろうか。
とりあえず、会場周辺を一周してみて、現場を確認しておこう。
キウィは、会場を反時計回りに歩き出した。
それほど広い建物ではない為、建物を右手に回り込むと向こう側が見える。建物の横には低い樹木が植えられ、塀のように取り囲んでいた。
この樹木が邪魔をして、うまく会場を監視する事が出来る。
きっと、テロリストは今もこの付近に潜伏して、会場のイベントを邪魔しようとしているに違いない。そして、アイアンメイデンの先輩達が手に入れようとしていたのは、重要な広報資料なんだ!
そうとなれば、何としてもテロリストを見つけて捕まえなければ。キウィは俄然やる気になり、会場の建物周辺を歩き始めた。
木々の中にまで視線を走らせ、中に誰か隠れていないか確認する。
こんな所に、隠れているものなのか?
と、普通なら思う所だ。
だが、居た。
かすかに少女の悲鳴を聞いた気がしたキウィは、ぴくりと顔を上げた。耳を澄ませて、その異変を感じようと五感をフルに活用する。しかし、その少女の姿を確認する事は出来なかった。
嫌な予感がする‥‥。
「女の子の悲鳴だと?」
彼女は、キウィに聞き返してきた。
待っていた騎士は、何故か黄色いスポーツウェアのようなものを着用している(これが何なのか、キウィには分からなかったが、どうやら何かのコスチュームであるらしい)。しかしオールサイバーである事は、側で見るとはっきりと分かった。
短い金色の髪、しっかりとキウィを見つめる涼しげな瞳。フレイヴ・ディスターナーと名乗る彼女は、騎士らしい凛とした強さを醸し出していた。
「分かった、イベントスタッフの中にアイアンメイデンが居るから、彼女達に伝えておこう。‥‥キウィ、お前は私と一緒に会場の警備をするんだ」
「あの‥‥」
キウィが声をかけると、フレイヴはくるりと振り返ってキウィを見つめた。真っ直ぐにキウィの目を見つめる率直な行動に、キウィはびくっと肩をすくめた。
「何だ」
「‥‥友人達から、重要な書類を入手するように頼まれたのですが‥‥それは後でもいいんでしょうか」
キウィは、そうっと封筒をフレイヴに差し出した。フレイヴは封筒を受け取り、中を開けもしないうちから、笑みを漏らした。
彼女には、中に何が書かれているか見当が付くようだ。
「そうだな、先に手に入れておくに越した事はない。では、買いついでに見回りをするとするか」
「それから‥‥」
「まだ何か質問があるのか」
フレイヴは、ぴしゃりとキウィに言った。
しいん‥‥。
静寂が二人の間に流れる。
「ここって‥‥何をする所なんですか?」
キウィは、この期に及んでまだ状況を把握して居なかった。
そうだな。フレイヴは、どこから話すべきか考えた。
「悪魔の文化、とUMEが呼ぶものがあるのを知っているか?」
会場内を歩きながら、フレイヴが聞いた。キウィは、会場内の異様な雰囲気に飲まれ、すっかり怯えている。
「はい。‥‥UMEが激しく抗議して来た事があったそうですが」
「その、文化交流の場だ」
「‥‥はい?」
悪魔の文化、と呼ぶ‥‥あの最終兵器ともいえるモノがあるという。キウィはぴたりと足を止めた。そんな恐ろしいものが、ここに‥‥。
キウィの様子を見て、フレイヴは自分も足を止めて振り返った。
「なんだ、噛み付かれるような顔をして。要は、自費出版の本などを展示販売する場所だ。ただ、その内容が偏っていてな」
まあ、女同士とか男同士とか、エロとか‥‥。
特にUMEで問題になったのは、UME軍の幹部をネタにした本を作った事だった。キウィの持っていたリストにあった本を買い込んでいたフレイヴから、一冊の本が渡される。
開いた本の中身は、あれやらこれやら、エロい事を某ミュンヘン要塞の司令にされている総統閣下だったり‥‥。
どさっ、とキウィの手から本が落ちた。
フレイヴは本を拾いながら、さらりとキウイに言った。
「心配するな、今のところターゲットは地位の高い連中だ。お前がメイデン達の前であやしい行動を取らなければ、同人誌のネタになんぞ‥‥」
フレイヴがそう口にした時、どこからともなく銃声が響いた。会場が一瞬静まりかえり、ざわざわと会場がざわめく。フレイヴは険しい表情で、一方向を睨んだ。
「行くぞ、シラト」
「はいっ」
キウイの返事を聞き、フレイヴは駆けだした。
銃声が聞こえた方向には、人だかりが出来ていた。様子をうかがいながら、少し離れた場所でフレイヴは足を止めた。人だかりの真ん中に、銃を突きつけられた少女が立っている。フレイヴが言うには、あの少女はイレーシュという名前の、エスパーであるらしい。UMEの部隊に付いて戦地に赴いていた経験があり、つい先ほどフレイヴ達と知り合ったらしい。
「‥‥キウイ、お前は背後から接近しろ。私は奴の気を引きつける」
こくり、とキウイはうなずき、人混みの中に戻った。兵士の背後に出る為、スペースを迂回するキウイ。その間も、様子は遠目にうかがっていた。
「あなた‥‥連邦の方が言っていたUMEのテロリストですね」
イレーシュが聞くと、男は無言でイレーシュに、スペースの外に出ろと合図をした。仕方なくイレーシュは、テーブルをくぐって外に出る。
銃を突きつけられていても、イレーシュは毅然とした態度で、兵士の前に立った。
「もう戦いは終わったんです。武器を捨てて、投降してください」
「いや、終わっていない。‥‥カルネアデスを破壊するまで、連邦の言う事など信用出来るものか!」
「カルネアデスを破壊するだと? ‥‥それにしては、ずいぶん寄り道をしたもんだな」
低い女性の声が、群衆の中から聞こえた。イレーシュと兵士が、群衆に視線を向ける。人の波をかき分けて出てきたのは、ちょっと変わった格好をした、女性であった。
