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<東京怪談ノベル(シングル)>


『お食事は享楽的に』


 窓から差し込む陽の光が未だ寝ている白神空の顔を照らす。
 空には青空が広がり、遥かなる高みから鳥の鳴き声が聞こえてきた。
 そんな中、やっと眩しそうに顔を歪めながら空は目を覚まし、大きな欠伸をした。
「ふわぁぁぁぁっ」
 くしゃくしゃと自分の頭を掻きながら、ポンポン、と自分の隣を叩く空。
 そして誰もいない事に気づき、今日は一人で寝ていたんだということを思い出し苦笑する。
 空は思い切り手足を伸ばしてからベッドから降りた。

 立ち上がりコキコキと首を鳴らしながら空は階段を下り、階下にある酒場へと顔を出す。
 空は、今とある酒場で用心棒もどきの事をしており、その二階を住処としていた。
 しかしこんな朝っぱらから酒場など開いているわけもない。
 そして人っ子一人いないその酒場のカウンターで食料だけ適当に集め、空は朝食をとる。
 今日はサンドイッチにしてみた。パンに野菜とハムと卵を挟んだオーソドックスな物だ。これくらいならあっという間に作り終わる。

 腹ごしらえをしてしまったら後は空の自由時間だった。
 夜まではいつも適当に街をぶらついていた。
「さてと………」
 空は楽しそうな笑みを浮かべ、公園へと歩き出した。
 公園には適度な広さと、そして観客が居る。
 こんなにも天気が良くて空が綺麗な日はなんとなく身体を動かすのも良いだろう。
 人々に注目されるのも、踊るのも気分が良い。
 おあつらえ向きに今日は誰もその適度な広さを保つ一段地面よりも高くなっている場所で踊っている人物は居なかった。
「ラッキー」
 空はとん、と軽く地面を蹴り、くるりと宙を舞いながら綺麗に着地した。
 銀色の長い髪が綺麗に弧を描き、ふわりとまとまる。しなやかな身体がバネのように跳躍する姿は綺麗だった。
 たったそれだけで空は人の目を惹きつける。
 艶やかな笑みを浮かべ、空は踊り出した。
 音楽など何もない。
 ただ、自然な木々のざわめき、そして風の音。
 それらは決して激しい音など出してはいないのに、空の激しい動きに合っているような気がして見ている者達はうっとりとその様子を見つめた。
 公園の一角に空を取り囲むような人垣が出来る。
 別に誰が知らせたわけでも無かったが、通りすがりの人々が男女問わず足を止め空の踊りに目を奪われていた。
 まるでその空間を空が支配しているかのようにも見える。
 空はダンサーとしては素人だったが、その動きは人々を魅了する物だったらしい。
 ぴたり、と動きを止めた空に歓声と拍手が送られる。
 それに笑顔で応えながら、空はひらりと宙を舞い人垣を越えた。
 その時、ちらりとその人垣の中に可愛らしい少女を見つけ、空はそちらに向けて軽くウインクをする。
 するとその少女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「あらあら、可愛い事」
 くすり、と微笑み空はそのまま街へと足を向けた。

 街中での空の楽しみはもちろん人間ウォッチングだ。
 可愛い子を探す事に余念がない。
 どっかに可愛い子落ちてないかしらねぇ、と思いながら空が歩いていると先ほど顔を真っ赤にして俯いてしまった少女を発見した。
 あれはきっと生娘だ。ウインク一つで恥ずかしそうに俯いた少女。
 美味しく楽しく食べるには商売ものは頂けない。やはり、生娘(息子)の方が何時の時代も美味しいのだ。
 仕草も表情もそして初々しさも。
 少女のストレートの黒髪が肩先で揺れている。そしてぱっちりとした瞳が空を見つめていた。
「美味しそうじゃない?」
 空はその少女に近づいていく。
 ぴくり、と少女は身体を一瞬強ばらせたが、空が少女の頬に手を添えると少女はそのまま空を見上げた。
「こんにちは。さっきもあたしの踊り見ていてくれたわね」
 こくん、と少女は俯く。
「どぉ?あたしの踊りは」
 嫣然と微笑む空に少女は見惚れながら呟く。
「綺麗でした。すごく……すごく綺麗でした」
「そう。良かった。ねぇ、他の踊りも見てみる?あたしのベッドでの踊りはもっと凄いわよ」
 その途端、少女の顔が一気に真っ赤になる。瞳が潤みどうしていいか分からない様子で少女は俯いた。
「えっと………ぁ……」
「ねぇ、見てみたいでしょう?あたしはあなたの姿も見てみたい。この白い肌がうっすらとピンクに染まるのは綺麗だろうからね」
 くすくすと少女の耳元で空は囁く。
 その吐息がくすぐったいのか少女は首をすくめた。
「ね、どう?これから一緒に踊らない?」
 ぺろり、とそのまま空は少女の耳朶を舐め軽く甘噛みした。
 ぴくん、と少女は反応すると、うっとりとした様子で頷いた。
「交渉成功。ふふっ」
 空は少女の手を取り、近くのホテルへと少女を誘う。
 部屋に入ってすぐに二人は一緒にバスルームへ直行すると互いの身体を洗い合い、声を上げてそれすら楽しい事のように笑い合う。
「やっぱり可愛いわねぇ。こことか……それに桜色に染まった身体は綺麗」
 ぺろり、と舐め上げて空は笑った。
「ぁっ………駄目ですっ」
「なんでかしら?だって洗わなくちゃ。外暑かったし汗ばんでるでしょう?綺麗にしないと」
「それ……舐めるっていいません?」
「だから、あたしが舐めて綺麗にしてあげる」
 妖艶にも見える笑みを浮かべ、空はバスルームで少女の身体を押し倒した。


