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喫茶ロック 〜従業員募集〜
大暗黒期が訪れる前の時代、世界には……特に日本において『歌声喫茶』というものがあった。
そして、今、この荒廃した世界にも一軒の喫茶店がある。
「音楽ってのは人を動かすのさ。特に歌は活力を与えてくれる」
それがこの喫茶「ロック」の店長、マダム・ササカワの口癖である。
マダム・ササカワはあの審判の日を生き延びた人間の一人であり、今は初老の女性だがその目の輝きは衰えることなく強い光が宿り背をまっすぐに伸ばし、皺だらけの指の先には色鮮やかな赤いマニキュア。
お化粧もしっかりしている見掛けには可愛らしいおばあちゃんなのだが、口を開けば喝が飛ぶ。
流石、あの審判の日を生き延び、女一人で店を切り盛りしているだけの事はある。
それだけの行動力と頭脳をマダム・ササカワは持ち合わせていた。
そんな喫茶ロックの壁に張り紙が出た。
『従業員募集
キッチンもしくはバー従事者
ホール従事者
ステージ演奏者
年齢、性別は問わない。
面接有り。
時給、休日等は要相談』
◆面接 No.2
「こんにちは〜」
明るく可愛らしい声と共に、一人の少女が扉を開けた。
いや、外見は女の子に見えるがれっきとした男の子の来栖・コレットは物珍しそうに喫茶ロック内を見渡しながら入ってくる。
「今度は子供かい……店はまだだよ。お家に帰んな」
入り口に近いテーブルに腰掛けていた老婆――マダム・ササカワが軽く手の先で出て行けと示したが、コレットはにっこりと笑んだ。
「ボク、張り紙みたんだ」
「張り紙?……あんた、ここで働きたいのかい?」
コレットの言葉にマダムは少し目を見開き、体をコレットへと向けた。
「うん。ボク、働きたいんだ!『年齢は問わない』って書いてあったし……」
「そりゃそう書いたがね……」
口をへの字に曲げ、困ったように顎を掻いていたマダムはコレットに尋ねた。
「で、何ができるんだい?」
「えっと……キッチンで皿洗いがしたいんだけど」
「皿洗い?」
オウム返しのマダム・ササカワの言葉にコレットはちょっとはにかみながら、肩をすくめた。
「ボク、人様に聞かせるような歌は歌えないし、接客業ってやったことないんだよね。でも家の手伝いで皿洗いくらいはしたことあるから、なんとかなると思うんだ」
えへへ、と可愛らしく微笑んだコレットにマダムは眉を寄せて目を細めた。
「皿洗いねぇ……」
顎に指を当て、随分と考え込んでいるマダムを見て、コレットは内心どきどきものである。
年齢不問の仕事なんてそうそうあるはずがなく、旅を続ける為にはどうしてもお金が必要な彼にとって、今この仕事を逃すのは痛い。
「ねぇ、おばあちゃん。ボク、ちゃんと真面目にがんばるよ。だから、お願い」
手を胸の前で握り、瞳を潤ませマダムを見上げるコレット。
これでコレットのお願いを断る人はまずいない。
いたとしたらきっと周りから非難の嵐を受ける事間違いなし。
マダム・ササカワも例に漏れず、コレットの泣き落とし攻撃に困ったように視線を逸らした。
そして、しばらく黙っていたが自分の中で結論が出たのか、にまりと赤い口紅の塗られた口元が歪んだ。
「仕方がないね。ま、こっちは真面目に働いてくれりゃ文句はないさ……仁!」
ジン、ともう一度カウンター奥に向かいマダムは声を張り上げる。
「……今度はなんですか?」
奥へと続く入り口から出てきたのは長身で柔らかそうな栗色の髪をした碧眼の青年。
白い長袖のシャツを肘まで巻くりあげ、片手にお玉を持ち仏頂面をしている。
「また仲間が来たよ。この子に接客の仕方を教えてあげな」
え?とコレットは目をぱちくりさせてマダムを見た。
「……それは良いですけどね。今、スープを煮込んでるところなんです」
「そんなのさっきのボウヤにさせればいいさね。分かったらさっさとおし!」
「あ、あの!」
二人の進む会話にコレットは待ったをかける。
「あの、ボク接客なんかした事無いし、それよりは皿あら……」
「習うより慣れよ、って言葉があるさね」
コレットが全てを言い終わるより先にマダムは意地が悪そうな笑みを浮かべて言う。
「あんたみたいなのを奥に引っ込めてたんじゃ勿体無い。あんたがいればロリコンな変態客が足繁く通うだろうしねぇ」
ひゃっひゃ、と息を吸い込むような独特の笑い声を上げ、マダムは笑った。
「自分の客をつかまえて変態だなんて……まったく」
呆れたように言った仁は唖然と立ち尽くしているコレットに少し憐れむような視線を向けたが、すぐに不機嫌そうな表情に戻った。
……どうやら、これが仁青年の普通の表情らしい。
「じゃ、さっさと仕事を覚えてもらうよ。……えっと、マダム。この子の名前は?」
「あぁ、そういえば聞いてなかったね。あんた、名前は?」
「あ、来栖・コレット……」
勝手に決定された出来事にいまだ上手く思考が付いて行ってないコレットがそう言うと、マダムはにやりと笑んだ。
「ま、ちゃんと真面目に頑張るんだね」
「じゃ、いろいろ教える事も仕込みもありますし、後ろに行きましょうか」
「は、はい!」
