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<アナザーレポート・PCゲームノベル>


■緑白花夢−ロクビャクカム−■

「ん……?」
 ふと転寝をしていたシノム・瑛は、その『能力』によってたった今見た夢を思い浮かべていた。

*****************
「花の種ぇ?」
 店の主人は、呆れたような顔で客を振り返った。
「ええ、ないですか」
 尋ねるというよりも確認するような口調の客に、主人は応えた。
「ないに決まってんだろう。あんた、この土地に初めて来たってわけじゃないんだろ? 汚染されまくったこの空気、退廃した栄養土! そんなんで植物がまともに育つとでも思ってんのかい? 今更花の種を植えようなんてヤツぁいねえよ!」
「いるのですが」
 ぼそっとつぶやいた青年の声は届かなかったらしく、主人は「なんだ?」と聞き返す。しかし客である青年はにっこり笑い、「そうですね、お邪魔しました」と、去っていった。
 店を離れてから青年は、赤茶けた風のなか、ふと灰色の空を見上げた。曇りではない証拠に、うっすらと太陽らしき星がかすかな光りを青年の瞳に投げかけてくる。しかしそれを眩しいとは感じなかった。たとえ空気や土がしっかりしていても、この光では花など咲きはしないだろう。
 そして、もうそろそろこの土地は滅びの時期に入る……。
 柄にもなくひとつ小さなため息をつき、青年は西へと再び足を向けた―――
*****************

 ふ、と思わず笑みが零れてしまう。夢の中とはいえ、殆ど自分と『青年』とがシンクロしていた。これではまるで、自分にこれから降りかかる出来事みたいではないか。
 その瑛の笑みを見咎めて、仲間が聞いてきた。
「なんだぁ? いい夢でもみたのか?」
「いや、普通の夢さ」
 そしてその場にいるだけの、プラハ平和条約機構“エヴァーグリーン”の中間達に今の夢を戯れに話して聞かせた。
「でもそれ、予知夢なのか? そんな土地、聞いたこともねぇけどよ」
 と、仲間のひとり。
「予知夢なわけないだろう。俺はテレパスだからな。多分、その『青年』のなんらかの思念を受け取っちまったんだろう」
 と、瑛。
「だとしたら、だぜ」
 もうひとりの仲間が、口を挟む。
「そんな土地から人々を救助してやるか、なんとかしなくちゃいけねぇんじゃねえのか? 俺達は」
「みんな、暇人だな」
 瑛は微笑する。だが、自分もなにかすっきりしなかった。あの『青年』……どうも、引っかかる。
「じゃ、暇人だけ俺についてこい。ああ念の為、武器装備とかはちゃんとしとけよ」
 そして、瑛は立ち上がる。


■Relief party■

 瑛は、三人の協力者を拾うことになった。
 一人は、模擬演習の帰りらしい姿で、どうやら立ち聞きしてしまっていたらしいUME所属の翠・エアフォース(すい・えあふぉーす)。
 一人は、能力の一つを使って食べ物を手に入れたばかりの、こちらもその帰り道「花」ということで興味を惹かれ話を聞いていたらしい、来栖・コレット(くるす・これっと)。
 最後の一人は、どこからか職業柄そういう噂を耳にするのが早いのか、普段はマンションの管理人で探偵という職業の音屋・弥彦(おとや・やひこ)だった。
 協力してくれるということで、瑛は準備の時間を持たせ、其々に準備が済んで待ち合わせ場所に戻ってくるのを見て取ると、
「行くぞ。こっちの方向に俺のアンテナが働いてる」
 瑛もエスパーなのだが、その『夢の中に出てきた青年』の思念の欠片を追っているのだろう。
 ジープを運転する彼は、今にも居眠りしそうな助手席の弥彦に目を向けた。
「一番準備に時間がかかったのはお前だな。何をしてた?」
 弥彦は目をこすりながら、
「その花の種を探してたって青年について何か情報はないかってね。探偵の地道な作業のうちの基本だよ。」
「収穫は?」
 言葉短く後部座席から尋ねる、翠。
「無し」
 ふう、とため息をつきながら、弥彦。同じく後部座席にいたコレットが、目をぱちくりさせた。
「一人の人物に対しての調査って、探偵さんなら少しくらい出てきてもいいんじゃないのー?」
 なんかヘン、とコレットは言う。弥彦に対してではない、幾ら情報が氾濫しているこのご時世でも、一人について何も調べられなかったとは。
「……道、合ってるの?」
 冷静に瑛に尋ねる翠の膝の上には、一袋の重い栄養土が入っている。コレットも少しだけ、「能力」の一つで人からもらい、持ってきていた。二人とも、その青年に対する「何か」に其々引っかかったのだろう。だからこのようなことに首を突っ込んだとも言えるが───尤も、何の得にもならない今回のことに首を突っ込む弥彦が特殊なくらいだ。
「合ってる」
 こちらも短く答えたばかりの瑛は、「なんだ?」と目を凝らした。
 遠くのほうで、渦巻きながらこちらにやってくる……さながら竜巻のごとき虹色の靄。
 竜巻程の圧迫感はないが、不思議な何かは一般人でも感じ取れるほどの……何かの靄。
 あんな得体の知れないものに掴まるつもりはない。瑛は舌打ちし、ハンドルを切ろうとして───突如物凄い勢いで接近したその靄にジープごと包み込まれた。
「「「「!」」」」
 4人の身体が、靄の中に消えていく。
 ジープはどうなったのだろう、と、こんな時にも冷静に、意識を失いつつ瑛は思った。


