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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


cook one's favorite dish


「ボクが料理しとる間、絶対にキッチン覗かはらんで下さいね」
お前は度何処ぞの国の鶴か。
 と心中のツッコミが声になるより先に、兆ナナシは一人、キッチンの内側から扉を閉めた。
「大丈夫か」
それを無言で見送って、真咲水無瀬は視線を部屋の主、早良楓へと向けた。
「何がだ」
早良は髭の浮いた顎を片手で擦り、反対に聞き返した。
 何が、と問われて返答に詰まった。
 キッチンに籠もったナナシが料理が出来る、とは終ぞ聞いた覚えがない…早良を手伝って固かったり溶けてたり無駄に芸術的だったりするじゃがいもを使ったカレーを饗された事はあったが。
 室内を見渡す。
 ダイニングに置かれたソファから想定される収容人数を明らかにオーバーし、其処此処に人が溢れている…全て、真咲がリーダーを務めるナインス部隊の隊員達だ。
 もう一度、早良に視線を戻した。
「冷蔵庫の中身だけで、これだけの人数を賄えるか?」
「……料理によるな」
素朴な疑問が何、の返答になってしまい、両者は共に沈黙して騒がしい室内を見遣る。
 たまにはゆっくり休んだって下さいと今日の料理当番をかって出たのはナナシ、それを聞きつけて面白がって押し掛けてきた隊員、そしてその食い扶持を持つのは早良、と問題だらけの事態に真咲は煙草を銜えた。
「ま、ガンバレよ」
気のない激励に喉の奥で笑い、現状をすっかり面白がっている様子で真咲はソファのいつもの場所に座る金髪の青年に退け、と指示を下してその場を陣取った。
「リーダー、リーダー」
居場所の無さに、床の上にぺたりと座って将棋の駒をドミノにしていた少女が真咲を見上げる。
「ナナちゃんって、お料理出来たっけ?」
「お前もナナシの手料理を食べに来たんだろう?」
何を今更、と言う真咲の言に隊員であるある彼女はんーん、と首を振り、真咲に座を奪われてあてどなく居間を歩く金髪の青年を指差した。
「面白い事があるから見に来いって。集まったミンナ、そうだと思うよ?」
思えば今朝、隊室で昼食の誘いを受けた時、居たのは自分と早良、そしてナナシとアイツだけだったか……局地的人口過密地帯を発生させた原因に向って、真咲は形ばかりの蹴りを繰り出した。
 如何に真咲の足が長くとも、あまりの距離に届くはずはないと思われたが、その鋭さにスリッパが足先から離れて短い髪の後頭部にげしりと命中する。
「痛ッたーッ!?」
その叫びにある程度のダメージは与えられたと、満足の息に真咲はソファにふんぞり返った。
「心配なら実況してやろうか?」
千里眼の能力をは彼の中で「覗く」という行為ではないのか……問いの形でありながらも既にその気であったようで、真咲は緩く瞼を閉じ、こめかみに指をあてた。
 慣れた部屋、親しい相手にさして精神集中の必要もない。
「随分と湯を沸かしているな」
閉じた瞼の裏で、熱伝導プレートの上に置かれた大鍋が三つ、ぐつぐつと盛大に湯気を吐いている。
 肝心のナナシは、ボゥルを前に腕を捲り、きょろきょろと周囲を見回して包丁を取り上げると、それを逆手に持ち……。
「何をしているこの莫迦!」
「うわぁッ、ビックリしたぁッ!?」
いきなり立ち上がった真咲が瞬時に姿を消し、閉ざされた扉の向こうで上がった声に、瞬間移動が行使されたのだと知る。
「何だ、どうした」
早良が押し入るに、片手で自分の髪を一纏めに掴んだナナシから真咲が包丁を奪う瞬間に出会す。
「イヤ、料理すんのに髪邪魔やな思て……不衛生ですやん?」
適当に削ぎ切る為に、毛先をばらつかせて肩にかかる長さの髪を包丁でざっくりいこうとしていたらしい…不衛生、の面で言えば、食料を加工する為の代物で断髪するなと言いたい所である。
「髪留め!」
包丁を取り上げた真咲の簡潔な要請に、先の少女が頭の両側にツインテールで纏めた髪の片方を止める花の細工のついた髪留めを差し出す。
「えぇ、こんな愛らしん似合いませんでボク」
そういう問題じゃない、と有無を言わさずに真咲はナナシの髪を引っ張って首の後ろで一括りにする。
「だーいじょーぶだってナーちゃん、よく似合ってるよー♪」
「うん、ナナちゃん可愛いー♪」
外野の声援にそうですか?とはにかむ青少年は、べしりと盛大な音を立てて後頭部を叩かれた。


 そしてまた再び。
 キッチンに籠もったナナシの挙動に気を払われるも、一気に虚脱してやる気なさげに煙草をふかす真咲に再度の確認を頼むも気が引け、中から伝わる音から察するしかない…のだが。
 ガッ、ガッ、ゴッ!
