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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪魔な天使。

 その日、彼は天使のような悪魔にあった。

 路地に所在無さ気に佇んで居た、柔らかな猫っ毛の髪、髪と同じ色の鮮やかな赤い目の、小柄な少女。
 着ているものはそれ程目立つわけでも、可愛いわけでもなく極々シンプルなもので…だかそれだけにのースリーブの肩から除く腕の細さと白さが際立って目を引いた。
 適当な相手を見繕うために向かった、そう言った行為で金を稼ごうとする女…稀に男も…達の屯するようなあまり治安のいいとは言えない地区。
 そこに居た彼女は、そこにはあまりにも不釣合いな鮮やかな存在感を持ってそこにあった。
 思わず目を奪われて…その視線に気付いたのか、振り向いた彼女の大きな目が丸く見開かれて、それから僅かに細められて。
 彼女は、クスと音を立てそうに柔らかく笑ったのだった。
 遠目にも、それがはっきりとわかった。
 …幾らか若すぎるとは思ったが、それを差し置いても声をかける価値があると思える程に魅力的な少女だった。

 こんな時代でも人の欲は変わらない。
 金と力がものを言うのも同じこと。
 一緒に食事でも…奢るよと言えば、彼女は小さく視線を揺らして…それがまた遠慮がちで幼い印象で愛らしかったのだが…私の手を取ってくれた。
 行きつけの店に連れ込んでメニューを手渡せば小さく首を傾げて迷う様子。
 決めかねて迷う彼女に好きなものを幾つでも頼んで構わないと言えば白い頬がぱっと上気して、本当に嬉しそうに笑うからこちらも嬉しくなる。
 ランチの他に苺のムースとオレンジのタルトを注文して、すまなそうに、だが美味しそうに顔を綻ばせる様子はまさに天使。
 自分がこれからしようとしていることに罪悪感のようなものさえ感じてしまいそうで…だが私も男、ここで引き下がるわけにも行かない。
 これから別な相手を探しに行くのも面倒だし、何より先行投資しているわけだから。
 何、幾らか物慣れないとは言ってもその方が慣れた商売女より楽しめる。
 幼く小柄な少女を良いように弄ぶ…背徳的な妄想に自然顔は緩んで、そうすれば彼女は首を傾げて。
「…大丈夫?」
 上目遣いに見上げてくる仕草のなんと愛らしいことか。
「ああ、何でもないよ、行こうか。」
 誤魔化すようにそう言って先を促す。
 …多分、自分の顔は隠しようもなく緩んでいるだろうとは思ったがそんなことなど構うものか。
 ここまで着たら今更だ。
 何故ならここは如何わしいホテルの立ち並ぶ界隈で、私と彼女は今まさにそこに足を踏み入れようとしているのだから。

 中は、いかにもといった風体の大きなベッドと、やたらと広いシャワールームがあるだけの部屋で、彼女をそこに横たえて、いざ…といったところで、制止がかかった。
「…シャワー、浴びてきて」
 細い腕が私の手を押さえて、小さく掠れた声が紡ぐ。
 白い頬は上気して、なんとも居えない艶を醸し出していて、そのまま圧し掛かりたい気分ではあったが…。
「…心の準備、しとくから」
 はにかむように視線を伏せてそんなことを言われて…わかったと頷いてしまったのが間違いだった。

 逸る気持ちを押さえながら手早くシャワー浴びて、身体を拭くこともそこそこにシャワールームを出た私を待っていたのは、空っぽのベッドだったから。
 広さがあるだけにいっそう虚しさを感じさせる、僅かに寝乱れてシーツに皺を残すそこに、ポツリと置かれているのは黒い財布…財布!?
「!?」
 慌てて駆け寄って中身を確かめれば…女を買うつもりで多めに入れていたはずの財布はぺしゃんこで。
 恐る恐る確かめたそれの札入れからは、お札がごっそりと抜かれていた。
「………。」
 古典的な手だ…古典的といえば。
 だがまさか自分が…あんな幼く見える女の子が…頭の中ではそんな言葉がぐるぐると回っている。
 とりあえずここの支払いをどうしようか…男は半ば泣きたいような思いで一人きりで広いベッドに突っ伏した。


「んー、思ったより持ってたかな」
 抜き出した札を数えながら、来栖・コレットは僅かに首を傾げる。
 その仕草は多分、傍目には酷く可愛らしく、少女のように映るのだろうけれど…実は正真正銘男、ぴちぴちの14歳。
 でも男だといって街角に立つよりは、女の振りをした方が食いつきがいい。
 だから、そんじょそこらの女よりずっと可愛く生まれついた外見を逆手にとって女のフリをする。
 …否、女だと言ってはいない、相手が勝手にそう間違えるからそれを否定しないだけ、黙っておくだけだ。
 売春詐欺はこんな風に生まれついた自分に取っては仕事が見つからず生活費がそこをついた時には一番楽に金を手に入れる方法で、一度も失敗したことがない。
 そりゃ誰もが簡単に騙されてくれるわけではなく、疑われたこともあるけれど。
 その時は長能力で時間を止めれば…簡単に逃れることが出来る。
 だから凄く楽な仕事で…特に今日の男はあんまり察しが良くなくて助かった。
 僕がそんなに好みだったのか、でれでれした顔で食事に誘い、ホテルに誘い…その間こちらの声や様子に不審を感じることはなかったのか始終上機嫌…今頃奈落の底気分だろうけど。
 でもまあ、金で女を買おうとする男には丁度いい薬ってとこかもしれない。
「とりあえずこれで当分困んないかなー」
 札を無造作にズボンのポケットにねじ込んで、コレットは軽い足取りで街の雑踏の中へと姿を消していった。
 今日は何を食べようかな、なんて平和なことを考えながら。