■退廃の地■

「う……」
 目を開けた途端に砂塵に目をやられかけ、慌てて腕で顔を隠す、コレット。身体に多少の痛みはあるが、打撲というほどのものでもない。そう判断して、身を起こす。すぐ近くに気配を感じ、目をやると、左側に翠、右側に弥彦が横たわっていた。瑛はと見ると、既に立ち上がって横倒しになったジープと荷物の確認をしている。
「お姉ちゃん、おじちゃん」
 かわるがわる、翠と弥彦をそう呼んでいると、二人は同時に目を覚ました。
「俺はまだおじさんじゃねーぞ、ハタチだ」
 明らかに嘘と分かるが、弥彦はそう言った。「それ」が彼のポリシーの一つなのである。そう、こんな時にでも。
「そんなことより、ここはどこ?」
「駄目だ、持ってきた荷物の大半どっかに持ってかれちまった。あのヘンな靄の竜巻のせいでな」
 翠の質問には答えず、瑛は残った荷物を三人それぞれの前にドサッと置くと、
「こっからあの場所まで歩きだ」
 砂漠とも言えるここから先に見えるのは、砂埃の中の街らしき影。
 それこそ砂漠の気温でなくてよかった、と、比較的強くない陽射しの太陽のもと、誰もが思った。


 比較的───よりも下、なのかもしれない。
 街に着いた瑛は、改めて空を見上げる。
 肉眼で見ても、大した影響もないほどの弱々しい光。
「ここ───空気、悪いね」
 せっかくの女の子らしいコレットの顔を歪めるほどに、街の空気は汚染されているように思えた。少しでもまともに息を吸ったら、数分で咳が数日も止まらなくなりそうに息が詰まる。
「それに、なんて人々の気が荒んでいるの───」
 人の精神に人一倍敏感な翠が、その空気よりも気に障るといった感じに栄養土を持っていないほうの手で自分の肩を抱き抱える。
「あそこでこの街の皆がやってるようなマスク、売ってるみたいだよ」
 こちらも一般人より聴力と視力が優れていて街を一望していた弥彦が、一つの露店を指差して言った。「まずはそれを買おうか」
 瑛が言い、三人はついていく。マスクというよりもそれは、首に巻きつけるマフラーのようなものでそこから一部を引き伸ばして口までを覆い隠すといった感じのものである。所持金も全員が全員、あの竜巻に持っていかれてしまっていたので、瑛は内心大丈夫だろうかと心配しつつ、金のかわりに、と、自分愛用の武器の一つと余っていた無線機を一つ、それにスターライトゴーグルを渡した。
 途端、露店の店主である中年の女性が目の色を変える。
「あーやっぱこんなのどこでも買えるもんね」
「……竜巻も意地が悪いなあ。どうせならいらないもの貰ってってくれればよかったのに」
 コレットと弥彦の言葉に、だが翠は敏感に感じ取っていた。
「……マズいわね。このままだと騒ぎになりかねない」
 どうやら、コレットや弥彦の考えている「マズい」とは違うらしい。見ると瑛は、いつの間にか、その露店の店主だけでなく、見ていた周囲の露店の主達に取り囲まれ、「そんな高度なものどこで手に入れた」、「見たことないぞ、あんたが作ったのか?」などしっちゃかめっちゃかに言われはじめ、押し潰されそうになっている。騒ぎになりかねない、ではなく。既に騒ぎになってしまっていた。
「こっち」
 その時不意に緑色の革手袋をはめた大きな手が低い滑らかな声と共に瑛の手首を掴み、瑛は慌てて一番近くにいたコレットの手を掴む。見ていた翠と弥彦は、はぐれないようにそれに続いた。

