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<PCパーティノベル・セフィロトの塔>


ブラジル【アマゾン川】貨客船護衛任務

ライター:青猫屋リョウ

【オープニング】
 このご時世、何処に行っても野盗や山賊の類は出てくるが、ここいらじゃ川の上でも安心は出来ない。
 だから、定期航路の貨客船は必ず護衛を乗せている。マフィアやら、傭兵やら‥‥そして、ビジターも護衛役としては人気だ。
 野盗は、手漕ぎカヌーや泳ぎで忍び寄ってきて、船に乗り移ってくる奴らもいれば、モーターボートの類で派手に仕掛けてくる奴もいる。
 武器も山刀一本から、機関銃まで色々だ。
 何にしても、同情してやる価値も無い連中だって事は間違いない。容赦なく返り討ちにしてやるぞ。


 川の両岸はどこまでも森だ。初めは熱帯の木々が珍しく目を奪われもしたが、ここまで代わり映えのしない景色だと飽きが来る。デッキから見下ろす川面は静かにさざめいているが、黄土に濁った水に足を浸すような気にもなれず、白神空は欠伸を噛み殺した。それを見て、雇い主の商人が日に焼けた顔で笑う。
「そんなに退屈かい」
「退屈だわ……」
「私としては退屈なまま終わってくれるのが一番いいんだがね」
 それはそうだ。護衛の仕事は何者も襲ってこずに終わるのがいいに決まっている。被害は出ず、空も余計な労力を払わず報酬を受け取ることが出来るのだから。
 ――でも、それじゃつまんないのよねえ……。
 セフィロトを発って三日、朝晩変わり映えのしない川下りには辟易だ。
 我ながら血の気が多い、と空は口角を吊り上げた。折角の仕事、雇い主には悪いが、多少は物騒な展開になってくれないと請けた意味が半減する。
 笑った唇から押さえきれない欠伸が漏れ、そのまま笑い崩れた空に雇い主の少し呆れた視線が注がれる。
「――まあ、襲撃のときに居眠りしてるなんてことはないようにな」
「判ってるわよ。大船に乗ったつもりでいて」
 そういう声もとろりと眠たそうで説得力に欠けることこの上ない。雇い主は呆れ顔で肩をすくめ、船室の方で呼ぶ声に答えてそちらへ行ってしまった。
 空は飽きずにもう一度欠伸をし、デッキの柵にもたれて川の上に身を乗り出した。ボートが水を跳ね上げる度に、熱帯の川特有の泥臭さが嗅覚を刺激する。
 アマゾンの湿った風が空の髪を嬲り、銀糸が空中で扇のように広がった。
 空が護衛として雇われたこの船は中型の貨物船で、載せているはTL−Cの部品だ。二週に一度の割合でセフィロトとマナウスを行き来している。毎回と言っていいほど襲撃されるのだが、護衛は空一人。今回に限ってのことではなく、いつも護衛は一人しか雇わない。
 それと言うのも、さして高価でない積荷のせいか大々的に襲撃されることはないからだ。毎回相手は違うようだが、大体四、五人の野盗グループといったところなので、護衛は一人で十分なのだと雇い主は言った。
 空も一人のほうが仕事はやり易い。丁度いい仕事だったので二つ返事で請けた。
 いざと言うときのセフィロトからの逃げ道を確保しておきたいし、輸送路に詳しい人間に顔を売っておいて損はない。それに折角ブラジルくんだりまでやってきたのだから、アマゾン川くらいは押さえておきたいと言うものだ。
 熱帯のロマンに思いを馳せていた三日前を思い出し、空は軽くため息をついた。
 所詮、豪華客船のクルーズとは程遠いボロの貨物船。景色にも飽きればまずい固形食にも飽きた。観光気分はとっくに削がれている。
 今はただひとつの娯楽になりうる襲撃者の出現を、不謹慎ながらも待ちわびるのみだ。
 もう何度目か判らない欠伸を噛み殺したとき、視界の端で川面が不自然に揺らいだ。
「…………」
 空はそれを見逃さず、視線だけをそちらに向ける。漂う不穏な殺気はどう考えても魚のものではありえない。
 ごぷん、と水が空気を拒否して水面に泡を押し上げる。
 一瞬、水面に人間の頭が浮かび、すぐにまた水の揺れに紛れた。
 ――来たわね。
 待ちかねたと言わんばかりに舌なめずりをする。素早く耳を狐のそれに変化させ、あたりの音を窺った。
 川の流れる音、船のスクリューが水を切る音の他に、ごぼごぼと水中を空気が沸きあがる音が四方から聞こえる。数までは判別できないが、やり口から見てそう大人数ではあるまい。
 ――さて、どう料理しよう。
 娯楽に餓えていただけあって意気込みは万全だ。
 普段の水中戦であれば迷わず人魚姫を選ぶところだが、この濁った水に飛び込むのは少々ためらわれる。それに泥で視界が利かない水中よりは、船に上がろうとするところを撃破するか、空から狙うほうがいいだろう。
「……よし」
 ぱしん、と軽く拳と掌を打ちつけ、空は両腕を高く掲げる。
