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華やかなりし、その裏で〜アルノルト編〜
●闇世界への招待状
市街で行われていた、ある実業家のパーティ。
そこに招待されながらも、早々に切り上げたアルノルト・ハウレスは、旅支度のため、高級官僚用官舎の、自身の部屋へと帰っていた。
「本気で、行くつもりなのか?」
ベットの上で、引き締まった上半身をさらしながら、そう尋ねているウォルフ・フォン・マイヤー。その彼の目の前では、素肌にパジャマの上着を着ただけの姿で、3日分の着替えを、スーツケースに詰め込んでいるアルノルトがいる。
「ええ。無論です。チケット、一枚しかありませんけど」
ウォルフの問いに、そう答える彼。テーブルの上には、2人分のコーヒーと共に、アルノルトの財布が転がっている。そこから、ヴェネチアへ向かう飛行船のチケットが垣間見えていた。
「それは‥‥。まさか、1人で来いって事か!?」
「そうでしょうね。用心深い相手ですよ。全く」
妖しい人物は、街に潜り込む事すら許さないようだ。
「そんな事を言っている場合か!? 1人で乗り込んで行って、もしもの事があったら、どうするつもりだよ」
「大丈夫ですよ。チケット、もう一枚用意してもらいますから」
ウォルフの心配する声を他所に、そう答えるアルノルト。もちろん経費で。と付け加えている辺り、抜け目はない。
けれど、ウォルフは。
「そうじゃねェ。カレンダー見てみな」
「うわ」
半ば腰を抱えるようにして、壁にかけられたカレンダーの目の前に連れて行かれるアルノルト。
「あ‥‥」
そこには、赤くよく目立つペンの色で、『月イチメンテ』と書かれている。ACに義務付けられた月に一度のメンテナンスデー。それが、丁度交渉日と重なっている。
「だから言ったんだ。女ダシにして交渉するのは、いい加減にしとけって」
「でも、こっちだって、使えるカードは少ないですし。使えるモノは使っていかないと‥‥」
そう言ったウォルフに、反論するアルノルト。彼の言いたいことは判る。痛い目を見るのは、自分だ。だが、まだ年若く、決してその基盤は磐石なものではない。戦乱に乗じてなりあがった自分には、古い体制に属する者達の後ろ盾が、どうしても必要だった。その為には、例え苦手な相手でも、追従の微笑を浮かべなければならないと。
「アルノルトッ!!」
だが、ウォルフはまるで聞き分けのない子供を叱るような口調で、アルノルトの両肩を掴み、怒鳴ってみせる。
「大きな声、出さないでくださいよ‥‥」
耳をふさぎながら、そう答える彼。
「お前は、いつからそんな‥‥人の心を手玉に取るような、悪い子になったんだ‥‥?」「ウォルフ‥‥」
口調こそ厳しいが、それは、アルノルトにもしもの事があったら‥‥と、心配するが故。
「あいつら見てたら、分かるだろ。下手に手を出して、痛い目見るのは、お前の方だぜ?」
「別に‥‥。あなたをパートナーに選んだ時点で、女性と、仕事以外での付き合いをするつもりはありませんから」
それでも、アルノルトは首を横に振った。いくら口でなんと言おうとも、今は、ウォルフと言う存在のある今は、女性と本気で付き合うつもりなどない。心に何人も住まわせるほど、自身の心に余裕はないから。
「そう言う意味じゃねェ。下手をしたら、五体満足で帰れないかもしれねーんだぞ」
「そうしたら、サイバー化手術を受ければいいだけです。あなたと同じ様に‥‥ね」
するりとウォルフの腕からすり抜けて、おそろいですね・・・・と、柔らかく笑みを浮かべているアルノルト。まるで、ガラス細工の様なその姿に、ウォルフは掌を握り締める。
「お前、何も分かってねェのな‥‥」
例え、どんなに技術が発展していても。
右腕1本切り落とされても、生命の保証がなされる世界だったとしても。
それでも、愛する者の身体が傷付けられるのを見たくはないと言う心情は、太古の昔から変わらない。
「分かっていないのは、ウォルフの方でしょう。俺はこれでも、ミュンヘンの安全を守る為に‥‥」
そんなウォルフに、アルノルトはそう言った。もう幾度も、自分とともに様々な場所にもぐりこんでいるはずなのに、まだ分からないのかと。
「それで、てめえの身が危険になって、何が安全だよ」
冷たい口調。
「けど、そうしなければ、奴らは‥‥!」