*****************
 しゃらん……。
 しゃらん……。

 金色の髪の毛を梳くたび、音が鳴る。美しい、黄金の髪。
 夜に電気も点けず、人影は動作を続ける。

 しゃらん……。
 しゃらん……。
     ───ギリ。

 手が、止まる。

 ギリ、ギリ、ギリ。

 不快音。どこから聴こえるものなのか、分からない。近くも遠くも思えるが、人影は気にならないようだった。

 しゃらん……。

 再び、長い髪の毛を梳き始める。

 しゃらん……。
 ギリ。
 しゃらん……。
 ギリ。

 奇妙な旋律が、闇に溶け込んでいく───。
*****************

 ぱっと瞳を開けると、瑛は汗びっしょりになっていた。
「今の───夢は?」
 呟くと、すぐ隣から声が帰ってきた。
「また例の夢?」
 既に起きて黒パンをかじりながら、コレット。清潔にはしてあるが古びたベッドの上に、4人は居た。
「随分うわ言を言っていたわ」
 こちらは水だけを飲んでいる、翠。水が美味しくないのか、わずかに誰にも聞き取れぬようため息をついた。が、これも一般人より優れている聴力の持ち主、弥彦には聴こえてしまったらしい。
「そうため息をつきなさんなって。瑛、ここはどうも俺達の住んでるとこと完全に別世界、と考えたほうがいいな。この建物も随分年代式だし、食料も水もこういっちゃなんだが一昔前のものみたいだ。俺達が目にしたことのないような貧相なものまであるし、さっきの露店がいい例だろ?」
 順応性に関してはコレットと張り合えるかもしれない。コレットも、黒パンの最後の一切れまで食べ終えながら、こくこくと同意する。
 翠は頭痛がするといったように「そうね」とだけ。
「……まだ信じられないが……異世界というものに入った、わけか……俺達は」
 瑛がそこまで言った時、ノックと共に青年の声がした。ぴくりとした瑛の反応で、残る三人は「その青年」が「例の夢の青年」だと直感していた。
「失礼───食事はもう済みましたか? 瑛さん、人ごみで気を失ったけれど具合はどうです?」
 見たところ、美形という以外───特に何も引っかかるものは感じない。灰色の髪に、緑の瞳。男にしては白い肌だが病弱な感じは受けない。てきぱきとした動きは寧ろ、訓練された者のように感じられた。
「改めて自己紹介を。ぼくは元軍人、今は土地管理人のザム・玲(ざむ・れい)。よく女性のような顔と馬鹿にされましたが、あまり気にしません」
 全員一致の感想を先に奪い、青年ザム・玲はそうからかうように口の端を上げた。
 さてどう切り出すか、と瑛は考え込む。まさか夢の中でザム・玲の思念をテレパスで感知したなどとは言えない。いくらなんでも不審すぎるだろう。そんな瑛の慎重さとは裏腹に、
「ああ、俺は音屋・弥彦。道に迷っちゃってこの街にしか辿り着けなくて、オマケに記憶も全員殆ど自分のこと以外思い出せないんだよね」
 と、あっけらかんと笑いかけたのは今名乗った弥彦である。仰天する瑛と翠を差し置き、コレットも乗った。「すっごく困ってるんだ。ぼく達お兄さんのしたいことなんでも手伝うから、しばらくここにいさせてくれないかな?」
 意識的なのか普段使い慣れているから無意識的なのか───天使の笑顔である。それに魅了されたのかどうかは不明だが、ザム・玲は苦笑して片手で灰色の髪をかきあげた。
「仕方ないですね……記憶が戻るまでですよ。それと、この屋敷内の空気は庭を含めて洗浄化してありますから、マスクは外していても肺に害が及ぶことはないでしょう」
 全員が頷くのを見て取ると、青年ザム・玲は「では、また夕食の時にでも」と、引き下がった。
「……よく咄嗟にあんな出任せが口から出るものね」
 翠が弥彦を見遣る。冷たい口調ではあるが、悪気はない。彼女本人の持つものであり、事実その瞳に剣呑な光はない。
「おかげで助かったけどな」
 とは、翠よりは順応性のある瑛である。
「あ、見て。この二階の窓から、庭が見渡せるよ」
 コレットが少女のように可愛らしくはしゃぎながら、窓から庭を見下ろす。
 そこは、色とりどりの花でいっぱいだった。
 ありとあらゆる場所一面が、花で咲き乱れている。
「誰かいる」
 翠が目敏く、その隅のほうで車椅子でうずくまって作業をしている金髪の女性に気がついた。他三人の視線もそちらへ向く。
 弥彦が、音を立てぬように窓を開けた。女性の澄んだ清らかな声が心地よく全員の耳に飛び込んできた。
「違うわミラーシュ、その紫の花は青色の花の隣に植えるためにつくったのよ。白い花の隣はだめ。そこは玲のために空けておかなくちゃ」
 そこへ、近づいていく玲の影。女性はまだ気付いていないようだ。何者かに指示を出し続けている。
「白い花の隣にはね、緑色の花を植えつけるのよ。玲の誕生日、もうすぐでしょう? わたし、今その花をつくっている最中なの。その花をつくり終えたら、この花園は完成よ。
 でもミラーシュ、このこと玲には黙っておいてね。秘密にしておいてね」
「大丈夫、ミラーシュなら口が裂けても秘密は護りますよ」
 その美しい声の主が自分の想い人と知り、彼女は車椅子に腰掛けたまま振り向いた。
「まあ……玲!」
 ちまち白い頬が赤く染まる。今の話を聴かれたと知り、慌てて目をそらすのが瑛達には微笑ましく見えた。「ぼくの誕生日、覚えていてくれたんですか。嬉しいですね」
 玲は歩み寄り、紫色の花を植え終わった青年ミラーシュの傍らで、感嘆のため息をついた。
 広大な中庭いっぱいを使った、花の大群。漂う多種多様な香りから、その花達が造花などではなく、本物なのだと分かる。
 花園はほぼ完成した状態だったが、一箇所だけぽっかりと空いたままだった。
「ここには、出来ればぼく自身の手で植えさせて頂きたいな。種そのものから育てたいんです」
「でも……」
 やっと頬の熱が引いてきた娘は、戸惑い気味に口を開いた。
「花の種なんて、この街には……どこにもないわ。輸入も食べ物すら満足にされてこないのに、花の種なんて。例え見つけたとしても、育てられないのよ」
「そうでしょうね」
「分かっているなら、何故……?」
 玲は暫し黙り込んだ。一瞬、自分達に気付かれたかと身を引きかけたコレットだったが、そんなことをしたら益々気配が強くなるだけだ。大人しくしていたのが、正解だったようである。
 玲の唇が、ゆっくりと呟く。
「それが、ぼくの夢のひとつだからですよ」
 そして玲は娘に微笑んで見せた。
「セイレン、この白い花は貴女のようですね。清らかで美しい」
 玲に言われて、車椅子の娘───セイレンは再び赤くなる。それを見届けて、玲はくすっと笑った。
 長い金髪に、水晶色の瞳。透き通るほどの白い肌に、薄桃色の唇。彼女を纏う雰囲気は、純粋と清楚。一目で惹かれた。
 玲が笑ったので、セイレンは軽く睨んだ。
「からかったのね、意地悪な人! いいわ玲、あなたのお誕生日には、なんにもあげないから」
「からかってなどいませんよ」
 苦笑する玲の横で、ミラーシュが立ち上がった。しゃらん、とひとつに束ねた腰までのその髪の毛が鈴のように鳴る。彼もセイレンと同じく黄金の髪の毛と水晶色の瞳を持っていた。肌の色さえも男にしては白いので、初対面には玲は、この二人は兄妹なのではないかと思ったほどだ。
「お茶の時間なのね?」
 見上げるセイレンの車椅子を、無言で押し始める。ちらりと玲に目を向けたのは、「お茶を一緒に」との彼なりの表現なのである。ミラーシュは驚くほどに言葉を喋らなかった。
 そして三人は、屋敷に入ってくる───。