 ホテルでそのまま昼食を少女と一緒に食べ、空は少女と別れる。
 空は頬を染めてなんだかおぼつかない足取りでフラフラと歩いて行く少女の後ろ姿を見つめ、なかなか美味しかった、と満足そうな笑みを浮かべる。
 心ゆくまで堪能し、そのせいで少女の方はフラフラなのだ。
 本当は家まで送ろうかとも行ったのだが、少女の方がかたくなにそれを拒んだ。
 もう会ってはもらえないのなら辛いので良いです、と。
 可愛かったから別にまた会っても良い、と思った空だったが面倒事はごめんだった。
 楽しく美味しく頂ければ別にそれ以上の事は求めない。
 だから大人しく少女の言葉に従ってみただけだった。
 まだ仕事の時間には早すぎる。
 さてどうするか、と空が歩き出そうとした時だった。
 ひゅんっ、と目の前を物凄いスピードで駆け抜けていく人物が居た。
 素早い速度だったが空はしっかりとその顔を見ていた。
 見目麗しい青年だった。空の髪と似た銀色の髪が風に靡き、綺麗だった。
 そんなことを思った空の目の前をこれまたすごい速度で走っていく人物たち。
 どうやら先ほどの見目麗しい青年を追いかけているようだった。
 まだまだ続くその列にひょい、と空は足を引っかけてやる。
 盛大な音を立てて数名の人物が転び山と積み重なった。
「ねぇ、どうしたの?」
 声をかけた空に山の一番上に居た人物が声をあげる。
「てめぇっ!なにしやがるんだっ!」
「別に。ただ聞いただけだけど?それで、どうしたの?」
 男は質問攻めにしてくる空に苛ついて、怒鳴った。
「だから、アイツはお尋ね者で俺たちはそれを捕まえてる最中だっ!さっさと離せっ!」
 あっそ、と空は掴んでいた男を離すと何事もなかったかのように青年が駆けていった方へと歩き出した。
「転ばしておいて、悪かった、の一言もネェのかぁっ!」
 ごめんごめん、と口の中でだけ呟き、空はどこかに隠れて居るであろう青年を探した。
 しかし別に探さなくても良かったようだ。
 男達に取り囲まれて大乱闘を繰り広げている青年を空は発見した。
「あらあらあらあら。また随分と……」
 青年は顔に似合わず、多人数相手に余裕を見せつつ戦っていた。
「加勢してあげようと思ったけれど、大丈夫そうね」
 面白いわね、と空はその様子を楽しそうに見つめる。
 その時、青年の方から何かが飛んできた。
 思わず目の前に飛んできた物だから手に取ってしまったが、それを見つめ空は首を傾げる。
「それちょっと持っててくれ」
「…?いいけど……」
 訳が分からず青年の持ち物を預けられた空は、しっかりとその青年が勝利するまで見守り、何故か一緒に現在の住処である酒場へとやってきていた。

「強いのね」
「それなりに」
 がつがつと一緒に夕食を食べている青年に空は微笑む。
 強い男は良い。そして空の予想だがこの男は多分女を知らない。
 先ほどするりと腕を絡ませただけで真っ赤になった目の前の青年。
 これは仕事後に頂いても良いのではないか。
 見目もよく、そして強い。程よい筋肉がついているところも空の好みだった。
 今日のメインディッシュはこの男で決まりだ。
「ねぇ、泊まっていくでしょ?」
「いや……」
「あたしの部屋」
 その言葉で真っ赤になる青年に空は満足する。
 面白すぎる。今日の夜はいつもより楽しめそうだと。
 食べ終え、食後に軽い酒を口にしている青年に空は告げる。
「ちゃんと此処に居てね。あたしはちょっとあそこで暴れてる奴を大人しくさせてくるから」
 約束、と空は青年に口付けた。
 貪るような口付け。
 ねっとりと唇を空の舌がなぞり、歯列を割って入り込んだ舌が口内を蹂躙する。
 深い深い口付けは青年の精神をゆっくりと泡立たせる。
「楽しみにしてるから」
 くすり、と空は微笑み怒鳴り合っている奴らの元へと歩き出す。
 にこやかに近寄ってきた空に下卑た笑みを浮かべた男達は空を抱き寄せようとしたが、その手をかいくぐり、くるりと男を跳び越えテーブルの上へと乗った。
 しかしグラスも皿もぴくりとも動かない。
「酒は楽しく飲むものよ」
 そうでしょう?、と空は酔っぱらい共の顔に蹴りを食らわせ、地面へと沈めた。
「あたしを抱きたいならそれ相応の強さを見せなさいね」
 ふさぁっ、と顔に張り付いた髪を払って空は青年の元へと戻る。
「オレは……その……」
「美味しく頂く予定だから楽しませてね」
 ふふっ、と青年にもう一度口付ける。
「あたしも楽しませてあげる」
 そう言って、空は青年の手を取り酒場の二階へと上がっていく。
 もう店じまいの時間だ。空の仕事は終わりを告げるが、空の夜はまだまだ長い。
 あとはもう空の楽しみしか残っていない。

「美味しいわ。凄くすごく素敵ね……ふふっ」
 空は青年に抱きついて微笑みを浮かべる。
 空の夜はまだ始まったばかりだった。空の一日はまだもう少し続く。
 月明かりが二人の姿を部屋の中にそっと浮き上がらせた。