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<東京怪談ノベル(シングル)>


■ファースト・クリスマス■
 昨夜の内から降り始めた雪が、次第に激しくなってきた。
「いい具合に、ホワイトクリスマスになると良いんだけど」
 書類に書き込んでいた手を止めて、アレクサンドル・シノハラは大きく一つのびをした。
 風ガ無いのに、既に視界を遮るほどに間を詰めて、後から後から細かい雪が、空から落ちている。クリスマスには間違いなく積もっているだろう。
 けれども、ただ積もれば良いというものでもない。ロマンチックなムードを演出するには、頃合いな降り方をしてくれないと困るのだ。
 軽く払えば肩や髪から落ちる程度に、しらしらと降ってくれればベストだが、猛吹雪になるくらいなら、いっそ降らない方が良い。
 去年までは、雪の降り具合などまるで気にならなかったが、今年は違う。
 なにせ、彼女が出来て初めて迎えるクリスマスだ。
 クリスマスといえば、恋人達にとっては一大イベント!
 と、勢い込んで周りを見回してみると、意外と何事もなく普通に過ごしていたりするものだ。けれども、色々と余計な、いやいや親切な助言を吹き込んでくれる者もいて、期待はどんどん膨らんでいく。
 誰でも、「何もない」よりは、「楽しい事がある」と想像したいものだ。まして、かねてからの望みを実現できる絶好のチャンスともなれば。
 当の相手はというと、「そういうものなの?」と、拍子抜けする態度だった。
 街の人達は、その日は大抵家族と過ごしている。プラハ研の子供達には、プラハ研でのパーティーが家族と過ごす一日に当たるのだろう。
 けれども、「そんな事はない。クリスマスは恋人達の時間だ」と、力説していた所員が、何人もいたではないか。
(そりゃ、プラハ研でのパーチィーも楽しいけど。でも、僕はやっぱり)
 彼女と二人きりで過ごしてみたい。
 友達同士で過ごす仲間達より、ちょっぴり大人になれた気分だし。
(クリスマス休暇の間中、二人で過ごせたら最高なんだけどな)
 相手の立場上、そこまで望めないのは残念だが、パーディーの間に少しだけ抜け出すくらいなら。
 そんな調子で、指折り数えて待つ特別な日は、なかなか来ない。
 なのに、別の見方をすれば、12月に入ればクリスマスはもう目前なのだ。週末は3回程しかないのだから、まだ20日以上もあるなどと、悠長に構えてはいられない。
「プレゼントは何にしようかな」
 彼女に尋ねれば確実だけれど、直接聞いてみるのは気恥ずかしいような、芸が無いような。彼女が欲しがっていた物をぴたりと当てて、驚かせてみたい。
 でも、どうやって?
「予知夢に出てきてくれたらなあ」
 などと、冗談とも本気ともつかない独り言を漏らしつつ、日頃の会話を思い出してみる。
「毎日、色々話しているはずなんだけど」
 好きなもの、興味がある事。思い当たる節はあるものの、クリスマスプレゼントに相応しいかと考えてみると、案外に難しい。
 なまじ、幼馴染としてのつきあいが長いだけに、うっかりすると、どこかで覚えがあるものが思い浮かんでしまうのだ。
 たとえば、去年までのパーティーで、プレゼント交換に買っていたものと似たような。
 それでは、いけない。初めて彼女に贈るプレゼントが、幼馴染に贈るものと同じでは。
 ほんのひと時でも二人きりでロマンチックに過ごそうと、あれこれ画策した努力が台無しになってしまう。
「考えてばかりいてもしょうがないかなあ」
 街の中をあちこち歩いて見て回れば、何か閃くかもしれない。その週末のデートは涙を飲んで諦めて、一人で買い物に出かけてみる。

 クリスマス向けに華やかに衣替えをした店先を巡りながら、アレクサンドルの悩みは深くなる一方だった。
 小物屋、雑貨屋などなど、女の子向けのかわいいものを扱う店を見て回る。
 全財産を握り締め、日が暮れる頃に漸くアレクサンドルは心を決めた。
「後は、当日どうやって抜け出すか、だけだな」
 半ば運を天に任せて、当日の成功を祈ってみる。