「───っ」
 ふと、瑛が───それでも音を立てずに、窓から離れてベッドに顔を埋めこめかみを抑える。
 いつものテレパスより───格段に、強い。これは確かに、あの青年のもの。
「どうしたの? お兄ちゃん」
 コレットが近寄ると、濡れたタオルを持ってきた翠の手をやわらかく振り解き、瑛は弥彦の手を握った。
「皆で……手を繋げ。こんなに強い思念ならお前達にも見せられる」
 そして───果たして、4人全員が「視た」のだ。
 青年、ザム・玲の思念を。
*****************
 ここは、この街、まだ名もない復興の兆しも見られない街で唯一花の咲く場所。
 誰もくることのない辺境の地に咲き乱れる、確かな花園。花をつくったのは車椅子の、美しい声とそれに伴う姿の娘。それを植えたのは彼女のずっと昔からの付き人……ミラーシュ。
 散歩に出たままうっかり辺境の端までやってきてしまっていた玲は、偶然この屋敷を見つけ、二人と出逢った。それはひとつき前のこと。
 それ以来、玲は街のあちこちへ行き、花の種を探し求めた。もし、自分の手で花が育てられたならば。その思いつきは、一瞬のうちに彼の夢へと成長した。
 けれど、彼が毎日のようにここへ通う訳はもうひとつあった───。
*****************
「……ここが『パラレル』世界だとかなんとかいうのはまずおいといてだよ」
 コレットが、広いベッドの上に胡坐をかきながら言う。
「ぼく達はまずどうやってここから脱出できるのかな?」
「あの靄のような竜巻にもう一度会えれば、じゃないか?」
 答える弥彦に、
「そう簡単に現れるものなのかしら? あの竜巻は」
 と、クールに翠。
「きっとこれは天からのお告げだな、二人の恋を成就させろってのの」
 諦めたように、瑛。
 振り向く三人の視線を浴びながら、やっと自分の食事───黒パンと大豆のスープに手をつける。
「やってみようぜ、花の種に栽培。手伝ってやろうじゃねえか」
 翠だけは仕方がない、といったふうにため息をついたが、コレットと弥彦は妙に意気投合したようで、笑い合っていた。