何をしでかすか分からない恐さがある。外に向けられない刃は、内側へと向けるしかないのに。
「もういい」
「ウォルフ‥‥!」
悲しそうな表情を見せるアルノルトから、身を離すウォルフ。そして、突き離すかのように、こう言った。
「俺がわかっていなかった。市長殿は、恋人より、仕事の方が大事な奴だったってな」
「待って‥‥!」
何かを決定的に壊してしまったと悟るアルノルト。だが、時は既に遅い。
「バイクの調整してくる。てめぇは、のんびり荷物をまとめてるんだな」
「そんな‥‥」
上着を羽織って、部屋から出ていくウォルフを見送るしか出来ない彼。その目の前で、扉が乱暴に閉められる。
「どうしよう‥‥。怒らせた‥‥」
テーブルの前で、冷めたコーヒーを見下ろしながら、アルノルトは呆然と呟くのだった・・・・。
●声なき陰謀
一度こじれた糸を修復するのは、中々に難しい。そんなわけで、ウォルフもアルノルトも、ヴェネチアへ向かう飛行船では、終始無言だった‥‥。
「何も言ってくれないんですか?」
テーブルの上に並んだディナーを前にしても、何も言ってはくれない。それどころか、普段なら、共にグラスを合わせてくれる筈なのに、それすらも拒否されてしまっていた。「別に。何か言わなきゃ駄目なのか?」
「いえ‥‥」
短く答えるウォルフに、アルノルトは首を横に振る。
「ならいいだろ。俺は仕事中なんだ。余計な事を考えさせるな」
「はい‥‥」
それっきり、飛行船が到着するまで、彼は一言も口をはさまない。傍から見れば、無口な護衛に徹しているように見えたが、アルノルトにとっては、重圧以外の何者でもなかった。
「じゃ、行ってきます」
「ああ」
荷物を片手に、タラップを降りようとするアルノルト。その視線が、何かを求めるように泳ぐ。
(やっぱり、何も言ってはくれないんですか‥‥)
それでも、答えは帰ってこない。諦めかけたその時である。
「気を‥‥つけて行けよ」
どこにでもある一言。何気ないその台詞に、ずきりと心が痛む。それを、無理やり押し殺しながら、アルノルトは、懐を軽く撫でた。
「分かっています。いざとなったら、これがありますから」
銃の腕前は、ウォルフにも引けを取らない。めったに使う機会はなかったが、見を守る術は持っていると。
「そうだな‥‥」
けれど、ウォルフの表情は明るくはない。それは、もしその銃を使うとしたら、自分と二度と会えなく事になるだろうと、思っていたから。
「‥‥‥‥されても、知りませんから」
何も言わないウォルフに、アルノルトは少し悪戯めいた口調で、呟いた。
「何か言ったか?」
普段ならば、言ってはいけない事に部類されるそれに、ウォルフの視線が厳しくなる。
「何でもありません。メンテが終わった頃、迎えに来て下さい。居なかったら、本部に連絡を」
「わかってる。とっとと行けっての!」
事務的な返答に、語尾が荒くなった。
(やっぱり、何も分かってはいないんですね‥‥)
その態度に、アルノルトは、心の中で悲しげにそう言って、空港を後にする。
そして。
「ようこそ、市長殿。いや、お名前で呼ぶべきですかな?」
どこかの公共施設かと疑う程の豪邸で、恰幅の良い紳士めいた壮年が出迎える。
「どうぞ御随意に。名前など、記号に過ぎませんから」
パーティとは違い、やや地味なスーツに身を包んだアルノルトは、そう答えている。ここから先は、交渉場所と言う名の戦場だ。自然と、表情も硬くなる。
ところが。
「なるほど。確かにビジネスには、製品番号と言うものがつきますしね」
その紳士が、指先を鳴らすや否や、アルノルトを黒服の男たちが取り囲んでいた。
「これは‥‥! 一体何のつもりですか」
「キミは、少々我らを甘く見ていたようだ。闇の掟は、政財界のそれとは違うんだよ。申し訳ないが、このままお引取りをと言うわけには、行かなくてね」
どうやら、彼らがアルノルトをここへ呼んだのは、取引の為ではないらしい。
「く‥‥」
のこのことついてきてしまった自らの甘さに、歯噛みするアルノルトだった。
●暗い情欲
ウォルフが、マフィア達と、姿の見えない追いかけっこを繰り広げている頃、アルノルトは‥‥。
「貴方の彼氏も、なかなかやるわね」
「決して、頭が悪い訳じゃないんですよ。ここで諦めてくれると、嬉しいんですが」
口先三寸で、何とかして女を丸め込もうとしていた。
