|
■ハレルヤ■
待ちに待ったクリスマスの1日が終わろうとしていた。
日付が変わるまでにはまだ時間がある。でも、プラハ研でのクリスマス・パーティーも閉会となり、後はもう眠るだけ。
アレクサンドル・シノハラは自室に戻ると、そのままベッドに寝転がって天井を見上げていた。
最高に楽しかった1日を思い出して、幸せに浸って‥‥いられれば良かったのだが。なかなかそうは問屋が下ろさない。
(あともうちょっとだったのになあ)
パーティーそのものは、それなりに楽しかった。
15、6歳にもなれば、仲間皆で集まる機会は減ってくる。幼馴染とワイワイ騒ぐのは、やはり楽しい。
たとえ、心を占めるものが別にあったとしても。
最も気にしていた彼女と二人きりで過ごす時間も、ごく短い間だが持つことができた。
折り良く粉雪が舞い、ムード万点のホワイト・クリスマス。
そう、あの時お邪魔虫が発生さえしなければ。
それはもう、人生最高のクリスマスだったかもしれない。
やっと、念願のファーストキスができそうだったのに。
(ツイてなかったよなあ)
現場に踏み込まれた訳ではなく、離れた場所から自分達を探して声をかけられただけだ。そのまま決行しようと思えばできただろう。
だが、そこで動けなくなってしまうところが、まだ第一関門を突破していない悲しさで。
とはいえ、このまま落ち込み続けても仕方が無い。アレクサンドルは、気を取り直して彼女からのプレゼントを開けてみようと思い立った。
貰ったすぐ後は、ファーストキスの失敗に包みを解く気になれず、その後は人目があって、つい今までそのままにしてしまっていた。
(何をくれたんだろう)
かさばる割には軽くて、ふわふわしている。
がさり。と、袋から引っ張り出したものを、アレクサンドルは、まじまじと見つめた。
「ひゃっほー!」
思わず、ベッドの上で飛び跳ねる。PKエスパーだったら、天井を突き破っていってしまったかもしれない。
興奮が冷めやらない様子で、広げてみたり、ひっくり返してみたり。
それは、手編みのセーターだった。襟の近くに二人の名前の刺繍も入っている。
(いつ編んでいたんだろう)
自分と同じくらい、ひょっとしたらそれ以上に忙しい人なのに。編目にこめられた思いが伝わる気がして、アレクサンドルの頬がほころんだ。
早速、袖を通して鏡の前に立ってみた。手をあげてみたり、下ろしたり。横を向いてみたりと様々な角度からセーターと自分を映してみる。
嬉しさのあまり、そのまま部屋を飛び出しかけて、はっとした。
(もう、寝てるよね)
まだ真夜中という時間ではなく、明日も休みだからひょっとしたら起きているかもしれない。
でも、アレクサンドルも普段なら寝ている時間だ。女の子なら、お肌のためにもう寝ているだろう。
(明日の朝一番に、お礼を言いに行こう)
そう思い直して、ベッドに入る準備を始めたものの、どうにも気持ちが落ち着かない。
立ったり座ったり、時計を見てはそわそわしていたが、どうしてもそのまま眠れそうにはなかった。
気分はもう、明日の朝には届いているサンタクロースのプレゼントを、待ちきれない小さな子のそれになっている。
「ダメでもともとだよな」
とうとう、朝になるまで我慢できず、アレクサンドルは彼女の部屋へと向かった。
周囲の人を起こさないように、急ぎながらも足音をしのばせた。ドアの前に立つと何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
コンコン。
扉が立てた音は、もしも寝ていたなら気付かないくらいに、ごく軽い音だった。
「誰?」
間を置かずに返事があった。時間が時間なので、声に少々警戒を含んでいる。
「僕だよ、姉さん」
やがてドアを開けて彼女が顔をのぞかせた。
「こんな時間にごめん。もう寝てるかと思ったけど‥‥でも、どうしても今日中に伝えておきたかったんだ」
ここまで来た勢いはどこへやら。俄に照れくさくなってきて、アレクサンドルはつい口ごもる。
「プレゼント、ありがとう。とても嬉しかった。それだけ、どうしても言っておきたかったんだ」
待ち切れなかった言葉を伝えて、アレクサンドルがその夜晴れやかな気分で眠れたかといえば、全くそうではなかった。
(やっぱり今日中に言っておいて良かった)
「明日で良かったのに。わざわざ来てくれてありがとう」
そう答えた時の彼女の顔を思い出すと、自然に頬が緩んでくる。
そこでおやすみを言って終わりだったなら、胸のつかえが取れて、すっきりと眠れたに違いない。パーティーの途中でこっそり取った、彼女と二人の時間の最後についたケチも、あらかた消えて。
けれども、アレクサンドルの心中はそれどころではなかった。
(彼女の方からしてくれるなんて)
ほんの一瞬、唇が軽く触れただけだが、それでもキスには違いない。
随分と遠回りしてしまったが、とにかくも「クリスマスにファーストキス」の目標は達成できたのだ。
おかげで、すっかり目が冴えてしまって、寝つけない。ころころと何度も寝返りを打つが、心は一向にあのひと時から離れなかった。
セーターのお礼だけ言って、帰りかけた自分を呼びとめた、彼女の顔を思い出してみて。はたまた、キスの後の様子を思い出しては、布団を抱えて転げ回ってしまう。
恐らく、あの時自分も彼女と同じくらい照れていただろうし、今も真っ赤になっているだろう。
けれども、誰も見ていないのだから、どんなに幸せで緩み切った顔になっていようと、気にしなくて良い。
というより、はちきれそうな嬉しさで一杯で、他の何かが頭に入る余地は全くなかった。
後になってみれば、新たに思い悩むことが出てくるのかもしれない。
たとえば、あの後小声でおやすみなさいを言うだけでなく、何か気のきいた言葉の一つくらい口にできれば、とか何とか。
でも、今はただひたすらに嬉しくて嬉しくて、満ち足りた気持ちだった。
長年の、とまで言うと大袈裟だが、少なくとも秋のデートの時から数ヶ月。やっと念願叶ってのファーストキスなのだから。
(姉さん‥‥)
明け方近く、漸くうつらうつらと浅い眠りについたアレクサンドルの寝顔は、やはりまだ幸せ一杯な様子のままだった。
■ライターより■
ご発注ありがとうございました。
アレクサンドルさんの彼女の言動が少なめで物足りないかもしれませんが、NPC某はアレクサンドルさんを演出する小道具程度にしか使えませんので、ご了承下さいませ。
|
|
|