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<東京怪談ノベル(シングル)>


■幻の温泉旅行■
 昼休みの裏庭で、アレクサンドル・シノハラは弁当箱を片手に数枚のプリントとにらめっこをしていた。
「微妙に時間がずれるんだよなあ」
『研修旅行のしおり』と書かれたプリントの3枚目、行程表を隣に置かれたものと見比べて、眉間に皺を寄せる。
「この自由時間は、割とまとまった時間が重なっているわ」
 指差す少女のブレザーに結ばれたリボンの色は、高等部2年。アレクサンドルの1級上だ。
 学校行事で、学年が違う彼女と一緒になる機会は、なかなか無い。今回の研修旅行は、その数少ないチャンスの一つだ。
 ただ、初等部から大学部まで全校あげての行事とあって、学年ごとに行動時間帯が少しずつずれてしまう。
「お土産を買うくらいなら、この時間で大丈夫そうじゃない?」
「そうだね」
 学校のイベントだから、元から自由時間を丸々一緒に過ごすのは無理だろうと諦めはついている。クラスメートとのつきあいもあり、男の子は辛いのだ。
「じゃあ、この時間で決まりだね。待ち合わせはどうしよう?」
 食べかけの弁当を置き、胸ポケットに刺した筆記用具を探る。
 二人きりのデートとは少々異なるが、仲間から抜け出しての行動にはちょっぴりスリルが混じっている。
 団体行動中の限られた時間だが、夕方から夜にかけてのデートなど、普段はまず出来ない。
それに、温泉旅行なんて初めてで‥‥そこで、アレクサンドルは微かに違和感を覚えた。けれども、楽しいイベントに対する期待が大きくて、ふと過ぎった違和感は、すぐに忘れてしまった。

 山奥の温泉郷に次々とバスが到着する。
「うーん、やっと着いたな」
 冷たく済んだ空気に、数時間バスに揺られ続けた疲れが洗い流された。
 これだけの団体旅行で落ち着いた雰囲気も無いものだが、深い谷を流れる渓流に、辺り一面雪が降り積もっている。
 のんびりと和やかな時を過ごすには、うってつけの場所だった。
(明日の自由時間にでも、少しくらい姉さんと散歩できないかな)
 のびあがって、きょろきょろ見まわしてみるものの、2年生のバスはまだ着いていないようだ。
「アレク、何やってんだよ。集合だぞ」
「うん、分かってるよ」
 クラスメートに急かされて、後ろを気にしながらアレクサンドルは列に並ぶ。
(ま、いいか。出発前に今日の待ち合わせは決めておいたし)
 夕食後の自由時間まで適当に時を過ごし、待ち合わせの場所に向かう。
「ごめんなさい。お風呂が混んでて」
 少し遅れてきた彼女は、浴衣の上に旅館備付の防寒半纏を羽織っていた。
 湯上りに急いで来たのか、長い髪はまだ乾き切らず、頬がほんのり赤い。
 アレクサンドルの方は、着慣れたお気に入りのセーターにジーンズと、ラフな格好だ。
「浴衣の着方、おかしかった?」
「え、いや。そうじゃないよ」
 見慣れない浴衣姿に加え、湯上りの上気した雰囲気に見とれてしまったなどとは、とても言えない。
「あっちの方、結構面白いものがあったよ」
 もごもごとごまかして、旅館内の土産物売り場に足を向けた。
 目に付く商品は、魚の甘露煮や川のりなど食べ物が多いが、中に紛れて何に使うのかよく分からない民芸品がある。
「見て、これ。変なお面」
 顔に被せておどけてみせる彼女は、いつになくはしゃいでいるようで。
(緊張しているのかな)
 湯上り姿に当てられたせいだけとは思えないが、自分も何だかどきどきしている。
 辺りには何人か他の生徒もいて、特別に緊張するシチュエーションでもないのに、いつものデートより動悸がする。
(やっぱり姉さんの雰囲気がいつもと違うからかな)
 そんな思いに捕われながら、それぞれの家族への土産に加えて、他所の学校に通う共通の友人への土産を選ぶ。
「お菓子の方が良いかしら」
「こっちの置き物みたいな物の方が、おもしろそうだけど」
「どうなってるの? これ」
 他愛の無いおしゃべりをしながら、狭い店内を隅々まで見て歩く。
 それが思ったよりも楽しくて、アレクサンドルの心も次第に弾んできた。
 そんな時、ふと振り返って彼女が首を傾げた。
「どうしたの? 顔が赤いわよ」
「え? そうかい?」
 風邪をひいた感じではないのだが、次第に頬が火照ってきている。
「ちょっと厚着してきちゃったかな」
 慣れない状況にあがってしまったとは知られたくなくて、慌てて嘘をつく。
 だが、火照りはその内汗ばむ程になり、一向に落ち着く気配がない。
「ちょっと涼みに出る?」
「いいよ。セーターを脱げば大丈夫だから」
 ところが、どうした事か、いくら引っ張ってもセーターが上手く脱げない。
(変だな。どうしちゃったんだろう)
 ようやく頭が抜けると、今度は辺り一面が真っ白だった。彼女も土産物売り場も消えている。
「あれ?」
 アレクサンドルはぼんやりと目をしばたたいた。
「どこだ? ここ」
 寝ぼけた頭が冴えてくると、温泉旅館とばかり思っていたのは、見慣れた自分の部屋だった。
 暖房をつけたまま、うたた寝をしていたらしい。心持ち上がりすぎた室温が、頬の火照りの正体だった。
「夢‥‥かあ」
 どうりで、見慣れない格好で、知らない場所にいたものだ。
「昨日、書庫で見た本のせいかな」
 かなり古い、異国の漫画本。多分、古株の日本人スタッフあたりが持ち込んで忘れていったのだろう。
 そこに描かれていた、制服を着て学校に通う生活は、アレクサンドルに僅かながら憧れを覚えさせた。
 もしも、どこか遠い平和な国で、あんな風に年相応に学園生活を送っていたら。学年は違うけれど、同じ学校に通う彼女と一緒に登下校をしてみたり、彼女に手製の弁当を作ってもらったり。
 思い描いた空想が、夢に出たのだろう。
「大体、こんな寒い時期にあんな薄着で、外で昼飯食べたりしないよな」
 マンガの舞台では、ブレザーの制服だけで冬でも出歩ける気候だったようだが、プラハでは考えられない。
 それに、夢の風景とは異なるが、彼女を含めた友人達と温泉に行った事もある。
 現実であった楽しい思い出と、空想の憧れが奇妙に入り混じっていたようだが、夢とはそんなものだろう。
「あの続き、どうなっていたのかな」
 買い物が終わって、その後は。
 そこまで見られず、ちょっぴり心残りに思いながら、アレクサンドルはヒーターのスイッチを切った。

■ライターより■
 ご発注ありがとうございました。
 寒イベOMCは、受注設定をミスしていました。ごめんなさい。
 冒頭シーンは前回のイベントイラストのイメージで書かせていただきました。