フレイヴは兵士の前に立ち、見据える。兵士はフレイヴをじろりと一瞥し、眉をしかめた。
「貴様‥‥連邦の騎士か? 何のつもりだその格好は」
至近距離から見れば、彼女がオールサイバーだという事は分かるようだ。兵士の問いに、フレイヴは首を振った。
「騎士ではない、コスプレだ。私は‥‥まあいい、世界最強たるこの私に勝てば、戦利品をやるぞ。どうだ、戦って見るか?」
にやりと笑うフレイヴ。
「ふん、逃がしてくれるとでも言うのか」
「私の全て、というのはどうだ」
「連邦の、しかも悪魔の文化に染まった騎士になど興味は無いっ」
そりゃあオールサイバーだからたいした事は出来ないが、その言いようはちょっと酷い。フレイヴはむっとした表情で、兵士をにらみつけた。
ちらりとフレイヴの視線が、兵士の背後に向けられる。フレイヴが見たのは、自分‥‥キウイだった。キウイはフレイヴと視線を交わし、彼女がもうじき行動を起こすのだと察した。
武器を持っていない自分に出来る事は、背後から忍び寄って武器を奪う事。次の行動を思考しながら、更に事態を見守り続ける。
「舐めた真似を‥‥侮辱しおって!」
兵士が銃を発砲した。後方の民間人に当たらないよう、フレイヴはあえて銃弾を受ける。無数に、体に弾が食い込み、またはじいて天井や床に跳ね返る。
周囲に居た一般客は、わあっと声をあげて飛び退いた。キウイはそれ逆らい、前に出ようと足を踏み出した。
しかし、被害はそれだけでは収まらなかった。
跳弾した一発が、イレーシュの背後のテーブルに命中したのだ。テーブルと、置かれていた本が無惨に飛び散る。
「な‥‥何て事を。オルキーと私が作った愛と努力の結晶を‥‥」
拳をぶるぶると震わせるイレーシュを、兵士とフレイヴは硬直したまま見かえした。イレーシュの体から火花が飛び散り、それらがイレーシュの体が触れているテーブルを青白く光らせる。
「ゆ‥‥許しませんっ!」
すさまじい稲妻が、イレーシュから兵士に向けて走る。強烈な雷の直撃を受けて兵士が悲鳴を上げ、ばったりと倒れた。
兵士の背後から忍び寄ろうとしていたキウイが、恐る恐る人混みの中から顔を覗かせる。
ピクピクと弛緩している兵士を、こわばった顔つきでキウイはじいっと見つめた。あまりの出来事に、出ていく事すら出来ずに。
しいん、と場内が静寂に包まれる。と、どこかで何かが崩れる音が聞こえた。
人々の視線が一斉に、舞台に向けられる。何が起こったのかしらないが、舞台はガラガラと音をたてて崩壊していた。
ふう、と一息つきながらフレイヴは兵士の側に座り込み、彼の手首に手をやった。
しばし考え込む。
「‥‥生きているな。キウイ、会場スタッフのメイデンに言って、本部から人を寄越してもらってくれ」
「は‥‥はい‥‥」
しゅたっ、とキウイはダッシュでこの場から消えていった。
それで‥‥とフレイヴが、イレーシュと視線を交わす。イレーシュは恥ずかしさで顔を真っ赤にし、俯いた。
イレーシュ達から、最後の一冊を売ってもらうと、キウイは本を抱えてようやく本部への帰路についた。せっかくだから中身を読んでみようとしたが、そこに書かれていた内容はあまりに激しすぎ、キウイが楽しみながら読めるようには出来て居なかった。
ぱた、と本を閉じて、見なかった事にするキウイ。
そう、これは見なかったのだ。
頼まれたから、買ってきた。でもキウイは見なかった。そういう事にしておこう。
キウイが黙って本をメイデン達に手渡すと、彼女達は嬉しそうに受け取った。
「あっ、新刊ちゃんと買ってきてくれたんだぁ。ありがとう!」
「これがUMEの百合本か。‥‥で、どうだった、売り子は。本人がモデルなんだろ、この本」
本をひらひらさせながら、男性のメイデンがキウイに聞いた。男が持っていたのは、あのイレーシュという少女が持っていた本だった。聞いてもいないのに、嬉々としたした様子でキウイに話してくれるメイデン達。
「ここに出てくる子って、西部方面軍の兵士だったらしいよ」
「そうそう、それでこの相手の子って元EGのエスパーなんでしょ?」
‥‥そうか。そのエスパーの子が、あの雷撃を呼び出した‥‥。
キウイは黙って、踵を返したのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0038/オルキーデア・ソーナ/女/21/元UME兵
0063/アデルハイド・イレーシュ/女/19/元UME兵
0185/ディアーナ・ファインハルト/女/22/連邦騎士
0239/フレイヴ・ディスターナー/女/21/連邦騎士
0247/キウイ・シラト/男/24/連邦アイアンメイデン
0425/リディアーヌ・ブリュンティエール/女/12/一般人
0379/相神黎司/男/16/一般人
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■ ライター通信 ■
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遅くなりまして、申し訳ありませんでした。
オルキー、イレーシュ、ディアーナ、フレイヴ、キウイの内容はリンクしています。しかし内容は総入れ替えなので、それぞれのものを読むと分かる事、さらに相神くんとリディアのシナリオを読んで分かる事もあると思います。読んでも、本人PLさんにしか分からない部分もあるとは思いますが。
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