 そして、ついにその日はやってきた。
「メリークリスマス!」
 明るい声が弾む中で、脱出するタイミングを見計らい、アレクサンドルはそわそわと落ち着きがない。
(そろそろ、かな)
「アレク?」
「うわっ!」
 そろりと抜け出してきた広間の方ばかりを気にしていて、反対側から不意にかけられた声に、アレクサンドルは飛び上がった。
「ああああのっ、ちょっと休憩に」
「ふぅん?」
 慌てて、つい余計な事を口走ってしまったアレクサンドルを、その職員はしげしげと見た。
(ばれた?)
 心臓が、ばくばく鳴ったが、職員はにやりと笑った。
「休憩に行くなら、良い場所を教えてやるよ」
 中庭でもムード万点で、かつ人も滅多に来ないとっておきのポイント。その場所を告げて、職員は言い足した。
「あー、それと。今日は急な呼び出しはないと思うが、連絡は取れるようにしておいてくれよ」
「分かってるよ。すぐ戻るから」
 そそくさと立ち去り、廊下の角を曲った所で思いきり息が抜けた。
(ばれてる‥‥よ、なぁ)
 まだ動悸が収まらない。見透かされているようだが、ひとまずは見逃してくれるらしい。
 気を取り直して、待ち合わせの場所へと急いだ。
「見つからなかった?」
 先に来ていた彼女は、うまく抜け出せたようだ。もっとも、こちらも周りが気付かない振りをしてくれただけかもしれないが。
「良い場所があるんだ」
 先刻、教えられた場所に落ち着いて、何か話そうと思うものの、言葉が上手く出てこない。
「寒くない?」
「平気」
 それっきり、二人ともまた黙ってしまう。
(いつもは、あんなに色々話しているのに)
 でも、これも良い感じかもしれない。
 交わす言葉は少ないけれど、静寂が辛くはない。
 心の半分は落ち着いて、半分はとてもどきどきしていて。
 緊張の元は、さっき脅かされたせいではなくて、これからの事を考えているからだが。
「そうだ、これ」
 アレクサンドルは、綺麗に包まれた小さな箱をポケットから出した。
「ありがとう。開けてみて良い?」
 小遣いをはたいて買った銀細工のイヤリングは、17才の少女がつけるには大人びたデザインだったが、彼女は嬉しそうだった。
「こんなのが欲しかったの。ありがとう。私からのプレゼントは、これ。後で開けてね」
 リボンがついた袋を受け取り、そのまま見つめ合う。
 細かい雪が軽やかに舞う中で、吐息が白い。
(今度こそ)
 初めてのクリスマス。
 初めてのキス。
 アレクサンドルは特別ロマンチストではないが、女の子にとってはムードは大事なものらしい。
 だから、これは最高のシチュエーションの筈で。
 そうっと顔を寄せかけた時――。
「アレク、どこ? ごめん、すぐに戻って」
 がくり。
(僕、何か呪われているのかなあ)
 ファーストキスとは、そんなに難しいものなのだろうか。2回続けて失敗するなんて。
 しかも、あれだけ準備を整えてきたというのに。
「‥‥戻らなくちゃ。私、後から行った方が良い?」
 やや間を置いて、固い声で彼女が言った。
「僕が後から行くよ。用があるのは、僕じゃなくて姉さんにだろうし」
 足早に戻って行く彼女を見送り、再びアレクサンドルは脱力した。
 直前までは、何度も頭の中でシミュレーションした通りだったのだ。
 会話は途切れがちだったが、気分は盛り上がっていたし、彼女も恥じらいながらも拒んでいなかった。
 それなのに。
「なんで、最後で邪魔が入るんだよ」
 力無く呟いたアレクサンドルをからかうように、ふわりふわりと粉雪が彼の周りを舞っていた。

■ライターより■
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