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正義の天使
アデルハイド・イレーシュとオルキーデア・ソーナの二人は、久しぶりにイベリア半島まで戻ってきていた。戦争の傷跡がまだ濃く残っているイベリア半島の街は、その後中東からやってきた移民と、元の住民とが入り交じって暮らしている。
イベリア半島に住んでいた人々のうち、若い家族はほとんどフランス地方へと移住した。残った年寄りや、移住の意志が無い者、避難していた地方から戻ってきた人々が、街を復興しはじめている。中東から移民してきた人々は、彼らとは住居区画を分けて暮らしてい
る。
UMEと連邦の軍人の警備が、子供達の横を通り過ぎ、子供達はそれをじっと見送る。
乾いた笑顔は、本当の笑顔なんだろうか。オルキーはそれをじいっと見つめた。
戦時中、自分達はUMEの兵士としてここに来た。酷い事をした兵士もたくさん居る。
そして止められなかった、自分‥‥。
苦しそうな表情のオルキーを、イレーシュは居たたまれない思いで見つめた。オルキーに、何かしてあげられないのだろうか? 自分がオルキーの傷や苦しみをいやしてあげられないだろうか?
オルキーと‥‥この子供達に、何がしてあげられるだろう?
「オルキー、私に‥‥何かできますか?」
黙っているオルキー。
「オルキー‥‥また、ニホンの神社‥‥しますか?」
「‥‥」
「それじゃあ、クッキーを作って、みんなにプレゼントしましょう」
答えないオルキーを、イレーシュは悲しそうに見つめ返した。
オルキーが、いつものように明るく答えられない程傷ついている、その事にショックを感じて。
すると突然オルキーが振り返り、にっこりと笑った。
「いい事、思いついたの」
と言うなり、オルキーはキャリーの中に駆け込んだ。
きょとんとしてオルキーを待ったイレーシュの元に、オルキーは何かを抱えて戻ってきた。
オルキーが差し出したのは、先日のイベントで手に入れた本だった。それは、ニホンの子供向け特撮番組のパロディ本である。
こんなものを、オルキーはどうするつもりなのだろうか。
ぱらぱらとイレーシュが、本を開く。何をする気かはわからないが、オルキーは嬉しそうな顔をしていた。
オルキーは、何をしようとしているのか教えてくれなかったが、きっとオルキーが考えている事だから、楽しくて元気が出る事に違いない。
「手伝ってくれる、イレーシュ」
「‥‥わかりました。まず何をすればいいですか?」
了承したイレーシュに、オルキーはこっそり耳打ちした。
拡声器から流れる音楽につられて、一人、また一人とキャリーに集まってくる。キャリーからは、軽快な音楽が流れている。この音楽は、あちこちで集めたものの中から編集した曲だった。
キャリー前に作られた小さな舞台の上に立ち、イレーシュは白いコートを羽織った姿でマイクを握りしめた。子供達は、一人、また一人と何が起こるのかと話しながら、じっと自分の方を見つめる。
何かくれる、と思っているのかもしれない。イレーシュの後ろのキャリーを、しきりに気にしていた。オルキーが持っているキャリーは、元々UME軍で使用されていたものだから、自分達の事を兵士だと思っているかもしれない。
イレーシュは、か細く声をあげた。
『あ‥‥あの‥‥』
イレーシュが事の趣旨を話そうとした時、群衆の中から誰かが舞台の横に回り込んできた。舞台の横に行ったのはわかったので、イレーシュがちらりと視線を向けると、男が二人、キャリーの中に進入しようとしていた。
『何をするんですか、そこに入っちゃ‥‥』
駄目、と言おうとしたイレーシュに、黒光りする筒が突きつけられる。言葉を失い、イレーシュは青ざめた顔で銃口を見下ろした。
「静かにしろ、この車をいただくだけだ」
「い‥‥いけません。それは私とオルキーの‥‥」
大切な、二人の居場所なのに‥‥。しかし男のうちもう一人は、銃を構えて中に入っていった。中には、オルキーが居るはずだ。しかし今自分が声をあげたりすれば、オルキーが危険にさらされるかもしれない。
イレーシュの力を行使する事もできるが、ショックで銃を発砲するような事があれば、それが舞台を囲む子供達を傷つける。