「ここまで来て、引き下がるわけには行かないでしょ。貴方の目の前で、引き裂かれる痛みを、味あわせてあげるわ」
そのセリフに、彼女の真の目的が見え隠れする。そして、それはアルノルトにとっても、もっとも許せない問題だった。
「それは‥‥! 止めてください! 目的は、俺自身への復讐でしょう!?」
ウォルフは関係ないじゃないですか! と、アルノルトは訴えたが、その程度の『戯言』に聞く耳を持つような女なら、最初からこんな事を仕組んではいない。
「あら‥‥。カレシが酷い目にあうのは、嫌なの」
「誰だって、大切な人が傷つくのは、見たくないでしょう」
少なくとも、アルノルト自身は。だが、女はその口元に笑みさえ浮かべ、羽扇で彼の顎を持ち上げる。
「そうかしら? 私はそうでもないわよ。愛しい殿方の血塗れな姿を見るのは」
その綺麗な顔に、鮮血の花が咲くのは、さぞかしソソられる光景でしょうねェ‥‥と、羽扇の先が、アルノルトの首筋をなぞって行く。
「な、何を‥‥!?」
ふわりとした感触は、指先を振れさせているのと同等‥‥いや、それ以上の刺激を、アルノルトへと与えていた。
そして。
「見せてくださいませ。貴方の美しく悶えるお姿を‥‥」
わざと、パーティ会場そのままの口調となった女の命令で、周囲の黒服達が、アルノルトの服へと手を伸ばす。直後、布の破れる音と共に、身動きできない彼のスーツが、役に立たない状態へと変えられてしまっていた。
(ウォルフ‥‥ッ‥‥!)
だが、いくら身体が応えてはいても、ウォルフ以外の者に振れられるのは嫌だった。そんな目に会うくらいなら、死んだ方がマシだった。
「舌は噛まないようにさせなさいね。自害されては、元も子もないわ」
それさえも、女は許さない。
(このまま‥‥されてしまうのか‥‥)
悲鳴すら、上げられなくなった思考回路は、自我を守る為にか、ぼんやりとかすんでくる。
「これは、独り占めさせるべきではないものよ‥‥」
背中を、ひやりとした指先がなぞる。時折、長く伸ばした爪が、その痛みで、アルノルトの意識を覚醒させたままにしようとする。
(ごめんなさい‥‥。俺はもう‥‥)
目を閉じても感じてしまう感触に、アルノルトは、もう二度と、ウォルフに会えないだろうと、覚悟を決める。
「どうやら、観念したようね」
急に大人しくなった彼に、女がそう言った。
(ウォルフ‥‥、せめて‥‥もう一度‥‥会いたかった‥‥)
喧嘩をしていた事も、全て洗い流して。抱きしめて、キスをして。アルノルトにだけ見せる表情を、もう一度見せてもらいたかった。
「楽しませていただきますわ」
女が、上着を脱ぎ捨てる。
「‥‥ルノルト‥‥」
その耳に届く、愛しき者の声。
(ウォルフ‥‥)
空耳だろうか。想いの強いあまり、幻聴さえ引き寄せてしまったのだろうか。
(幻でも嬉しいですよ‥‥。最後に貴方の声が聞けて‥‥)
これで、満足して天国とやらに逝ける。アルノルトが、そう思った直後。
「アルノルトッ!!」
薄暗い部屋の扉がスナイパーライフルから放たれた弾丸で、吹き飛ばされる。爆音が響いた後、幻のはずの声と共に、紛れもない現実が、乱入してくる。
「ウォルフ‥‥!?」
驚くアルノルト。女が「ちっ、いい所で‥‥」と、向き直る中、ウォルフは目の前に広がる光景に、高周波ブレードを握り締めていた。
プチ切れたウォルフの手によって、その場で惨劇が繰り広げられたのは、言うまでもない。
●仲直りの手段
さて、それから数日後。
かなり大規模な救出作戦の結果、無事、官舎に戻ってきたアルノルトとウォルフだったが、やっぱりまだ雰囲気が悪くなっていた。
「まだ、怒ってるんですか」
「当たり前だろ。誰のせいだと思ってるんだ」
その原因は、あれだけ大騒ぎだったにも関わらず、アルノルトが何も言わないせいである。
「でも、あれは‥‥」
「お前こそ、感謝の一言くらい、言ったらどうだ?」
お前が無茶をしたせいで、こっちはえらい目を見たんだぞ。部下は一人亡くすし、他のスタッフには言われまくるし‥‥と、山ほど言いたい事を込めて、そう言うウォルフ。
だが、アルノルトは。
「ご、護衛が助けに来るのは、と、当然でしょう!?」
うろたえながらも、悪びれない調子で、そう言った。
「ほほう‥‥」
「あ‥‥」
ウォルフの機嫌がが、さらにぐぐーんっと悪化した事が、口数の少なさとなって現れる。低い声音は、その御機嫌のバロメーターだ。
