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<東京怪談ノベル(シングル)>


【実験体】
●反乱分子
 暗い裏路地の一角。時計を見ながら何かを待つ黒服の男達がいた。
 そんな中の一人が、時計から目を話して一言呟く。
「……時間だ。行くぞ」
 黒服の一人の言葉に、黒神・響夜(くろかみ・きょうや)が軽く頷く。
「判りました」
 彼の名は、黒神・響夜(くろかみ・きょうや)。合法・非合法問わず、色々な仕事をこなし生計を立てる者である。
 黒服の男の一人が静かに告げる。
「……護送するターゲットはこっちだ。高い金を出してお前を雇ったんだ。役には立ってもらうぞ」
 そう告げて、先を歩いていく。
 彼ら黒服達が向かう先は、地下深くに存在する牢屋の一部屋。その中には、彼ら黒服たちがたくさんの命と共に誘拐してきたエスパーの少女が捕らえられていた。
 ツカ、ツカ……と冷たい廊下に響く足音。しかしその少女の護衛を引き受けた響夜の足は動かない。
 一人の黒服が、どうかしたか、と後ろを振り返ったその時。
「響夜……ぐあ……っ!」
 振り返った黒服は、頭に赤い火花が走ると共にその場に倒れる。
 響夜のサイ攻撃だ。
「響夜! 依頼者である俺達に反抗するのか?」
 黒服の男は、臨戦態勢を整える。そんな彼らに、響夜は静かに言い放った。
「私は私の興味にしたがって動くまでですよ……あなた達に従おうだなんて、これっぽっちも思ってはいませんから」
 響夜はそう言い放つと、自分を取り囲む黒服たちに対して次々とサイ攻撃を仕掛けていく。
 響夜と黒服の男たちの間に、次々と火花が散っていく。
 次々と倒れていく黒服達。そんな雨後鳴かなくなった彼らの躯からカードキーを奪い去ると。
「……お前、俺達に刃向かえば、どうなるか判っているのだろうな……」
 倒れた黒服が、恨みがましく響夜に言う。
「貴方たちからの報復、信用ですか? そんな物、いりませんよ。彼女の真実を知ったからには、ね」
「……必ず、後悔する事になるぞ……」
 それ以上、黒服は躯となり、何も言わなかった。
 響夜は、カードキーを手に持って。
「さて……彼らの目の届かない所まで、あの少女を連れて行くとしますか……」
 と呟き、少女の捕らわれている牢屋へと走っていった。

●暴走能力
「ここ……ですか」
 響夜は、エスパーの少女が捕らえられている牢屋へと辿り着く。
 その部屋の扉は、厚い鋼の扉に覆われており、ちょっとやそっとのことじゃまず開けられそうも無い扉。
 つまりは、このカードキーが無ければ、絶対に内から開けられる事は無い。そんな扉である。
 扉の前に響夜が立つと、中から大きな泣き声が聞こえてくる。
 間違いない、そのエスパーの少女の声だ。
「いや……いやぁ、出してよっ! 出してよぉぉぉっ!!! 暗いよぉっつ、怖いよぉぉっ!!」
 そんな彼女の泣き声と共に、ドアの内側からガン、ガンと響く。
 彼女のエスパーの能力が、この中から出ようと必死にもがいているのだ。
「……所詮は子供、という訳ですか。まぁ、10歳も行かない少女ですし、こんな事で泣き叫んでるのも納得出来ますが……」
 しかし、今ドアを開ければ彼女の暴走したエスパー能力の刃を受けるかもしれない。
 響夜はまず、彼女に対してテレパシー能力を使う。額からは緑色の閃光が光り、彼の声は暴れまわる彼女の脳へと届く。
「何、何っ! 誰っ、私に直接話しかけてこないでよぉ!! 私、私……エスパーなんかじゃないよっ、ただの女の子だよっ!!!」
 彼女の心は、長い拘束の中で既に心が崩壊し始めていた。そんな彼女の心を説き伏せるように、静かに響夜は話しかける。
「ええ、判っています。まずは落ち着いてください。今、貴方をここから出してあげます。そして、私と一緒にここから逃げましょう」
「出して、出してっ! もう、いや。私、もう一人で居るなんていやだよっ!!」
 その後も、響夜は少女の説得を続ける。
 そして、彼女が落ち着いた所でカードキーを通す。
 シュン、という音を立てて開くドア。その内側からはもくもくと煙が立ち込めていた。
 そして、その中にうずくまっていたのは……年齢7,8歳の少女。
「……助けに来ましたよ。さぁ、一緒に行きましょう」
 手を伸ばす響夜。その手をその少女は……静かに取る。
 ぐったりとした風に、響夜の腕の中に収まる少女。
 暖かい彼女の身体を感じながら、響夜は思う。
(……こんな少女が、軍の精鋭部隊までを一瞬で殲滅したのですか。……面白い、将来、楽しみですね……ふふ)
 微笑を浮かべる響夜。それは彼女の超能力の強さに惹かれ、そして彼女の将来との戦いの日々に心を躍らせるのであった。

