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はっぴー・くりすます
外の冷たい夜風を遮断した暖かいキャリーの中には、甘い匂いが漂っていた。エプロンを身につけてキッチンに立っているのは、アデルハイド・イレーシュである。腰で銀色の髪を編んだ三つ編みは、イレーシュの動きにあわせてユラユラと揺れ動いていた。
お菓子作りは、焦らず目を離さず、のんびり手際よく‥‥。イレーシュはクッキーの焼き加減を時計を見ながら計りつつ、次に焼き上げるシュトレンの仕込みをする。
シュトレンはドイツでよく食されるクリスマスのお菓子だ。12月のイベントは、ヨーロッパ内でも様々だ。
だが、そういった国や文化の違いを越えて、来年を迎える前に子供達にお菓子を配って、少しでも明るい年末を過ごして欲しいと思っていた。イレーシュが作っているのは、その為のお菓子だ。
復興が進んでいるベルリンやパリなどと違い、まだ貧しい地方の街では甘くて美味しいお菓子などは、めったに口に出来ないに違いない。
このお菓子は、子供達に喜んでもらえるだろうか。
イレーシュはひとり、にこりと笑って振り返った。
「オルキー、終わったらこっちも手伝ってもらえませんか?」
ベッドの横で、サンタクロースの衣装を作っているはずのオルキーデア・ソーナに声を掛ける。オルキーとイレーシュ、二人分のサンタの衣装は、そろそろできあがっただろうか。
「んー、こんなものかな」
赤いサンタの衣装をひょいと抱え、オルキーがキッチンテーブルまでやって来た。
オルキーは軍人だから家庭的な事は苦手なのかと思いきや、以外に料理や家事は得意だ。
イレーシュも、オルキーが知っているリビアや中東の国々で食される料理を習った。オルキーにも、イレーシュが知っているヨーロッパの家庭料理を教えた事がある。
裁縫も、オルキーはこれまで何度かコスプレ衣装を作ったり服を繕ったりしていたから、巧いとは思っていたが‥‥。
「もう出来たんですか? さすがオルキーですね」
「ありがとう、イレーシュ。じゃ、これ試着してみてくれる?」
オルキーに渡されたサンタの衣装を、イレーシュはさっそく着てみる事にした。
上着とペチコートとスカートと‥‥。
イレーシュは、眉をしかめてオルキーに問いかけた。
「‥‥オルキー、これ‥‥中に何も着ないんですか?」
上着はイレーシュが着るには小さく、胸が下から圧迫されるような作りになっていた。胸元も大きく開いている。要するに寄せて上げてという形だ。イレーシュがそういった上着を着ると、余計に大きく見える。谷間がはっきりくっきり見えていた。
まあ、それは千歩譲って良しとしよう。
「‥‥オルキー、スカートの下‥‥は?」
超ミニのスカートはひらひらと揺れて、今にも下着が見えそうである。オルキーはサンタの衣装を着たイレーシュを、満足そうに見た。
「うん、やっぱりよく似合うわ。‥‥スカートはチャイナでも良かったかな‥‥こう、大胆なスリットから覗く太腿が‥‥」
「結構です」
こんな格好で子供にお菓子を配る事は、出来ない。
「教育上、よくありませんっ」
「じゃあ冬のイベントで、本を買ってくれた“大きなお兄さんお姉さん”に犯し‥‥もといお菓子を」
「何か言いました? 私、笑えない冗談は聞きたくありませんよ」
「いえ、何も言ってないわよっ」
ぶんぶんとオルキーは手を振った。もう一度言ったら、今度はイレーシュのESPが炸裂するに違いない。
「大丈夫よ、子供に配る時は下にタイツでも履けば。胸元はペチコートで隠れてるから、そんなに目立たないって」
「オルキー!」
「もう作り直さないわよ、イレーシュ。イベントの時は、その格好で売り子頑張ってね。ブラは却下」
「オルキーったら! ‥‥あっ」
振り上げたイレーシュの手が、テーブルに置いてあったカスタードクリームのボウルを引っかけた。ボウルに入っていたクリームはテーブルを伝って、イレーシュの着ていた衣装にかかる。
赤いサンタコスチュームは、あっという間にクリーム色の液体で彩られた。
「ごめんなさい‥‥オルキー」
「染みになるから、とりあえず脱いで」
イレーシュは、仕方なくサンタコスチュームを脱いだ。ペチコートは汚れていないが、上着とスカートには黄白色のクリームがべっとり付いている。
脱いだコスチュームをオルキーは素早く抱え上げると、オルキーがイレーシュの方をちらりと見た。衣装が小さかったので、イレーシュはブラも外してしまっている。
イレーシュは何だか嫌な予感がしたが、衣装を汚してしまった事で頭が一杯で、それどころでは無い。
そうっとオルキーは手をイレーシュの腰の辺りに、のばした。
「オルキー、何をしているんですか!」
「頂き!」
嬉しそうにオルキーはイレーシュのパンティの紐を引っ張ると、奪い去った。そのままダッシュでキャリーの外に出ていく。
