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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


【無法地帯の子守唄】

 誰であろうと簡単に屈せられるほどの強大な力を手に入れたら、人はまず何をしてみたいと考え付くだろうか。言うまでもなく、暴力犯罪だろう。
 あの『審判の日』以来、この世界には無法地帯と化している場所は多い。
 今、その無法地帯のひとつで、凄惨な光景が繰り広げられ、終息を見せていた。
「……」
 路地裏。地に打ち捨てられた女性はかすかな息をしている。だがその顔に生気はない。衣服は乱れに乱れ、豊かな乳房をはじめ肌を露にしている。
 散々に陵辱されたのだ、と誰が見てもわかる。涙を流しつくした目は虚ろ。生ける屍のようだった。
 女性の傍らに立つその金髪の青年は、歪に唇をゆがめて、
「楽しめた」
 とだけ言って路地裏を去った。
 彼はこの地で『ワースト』の異名を持つ殺人鬼、強姦魔だった。
 ワーストはある日突然エスパー能力を身につけた。現在ではその存在は殆んど確認されていない、自然発生のエスパーである。
 力を身に着けた理由などどうでもいい。従来暴力的だった彼は喜んだ。
 それからというもの、男は殺し女は犯す。それが彼の日常になっていた。その名の通り、最悪であろう。
 ワーストは路地に出た。犯したあとは殺したくなる。視界に入った最初の男を殺そう。まあ女でもいい。そんなことを考えた。
 ――機会は早く訪れた。ワーストの真正面から人影がやってくる。黒のロングコートを着た壮年の男だった。まさに獅子の前の兎に等しかった。
 ワーストは一気に駆け、その男との間合いを詰めた。そして念で強化した拳を繰り出す。跡形もなく吹き飛ぶはずだった。
「――?」
 だが、かわされていた。ワーストが一瞬見逃すほどの速さだった。
 男を見つめ、ワーストは冷静に構え直した。改めて見てみると、背は高く、体型はガッシリとしている。視線の鋭さは、いかにも戦闘を知っているという風だ。
「てめえ……なかなかやりそうだな。こりゃいい。殺しがいがあるだろう」
「何なんでしょうか、あなたは」
 黒衣の男――シオン・レ・ハイは、怒るというよりは困った顔をしてワーストを見た。明らかに殺すつもりで襲ってきた者に対しての表情ではなかった。
「私はあなたの相手をしているヒマはないのですよ」
 まるで子供をあやすような口調だった。これがワーストの気に障った。
「殺す。死ね」
 ワーストが右腕をシオンに突き出し、念をこめた。右腕が盛り上がり、鉄のような筋肉を浮かび上がらせた。
 そして、有無を言わさず先程のように高速で突進してくる。
「仕方がないですねぇ」
 シオンは面倒くさそうに言うと。
「ふっ――!」
 顔面に迫り来る鋼鉄じみた拳を、まさしく紙一重でよける。同時に、ワーストの左第四肋骨に、寸分の狂いなく肘鉄を入れた。
「ぐあっ?」
 ワーストは自分でも遥か彼方に忘れていた苦悶の声を上げた。雷のようなカウンター。鍛えようがない箇所を打たれ痺れた。間違いなくヒビが入った。
「もうやめませんか?」
 シオンが付き合ってられない、といった口調で言う。
「こ……殺す! 殺す殺す!」
 ワーストは、目の前の男をますます殺したくなったと狂気を強めた。
(今までのは全力ではなかったから遅れを取ったのだ。フルパワーですぐさま圧砕してくれる)
 ワーストは左胸を押さえながら深呼吸した。そして、膝をかがめて中腰になる。
「ハ……アァァァァァァァ……!」
 全身から、目視できそうな超常のオーラと殺気が立ち上る。
 瞬間、バン! と音を立てて、ワーストの体が300パーセント増に膨れ上がった。上半身の服は当然ちぎれた。
 そこに出現したのはシオンより遥かに巨大な肉の鎧。彼は自身の唯一の能力である『筋力増加』を最大限に解き放ったのだ。
「これになったのは、どこぞのガキに一度試して以来だな。ゾウがアリを潰すような快感だった。今度はまあ、ネコかイヌってところか」
「……子供?」
 ピキリ、と。針で鼓膜をいじられるような不快さ。
「子供を殺したことがあるんですか、あなた」
 シオンはそう尋ねた。
「子供だろうが老人だろうが、女だろうが殺してきたぜ?」
 ワーストはそう答えた。
「そうですか」
 シオンはワーストに歩み寄った。
 唐突に襲われてどうにも理解できなかったが、彼はここに来てやっと、この青年がどうしようもない殺人狂なのだと認めて。
「老人も女もそうですが……子供はなおさら許せませんね」
 その表情は、人格が変わったように、重い雰囲気になっていた。
「じゃあ死ねよ。恨むんなら、俺に出会った不幸な運命を恨みな!」
 ワーストが高く飛び上がる。そして両手を組むと、シオンの頭蓋を破壊せんと一直線に振り下ろした。
 紙一重で避けるには危険すぎる。シオンは身を大きく引いた。ダブルパンチは凄まじい音を立てて地面にめり込んだ。
「次は間違いなくブチ当てるぜ」
「……」
 シオンは体制を整えて殺人鬼を見据える。両拳を握り、左半身を一歩前に出す。ここで初めて、彼は構えらしい構えを取った。
「ハッ――!」
 シオンが右腕を振りかざし、ワーストに肉薄した。
「無駄無駄。この鋼鉄の体にはどんな打撃も効かないぜ」
 ワーストはせせら笑った。拳の方が砕けるのは明白だという余裕。
 ――それが命取りだった。

 グシャアッ!

「ギィ……ヤァァァアアアアアアアァ?」
「そう思っているなら、どんな戦法で来るか予想できるはずでしょうに」
 砕かれた左膝を抱えて悶えるワーストを、シオンは冷めた目で見下ろした。
 拳をフェイントにしたシオンの膝への蹴りは、ワーストの左脚を一瞬にして使用不可にした。
 肋骨への一撃と同じ。鋼鉄の筋肉なら、筋肉に覆われていない箇所を狙うだけのこと。
「もっと動けなくなってもらいましょうか」
 シオンはロングコートから鉄のロープを取り出すと、それでワーストを縛った。
「これでよし。……いや、念には念を入れましょうか」
 シオンはワーストの顔の前に膝をつき、右手の親指と人差し指を突きつけた。
「き、貴様、何を。……待て、止めろ! ガアアアアアアア!」
 殺人鬼の断末魔があがる。彼は血の涙を流した。シオンに両眼を摘み取られたのだ。
「残念ですがお子様にかまっているヒマはありません。私は早く帰らなければならないのでこれで失礼」
 もう動く気力もない殺人狂に耳元で囁き、何かの依頼書らしき紙を投げ捨てた。
 そう、峻烈にして屈強なこの男は、ただの帰宅途中。
 愛する息子に会うために、シオンは何事もなく歩みを速めた。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0375/シオン・レ・ハイ/男性/46歳/オールサイバー】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。今回が祝・サイコ初仕事と
 なりました。ご依頼まことにありがとうございます。
 
 シオンさんは素晴らしく丁寧な言動ですが、戦闘は
 滅茶苦茶強いって感じがしたのでその通りに書いて
 みました。お気に召しましたら光栄です。
 
 それではまたいつか。
 
 from silflu