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選世界
選んで。全ての人に幸せを。全ての人に喜びを。この思いは間違っていないから。
■序
破壊された世界。瓦礫とジャンクの世界。そんな状況下でも、人は生きている。生きるだけの力を備えている。
「どうして、そんなにも辛い思いをしているのかしら?」
ジヴルは不思議そうに地平を見つめた。微風でも吹けば砂埃が容易に舞う。呼吸すらままならないのか、とジヴルは眉間に皺を寄せた。曇りの無い紫苑の目が、不愉快そうにあたりを見回すと、それに乗じて腰まである彼女の赤い髪が揺れた。
「辛い思いをしなくていいの。……そう、しなくてもいいのよ。与えてあげるから」
ジヴルは傍らに置いてある大きな機械にそっと触れた。愛しそうに、目を細めながら。
「ねぇ、あなたがいるなら出来るわ。私と、あなたで世界を与えるの」
ふふふ、とジヴルは笑った。再び風が吹き、砂埃が舞うのも気にせずに。
酒場では一つの噂が流れていた。北西に1時間ほど歩いた荒野の中にある瓦礫の町に行けば、自分の望む世界へと誘ってくれるのだと。ただし、世界へと旅立って帰ってきた者が誰もいない為、真偽の程は分からないままだ。
「望む世界に行けるというのは……凄い話だよな」
酒場の中の一人が、ぽつりと呟いた。
「だがな、与えられるっていうのも変な話じゃないか?」
別の一人が苦笑する。
「そもそも、世界に行くっつーのがなぁ。信憑性も薄いし」
そこで笑いが起こる。そう、ここではただの笑い話として存在しているのだ。だが、中には笑い話として終わらない者もいる。
「……望む世界、か」
ぽつりと誰かが呟いた。酒場の喧騒に紛れるように、そっと。
■闇
どれほど歩いたであろうか。がくがくと震えだした足に、リディアーヌ・ブリュンティエールは思わず歩を止めた。
「……どこ?」
小さく呟き、赤の目で辺りを見回した。が、あるのは闇の中に佇む瓦礫だけで他には何も見えぬ。明かりでさえも。
(誰もいない……)
ほっと安心すると同時に、恐怖が湧きあがる。長い黒髪が顔を覆うのにも構わず、リディアはその場に座り込んで俯いた。足は休めた途端、今まで酷使してきた反動が現れる。どれほど歩き、どれほど彷徨ったのか、当の本人であるリディア自身にすら分からない。
「ここ、は」
闇に紛れるかのような、小さな声でリディアは顔を上げた。瓦礫しかないこの場所には、自分に危害を加える対象は何も無いと判断したのだ。
ただただ、瓦礫があるだけだった。砂と化した地上にぽつんと存在する、誰からも見放されてしまったかのような街。
「あ」
突如、白い鳥がリディアの近くにあった瓦礫に止まった。リディアはじっと見つめ、小さく微笑む。
(人は、怖いけど……あなたなら大丈夫)
鳥はリディアが見つめていると、ふわりと飛んでリディアの着ている黒い薄汚れたゴスロリの服にとまった。リディアの顔に、笑みが浮かぶ。
「そう……あなたも一人、なのね」
一緒ね、と言ってリディアは笑った。最後に笑ったのはいつの日だっただろう。今こうして微笑む事すら、忘れていたような感覚だった。目を閉じれば、今までの事がただの悪夢であったようにも思えてくる。膝には小さく暖かな存在。小さな体温と心音が、酷く安心感をもたらせる。
(夢……)
そうならばいい。リディアは目を開けずに、そっと鳥に触れるのだった。
■瓦礫
どれほどの時間が経ったであろうか。リディアはふと人の気配を感じてびくりと体を震わせた。ずっと歩いていたせいなのか、体は恐ろしく重い。動く事を拒否しているかのようだ。ただ、膝の上にいる鳥の体温だけを感じる。
(誰か……来たの?)