■花をつくる唯一の者■

「ねえミラーシュ。彼、花の種を見つけられるかしら? 本当に」
 夕刻、とうに玲が帰った後である。屋敷の一室で、セイレンは車椅子のまま何か不思議な小さな物体に両手をあちこちの方向から翳していた。そばでは、ミラーシュが何をするでもなく、その動作を見つめている。
「この街に、花の種なんて……まだ、残っているのかしら。そもそも、存在していたのかしら」
 不思議な物体は半透明な色の揺らぎを見せながら、不安定に微動している。それはそのままセイレンの胸の内を表しているようだった。
 荒廃したこの土地。街。その中で、夢を探し続ける玲。もし……もしも、それが見つからなかったら、あの人が絶望してしまったら。
 それは、自分のせいだ。
 何故ならはからずもその夢を与えてしまったのは、他ならぬ自分なのだから。
「セイレン」
 低い、落ち着いた声がセイレンを現実の世界に引き戻した。途端、くらりと身体が傾ぐ。がっしりした腕が、彼女を優しく支えた。
「熱中しすぎるのはよくない。ちからを使いすぎると、身体に響く」
「ええ……」
 セイレンは、硝子の台の上の、不思議な物体を見遣る。それはいつの間にか花の形態をとっていた。もう少し。あと少しで玲のための花が出来上がる。それを植えれば、花園は完成するのだ。
「ありがとう……ミラーシュ」
 抱え上げられながら、セイレンは目をつむった。軽い眩暈を感じる。花をつくれるという極めて特殊なちからを持ったかわりなのだろうか、彼女は身体が弱かった。だから、生まれたときからずっとミラーシュがついていた。力強い、ミラーシュ。
「ミラーシュ。わたし、あの人のことを想っても……いいのかしら」
 ミラーシュは無言で寝台に娘を寝かせる。
「こんなからだのわたしに……その資格が、あるのかしら」
 ミラーシュはセイレンの額に浮かぶ汗を拭き取りながら、答えた。
「セイレン。お前には心があるのだろう。想いがあるのだろう。心があれば、誰かを想うことも出来る。想いがあれば、想い出をつくることも出来る。それは一種のちからだ。そのちからを持つ者にはすべて『資格』というものがある」
 セイレンの前では唯一、ミラーシュは普通に喋ることもあった。
「では……想っていてもいいのね」
 セイレンは、安堵の微笑みを浮かべた。
「あのひとを……想っていても、いいのね……」
 しゃらん……。
 眠るために首を傾げたセイレンの黄金髪が、鈴のように鳴った。
*****************
「……これってある意味『心の覗き』だよね」
 言葉の内容とは裏腹に、どこか悟りきったようなコレット。今までのセイレンとミラーシュの会話を、また、瑛を通して「視ていた」のだ。
「それがテレパシストってもんさ」
 苦笑しつつ、瑛。
「情報が多いようで足り無すぎるわ」
 クセなのか、爪を噛みながら、翠。弥彦が目を上げる。
「俺達はこの屋敷内部のことは分かって、なんでザム・玲が花の種を探してるのかも知った。でも肝心のこの土地だ」
 とん、と彼はベッドを右手の甲で弾く。コレットは、自分が持ってきた少しばかりの栄養土をがっかりしたように見つめた。
「せっかく栄養のある土持ってきても、こんな気候ばっかの土地じゃなんにもなんないよ」
 同じくコレットよりもたくさんの栄養土を持ってきた翠は、どう思っているのだろうか。
「大体、花が咲かない街なんかおかしい。第一街の名前すら出てきてない、誰の台詞の中にも」
 ここはどこなんだ? と、改めて疑問が瑛の胸に沸き起こる。
「とりあえずぼくはあのザム・玲お兄さんのお手伝いをするけど? だって花の種、ないのに探してるなんて素敵じゃない」
 女の子のように華やかに可愛らしく笑う、コレット。そういえば誰も彼のことに対して追求しないが、面子が面子なのだろう。
 コレットのその台詞に、ぴくりと爪を噛んでいた翠の指が動いたのを弥彦は見逃さなかった。
 翠は聴いてみたかったのだ。
 青年に───ザム・玲に。
 何故、「ない」と「決まっている」花の種を探し続けるのか。
「聴かなくても、いずれ分かるときもくる」
 ぽつりと呟いた弥彦の声は、翠にだけしか聴こえなかっただろうか?
 見透かされたようで、翠は怒ったように弥彦を振り返り、そのままソファに潜ってしまった。
「どうしたの?」
 きょとんとした愛らしい顔の、コレット。瑛は少し察したように、コレットの頭を撫でた。
「疲れたんだろ。しかし毎日今日みたいな食事じゃたまらんな。花の種について聞き込みもしたいが、却って悪い事態を招きそうだ。この街がどんな街なのか見物はもう充分した気がするが、食料の買い足しには行きたいんだがな」
「俺達は今日の一件ですっかり顔覚えられてるぞ」
 瑛の声に反論したのは、弥彦。だが彼の言うことも尤もである。また興味津々に触られたり荷物を探られたりするのがオチだ。
「食事は我慢するか……」
 瑛の愚痴に、コレットは残念そうにため息をついた。


 瑛は夢を見る───その夜は全員が手を繋いで寝た。瑛の夢の中のテレパスを感じ取れるように。
 そこに視たのは、微笑ましい三人の姿。
 一日、10軒以上の店をあたる玲。既に店のほうがないくらいだ。けれど彼は決して失望の色は見せなかった。何故ならば彼には、花の種を見つけることよりももっと大切なものがあったからだ。
「玲、あなたの花、もうちょっとで出来上がるわ。色と香りをつければ完成よ」
 嬉しそうに言う、セイレン。彼女は殆ど出来上がった花園で微笑む。さながら花の精のように。
 午前には花園で花の話を。午後にはミラーシュの淹れた紅茶と手作り菓子を。
 彼女こそが。
 ───そう、彼女こそが、玲のたったひとつの夢である気がした。
 花の種は、それこそただのきっかけにすぎなくて───。


「こん中で花の種作れる能力持つやつは?」
 瑛の問いに、だが誰も首を縦に振らない。
 翌朝、黒パンにラードのようなものを塗ったものを食べながら、瑛はどうしたものかとため息をついた。
「花の種つくったって、人工の設備が整ってなくちゃ育てるの無理だよ。この花園はなんで街からの『特別』なのか知らないけど」
 水で薄めた蜂蜜を濁った紅茶に入れながら、コレット。
「このピリピリした感じ───ここに入った時から感じてたけど、何か嫌」
 両肩を抱き抱えて体育座りの格好をソファの上でしながら、翠。呼応したように、焼いたジャガイモを食べながらの弥彦が顔を上げた。
「明け方頃屋敷を少し回ってみたんだけど、普通の屋敷にしちゃヘンだよ。俺の能力のひとつで分かったんだけど、赤外線があちこちに張ってある」
 その台詞に、一同の視線が弥彦に注がれる。
「ザム・玲は確か、今は土地の管理人だけど元は軍人、そう言ってたわね」
 キリッと目つきを鋭くする、翠。
「俺のテレパスを疑うのか? ザム・玲に不純な気持ちは少しもないぜ」
 瑛の抗議に、コレットは「まあまあ」と抑える。
「疑ってないけど、『誰かに操られてる』って可能性も───あるけど。もちろん、可能性なんてほかにも数限りなくあるけどね?」
 さらりと、あどけない少女のような笑顔で言い放つコレットに、瑛は少し背筋が冷えた気がした。
 すぐに気を取り直し、「とにかく」と続ける。
「俺達は『今』出来ることをしよう。情報はどの道俺のテレパスからしか入らねえんだから」
「悔しいけどな」
 とは、弥彦。どこか飄々とした感じにとれたが、そうでもなさそうだ。
 コレットはデザートの小さな苺を食べ、翠はソファに益々沈み込んで、また爪を噛み始めた。