 と、およそ料理をしていると思えない音が扉越しに籠もって響くのに、居間はただただ沈黙が支配するのみである。
 やめとけばよかった、いやこれはこれなりに面白いけれども、誰が食べるんだあの音を立てて製作された代物を。
 隊員達は無言の目配せに器用に意思を確認し合い、ソファにふんぞる真咲と、テーブルの上に秤と何やら感想した草や粉を並べて調合する早良とに目を向ける。
 本来、ナナシの標的(?)は、普段世話になっている早良の料理当番を代わってやるという名目だ(でも食材は早良持ち)。
 犠牲者が出てから逃げても遅くはない、と暗黙の内に生け贄を定める、人とは己の命の為なら非道になる事を厭わない。
 間違った緊張に包まれる室内の空気を、変わらずゴッゴッガッ!と謎の振動が揺らす。
「……まぁ、折角ナナシがご馳走してくれるというんだ(でも材料は全部早良持ち)」
古式ゆかしく、薬をすり潰す為の道具にぱらぱらと一つまみ、何かきつい香りのする生薬を放り込み、早良は指先に残った粉を舐め取る。
「全員分、胃腸薬は準備しておいてやるから、安心しろ」
それは安心出来ないという意味と同義です、先生……部隊の専属医師でもある早良の心強い言葉、唯一ナナシの料理の腕を知るだけに不安以外の何物でもない。
 薬の居る…腕前なの、先生!?
 未だ嘗て無い程、場を同じくする人間の心は一つであった。
 が、ここで一人、脱落者が出れば次々と芋蔓式に我先にと逃げ出すに違いない…その容易につく予想も、一つであった。
 だが、彼等は腐ってもナインスの一員…敵前に背を見せただ逃げる、のは性に合わない。
 何故なら常に最前で指揮を執る、彼等のリーダーに背から撃たれかねないから。
 故に人事-この場合、自分達に出来る事-を尽くして天命-そしてこちらは真咲の判断に委ねる事-を待つ、努力を怠ってはならない。
「リーダー!」
複数の声が唱和し、人事の要請に割と気軽に使われてしまう天命様は、その意を汲んで肩を竦めた。
「仕様がないな」
せめて食べられる物になるよう、目を光らせてやって欲しい…意図は其処にある。
 何故に自分達で行かないのかと言えば、意外な所で強情なナナシが、特に自分で出来る事、に妙に拘りを持って手を出させないからである。
 まるで幼児が着替えや歯磨きに親の手を借りないと躍起になるような、そんな感触がなくもない。
 やんわりと訛った公用語は、否定の響きを含めれば存外にきつい。
 最も、そのきつさを拝む事自体はあまりないが、それを口にした事を悔いるナナシをあまり見たくないのが人情で。
 自然と彼の保護者的な存在が居れば、そちらに任せるのが慣例になってしまっている…この場合、料理を代わった早良でなく、真咲に矛先が向くは当然。
 真咲はすっくと立ち上がると迷い無い風で、キッチンの前に進み、ココンとその扉を指で叩いた。
「ナナシ」
ただ一言の呼び掛けに、まだ続いていたアヤシイ音がふと止まった。
「あ、堪忍です」
天之岩戸は簡単に開いた。
「遅うなってしもて……あ、ミンナまだ待ってくらはっとるんですねぇ、よかったぁ。もうじきですさかい」
安心したように笑いかけられて、逃げなくて良かったと思う気持ちが半分、逃げられなくなったと覚悟を決める思いが半分。
「ナナシ、随分と音が響いていたが、何を作ってたんだ?」
それに早良が助け船を出す…否、ただの興味からの質問かも知れないが。
「あ、ボクの得意料理ですんや」
あったのか、得意料理。
 因みに彼の自室の冷蔵庫には、ミネラルウォーターと携帯型の栄養食品しか入っていない事は衆知の事実である。
「どれ」
真咲は遠慮無くキッチンに踏み込み、好奇心を刺激された幾人かがその扉の隙間から中を覗き込む…早良は、一応の主賓の扱いに閉じこもったナナシの意を汲んで動かない。
「……うわぁ」
誰ともなく、口をついて出た一言は、万感の思いの籠もった感想だった。
 其処に積まれたのは、芋、芋、芋の山。