リディアはぴくりと眉を震わせた。どくんどくん、と大きく心臓が波打っているのが分かったが、目は開かなかった。まだ、体は眠りを欲しているのだ。
(怖い)
リディアは体を小さく振るわせる。膝の上の鳥が、リディアを励ますように、膝に居続けてくれているが、それでも恐怖は変わらない。
(このまま、気付かずに行けばいい)
だが、そんなリディアの思いとは裏腹に人は近づいてきた。目の前で、ぴたりと歩を止めたようでもあった。膝に止まっていた鳥が、近くなりすぎた人間の気配に飛んで行ってしまった。リディアを励ますのが、限界だといわんばかりに。リディアは仕方なく、目を閉じていた目を大きく開く。そして、おどおどしながら辺りを見回して気配の主を見つける。立っていたのは、金の髪に緑の目をした女性であった。
(人間)
リディアの恐怖が、全身を駆け巡る。
「あんた……ここで何を?」
話し掛けてきたが、リディアは答えられなかった。顔を青くしたまま、ただガタガタと震えていた。ただただあるのは、恐怖のみだった。女性はその場にしゃがみこみ、リディアと目線を合わせる。優しい、目だ。
「怯える必要は無い。あたしはクレール・フェリエ。怪しい者じゃない」
小さく苦笑しながら、クレールは言った。だが、リディアは何も言えなかった。ただただ、震えるだけ。クレールはリディアの様子に溜息をつき、立ち上がった。
「せめて、名前だけでも教えてくれないか?でないと、不便だから」
(名前……名前だけなら)
リディアは意を決し、口を開く。
「……リディア……リディアーヌ・ブリュンティエール……」
蚊の鳴くような小さな声だったが、リディアは答える。クレールは小さく頷いて口を開いた。
「リディア、ね。あんたも、望む世界を求めてきた口か?」
クレールの言葉に、リディアは不思議そうに首を傾げた。そのような噂を聞いて此処を訪れた訳ではない。ただ、歩き疲れてしまって休憩していただけなのだから。
「そうか。……なら、あんたも一緒に行くか?望む世界とやらを与えてくれるとかいう奴を」
(望む……世界?)
クレールの言葉に、リディアは何も答え無かった。だが、その『望む世界』という言葉だけがリディアの心に突き刺さった。
「まあ、好きにすればいい」
クレールはそう言い、歩き始めた。リディアは戸惑い、クレールが去っていくのをぼんやりと眺めた。ただ、眺めていた。
リディアが呆然と座り込んで空を見上げていると、突如声がした。
「……こんばんは」
リディアが慌ててそちらに目を向けると、そこには茶色の髪に青の目をした青年が立っていた。
(人……怖い)
リディアの気持ちが分からないのか、目の前の青年は微笑んで口を開いた。
「俺は、御影・涼(みかげ りょう)だ。……君は?」
(名前……)
涼の言葉に、リディアは仕方なく口を開く。
「……リディア……リディアーヌ・ブリュンティエール……」
(名前、教えたからどこかに行って……!)
リディアの思いとは別に、涼は再び口を開く。
「あの車は、リディアさんが?」
(車……?もしかして、さっきの……クレール様の?)
リディアはきょとんとして首を傾げた。しかし、思いを口にする事は無かった。否、口にする事によって何が起こるのかが分からないのだから軽々しく言えない。
「ここで、何をしているんだ?リディアさんも、噂を聞いて?」
「噂……さっきも」
小さく呟き、リディアはそれきり黙りこんだ。
(さっきも、そういう事を言っていた……望む世界)
涼はその場にしゃがみ込み、リディアを見つめる。優しい眼差しで。
「リディアさんも一緒に来るかい?俺は『望む世界』の真偽を確かめに来たんだけど」
涼の言葉に、リディアはただ大きな目をぱちぱちとするだけだった。全身が震えているのは変わらない。涼が危害を加えない人間なのだと理解していても、本能的に恐怖を感じ取ってしまうのだ。
「じゃあ、俺は行くから……」
小さく涼は呟き、その場を後にする。リディアは一人になった事にほっと小さく安心をし、それからまたもう一つの感情があるのに気付く。
(違う……)
リディアは心の中で否定したが、それは確かに存在してしまっていた。孤独感という、哀しい思いが。
「望む……世界」
リディアは立ち上がる。もしかしたら与えて貰えるかもしれない、望む世界を求めて。
■世界
リディアが辿り着いた場所には、先ほど出あったクレールと涼、そして見た事の無い少女が立っていた。赤の髪に紫苑の目。月の光が丁度逆行になっており、顔が見えにくい。
そんな中、月は雲によって光を遮られ、少女の顔をぼんやりと映し出した。少女は顔に笑みを携えて声を出す。
「出てきて。……そこに、いるんでしょう?」
リディアは体を震わせ、引きずり出されるよりは、と姿を現した。すると、自分のほかにもう一つの存在がいる事に気付く。黒の髪に、射抜くような銀の目をしている男であった。
「ウォルフ……?」
涼は出てきた人物に驚いて声を出した。
「知り合いか?」
クレールが言うと、涼は頷く。
「俺の同居人です。彼は……」
「ウォルフ・シュナイダー……よね?」
くすくす、と少女が笑った。ウォルフの眉間に皺が寄る。
「御影・涼」
少女に言われ、涼は目を大きくする。
「クレール・フェリエ」
クレールはただただじっと、少女を見つめる。
「そして……リディアーヌ・ブリュンティエール」
(どうして名前を知っているの?教えた覚えも無いのに!)
