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Secret Holiday〜極上の楽園〜
年の瀬も押し迫ったある日。
市長という役職柄、かなりの多忙を極めるアル――先日、見事ミュンヘン市長となったアルノルト・ハウレス――を横目で眺めながら、俺の頭はかなり煮詰まっていた。
『ミュンヘン市長専属護衛』
それが、今の俺――ウォルフ・マイヤーに与えられた職であり、その性質上常に行動を共にしているのだが、その忙しさ故とでもいおうか……プライベートが殆どないのだ。二人の住む家に帰ったとしても、アルはすぐ寝入ってしまい――つまり夜の生活がない日々が、ここ一ヶ月ほど続いていた。
さすがの俺も、いい加減我慢の限界だ。
だからこそ、この年末に向けて俺は、ある事を画策した。その為にはアルの秘書を丸め込まなくてはならず、当然そいつと仲良くなる事も計画の内だ。
ついでにアルの嫉妬心を煽るよう、必要以上に仲良く振る舞って見せたけどな。
その思惑通り、アルの顔色が段々曇っていくのが手に取るように判る。単純な凡ミスを繰り返すようになり、俺が「どうした?」なんて尋ねても、「ううん、なんでもない」なんて困惑した表情で切り返す。
その顔が、またなんとも言えず可愛いなんて、口が裂けても言えねぇけどな。
悪ぃな。この埋め合わせはもうじきするから。
もうちょっとだけ我慢してくれ。
――男の身勝手は百も承知で、俺は心中で謝罪する。
さて。
なんて言って慰めてやろうか。
◇
秘書とコソコソと話す姿をよく見かけるようになった。
その度に、俺の胸がキリリと痛む。それでもなんとか平然と、表面上は取り繕うように笑みを浮かべる。
それでも時折、溜息が零れてしまう。
俺の心をざわつかせる人物――ウォルフ・マイヤー。俺の護衛で、共に住んでいる……俺の恋人。
常に冷静沈着であれ、と育てられてきた俺にとって、ただ一人心を乱す相手。彼が相手だと、まるで子供のように感情が止められない。独占欲でいっぱいになってしまう。
最近の忙しさから、夜の方もすれ違いになって一月。
抱かれた腕の温もりを思い出し、何度眠れぬ夜を過ごしたことか。
でも、今の俺にはミュンヘン市長という立場がある。公務を忘れて彼一人に溺れる事は出来ず、そうこうするうちに季節は新たな年を迎えようとしていた。
ねぇ、ウォルフ。
俺のこと、嫌いになったのかな……。
◇
「…………ここ、どこ…?」
目を覚ますなり、アルは茫然と呟いた。
まあ仕方ないだろう。
苦笑を噛み殺しつつ、俺はゆっくりとあいつの後ろから近付いた。
気配に気付いたのか、アルがハッと振り向く。そして、俺の顔を見るなり、その瞳が驚きに見開いた。
どうやら計画がうまくいった事に、俺の口元がにんまりと笑みを浮かべる。そんな俺の様子に何か悟ったのか、キッときつく睨み付けた。
「ウォルフ、どういうこと? ここはいったい……」
「ん? 見ての通りさ。郊外にある貸し切り別荘だ。周りには殆ど家屋もないから、人気を避けるにはもってこいだな」
「そんなことじゃない! どうしてここにいるんだって聞いてるんです。だって、年末は色々とパーティーの予定が――」
「ああ、そいつはキャンセルだ」
「え?」
俺の言葉に、アルはますます驚きを見せる。
何故、とも、どうして、とも聞きたそうな目がじっと俺を見る。その眼差しがどことなく艶を含んでるように感じ――勿論、俺の勝手な思い込みだが――、そのままアルの体を近くのソファーに押し倒していた。
「ついでに言うなら、今日から暫くはお前さんは休暇になってるからな。秘書さんのお墨付きだ」
「え、えぇぇ!?」
上げた叫びを塞ぐように、俺はおもむろに唇を重ねた。
展開に早さに頭がついていかないのか。抵抗する事も忘れ、アルは俺のなすがままにされる。
唇を割り、舌を差し込み、思う存分蹂躙する。今まで我慢してきた分を取り返すかのように、俺はアルの口内を味わった。
ようやく気を取り戻しても、俺が与える蕩けるようなキスですぐに思考が痺れたのだろう。抵抗する腕の力が徐々に抜けていくのが判る。
「…う……な、なんで……こんな……」
零れる吐息はすでに熱を帯び、すでにその気であることを俺に伝える。
俺はしてやったり、な笑みを浮かべ、意地悪く耳元で囁いた。
「なんでじゃねぇだろ。折角の休みだ、嬉しくないのか?」
「そ、それは…っ……でも……」
「ああ。俺と過ごすのが嫌なんだな」
「っ…ち、ちがっ……」
わざと突き放すように言えば、アルは慌てて俺に追いすがる。バッと離した腕を、懸命に掴もうとしていた。