■最期の楽園■

 交代で見張りをしていた弥彦は、コレットが持ってきた冷たい水が入ったコップを頬に当てられ、目を覚ました。流石にそこで大声を上げる馬鹿はしない。
「何か変化あった?」
「いや、何も」
 見張りといっても、屋敷内をうろついたり夜中は与えられた貸し部屋の窓から庭の辺りを覗いたりしているだけなのだが。持ってきた無線機はあまり役に立たなかった。テレパスの瑛が自分の意思を相手に伝え、また、瑛はその応用で相手の意思も自分で視てしまうからだ。無論、「余分な部分」は視ないようコントロールはきっちりしている。
 こんな「無謀」な使い方をあと数日も続ければ、瑛は疲れ切ってしまうのだが。
「次、瑛。お風呂いいよ」
 翠が髪の毛を拭きながら部屋に戻ってきて、「ああ」と瑛が入れ替わりに出て行く。
「あーあ」
 既に風呂も済ませていたコレットと弥彦は、ほぼ同時にソファに腰掛ける。
「アネモネの花、一緒に咲かせたかったなー……花の種、ぼく明日やっぱり露店で探してくるよ」
 無駄だと言おうとして、翠はやめた。自分の中の負の八つ当たりを、他人にぶつけたくはない。
 その時、上着を脱ぎ終えたところで瑛の脳にまたテレパスが入ってきた。
 コントロールの出来ないテレパスが、たまにこうしてある。ザム・玲の───今回がいい例だった。
*****************
 そろそろ夜の帳が降りる。ミラーシュは屋敷の掃除を終えると、とうに眠っているはずのセイレンの寝室をそっと覗いた。
「?」
 だがそこに部屋の主はいない。寝台はもぬけの殻だ。思い当たり、彼は屋敷のあの一室へと足早に移動する。
「セイレン!」
 扉を開けたミラーシュは、車椅子から落ちて倒れている彼女を抱き起こした。
「ミラーシュ……ね、見て。花が、玲の……あの人の花が出来上がったのよ」
 見ると、硝子の台には緑色の美しい花がすっくと佇んでいた。今までに彼女がつくりあげてきたどの花よりも高貴で、そして……たまらなく優しい香りが鼻孔をくすぐる。
 思わず見惚れたその時。
「見つけた……ここだ、本物の花園だ!」
「俺、初めて花を見たぜ!」
 庭のほうで、複数の人間の声がした。
 ミラーシュはセイレンを車椅子に座らせ、庭へ走る。そして。
 そして───
*****************
「全員庭に! 侵入者が!」
 上着をきっちり着た瑛を、だが誰も不思議に思わなかった。早すぎる風呂だなとも。翠と弥彦は既に「知らない人物」の気配を感じ取っていたし、コレットもそこまで中身が子供ではなかった。


「何をしている」
 突然現れた青年に、勝手に屋敷の庭に入ってきていた男達はギョッとして振り向いた。
「なんだ……ここは無人じゃなかったのか?」
 男達の間をかきわけて、ひとりの初老の男が姿を現した。白衣を身につけ、胸にはバッジがある。それを認め、青年ミラーシュは呟いた。
「……軍隊の……それじゃ貴様は玲様の元上司……?」
「兼、科学研究者でもあるがね。きみがこの花達をつくったのかね?」
「何の用だと聞いている」
「私はずっと探していたのだよ。植物を栽培できるちからを持った人間をね」
 男の目が細くなる。
「きみを連行する。これは国の命令だよ」
 ミラーシュは男を睨みつけた。───いつか、こんな日がくるのではと恐れていた。だから彼は、初めの頃セイレンに反対していたのだ。花をつくることを。ジム・玲に心を許すことを。
 セイレンの意思がかたいことを知った彼は、護ると決めた。彼女が作った花達を。そして……何よりも、彼女自身を。
「!」
 男達───科学研究者達の目が見開かれた。一瞬にして、ミラーシュの拳が彼の身体を貫いていた。「き……貴様」
 ミラーシュは拳を引き抜き、慌てて自分に銃を向ける男達に向き直った。最期の力を振り絞ってミラーシュの袖を掴んだ科学研究者のひとりを、彼は屋敷の外へと放り投げた。
「こ……こいつ……!」
「人間じゃない!」
 ミラーシュは花園を走り抜け、屋敷の外へ男達をおびき出した。セイレンのつくった花園を、穢したくはなかった。
 と、その時。
「何事ですか、一体」
 闇の中に、驚いた顔の玲。
 何故こんな時に!
 これでは彼をも巻き添えにしてしまう。ミラーシュは咄嗟に玲を背後にかばっていた。
 あまりに必死で彼は気付かなかったのだ……優しい4人の「異世界」ともいえるところからやってきた人間達もその後ろに来ていたことに。
 玲もまた、そのことを告げない。ただ一言、
「セイレンは無事なのですか」
 と尋ねた。
「屋敷の中だ。それよりも何故お前がここにいる」
「俺達が呼んだんだ。悪いな、俺の通信機その他は抜群でね。これでも早く呼べたほうだぜ」
 やっと月影から姿を現した、シノム・瑛。その後から、コレット、翠、弥彦が続く。ミラーシュの瞳が、信じられないものを見たかのように見開かれた。一瞬その瞳が潤んだ気がしたのは、感傷のせいだろうか。
 男達は、銃を構えたままじりじりと迫ってくる。
「玲」
 ミラーシュは、普段とまったく変わらない態度で───落ち着き払った低い声で、言った。
「セイレンを頼む。俺は───」
「ミラーシュ?」
 眉をひそめる玲を、ミラーシュは屋敷に向かって突き飛ばした。そのすぐ後ろに連なるようにしていた瑛達も同様に。
「「「「「!」」」」
 開きかけている鉄門にしこたま肩をぶつけた玲と、それぞれにかすり傷や軽い打撲を負った瑛とコレット、翠と弥彦は、ミラーシュの身体が赤く光るのを見た。
「……ミラーシュ!」
 カッ。
 ミラーシュを中心にして周囲に赤い閃光が走ったかと思うと、次には男達全員を巻き込んで爆音が鳴り響いた。
「ミラーシュ!」
 咄嗟に、能力のひとつで結界を張ったのは正解だったと、玲を抑え込みながら、瑛は思う。だがそれでも、爆風に巻かれ、結界ごと瑛達は玲も含め、庭の中へと吹き飛ばされた。
「あ」
 コレットが一番に見つけた。
 その声に、玲が顔を上げる。視線の先の主とそれが合った。
「……玲……?」
 澄んだ声に、玲は顔を上げた。セイレンが、地面に座り込んだ格好で振り向き見ていた。
「セイレン……無事だったんですね」
 セイレンはこたえず、立ち上がって地面を指差してみせた。
 それは、距離的にそう遠くない瑛達にも見えた。
 白い花の隣。
 空白だったその地面には、緑色の花が植えられていた。
「約束。玲の花、出来上がったわ……」
「───セイレン」
 今の爆音を聞いていたはずなのに、彼女のこの落ち着きようはなんだろう。確かに、その顔には哀しげな色があったけれど。
 その薄桃色の唇が、言葉をつむいだ。
「ミラーシュは……死んだのね」
「セイレン、彼は───」
 人間ではなかった、と言いかけて玲と瑛達は、ふと、不審な音に耳を済ませた。
 弥彦が時折感じていた、「違和感」だ、と、初めて弥彦は思い当たった。そしてそれが、既に「手遅れ」だということも。