 腕は下ろされると同時に大きな白い翼へと変化した。全身を羽毛が覆い、両手足の爪先には鋭い鍵爪が光っている。
 驚いてモップを落とした船員に向かってウインクし、わずかも羽音を立てずに空は舞い上がる。襲撃者たちは水に潜っているせいで、音もなく舞った空にはまるで気がつかない。
 空から見れば襲撃者の姿ははっきりと判った。見えているのは、水中装備の男が全部で五人。二人が脇から挟むようにして船との距離を詰め、後の三人は船尾から側面に回ろうとしている。
 先手必勝。
 空は船尾を追う一人に狙いを定めると、足の爪を一杯に開いて急降下した。
 猛禽が獲物を屠るときさながらに、空の鍵爪が襲撃者の頭に食い込み空中へと引きずりあげる。ひねりを加えるとごきりと不吉な音がして、たやすく首がねじれた。
 爪が外れると男の身体は力なく落下し、アマゾンの濁った水に飲まれた。
 襲撃者たちと船員はほぼ同時に異常に気がつき、騒ぎ始める。船員の中には空を見て恐慌している者もいるようだ。サイバーには慣れていても、空のようなボディESP能力者に行きあったことがないのだろう。船員も護身程度には武装している、狙い打たれては敵わないと、空は一度デッキに舞い戻った。
 羽音を立てて空がデッキに降りると、船員たちは警戒して銃を構えた。
「ちょっと、やめてよ。あたしだってば」
「…………」
 髪をかき上げて顔が良く見えるようにしてやると、船員たちもそれが空だとやっと判ったようで、口々に驚きの声を漏らしている。
「襲撃よ、水中から来てるわ。警戒して」
 言うが早いか、空は再び羽ばたいてデッキを離れた。
 襲撃者は騒ぎを察して水中に身を潜めたのか、水面はにわかに波立って緊張感を漂わせている。水に潜られてしまうと上からでは様子が判らない。
 空中を旋回しながら空は待った。しばらく待つと、船腹のすぐ近くでぷかりと頭が浮かんだ。空はすぐさま方向を変えて降下する。
 襲撃者も空に気がつき慌てて潜ろうとしたが、空のほうが圧倒的にスピードは上だ。相手の肩にがっしりと爪を食い込ませ、水の中から引きずり出す。そして今度は勢いをつけてデッキの上に放り上げる。デッキの床に叩きつけられた男は低く呻いた。
「そいつ縛っといて!」
 空の声に答えて船員がわらわらと男の周りに集まる。
 瞬く間に仲間が二人もやられたのを目の当たりにして、残りの襲撃者たちは怖気づいたらしい。情けなくも逃げていく。
 空はひとまずデッキに戻り、鳥がとまるように柵の上に立って、目を白黒させている雇い主に声を掛けた。
「一応撃退したけど、どうする?追いかけて殲滅しとく?」
「あ、ああ……」
 雇い主は一度唾液を飲み下して渇いた喉を潤すと、逃げてゆく襲撃者たちを遥かに見て首を横に振った。
「……いや、撃退したのならそれでいい。追いかけなくていい」
「そ」
 じゃあいいわ、と柵から飛び降りたときにはもう、空の姿は元に戻っている。船員たちの間から感嘆とも驚きともつかない声が上がった。
 雇い主は縛り上げられた襲撃者の下にしゃがみこみ、何やら話している。
「どうするの、そいつ――」
 ひょいと覗き込んで、空は驚いて続く言葉を飲み込んだ。
 襲撃者は、まだ幼い少年だったのだ。多く見積もっても十三、四歳と言うところだろう。空の爪が食い込んだ箇所が無残な傷になって、だらだらと血を流している。
「……子供ね」
「子供だな」
 雇い主は空を見上げ、困ったように笑った。
「川沿いの集落の子だろうな。よくあるんだよ」
 マフィアの搾取に苦しめられている離村の人々が貧困に耐えかねて野盗まがいの略奪に走ると言うのは珍しいことではない。そして、狙われるのは呑気に観光に訪れるような金持ちや川を行き来する貨客船――彼らにとっての『余所者』なのだ。
「同情はするが、私たちも仕事だからね……」
 連れて行け、と船員に命じ、少年が引きずられていくのを横目に見て、雇い主はため息をついた。
「あの子、どうするの?」
「マナウスでマフィアに引き渡す。相応の処分になるだろうな」
「容赦ないわねえ」
 多少口調に非難がこもる。視線だけを空に向け、雇い主は口元だけで笑った。
「私は私の生活を守るだけで精一杯なんだ。余計な情けを掛けている余裕なんてないんだよ」
 自嘲気味の笑いと共に踵を返して雇い主は船室に消えた。後にはいそいそと動き回る船員たちと空だけが残される。
「…………」
 髪を嬲る湿った風にふと乾いた都会の匂いが混じった。顔を上げると、森の向こうにビルの影が――都市マナウスが見えていた。


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┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【0233】 白神・空