子供達は、何が起こったのかまだ把握していないようだが、それがショーなどではない、本当の出来事なのだと分かったら、パニックに陥ってしまう。イレーシュはぎゅうっと拳を握りしめた。
(どうすれば‥‥オルキー‥‥)
相手の様子をうかがったその時、ドアから勢いよく男が転がり出てきた。
舞台の下にひっくり返った男に続いて出てきたのは、ミニスカートの赤いアヤシイ衣装に身を包んだオルキーだった。
「人の物を盗ろうとする悪い子は、正義の味方・エンジェル・ローズが相手よ!」
イレーシュはほっと息をつき、後ろから組み付いている男の腹を肘で突いた。うめく男の腕をふりほどき、オルキーの元に駆け寄る。
子供達をちらりと見ると、目を輝かせていた。
子供達を不安がらせるよりは、このままショーだと思わせておく方がいい。
イレーシュは少し恥ずかしかったが、衣服を脱ぎ捨て、下に着ていた衣装をさらけ出した。イレーシュが着ていたのは、オルキーと対照的に青色である。
「せ‥‥正義の味方、エンジェル・スカイ‥‥です」
ちょっとイレーシュ、もっと元気よく、つ小声でオルキーからつっこみが入る。
そんな事を言われても、イレーシュはこんな人々がたくさん見ている前でショーを元気よくできる程、積極的じゃない。
仕方ない、こうなったらヤケクソだ。
イレーシュはきっ、と二人の“敵”をにらみつけた。男の一人は銃を取り出し、舞台から転がり落ちていたもう一人は立ち上がり、踵を返した。子供を人質に取る気なのか?
「今よ!」
オルキーの声にはじかれたように、イレーシュは力を男にめいっぱい浴びせた。稲妻が二人の体を包み、体を硬直させる。
同時にオルキーは、銃を持った男に駆け寄り、回し蹴りを首筋にヒットさせた。
どう、と倒れた男の側に、オルキーは音もなく着地すると、続けて舞台の下に居た男の後ろに駆け寄り、跳び蹴りを喰らわせた。
‥‥大丈夫だろうか、背骨が折れたりしていないだろうか。
イレーシュは、ちょっと犯人が心配になった。
「‥‥二人の絆の力には、悪の力は勝てないのよ!」
叫んだオルキーの元に、連邦の騎士が駆け寄ってくるのが見えた。
ふう、と息をつくとイレーシュを見る。
イレーシュは満面の笑みを浮かべていた。
白い月明かりに見守られ、イレーシュはベッドの上から、壁に掛けた衣装をじっと見つめていた。
「‥‥どうしたの、イレーシュ」
シャワーからあがってきたオルキーが、にこにこ笑うイレーシュを、いぶかしげに見た。
「オルキー‥‥今日はありがとう」
え?
とオルキーが聞き返した。礼を言われるような事を、何かしたっけ? とつぶやきながら首をかしげる。イレーシュに助け船を出した事か、それとも連邦騎士から謝礼をせしめた事だろうか。
「ショーをした事ですよ」
「ああ、あれね。よかったわね、みんな喜んでくれて」
子供達は、オルキーとイレーシュのショーを喜んで見ていた。娯楽がほとんど無く、戦争の傷跡の残るこの街に笑顔が戻った。それだけでイレーシュは、旅の疲れも戦争の苦しい記憶も、癒された気がする。
笑顔が見たかった。子供達の、心の底からの笑顔が‥‥。
「最初は恥ずかしかったけど‥‥やっぱりやってよかったと思います。オルキー、本当によかったわ。ありがとう」
改めて礼を言われ、オルキーは顔を真っ赤にした。こんな風にイレーシュに礼を言われるなんて、思っていなかった。
いつもなら、お礼に‥‥といって押し倒すところなんだが。
「な、何言ってるの。イレーシュが手伝ってくれたからよ」
「そうですね、また‥‥ショーをしましょうね」
と、イレーシュはオルキーの頬にそっとご褒美のキスをした。
イレーシュのキスが、何よりもオルキーにとって疲れを癒し、慰めてくれる。
オルキーはこくりと頷いた。
「分かった! ‥‥それじゃ、次は決めポーズと必殺技も考えなくっちゃ。‥‥敵役はどうしよう‥‥? スカートはもっと短くてもいいかしら」
「もう、ほめるとすぐにそうなんだから。衣装はこのままでもいいです」
ぷうっと頬をふくらませてオルキーを叱ると、イレーシュは表情を和らげた。
キャリーの明かりが消え、二人はともに抱き合って眠りにつく。眠りの底で、今日の事を夢に見ながら。
しかし明かりの消えたキャリーを見つめる影が、すぐ側に‥‥。
(担当:立川司郎)
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