やむなくイレーシュは、エプロンで体を隠しながら、引き出しから自分の下着を出そうとした。しかし開けた引き出しには、何も入って居なかった。下着どころか、スカートも無い。
(‥‥しまった‥‥オルキーったら‥‥)
イレーシュは泣きそうな表情で、立ちつくした。
焼き上がった様々なクッキー、アーモンド入りのチョコレート、そしてシュトレンと、ミニパイに‥‥。イレーシュはそれぞれ小さな箱に詰め、ラッピングをしていった。
でも、少しずつお菓子を横に避けている。これは、後でオルキーと一緒に食べる為に取っておくのである。クリスマスにオルキーと二人で料理を作り、オルキーの為にプレゼントを用意して、二人だけのクリスマスを過ごす。
(クリスマスには、ノエルを作りましょう)
シュトレンのかわりに作るノエルのデザインを考えながら、イレーシュはラッピングを終えた。
どうやらオルキーも戻って来たらしい。後ろから足音が聞こえる。振り向かずに、イレーシュは声を掛けた。
「オルキー、もうラッピングは終わりましたよ。‥‥だから早く服を返して‥‥んっ」
後ろからオルキーの手が回され、ぎゅうっとイレーシュの腰を抱き寄せた。イレーシュの背中に、オルキーの胸が当たっているのが感じられる。
「イレーシュ‥‥」
「お菓子の味見をしてもいい、なんて言いながら押し倒したりしませんよね、オルキー」
にっこり笑ってイレーシュは聞いた。
オルキーは、苦笑いを浮かべている。
「もう全部ラッピングしちゃったの?」
オルキーは、テーブルに置かれたお菓子の山を見ながら聞いた。
「はい、オルキーがゆっくり服を脱いでいる間にね」
「うちだって、服を洗濯したり‥‥キャリーの点検したりしてたわよ。遊んでいた訳じゃ‥‥」
「分かりました。ご苦労様、オルキー」
イレーシュはにっこり笑って答えた。
ふと落としたオルキーの視線の先に、残ったカスタードクリームがボウルに入っている。作り直したものの、半分ほど余ってしまったのだ。
「ああ‥‥これ残っちゃったんですけど、明日シュークリームを作って使いますから」
オルキーはそっとクリームを手に取て口に運んだ。
「うん‥‥美味しい」
「そうでしょう? 西洋のお菓子なら、オルキーより得意ですよ。それより、クリーム‥‥落ちました?」
「大丈夫よ、ちゃんと‥‥」
と、そこでオルキーが口を閉ざし、まじまじとイレーシュの体を見下ろした。オルキーの目の下には、イレーシュの胸が見えている。
「‥‥どうかしました?」
「ふふーん‥‥」
にやにや笑っているオルキーを、不思議そうにイレーシュが見上げる。オルキーは、顎に指を当てて面白そうにイレーシュを見ていた。
「何ですか?」
オルキーはそうっとボウルからクリームを取り、イレーシュの口元に指を差し込んだ。甘い味が口の中に広がってくる。
「??」
「美味しい?」
「んっ‥‥ふぁ‥‥」
オルキーの指が口の中に入っているので、うまく答えられない。
オルキーはすうっと目を細めた。
「ふふ‥‥すっごく物欲しげに見えるわよ、イレーシュ」
「‥‥あっ‥‥んん‥‥っ」
イレーシュの口の端から伝い落ちる雫が、喉から胸に零れ落ちる。それでもオルキーは、指を抜こうとはしない。
「クリームを被ったイレーシュ、ちょっといやらしかったわよ。でも‥‥とっても美味しそうだった」
「オル‥‥キー‥‥お菓子作りの途中ですよ。駄目ですっ」
ようやく口中を開放され、イレーシュはきっとオルキーを睨んだ。
「あら、もう終わっているように見えるけど?」
「このクリームを仕舞って、それから明日作るシュークリームの準備をしなきゃ‥‥」
「暖房を切ったらキャリーの中も冷え切るから、冷蔵庫と一緒よ。クリームも腐りはしないって」
「駄目‥‥っ」
オルキーはエプロンの中に手を差し込み、胸の先を指で擦りつけた。びく、と反応するイレーシュの耳元で、小さく囁く。
「待たせないで、イレーシュ。美味しいお菓子、ちょうだい」
イレーシュは答えるかわりに、自分の胸を捕らえているオルキーの腕をぎゅっと握りしめた。
疲れ果てたイレーシュをベッドに運ぶと、彼女はすぐにすやすやと寝息をたてはじめた。
そっと彼女の上に毛布を掛けると、オルキーも横に潜り込む。
窓の外からは、明るい月がこちらを照らしていた。
クリスマスにお菓子を作って配ろうといったイレーシュに、最初はちょっととまどった。彼女から聞くクリスマスの話しは、オルキーにとって初めて聞くことがたくさんあったから。
でも、子供達が喜ぶなら‥‥それでもいいわよね。
お休み、イレーシュ。
オルキーはイレーシュの頬にキスをすると、眠りについた。
(担当:立川司郎)
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