リディアの体がびくんと震えた。突如現れた少女に名を言われ、尚且つ人間の沢山いる所にきてしまったためか、全身を大きく震わせている。
「初めまして、皆さん。私はジヴル。……望む世界を求めに来たんでしょう?」
ジヴルはそう言って微笑んだ。皆の目はただ真っ直ぐにジヴルに向けられている。それぞれに秘めている思いは別々であったが。
(望む……望む、世界)
ただの少女にしか見えなかった。何の変哲も無い、至極普通の少女。違うのは、ジヴルの目は何かを悟っているかのような雰囲気をかもし出している事だった。全てを見抜いているかのような、射抜くかのような目。
「それぞれに望む世界は違うわ。……だから、それぞれが望む世界に誘わないと」
くすくす、とジヴルは笑った。
「くだらん……!」
ウォルフがそう言った瞬間だった。突如として、世界が真っ白な閃光に包まれたのだ。ジヴルの後ろから何かが光っていた。それは、どこかで見た宗教画の後光に酷似していた。
「与えるし、誘うわ。……そうして、選び取ると良いわ」
ジヴルの声が、光の中で響いた。少しずつ誘われていく、その中で。
リディアはそっと目がこなれていくのを感じた。光の中で何度も瞬きしていくと、途端に辺りが鮮明になっていった。
「……ここは」
リディアは辺りを見回す。見覚えのある風景であった。緑が豊かで、遠くの方には懐かしい顔が並んでいる。
「リディア、何をしているんだ?早くおいで」
「お父様……」
「リディア。ほら、いらっしゃい」
「お母様……」
リディアは顔を綻ばせ、走り出そうとした。
(ここが、ここが本物。今までのは嘘で、ここが本物!)
『……嬉しい?』
突如、ジヴルの声が響いた。リディアは途端に体を硬直させた。ガタガタと、体の芯から震えが来る。
『ごめんなさいね、驚かせたかしら?でも、大丈夫よ。あなたは選べるから』
「選べる……?」
『前の悪夢か、今の世界かを』
そんなもの、考える時間すらいらなかった。答えはたった一つしかなく、愚問に違いが無いのだから。
『そう……良い子ね』
ジヴルは笑ったようだった。暖かく、微笑むかのように。
リディアは声を無視して向こう側を見つめる。向こうには、両親がにこにこと笑いながら手を振っている。こっちに来い、と。
「お父様とお母様が呼んでる……」
ふわりと吹く風も、大好きだった草原の匂いも、全て本物だった。リディアは走り出した。無くしたと思っていた筈の世界を再び手に入れて。
■世界
リディアは喜びに溢れていた。大好きな人達がいる。今までが悪夢で、こちらが本物なのだと。
(ここは、暖かい)
寒さなど無い。温もりだけが世界を包んでいる。
(お腹だって空かない)
いつでも満ち足りた状態。これを幸せといわずとして何といおう。
「ずっと、こうしていたい」
リディアはそう言い、両親に抱きついた。柔らかな両親の感触。ああ、現実なのだ、とリディアは実感する。
「こうしていればいい。大丈夫だから」
優しく、父親が微笑んだ。
「大丈夫よ。リディア、きっと夢を見ていたのね」
ふわり、と母親がリディアの頭を撫でた。
「夢?……夢」
リディアは微笑む。……と、ふと気付くと少しずつ世界が狭まっているのに気付く。
「これは、何?」
リディアは震え、父親と母親に抱きつく。
「どうしたんだ?リディア。何でもないじゃないか」
「どうしたの?……何も無いわよ?」
優しい両親。しかし、確実に変化は訪れていた。少しずつ狭まっていく、リディアのいる世界。
(どうして?)
選んだ筈だったのに。こうして幸せな世界を永遠にいる筈だったのに。選び取った筈なのに、誰かが邪魔をしているかのように。
(嫌)
両親は微笑んだまま、何も変わらない。笑んだまま、何も。
(こんなの、嫌……!)
ドオォン、と音が響いた。どこかで聞いた事のある音だ。はるか昔に聞いた……否、脳裏にはついこの間のように思い出される音。襲撃の音。
(嫌……嫌!)