 ───ギリ。

「そうよ。わたし達……機械の身体なの」

 ギリ───ギリ。

「機械……?」
 この音は、一体どこから聴こえてくるのだろう。それは聴覚が優れている弥彦だけが分かっていた。あえて言わない───言ったところで、悲劇に繋がるだけだ。コレットもなんとなく察し、黙っていた。瑛も、翠も。
 機械的な……何か、歯車のようなものが、軋む音。
 これは、どこから?
「わたし達は、同じ人間に造られた機械人間。わたしはこの街に植物をもたらすために。そして……ミラーシュは、科学研究者達からわたしを護るために」

 ギリ。───ギリ。

「この音が、聴こえるでしょう……?」
 セイレンは、自分の胸に手を当てた。そこで初めて玲は気がついたのだ……この不吉な音は、自分の目の前にいる娘の心音なのだと。
 セイレンは、緑色の花を見下ろした。
「騙していてごめんなさい……でもわたし、」

 ───ギリ……ギチン!

「セイレン!」
 玲のあとを追うように、コレットがたまらずに飛び出す。だが、彼と彼女の寸前で背後からやわらかく弥彦に止められた。震える翠の肩を、瑛が触れようとしてかぶりを振った。ここで傷を舐め合っても結果は同じなのだ。
 玲は、倒れるセイレンの細い身体を支えていた。機械の身体の彼女は当然のように重く、玲は思わず地面に膝をついた。
「わたしの役目は、もう終わったわ……」
 うっとりと哀しげに、娘は呟く。その真っ白な頬に、ぽつりと何かが落ちてきた。
「こんなわたしのために……泣いて、くれるの、玲……?」
「『こんなわたし』ってなんだ……あなたはあなただ、セイレン!」
 ぼくが愛した、あなたはあなたでしかない。
 嗚咽を押し殺した囁きに、セイレンは儚く微笑んだ。
「愛して……た───玲…………」
 しゃらん……。
 そして、彼女は水晶色の瞳を閉じる。
 しゃ、らん……。
 風にたなびく、黄金色の髪の毛の音だけが、遺された。
 滲む視界の向こうに、花園が見える。
 娘がつくり、青年が植えた。
 退廃しきったこの街に唯一咲いた、美しい花園。唯一生まれた、奇蹟の───そう……それは楽園。
 ……それは、楽園。
 玲は、娘をかき抱いた。涙が次から次へと白い肌に落ち、流れ滑っていく。
 セイレン。
 玲のただひとつの、愛した夢。愛した娘。
 彼女こそが夢だった。彼女こそが楽園だった。玲が望んだ、ただひとつの───。
「う……」
 温厚で優しかった玲の顔が、哀しみに揺れる。
 だが、ふっとその顔が無を描く。振り向いた彼は、片手に拳銃を持っていた。ハッとする、瑛達。
「待っ……」
「待って!」
「やめろ!」
「じ……時間停止!」
 最後のコレットの能力は、だが、僅差で間に合わなかった。
 後には硝煙と、セイレンの身体に重なるようにした、玲の穏やかな───死に顔。
「俺達は」
 弥彦が、たまらずに唇を血が出るほど噛み締める。
「何のために、ここに来たんだ。何のために、こんなものを誰が見せ付けたんだ……」
 応じるかのように、ザアッとまた「あの」靄の竜巻が巻き起こり、4人をたちまち吸い込んでいった。