「こっちは、慣れない仕事を押し付けられたってのに、その言い草はなんだ? え、おい」
「だって‥‥恐かったんですよぅ! こっちは!」
暗いところに押し込められて、いつ押し倒されるかわかったモンじゃない状況で! と、自害すら考えていた事を匂わせながら、そう訴えるアルノルト。
「ご機嫌取ってくれなきゃ、許してやらんからな‥‥」
「むぅ‥‥」
しかし、ウォルフはその程度では、全く動じない。
「あっ。アルノルトさん、ご無事だったんですね! よかったぁ」
そこへ、スタッフの1人が、そう言いながら近づいてきた。
「ご心配をおかけしました‥‥」
即座に、営業用の表情を取り戻すアルノルト。
「行くぞ」
「すみません。後で」
その首根っこを引っつかんで、執務室へと戻ろうとするウォルフに、スタッフはにやーりと何か面白そうなイベントでも見つけてしまった表情で、「痴話喧嘩でもやらかしたのかしら‥‥」と、呟くのだった。
そして。
「ウォルフ‥‥。どうして何も言ってくれないんですか‥‥」
黙りこくったままのウォルフに耐え切れなくなったのか、アルノルトがそう言った。
「何情けない顔してやがる」
「だって・・・だってだって‥‥!」
直後、彼の双眸から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。驚いたのは、ウォルフの方だ。
「おいおい‥‥。泣くなよ‥‥」
「本当は‥‥、抱きしめて‥‥欲しい‥‥のに‥‥」
泣きじゃくりながら、そう訴えるアルノルト。と、ウォルフはそんな彼に、優しい表情を向けながら、こう言った。
「ったく、皆の前だと悪人名くせに、こう言う時だけは、昔のままなんだからな‥‥」
「あ‥‥」
抱き寄せられるアルノルト。髪を撫でて、『大好きだよ』と囁かれる。
「ん‥‥」
見上げた彼の唇に、ウォルフがキスをしてくれる。
「ふ‥‥」
今度は、アルノルトのほうから。と、ウォルフは、そんな彼を抱きしめたまま、執務室の椅子の上に、彼を座らせていた。
「や‥‥、そう‥‥言う事じゃ‥‥なくて‥‥」
上着に指先がかかったのを見て、アルノルトが思わず身を竦ませる。
「人の忠告、完全に無視しやがった罰だ。たっぷりとお仕置きをさせてもらうぜ」
ボタンを一つ一つ外しながら、意地悪くそう言うウォルフ。されているのは、あの時と同じなのに、どうして相手が彼だと言うだけで、こんなに何もかも許してしまう気分になってしまうのだろう。
「そんな‥‥事‥‥。こんな‥‥明るいうち・・・から‥‥。せめて‥‥カーテンくらい‥‥」
それでも、アルノルトはそう言った。まだ、日は高い。さんさんと降り注ぐ太陽の下で抱かれるなど、恥ずかしすぎる。
「なんなら、全開にしてもいいんだぜ?」
「ああ・・・っ」
薄く引かれたレースのカーテン。それさえもない、窓も全て開け放たれた状態で、可愛い声を堪能させてもらっても構わないぞ? と、意地の悪い脅迫をするウォルフ。
そんなつもりなど、かけらもないのに。
「一週間も離れ離れだったんだ。その間のおツトメは、しっかり果たしてもらおうか」
今度はウォルフが上着を脱いで、むき出しになった腕の中で、しっかりとアルノルトを抱きしめる。
「え‥‥、ちょっと‥‥ウォルフ‥‥?」
「言ったろ。オシオキだって」
そのアルノルトの手首を、椅子の背もたれに回させ、抜き取ったベルトで固定する彼。
「や、こんな‥‥格好で‥‥」
「だーめ。こっちの方が、良い顔してるぜ。お前」
さらされた素肌に、ぺろりと舌先を這わせながら、そう言うウォルフ。 吸い付くような感触を楽しみながら、その手が下肢へと伸びて行って。
「あ‥‥ああ‥‥ッ‥‥ーーーーー!!」
アルノルトが、彼に抱きつけない分、ひときわ高い声で鳴くハメになったのは、その直後の事だった‥‥。
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■ ライター通信 ■
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くそぅ。そのスジのシーンが書けねぇぜ!(死)
ウォルフがどのよーに苦労して、どんだけいらん事考えながら、アルノルトを助けに行ったかは、奴のシチュノベを参照のこと(爆)。
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