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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


都市マルクト【ビジターズギルド】初めての会員登録

ライター:青猫屋リョウ

【オープニング】
 ビジターズギルド。ゲートの前のでかい建物だと言えば、その辺の婆ちゃんだって教えてくれる。
 中に入っても迷う必要はないぞ。上のフロアにお偉方の仕事場があるんだろうが、用があるのは一階の受付ロビーだけだ。階段昇らずまっすぐそっちに行けばいい。
 軌道エレベーター『セフィロト』探索を行う者達は、まずここで自らを登録し、ビジターとなる。書類の記載事項は余さず書いたか? 書きたく無い事があったら、適当に書いて埋めておけ、どうせ誰も気にしちゃ居ない。
 役所そのまんまで、窓口ごとに担当が別れている。お前が行くのは1番の会員登録窓口だ。
 並んで待つ事になったり、待合い席に追いやられる事もあるが、気長に待つんだな。
 同じような新人を探して、話なんかしてるのもいいだろう。つまらない事で喧嘩をふっかけるのも、ふっかけられた喧嘩を買うのも悪かない。
 まあ何にせよ、書類を出せば今日からお前はビジターだ。よろしく頼むぜ。


 高層と言うには足りない高さのそのビルは外観からして相当悲惨だった。壁には幾筋もの亀裂が走り、塗装は剥げ落ちてコンクリートが覗く面積の方が大きい。朽ちかけたビルは逆に郷愁を誘う。
 教えられたとおりにやってきたものの、果たして場所は本当にここでいいのか、と白神空は首を傾げたが、その疑念は入り口にささやかに掛かっている看板によって、払拭はされないまでも多少は薄れた。
『ビジターズギルド』
 愛想のない等幅の文字でそう示された入り口を通り抜けて、中に足を踏み入れる。
 外観に似合わず、中はライトが煌々と明るい。古びた建物の雰囲気を一掃しようと言う狙いなのだろうが、細かい部分の老朽化まで明るさに晒されて不必要に目立っており、目論見は完全に失敗に終わっていた。
 エントランスホールを抜けてすぐのところが待合席を兼ねたロビーになっており、その奥に受付らしい窓口が幾つか見える。整然と並べられた安っぽいソファに身を沈めるのはいずれもビジターなのだろう。銃火器で武装したその姿がこの街の日常を物語っている。
 さすがの空にもこの光景は物珍しく見えた。きょろきょろと辺りを見回していると、受付嬢の一人が気づいて甲高い声を掛けてきた。
「ビジター登録はこちらの窓口ですよ」
 勝手が分からずまごついているとでも思われたのだろうか。苦笑しつつ窓口に向かうと、紙質の悪いぺらりとした書類が一枚、無造作に渡された。必要事項を記入して提出しろとそっけなく言われ、邪魔だとばかりにその場を追われる。
「何よ、感じ悪いわね」
 窓口はさして混んでもいないのに、随分な対応だ。役所はどこもさほど変わりがないらしい。
 毒づきながら記入台に向かいペンを取る。項目は姓名年齢性別と言った当たり障りも面白みもないものばかりだ。適当に書き流して窓口に持って行くと、お掛けになってお待ちくださいと事務的な返答が返る。
 何にせよ、ここから手際悪く待たされるのが役所仕事と言うものだろう。
 空いている椅子に腰掛けて脚を組み、空はぐるりと周りを見回した。一目見てサイバーと判る格好をした者が多い。生体組織のコーティングを施さずにパーツを剥き出しにしているなど、普通の街ではまず見られない光景だ。
「さすが、ってとこかしらね……」
 感心して眺めていると、ふと視線を感じて空は振り返った。背後に送った視線が他人のものとかち合う。相手は二人、いずれも場慣れした雰囲気の男だ、男たちは目が合うのを待っていたとでも言いたげに満面の笑みを浮かべ、軽く手を上げて見せた。
 内心警戒心を抱きつつも空は笑顔を作ってみせる。男たちは格好に似合わず柔和に笑いながら空の側までやってきて、空いている椅子を引っ張ってきて腰を下ろした。
「……何かしら?」
「いや、美人がいるなと思ってね」
 そう言ったほうの男はサイバーらしく、右の顔面から右腕にかけてのコーティングが剥がれてしまっている。顔の半分が機械、というのは中々に迫力のある様相だ。
「露骨だよ、お前は……。悪いね、気に障った?」
 もう一人がぺしりとサイバーの男の頭を叩き、空に向けて苦笑いを作ってみせる。どうやらそれほど警戒すべき相手でもなさそうだ。少し目立つ女がいたからとりあえず声を掛けてみたというところだろう。
「お眼鏡に叶って光栄だわ」
 笑いながら空は脚を組み替えた。深めのスリットから白い腿が覗き、目の前の男たちの視線が判りやすく下方に移動する。