その様子にだいぶ溜飲が下がる。ニヤニヤといった笑みが止まらない。
「ここ一月ぐらい、全然だったしなぁ。もう俺にも飽きちまったか?」
「それは……その……」
忙しかったから。
ボソッと呟く一言を、俺は聞こえない振りをした。
なんとしてでも相手から言わせたい言葉が出てくるまで、俺は素っ気ない振りを、或いは意地悪をしようと決めていた。内心「親父くせ〜」とは思いつつ、それが楽しいのだからしょうがない。
「そうか。アルはしたくなかったんだな。じゃあ別にいいさ。俺は俺で好きにやらせてもらうから」
そう言うなり、俺は素早くアルの上着を脱がし始めた。暴れて抵抗したが、そんなのお構いなし。所詮、俺はオールサイバーだ。人の力で叶うはずもなく、あっさりと素肌が俺の目の前に晒される。
そしてそのまま、用意してあったロープでアルの両腕を頭の上で軽く縛った。
さすがにこれにはビックリしたようで、必死で抵抗する。
「や、止めてください、ウォルフ!」
俺はそれに応えず、滑らかな細身の体を、指で、舌で、存分に堪能していく。火照る体が紅潮し、なおいっそう艶やかさを増すのを、じっくりと見つめ続けた。
アルの口からは、絶え間なく零れる吐息。
その隙を縫うように制止するよう懇願する。
「…っ、やだ…やめ…っ……こんなの、やめて下さい……」
「構わないだろ。お前はしたくないんだろうけど、俺はしたいんだからな――」
◇
「――だから俺のしたいようにするさ」
一方的な行為。
ウォルフから与えられる快感は、いつもと違ってひどく俺の心を虚しくする。気持ちが通じず、交わす行為がここまで寂しいものだとは思わなかった。
彼は言った。俺としたかった、と。
それは俺も同じなのに。
どうしてわかってくれないのか、そう思った直後。
「ぅ……ウォルフ……」
するりと出た名前。
そして。
「…お、俺だって……ウォルフ、あなたと……」
思うだけじゃあ伝わらない。きちんと言葉にしないと。
そう思ったから、俺は求めるように腕をウォルフの方に伸ばした。
「あなたが…っ…好きです……好きだから、俺も……したい、……っ」
◇
耳に届いた言葉と。
泣きそうに潤んだ瞳。
真っ赤になった顔――そして。
パサリ、と拘束されていたロープが解けた。
「――ようやく言ったな」
俺は満足げに笑い、ご褒美とばかりにもう一度深く接吻けを重ねた。今度は互いに交わし合い、何度も何度も吐息を飲み込んでいく。
「アル……アル……」
「ウォルフ……んん、ぁ……」
キスの合間、俺はあいつの服を脱がしていく。その手際のよさに自ら感服する程だ。
アルの方もどうやら俺の服を脱がそうとしたが、快感にとろけた体ではさすがに無理だった。そうなると相手は、なんだか悔しそうな顔をする。
おいおい、このぐらいで拗ねるなよ。
俺は宥めるように髪を柔らかく梳く。その間に自らの服を脱ぎ捨てていく。オールサイバーの体はまだ見慣れないらしく、アルは少し辛そうに目を細める。
今更気にする必要などないのにな。
「アル……」
何度目かのキス。
今は何も考えなくていい。俺が与える快感だけ追っていればいいさ。
「んん……ウォルフ、好き……」
すっかり陥落した相手の唇をペロリと舐め、俺はまさに狼のようにアルの全てを堪能した。
落ちていく夜の帳。
外界から遮断されたそこは、痛いぐらいの静寂に包まれている。ふと目が覚めた俺は、傍らの温もりがなくなっている事に気付く。
「……アル?」
視線を向ければ、窓際に寄り添うように立っている姿を見つけた。身に付けているのは一枚に上着だけ。
俺はゆっくりと体を起こし、アルの傍に近付いた。
「どうした、アル」
「……ウォルフ、見て……雪」
見れば、確かに外は一面に雪が降り注いでいた。真っ暗な中に白い斑点。どこか幻想的な光景に、二人とも見入ってしまう。
やがて。
クシュン、とくしゃみが一つ。
「アル、その格好じゃ風邪引く」
「……誰がこんな格好にしたんですか?」
俺だ。
グッと押し黙った自分に、アルはクスクスと笑みを零す。
「暖めて、くれるんですよね?」
振り返り、見上げて一言。そこには甘える仕種を浮かべた恋人がいた。伸ばした腕を首に回し、ゆっくり顔を近付けてくる。
「どうせ暫くすることないのでしょう」
「ああ」
どうせ休暇はたっぷりある。その間、存分に暖めてやるさ。
にやりと笑った俺に、クスッといった笑みを浮かべるアル。
そうして俺達は、久々の休暇をすっかりと堪能したのだった。
もっとも、休暇が終わる頃のアルは、体力的に随分と疲れていたんだがな。
【END】
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