 地下収納庫から引きずり出された麻袋はもう底溜まりほどに小さなじゃがいもが残るだけで、他の全てはほくほくと湯気を立てて水切りボールに上げられている。
 その隣には、エベレストの鋭い峰を思わせてうず高く、積み上げられたまさしくマッシュポテトの山。
 謎の音はすりこぎで芋を潰す音だったらしい…けれど量が量だ。
「なんや仰山見えはったし、ミンナの分思たらようさんになってもて」
仕事をやり遂げた顔で、ふうと額の汗を拭き、そんなナナシが無邪気に笑う。
「でももうすぐ出来ますよって。もうちぃとだけ、待って下さい」
あぁ、まぁ食べられる物だっただけマシだけどさぁ。
 安心すると人間、贅沢になるもので、ひたすらにマッシュポテト…ちなみにこの人数でも捌ききれるかどうか解らない、それを黙々と平らげる様を思い浮かべてげんなりする。
「莫迦かお前は……一品で料理と言えるか」
その現実に救いの光明をもたらした真咲に、期待が集中した。
「え、あきませんか?」
「味の濃い物がないと飽きるだろうが。そこに居るヤツ等もいい加減腹を空かしてるしな。俺が作ってやる」
言いながら真咲は茹で上がっているじゃがいもを取ると、戸口から覗き込む、隊員の一人に放って寄越した。
「うわわッ?」
唐突な行動に少し手前に落下点を持つそれを受け取ろうと手が出るが、当然の如く、重みと共に熱を受け止めて、それは掌の上で跳ねた。
「あちちッ」
それが宙に浮いた一瞬、真咲の手首から先が閃くように動き、その手から放たれた幾本ものナイフがカカッ!と扉に突き刺さる。
 隊員が差し出したままの掌の上に、細長くカットされた芋がぽとぽとと落ちた。
「よし」
その出来映えに満足しつつ、真咲は棚の下からフライパンを取り出し、ひたと油を満たして熱し始めた。


 真咲と隊員の幾人かがキッチンに入り、そして戻ってこない。
 それに続く猛者は現われない為、そろそろ自分が動くか、と早良が腰を上げた時に、禁断の扉が開いた。
「先生、お待たせしました」
中から満面の笑みで、ナナシが顔を出す…手には丸皿、その上に丁寧に丼鉢を伏せて料理が見えないように隠されている。
「ボクのだけやったらバランス悪いやゆうて。リーダーも手伝ってくらはったんです」
誇らしげな様子が何処か微笑ましく、早良は頷いてみせる。
「そうか、良かったな」
目の前にずいと差し出された皿、丼鉢の糸切りを摘みに、ある程度の溜めを持ってかぱりと開く…其処には湯気を上げて暖かな料理……マッシュポテトとポテトフライが盛られていた。
「こっちはリーダーが揚げはったんです、普通の塩味と、カレー味。ボクんも味にバリエーションつけた方がえぇて、明太子混ぜ込んだんで二色なんですわ。キレイですやろ?」
褒めて褒めてと子犬が尾を振るように、にこにこと笑うナナシの斜め後ろ、真咲が顎を上げて自作を示す。
 曰く所は有り難く喰え、か。
 期待に満ちるナナシの後頭部に面白そうに目を遣り、断れはしまい、と明らかにこちらの反応も楽しむ様子である。
「お前らな……」
犠牲となったのが備蓄の男爵いもだけで済んだのを幸甚とすべきか。
「ポテトだけ作ってどうする」
食べ物で遊ぶな、とは重要な教育だ。ナナシがどんなにしょげてもそれだけは押さえておかなければならない。
 同時に冷蔵庫の中身を脳裏に思い浮かべつつ、早良は腕を捲った。
「マッシュポテトは焼肉に巻いて食っても旨いんだ。直ぐに食えるしな。ナナシ、頑張った直ぐ後で悪いが材料を切るのを手伝ってくれ。真咲、使いに行ってこい」
ナナシが落込むより先に褒めながら指示を与え、解っていて遊んだ真咲には軽いペナルティ。
 即座、背後で事の成り行きを見守っていた隊員の誰かに指示を下そうとする真咲に、お前が行け、と釘を刺す事も忘れない…早良が影でナインスの父母、と呼ばれるだけの本領を存分に発揮しつつ、手間のかかる子供達の為、結局今日も腕を揮う事になる早良であった。