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【誰よりも強く……】
インターホンが鳴って5秒。少女は洗い物を放り出して玄関まで急いだ。
扉を開けると、黒髪黒目のいかにもクールな風貌の女性が立っていた。
「これ見てきたんだけど、ここで間違いはないかしら」
女は貼り紙を見せて問うた。
「間違いなくここです。書いたのは私です」
少女は間髪を入れずに答えた。
「私は李・光華。あなたは？」
「ユウリです」
光華は屋内に通され、座卓の前に座った。小さな家だ。ユウリがこまめに掃除をしているのか清潔さは行き届いているが、空気がくたびれている風に感じられた。
「お母さんは日々の暮らしを得るために朝から夜まで働いています。……それだけしかしていません。とても他に気を使う余裕がないんです。だからせめて悪い奴らからは……私が守らなきゃいけない」
「そうか、この家を覆うものは不安と恐怖心、だったのね」
「お父さんは強盗に殺されました。もし今度あんなことがあったらって思うといてもたってもいられなかった。強く、強くならなきゃって……！」
「了解したわ」
興奮しだしたユウリをなだめるように光華は言った。
「あなたの依頼を正式に受けることにする」
「あ……ありがとうございます！」
ユウリが頭を下げると、光華は立ち上がった。
「私は拳法家だから、拳法を教える。でもね、私は人にものを教えるのは得意じゃないの。ついてこれなかったとしても責任は持たないわよ」
先ほどとは打って変わって、光華の口調はすでに突き放すようである。
「大丈夫です。絶対ついていきますから」
ユウリは燃えるような瞳で応えた。
光華の修行は決して無理はさせないが手加減はしなかった。
「何よりも正しい姿勢と動作を心がけなさい。あなたの体はまだまだ成長する。威力やスピードは後からついてくるわ」
これをまず最初に教えた。ユウリが少しでも欲を出して威力偏向の動作を取ると、厳しく叱った。
「立ち方の騎馬式、基礎の技の金剛八式、基本の型の八極小架。これを毎日復習すること。私が許可しない限り、他の型はとらないこと」
1度叱られれば、ユウリはこれをよく守った。光華が稽古を開始しにユウリの家を訪れる1時間前には一通り自分でこなし、稽古が終了してもまた1時間自主的に取り組んだ。
「八極拳の本領は接近戦よ。いかに自分の間合いに持ち込むか。実戦ではそれが最大の鍵になるわ」
基礎訓練の後は組み手をする。ある日のことだ。
「キャア！」
光華の突きがユウリの胸に入った。ユウリはたまらず尻餅をつく。
「いたた……。先生、今のちょっと本気だったんじゃ」
「……済まない。いや、こっちがやられそうだったからつい反射的にね」
今の一撃さえ体を引いてダメージを和らげていた。ユウリには戦いの才能がある。光華は内心舌を巻くこともしばしばだった。
時には説教をすることもあった。
「武術家が戦うのは他にどうしようもないときだけ。強い力はそれだけで災いを呼ぶ。力をいたずらに振るえば、あなたが大事にしているもの全てをあなた自身の手で壊してしまうことになるわ。……この私のように」
「……先生のように？」
「そういうことよ。力の使いどころを誤ってはいけない。これが出来ないものは、絶対に強い者などではない。それを忘れないで」
光華がユウリを教えてから3ヶ月が経った。
街が淡い夕闇に包まれようとしている。今日も稽古が終了し、いつもならここで帰るところ。夕陽を背に光華は告げた。
「もう私から教えることはないわ。私が来ることも今日で最後」
ユウリはすぐに悲しい目をした。
「……そんな、まだまだ教えてほしいことはたくさんあるのに」
「最初の教え、覚えている？ 今の段階は基礎を固めるだけで充分。毎日毎日欠かさず続けていれば、それだけで何年後かには立派な使い手になっているから。本格的に戦いを学びたいのなら、その後でいい」
「お、あそこに犯しがいのある女がいるぜ？」
下卑た声が清純なやり取りを破った。
「先生」
「下がってなさい」
こちらに歩いてくるのはふたりの若者だった。趣味の悪い赤髪と青髪。共にわざと着崩している服は格好つけたつもりなのだろう。
「俺は小さい方をやる。お前はあのキツそうな女な」
「上等じゃないか。ああいうのほど泣く時興奮するんだ」
光華もまた若者たちに歩み寄る。
「何を笑っていやがる？」
「別れる前に奥義を伝授するつもりだったんだけど、ちょうどいい相手が見つかってよかったってね」
「はあ？」
「こっちの話だ。……女を侮辱するケダモノ、容赦はしない」
次の瞬間、光華の上段回し蹴りがふたりの顔面に立て続けにヒットした。彼らは揃って鼻血を出す。
「て、てめえ！」
「ぶっ殺す！」
息巻くが強がっているだけの素人だ。ふたりがかりでも達人である光華に攻撃などひとつもかすりはしない。
余裕でかわす中、光華はユウリに視線を投げる。
「猛虎硬爬山、私からの餞別よ。よく見ておきなさい」
光華の体が沈んだ。次に、間違いなく骨を砕いた轟音。そして浮かび上がる人の影。
――これが奥義。いつか教えられた、すべてを壊しかねない力。同時に、輝くほど強い力。
やがて目に入ったのはだらしなく地に倒れた赤髪だった。白目を剥いて、泡を吹いている。
「ひ、ひゃあああ！」
仲間を捨てて、青髪は逃げ去っていった。昏倒する赤髪を放って、光華はユウリを振り向く。
「見えたかしら」
「……何とか」
「そう、よかった」
ユウリはしっかりと目に焼き付けた。その技のあまりの破壊力と、それを操る師匠の凛々しい姿を。
■エピローグ■
「先生、待ってください」
ユウリはいったん家に入って、すぐに戻ってきた。何かを抱えている。
「今までにためたお小遣いです。約束のお礼として受け取ってください」
おずおずと差し出されたのは皮袋だった。この少女が貯められる金などたかが知れているだろう。袋にそれほどの膨らみはない。それでもこの中の紙幣や硬貨には金額以上に代えがたい彼女の想いが、師匠に対する愛情が詰まっている。
だが、光華は首を振って、
「これに関しては気持ちだけ。礼ならもう受け取っているから」
皮袋をユウリの手に握らせた。
「私が死んでも、私の技はあなたの中に生き続ける。こんな私でも後に続く人に何かを残すことができた。それだけで十分よ。……お金はいざという時に取っておくもの。今使うべきではないわ」
「先生……」
「これからも強くありなさい、ユウリ」
「先生……！」
ユウリの顔がグシャグシャになる。
「お母さんを大事に、ね」
光華は初めてユウリを抱きしめてやった。
【了】
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【0452/李・光華/女性/22歳/エスパー】
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■ ライター通信 ■
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担当ライターのsilfluです。2度目のご依頼ありがとうございました。
今回は自分としてもちょっと変わったタイプの話でした。
少女を修行し守る、カッコいい光華さんを書けたと思います。
それではまた。
from silflu
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