●脱出
 逃げる響夜と少女。そんな彼らを追いかけるのは、先ほどの黒服の追っ手たち。
 銃撃とサイコ能力の波が、二人に追いすがる。
 逃げる間、少女は響夜の腕に包まれながら、静かに震えていた。
「なんで……なんで私を……なの? 私……何も、してないよぉ……」
 彼女自身は、軍の精鋭部隊を一瞬にして殲滅した事は覚えていないのだ。
 彼女が軍の精鋭部隊を殲滅したのは、彼女の能力の暴走。そのような強大な力が内に秘めていても、まだ彼女にはそれを操れる力は無かった。
 まるで怯える子犬のような少女を、響夜は優しく微笑みながら頭を撫でる。
「大丈夫ですよ。私が必ず貴方を無事にここから逃がしてあげます」
 そして響夜は、彼女を内に抱いたまま、黒服の男達を再びサイ攻撃で次々と撃破していく。
 綻びを見せた部隊の隙に走りこんでいく。
 後ろを振り返らず、ただひたすらに。そして、この牢獄よりから逃げ出す事ただ一心に。
 どのくらい走り続けただろうか。二人の目前には、光が差し込む入り口が見えていた。

●未来
「それでは……ここらへんまで来れば、きっと大丈夫でしょう」
 少女を連れた響夜は、彼女の捕らえられていた牢獄からかなり離れた場所までやって来る。
 その場所は、ある街の一角。人通りも多く、そしてあまり暗い噂も聞かない健康的な街である。
 あくまでも今は、という注釈付きではあるが。
「お別れ……なの?」
「いいえ、お別れではありません。またいつか、貴方が大人になればきっと出会うことがありますよ」
 ふふ、と微笑みかける響夜。
 そう、彼女が彼女自身の力の制御の仕方を身につけさえすれば、最強クラスのエスパーになる事は間違いない。
 そんな彼女といつか戦う事が出来る。その為にも、今は離れるのが色々と都合が良いのだ。
「……そう……また私……一人になっちゃう、ね……」
 顔を伏せる少女。この街に彼女の身寄りがいるかといえば、いるわけが無い。
 そんな彼女を、響夜が最後に連れて行ったのは……街にある孤児院。
 少女を孤児院へと預けた響夜は、少女の頭を優しく撫でながら。
「それでは……一時のお別れです。また、いつか……逢いましょうね」
「うん……また、いつか……なの」
 指切りしようと、指を差し出す少女。そんな彼女に響夜は手を差し出して。
「ゆびきりげんまん、うそ付いたら針せんぼんのーます……」
 指切りした少女は、涙を見せたくないかのように、孤児院の中へと走っていった。
 そんな彼女の後姿を見送りながら、響夜は孤児院の親に。
「それでは、彼女のこと……宜しく頼みますね」
 と言って、響夜は深い夜の闇の中に姿を消していった。