リディアは両親に抱きつく。そして、気付く。先ほどまで柔らかく微笑んでいた両親がぴくりとも動かない事に。
「お父様……お母様?」
リディアが見上げると、両親は全身を赤く染め、冷たく微動たりともしない体になっていた。リディアの全身を冷たい衝撃が走る。
「あ……あああ」
リディアはそっと両親から離れる。恐怖と孤独、絶望が頭の中一杯に広がる。
「あああ……ああああああ!」
リディアが叫びながら目を覚ました。目を大きく開き、汗を体中に流して。そして、気付く。ジヴルの背後には機械があり、その機械が他の三人によって壊されてしまった事に。
「何て事を……何て事を!」
ジヴルは叫ぶ。今まで眠っていた人々も次々に悪夢と共に目覚めているらしく、瓦礫の街のあちこちから叫び声が響いてきた。
「……何て事を」
ぽつりとジヴルは呟き、その場に座り込んだ。プスプスと音を立てて煙をあげる機械を、ただただ呆然と見つめる。
「現実を見るのも、大切ではないのか?」
ウォルフが呟いた。
「本当に大切なものを、逃してしまうよ」
涼が諭すように呟く。
「……前を、向くんだ」
クレールがリディアを支えながら呟いた。
「……何よ……何よ何よ何よ!私の夢を、私の世界を、私の全てを!全て壊して!」
ジヴルは叫び、走り出した。慌てて涼が追いかけようとし、ウォルフに止められた。
「放っておけ。自らの目で見なければ、意味が無いのだ」
「大丈夫。……人は、そんなに弱くない」
クレールはそう言い、溜息をついた。何かに思いを馳せているのかもしれない。
「……あ……」
リディアは完全に目を覚ました。大きな目をわななかせ、それから体全身を抱きしめる。自らを守るかのように。
そうして、皆がその場を後にした。煙を立ち昇らせる、機械だけを残して。リディアはそっと俯いた。ここが現実なのだと、思い知らされながら。
■光
「失った訳じゃないわ」
小さくジヴルは呟いた。望んだ世界から悪夢と変えられて目覚めさせられた人々は、そのまま仕方なく帰っていく者、そのままその場に留まった者、消息が分からなくなってしまった者、と様々に散り散りとなっていった。
「まだ、これから始まるのよ」
壊れてしまった機械に、そっとジヴルは近付いた。既に壊れきってしまった為に、直るかも定かではない。
「選びたいし……選ばせたいんだもの」
ジヴルは笑う。最終的には、自分も世界を選んでいくつもりだ。だが、その前に皆にも選ばせてやりたい。それが使命のように思えて仕方が無いのだ。
「だって……そう思わないと、生きていけないから」
壊れた世界で、ジヴルは笑う。もしかしたら自分も壊れてしまったのかもしれない。目の前の機械と同じように。それでも生きねばならない。その矛盾に、ジヴルは再び笑うのだった。
リディアはそっと立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。
「朝……」
赤の朝日は、見てしまった二度目の悪夢を思い起こした。リディアはそっと俯く。しかし、容赦なく朝日はリディアに降り注ぐ。
「また……」
再び見てしまった悪夢に、リディアは得も知れぬ胸の痛みを感じた。辛く、哀しく、苦しかった。
「もう二度と」
ぽつりと呟く。喉の奥が、容赦なく熱くなってきていた。
「あ」
リディアはふと空を見上げた。鳥の羽音が響いたのだ。リディアの目線の先には、あの白い鳥がいた。
(一人じゃない……ううん)
鳥はリディアをそっと向き、そうして再びどこかに行ってしまった。だが、リディアは鳥の進んだ方向に自然と歩みを進めていた。
辛く、哀しく、苦しい現実の中で、選び取ろうとした世界を再び手に掴む為に。
<選んだ世界を掴み取る手を持ち・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 0398 / 御影・涼 / 男 / 23 / エスパー 】
【 0405 / ウォルフ・シュナイダー / 男 / 28 / エスパー 】
【 0425 / リディア―ヌ・ブリュンティエール / 女 / 12 / 一般人 】
【 0434 / クレール・フェリエ / 女 / 32 / エキスパート 】
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「選世界」にご参加いただき、本当に有難う御座います。
突如開けたゲームノベルでしたが、こうして無事に参加していただけて本当に嬉しいです。久々のサイコマスターズの世界が書けて、嬉しかったです。
リディア―ヌ・ブリュンティエールさん、初めまして。救いを常に求める少女として描かせて頂きましたが如何だったでしょうか?可哀想な思いばかりさせてしまってすいません。
今回の話も、少しずつではありますが個別の文章となっております。お暇なときにでも他の方の文章も見ていただけると嬉しいです。
ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それでは、またお会いできるその時迄。
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