■過去という存在が求めた未来■

 気がつくとそこは、「元」いた世界ではあったのだが───まったくあの靄の竜巻に巻き込まれた場所とかけ離れていた。否、方角は合っていたのだが。
 そこは───
「間違いないな。ここは旧ロシア南西部地域だ」
 瑛は何やら機械から顔を上げ、はめていた特殊な眼鏡をはずしてオッドアイを空気に曝け出した。
「それも、こーんなはずれ。人っ子ひとりいないね」
 なんとか横倒しのジープを元通りにしたコレットは、後部座席から辺りを見渡す。
「あ……」
 どこか虚ろだった翠の前、助手席に座っていた弥彦が、急にジープを降りて10メートルほど先の砂を掘り返した。「なになに?」と、コレットも手伝う。
 出てきたのは、何かの機械の一部。視力のよい弥彦だからこそ、見つけられたのだろう。コレットはそれを持ち上げ、丁寧に瑛に渡す。
 瑛は調べ、翠をちらりと見る。一応、彼女はこの中で一番機械の「気持ちを感じ取りやすい」。翠はそちらを見ることもなく、一言だけ言った。
「セイレンよ」
 セイレンの、欠片よ───
「…………」
 弥彦は何か言おうとしたが、コレットにぽんと肩に手を一度置かれて思い留まった。
「つまり」
 瑛は機械を丁寧にしまい込みながら言う。
「信じ難いことだが、俺達はこの、旧ロシア南西部地域の過去に行って来たのか。あれは……体験してきたことは皆、過去の出来事だったのか」
「神様の願い事か、人間の願い事か、それとも……」
 コレットは考え込み、ぱっと顔を上げる。
「なんでこの土地かは分からないけど、案外こんな事件、あちこちでこれから起こったりしてね。そしたらさ、今度こそちゃんとぼくのしてあげたかったこと、してあげたいな」
「そうだな」
 弥彦は短く、だが優しさをこめてそう言ってコレットの頭を軽く撫でるようにぽんとし、再びジープに乗る。コレットもあとに続くと、瑛はエンジンをふかし始める。
「翠はいいのか?」
 何も、言わなくて。
 そう言いたげな瑛の視線に、翠はゆっくり首を横に振った。
「最期の瞬間に、聴きたいことのこたえ、分かったから」
 それきり翠は黙り込んだ。後部座席に体育座りをし、首を傾げるようにして頬を乗せ、目を閉じる。
 コレットは荷物が全部元に戻っていることに満足し、持ってきたそのままの栄養土を少し見下ろしていたが、走るジープから外へとぱらぱらとばら撒いていった。
「こら小僧、もし通行人がいて目に入ったらどうすんだっつーの」
 弥彦のその注意はだが、あまり気が入っていない。もしかしたら、彼もそれでいいと思っているのかもしれない。
「……その年で花咲爺さんになったつもりか」
 横から細い目で翠に見つめられても、コレットはびくともしない。
「そうだよ、枯れた地に花をいーっぱい咲かせよう! ほらとんでけー!」
「やーめろって」
 弥彦はだが、くすくすと笑い始めている。瑛も少しだけ、明るい気分になっていた。
 彼らが見た光景、行った場所。それら全てが彼らに託した思い。
 それは、「確実にこうしてほしい」という願いではなく。
「少しでも」、と。
 少しでも、こんな悲劇が減っていきますように。諍いが少しでもなくなりますように。
 世界中の誰もが、花いっぱいの心でいられますように。
 
 それは、過去というひとつの存在が、未来に託した、ただ一途の願い───



《完》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0279/来栖・コレット (くるす・これっと)/男性/14歳/エスパー
0330/翠・エアフォース/女性/21歳/エキスパート
0462/音屋・弥彦/男性/30歳/エスパー




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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、恐らくわたしの作品の中では一番長くなってしまったのかと思われます(汗)。というか、穴ザーレポートでのお仕事は、これが初めてだったりするのです。いつもは主に、東京怪談のほうのお仕事をさせて頂いているのですが、個人的にもサイコマスターズの世界観は大好きなので(知識はありませんけども;)、これからもこちらのほうも書いていきたいと思っています。今回はただ、本当に書きたかったことを皆様のプレイングのおかげで、よりよいものに仕上げることができて、わたし個人としては本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
また、今回は御三方とも同じ文章とさせて頂きましたが、この物語はこのほうが良いと判断しましたので、ご了承くださいませ☆

■来栖・コレット様:ご参加、有難うございますv 東京怪談でもお世話になっているということで、本当に恐縮です; 初めて取り扱うキャラでしたので、勝手が違うかもと思い、何度も書き直した部分も多々あるのですが、結局この物語&第一印象でわたしが動かしたら、こんなコレットくんが出来上がりました。なんとも、無邪気な感じで好きなんですけどね(笑)。
■翠・エアフォース様:ご参加、有難うございますv わたしは初めてのPCさんを扱う時、そのPCさんの以前の作品なども参考に拝見させて頂いているのですが、それから引っ張り出した翠さんというのが、今回のようなものになりました; こちらも、お気に召されませんでしたらすみません; もう少し、気だるげな感じを持たせたかったのですが……個人的にです、飽くまで(笑)。
■音屋・弥彦様:ご参加、有難うございますv 実はコレットさんの「時間停止」能力もそうですが、弥彦さんの「赤外線〜」も少しひやひやものでした; でも、少し見方を変えれば強引かもしれませんが、うまく物語のきっかけとなってくださって個人的にとても嬉しいです。シノム・瑛の次にリーダー格とも言えるのではないでしょうか、年齢的にも。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。この物語は、関連した作品もなにか書けそうな気がするのですが……その時はまた、よろしくお願いします。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