何にしても無事面接は通ったようで、コレットは仁に促され慌てて駆け出した。
■仕事初め
開店三十分前の夜六時。
なんとか仕込みの終え、一休みする間もなくシオンとコレットはこの喫茶店でユニフォームとしている白いシャツと黒い太股の半分くらいの長さのエプロンを渡された。
「もうすぐお店が開きますから、それに着替えて下さい」
仁に言われ、渡されたシャツを見ていたコレットは顔を上げた。
「ねぇ、仁。これボクには大きいみたいなんだけど」
言われて仁は困ったような笑みを浮かべた。
「スミマセンが君に合う大きさのシャツがないんですよ。買ってくるまでそれで我慢して下さい」
「何、それでいいさ。でかいシャツの方がロリコン心をくすぐるかもしれないしねぇ」
にやにやと笑いながらそう言うマダムにコレットは口を尖らせシャツを見た。
「そうかな?」
「まぁ、ロリコン心はさて置いて、可愛い子は何を着ても似合うものですからね」
にこやかな笑みを浮かべてそう言ったシオンにコレットは嬉しそうにありがとう、と返した。
「はい、そういう訳ですから着替えてきて下さい」
仁に追い立てられ、二人が更衣室代わりの食料庫へと姿を消すと、店の扉が開いた。
入ってきたのはこの店の演奏者たち。その中にキウィの姿もあった。
「おはようございます、マダム」
「あぁ、おはよう。今日も良い演奏頼むよ。……そうそう。そのボウヤだけど」
マダムがキウィの姿を見とめ、紹介しようとすると演奏者の一人、白髪の混じり始めた黒髪の男性が言った。
「聞きましたよ、新人でしょ?外で会って、少し雑談してましたよ」
視線を向けられたキウィは小さく頷いた。
「そうかい。そりゃ、手間が省けた。じゃ、今夜もよろしく頼むよ!」
マダムの激励の声に皆ステージへ上がると、自分の楽器の調整をはじめた。
キウィもエレキギターを手にとると、準備をはじめる。
と、着替えの終わったシオンとコレットが出てきて、やっと全員の顔が揃った。
マダム・ササカワが手を二度叩くと自然に皆彼女の周りに集まる。
「ん?キ、キウィ?!」
「あ、シオン。何、してるんだ?」
「なんだい、あんた達。知り合いかい?」
「はい、私の息子です」
シオンはマダムにそう言うと、驚きで大きくしていた目を瞬かせる。
「なんだって、こんな所に……?」
キウィの理由は父親であるシオンに内緒で武器のプレゼントする為のお金が必要だったのだが、そんな事を本人に言えるはずがなく、逆に聞き返した。
「そういうシオンだって……なんでここに?」
そう問われて、今度はシオンが言葉に詰まる。
シオンはシオンで収入の安定しない裏の仕事より、普通の仕事を持ちたい。生活費ぐらいはちゃんと得たい、と考えていたなんて恥しくてしかも息子に言えるはずがない。
その結果、二人は無言で見詰め合う。
「変なの」
そんな二人にコレットは首を捻る。
「……そう言う貴方はどうなんですか?」
キウィに話を振られたコレットは微笑んだ。
「ボクは旅費が危なくなってきたからだよ。……本当は皿洗い希望だったんだけどね」
最後の言葉はマダムに聞えないよう、キウィの耳元で囁いたコレットだが、鋭いマダムの視線に首を竦めてぺろりと下を小さく出した。
「さ、おしゃべりはその辺にして、新人も古参組みも仲良くやるんだよ」
「はーい!」
「宜しくお願いします」
元気良く手を上げるコレットに丁寧に頭を下げるシオンとキウィ親子。
演奏メンバーも笑みを浮かべてそれぞれ挨拶を交わし、一通りおえた頃を見計らって相変わらずの仏頂面な仁が店の照明を切り替えた。
暖色の光を放つ天井の電球に壁に取り付けられた間接照明が店内をシックな大人の雰囲気を持つ店へと変える。
「さぁ、皆さん。開店です」
ゆっくりと、今、喫茶『ロック』の扉が開かれた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0279/来栖・コレット/男/14歳/エスパー】
【0347/キウィ・シラト/男/24歳/エキスパート】
【0375/シオン・レ・ハイ/男/46歳/オールサイバー】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、壬生ナギサです。
お届けが遅くなり、申し訳ありません。
毎回毎回、早くお届けしようと思うのですが……
なかなか遅筆は治りません。
◆は個別シナリオ。振られたナンバーは面接の早い順から1番となっています。
■は同一シナリオです。
今回のお話、如何でしたでしょうか?
コレットくんのイメージは可愛らしく、ちょっと計算高いところがあるけれど
どこか天然な子を想像しました。
仕草は可愛らしく、話し方は気負わず明るく。
お客様のイメージと少しでも合うところがあれば幸いです。
お仕事の様子はこれではあえて書きませんでした。
どうせならお仕事編を出そうと思ったので……
もし、宜しければご参加下さい(笑)
それでは、失礼させて頂きます。
また、会える日を楽しみにしております。
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