「あなたたちはここに来て長いの?」
「ん?ああ……」
 声を掛けられ慌てて空の顔に視線を戻す二人を可愛らしく思いつつ、空は重ねて尋ねた。
「あたし、初めてなのよ。アドバイスして貰えないかしら?」
「ああ、いいぜもちろん」
「ま、俺たちもベテランって程じゃないが」
 そう前置きして、二人はてんでに語り始めた。
 この都市――マルクトも、生活する分には普通の都市とそう変わりはなく、ビジター以外の一般人も数多い。他の都市と違うところを挙げるとすれば、いつ襲ってくるか判らないタクトニムの存在と、権力の分布だろうか。
「まぁとりあえず、ギルドには逆らわないことだな。マフィア連中と事を構えるのも感心しねえが」
「弱小派閥だと思ってたら裏で大組織と繋がってました、なんてこともあるし」
 経験があるのか、苦い表情を浮かべている。
「……後は、ビジターなら知っとかなきゃならねえのはタクトニム関連か」
 セフィロトを徘徊するモンスターとシンクタンクを総称してタクトニムと呼ぶ。何のために存在するのか、誰の手によるものなのか、タクトニムについて明らかになっている情報はほとんどない。ただひとつ確実なのは、彼らはビジターの――人類の敵であると言うことだけだ。
 よく出没するモンスターの特徴や自分たちが戦ったときのことを男たちは饒舌に語った。
 外で聞いた噂ではセフィロトの中には軍事用サイバーでも敵わないような化け物がひしめいているということだったが、今の話から考えるとそれはよくある誇張の類のようだ。タクトニムは化け物には違いないが、人間でも十分対抗できるレベルの相手だ。多少安心して空はほっと息をついた。
 礼を述べると二人は何のことはないと笑った。
「美人のためだからなぁ」
「ありがと。ついでにもうひとつ聞きたいんだけど……遊べるところでどこかお勧めってある?」
「遊べるところねぇ……。まぁ、数だけはあるけどな」
 個人経営の地味な酒場からマフィアが牛耳る賭博場まで、むしろ普通の年と比べて娯楽施設の数は随分と多い。刹那的で血の気の多い人間たちが集まっているのだから、それはむしろ当然か。
「何がいいんだ?ギャンブルか?」
「ギャンブルはいいわ。あたし、打つより買う方が好きなのよ」
 二人は一瞬怪訝そうに顔を見合わせたが、すぐに意味を悟ったと見えて低い笑いを漏らし始める。感心と呆れの入り混じったような目で、珍しいものでも見るように空を眺め回す。
「買う……ったって、あんたが楽しめそうなとこはあんまり……」
「性別は気にしないわ」
 博愛主義なの、と空は目を細める。
「年も気にしないけど、可愛い子がいいわね」
 くすくす笑う空をにやけて眺め、二人は肩をすくめた。
「そうだなぁ……」
「まぁ大抵マフィアの息がかかってるんだよな、そう言うのは。素人が一番狙い目なんじゃないか?」
 その台詞に三人の笑い声がはじけ、ざわついている待合室をさらに賑わせた。
 そして笑い声の中、受付嬢が甲高い声で空の名を呼んだ。どうやら書類の受理が終わったらしい。思ったよりは時間がかからなかった。
 空は組んでいた脚を崩すとすっと立ち上がり、男二人に向けてひらひらと手を振る。
「色々とありがと。参考になったわ」
 おう、と二人も応えて手を振り、
「遊び相手が見つからなかったら誘ってくれよ」
 そう冗談めかして笑った。
 笑顔で答え空は窓口に向かう。受付嬢に名を告げると、小さなカード型のライセンスが差し出される。
「ギルドで仕事を請けたり、申請をなさる際はこちらをお持ちになってください。紛失しないよう、保管には気をつけてくださいね」
 渡されたライセンスを握り締め、空は受付嬢に一言礼を言うと窓口を離れた。ロビーを出る前にぐるりと見渡してみたが、先ほどの二人の姿はもうなかった。自分たちの用を足しに行ったのだろう。
 もう一言くらい挨拶したかったが、探しに行くほど未練があるわけでもない。空はロビーを出、無闇に明るいエントランスを通り抜けてビルを出た。
 外に迎える日の光はなく、ビル内よりもむしろ暗い。判りやすく不穏な埃っぽい空気が纏わりついてきて、空はぶるりと身体を震わせた。握り締めたままのライセンスを目の前に掲げてみる。
 ――これで、あたしも晴れてビジターって訳ね……。
 これからの出来事に思いを馳せつつ、空は乾いた空気の流れてくるセフィロトの奥へと一歩踏み出した。


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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0233】 白神・空